歌う言葉〜WORDS

音楽で世界を変えられるか?みたいな手垢に塗れた命題には
正直うんざりしています。世界を良く変えられるどころか、
むしろシニカルな見方をすれば音楽は権力者に利用されてし
まうといった位慎重に考えておいたほうがいいでしょう。ヴ
ェトナム・ウォーからアメリカに帰ってきた兵士の行き場の
なさをテーマにしたブルース・スプリングスティーンのBOR
N IN THE USAが、レーガン大統領の選挙キャンペーンのため
いつの間にか愛国心の歌にすり替えられてしまった有名な事件
がありましたが、まあ為政者とはそのくらいしたたかで計算高
いということです。

日本にいて窮屈だなと私が感じるのは、彼はプロテストソング
を歌ったから偉いとか、流されがちな芸能界で唯一反骨精神が
あるとかいった十年一日の如くの認識です。そういう人達にと
ってはとにかくそういう彼や彼女の”姿勢”が大事な様子で、あ
まり音楽そのものの精度には関心が向かないみたいです。やや
皮肉を言わせてもらえれば本気で社会を変革したいなら音楽家
を辞めて政治家にでも転身したら?と言いたい。プロテスト
ソングを歌っていたボブ・ディランが60年代の半ば頃から転身
しそういた歌を歌わなくなったことも、政治と音楽との関係の
難しさを学ぶための過去の苦いテキストかもしれません。

だいいち歌詞に明確な反戦なりノーニュークスなりの言葉が
ある場合しか反応出来ないというのは、聞き手としてあまり
に情けないです。敏感な感性を持ったリスナーであるならば、
暗喩が込められたリリックなり、音として抽象化された表現に
アーティストの思いを汲み取るのではないでしょうか。従来
50年代のビート文学からそうしたメタファーや言葉の多義性
(ダブルミーニングも含みます)は尊重され、ロック音楽の
歌詞にも綿々と受け継がれてきたはずなのですが、いつの間
にかメインストリームの音楽はただ単に愛やら平和やらのお
題目ばかりを並べ立てるものへと堕落してしまったのです。
以前筆者が佐野元春さんに取材した際、彼が日本の音楽の現状
について「愛が歌われているけど、ぼくはまったく愛を感じ
ない」と、かなり辛辣に話されていたことが忘れられません。

メタファーとか文学性とか言っていると、「お前すかしなが
ら音楽語っているんじゃねえ!」などとまたまた火の粉を浴び
させられそうですが(苦笑)、実際40年以上ロックを聞いて
きて痛感させられるのは歌詞が幼稚になったなあ〜という思い
だったりします。もし言葉の豊かさやイメージの飛翔、あるい
はストーリーテリングの妙などに触れたければ、ディラン、
トム・ウェイツ、ルー・リード、ガーランド・ジェフリーズ、
ランディ・ニューマン、エリオット・マーフィ、ブルース・
スプリングスティーンなどなどを、今一度聞き直してみてく
ださい。えっ?それともプラカードに書かれているような言葉
のほうがお好きですか? 少なくとも私はイヤだな。

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by obinborn | 2014-09-09 17:55 | one day i walk | Comments(2)  

Commented by Almost Prayed at 2014-09-12 23:49 x
「俺はいつも意識下に偽りのない心があると信じていた。俺が隠喩と直喩とで(歌詞の中で)言いたいことを封印してしまう、ってみんなは非難したよ。けれど、何かをあまりに単純に言い過ぎてしまうのはとても危険だとわかっているんだ。(ジークムント・)フロイトじみたちょっとした言葉の一片にもたくさんの真実があると思う」と、かつてロビン・ヒッチコックは自身の創作について語ったことがあります。自分も彼の言には共感しますね。必ずしも直截的な表現が有効とは限らないですし、受け手の想像力を十分に駆使させる余地がないと、あらゆる表現は面白くも深くもならないと思いますね。

で、日本の歌謡曲の歌詞についてですが、前にも記したかもしれませんが、ほとんどは単にカラオケのための道具に過ぎませんね。誰にでも「わかりやすい」ものを追求していけば、おのずと歌詞の中身はそうなるんでしょうけど、そんなのばっかり聴き手に提示されるのはもううんざりですね。
Commented by obinborn at 2014-09-13 01:39
おっしゃる通りです。そもそもアート・フォームとは自身の主張を込める
だけでなくかなりの部分を見る者聞く者に委ねるわけですから、多義性
を込めたより広くイマジネイティブな表現について、鋭いアーティストほど自覚しながら実践しているのだとぼくは思っています。第一音楽が主張のための玩具だとしたら、あまり楽しくないですよね(笑)

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