ボブ・ディランはまるで真冬のアヒルのように歌う

冬になると必ず聞きたくなるのがボブ・ディランの『ブロンド・
オン・ブロンド』(66年5月発売)だ。オレは中学時代に彼を知
りすぐに夢中になり、その後は聞いたり聞かなかったりを繰り返
したが、とくにオレはディランがプロテスト・ソングを歌うのを
辞め、私的な心情を吐露したり抽象詩に向き合うようになった『
すべてを持ち帰れ』(64年)頃からの彼に親しみを覚えた。綺麗
なメロディに乗って”彼女は沈黙のように話す。彼女は花のように
笑う。聖ヴァレンタインだって彼女を買うことは出来ない”と歌わ
れる「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」など第一級のラヴ
ソングだと思った。ひとつ前の『アナザー・サイド・オブ・ボブ・
ディラン』では、恋人に向かって”俺はそんな男じゃないんだよ”
と辛辣な態度に出る「イッツ・エイント・ミー・ベイブ」の正直
さが好きだった。だいたいフォーク音楽の世界で”昨日よりも今日
のボクのほうが若い”(「マイ・バック・ペイジズ」)なんていう
あり得ない矛盾をそれでも願いを込めて歌う人は今までいなかっ
た。オレはどんどん彼を好きになっていった。きっと彼はプロテ
スト・ソングそのものよりは、そうした歌ばかりを過剰に求めて
彼を偶像化しようとした大衆のほうに嫌気が差したんだろうな。
以降ディランの歌詞は複雑な迷宮となり、サウンドはアンプリフ
ァイドされていった。

そんな方向性の最初の頂点となったのが『ブロンド・オン・ブロ
ンド』だ。ロック史上初めての2枚組というスケールが話題にな
り、ウェイン・モスやケニー・バトレーといったエリア・コード
615のメンバーらを中心にしたナッシュヴィル録音の温かい響き
にもディランの成長が伺えた。当時は解るはずもなかったけれど、
本作にはバック・トゥ・ルーツの萌芽があったのだ。オレは最初
「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」が好きになった。かつての
恋人が少女とウーマン(大人)との間でもがいているという設定
が思春期ならではの痛みを上手く表現していた。”次に町で会った
ときはもうただの友だちだね”というフレーズが恋愛の終わりを告
げていた。そして”今ボクは雨に打たれている”という状況設定が
胸にひたひたと押し寄せてきた。佐野元春の名曲「サムディ」に
も最後に、”私たちは今雨のなかにいる”というフレーズが挿入さ
れ、その歌をより切実なものにしていたけれど、それと同じくら
いディランの”雨”というメタファーにオレは打ち震えた。

「アイ・ウォント・ユー」という求愛歌に於ける抽象詩も素晴し
い。”罪を犯した葬儀屋は溜め息を付く。寂しげな手回し風琴弾
きは泣く。銀色のサキソフォーンはきみを拒絶せよと言う…..”
といった出だしからイメージの豊かさが川のように流れ、それら
の複雑さと対になるように”きみが欲しい”というシンプルなフレ
ーズが繰り返し置かれることで遠近法のような効果を生み出して
いるのだ。「メンフィス・ブルーズ・アゲイン」にも同じような
複雑とシンプルの超克があるが、聞き手はあまり言葉の意味に寄
り掛からないほうがいいだろう。オレも最初はディランの歌を解
釈しようと苦労しながら対訳を読んだり自分で辞書を引いたりし
たが、どうやらあまり意味のあるものとは言えないようなのだ。
オレは音楽評論家としてはポール・ウィリアムズに最も影響され
たけれど、彼が「ディランの音楽はそのままを感じなさい」と書
いた文章を読んだ時、まるで友だちが近くにいるような気持ちに
なったものだ。そんな抽象イメージの奔流はアルバム最後に置か
た「ローランドの悲しい眼をした貴婦人」に極まる。D面全部を
使用したこの長尺ナンバーがまるで映画のエンドロールのように
流れ、「雨の日の女」から始まったこのアルバムの場面場面をフ
ラッシュバックしていく。効果としては前作『再訪ハイウェイ61』
の最後を飾った「廃墟の町」と同じような手法だと思う。

オレはこのアルバムを聞くと、まだ何者でもなかった10代の頃を
思い起こす。何かを持ったり権力を握ったりするのが大人だとし
たら、何も持っていない若者は何者でもないことによって自由を
保証される。そして夢のなかでジングルジャングルの朝に導かれ
行く場所なんてないよと言いながら、ミスター・タンブリンマン
の声を聞いたり、ローランドの貴婦人が夜の帳のなかで水銀のよ
うに語り、彼女がテーブルに置いたジャックとエースが欠けたカ
ードを眺めている様子をただ感じているのである。どこにも行け
ないし何も解決されない。掛けるべき担保もなければ補填しなけ
ればならない損失もない。そう、ただ一人で雨に打たれている男
の姿が、まるで真冬のアヒルのように、誰も乗らない観覧車のよ
うに映っているのである。

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by obinborn | 2014-12-13 17:15 | one day i walk | Comments(0)  

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