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24歳の佐野元春

若者らしい放埒と傷口を開けたままの心情。先行シングル「アン
ジェリーナ」に続いて80年の4月に発売されたデビュー・アルバム
『BACK TO THE STREET』を今再び聞き直してみると、そんな感
傷に囚われてしまう。それまで誰も佐野元春のように街の光景を描
き出すことはなかった。他の誰も彼のような性急さで溢れ出す言葉
をロック・ビートに乗せることはなかった。ノンフィクション作家
の山下柚実は「やっと私たちの世代の音楽が出て来た」と大学時代
を回想し、やはり優れた作家である小川洋子も「自分が悲しいとか
自分は怒っているといった自己憐憫ではない青春群像」と、佐野元
春というソングライターの資質を的確に言い表した。

むろん音楽的にはまだ未熟な部分もある。佐野にとって今も心の
拠り所となるザ・ハートランドと出会う以前の作品ということも
あり、幾つかの曲はビリー・ジョエルやギルバート・オサリバン
風であったりもする。彼が一貫して掲げてきたバンドとの連帯感
はまだまだである。それでも本作には佐野の理解者である伊藤銀
次との出会いがあり、デビュー作かくあるべし!と思わせる瑞々
しい躍動があり、言葉は景色のなかを抜け出しながら動き出して
ゆく。とくに「情けない週末」に聞き出せるナイーブはどうだろ
う。この曲でスケッチされたカップルは時計なんかいらないぜと
若さを謳歌する一方で、”生活と言ううすのろ”という魔物に怯え
てもいる。また「Please Don't Tell Me Lie」では「雨がいつか
きっときみを濡らすだろう」と暗喩を施すことによって、聞き手
それぞれが自由に想像を働かせる余地を残した。佐野ならではの
ソングライティングの萌芽である。

薔薇を束ねながら恋人のもとに走っていくのは、とても勇気がい
る。大抵の大人たちは自分が傷付かないように防御線を張ったり
クールな態度を決め込んだりするからだ。ところが佐野元春は
たとえその薔薇が愛する相手から冷笑的に返品されたとしても、
決してへこたれないぞ!という意志を秘めていた。そうして彼は
街に清い水を撒いていった。歌の主人公たちの鼓動をしっかりと
聞き取っていった。アルバム・ジャケットを見て欲しい。どこか
のブティックから降りてくる青年は、今まさに路上に踏み出そう
としている。彼は24歳になったばかりだった。

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by obinborn | 2014-12-28 12:55 | one day i walk | Comments(0)  

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