ALL THINGS MUST PASS

町歩きをしているとしょっちゅう解体工事に出喰わします。古い
ビルが壊され新しいマンションに建て替わったり、馴染みだった
個人商店がチェーンストアに変貌するのもしょっちゅうです。皆
さんも工事現場を見て「あれ、ここ前は何だったっけ?」と思わ
れることがあるでしょう。昭和の時代も遥か彼方に去り、日本全
体が産業の構造も含めて激変している只中なのだと感じます。確
かに古い建物や馴染みの店が続々と無くなっていくのは一抹の寂
しさもありますが、中華屋や床屋が代替わりをしその息子や娘が
店を継ぎたくないというのであれば仕方ないどころか、選択肢の
一つとして尊重したいです。

かつて東海道新幹線が開通した時にも古い鉄道の良さが失われる
という見解がありましたが、人間とは新しい環境に慣れてしまう
もので多くの人が新幹線や飛行機の便利を認めています。20年前
はパソコンを持っていなくメールのやり取りさえしていなかった
のですから科学とはまさに日進月歩ですね。例えば今では恐らく
ファックスを使う人も稀でしょう。つまり新しい交通機関や伝達
手段が出始めてくる当時は何やかんや文句を言うのですが、やが
てそれに順応していくのも人間の習性なのだと思います。ですか
ら一方的に昔は良かったとか昭和が懐かしいとかノスタルジーに
浸るのはためらわれます(再開発は防災の面からも考慮されたい)

東京オリンピックの開催が決定した時、多くの人が反対の声を上
げました。私もその一人でした。震災や放射能の後始末もままな
らないのにオリンピックをやっている場合ではないだろう、その
財源があるのならすぐに被災地に回せ、という意見です。しかし
ながら現実として開催が決まってしまったのであれば、どこまで
も頑に異を唱え続けるというのは少し違うような気がします。か
つてのオリンピックがそうであったように、今度の開催が東京を
21世紀に相応しい町へと変えていくかもしれませんし、雇用の促
進という経済効果を生み出すことも大いにある。気になるとすれ
ば地方との格差をより助長することですが、一極集中はオリンピ
ックというよりはむしろ産業全体の問題です。

自分という物差しは絶対ではありません。先日とある若者と話を
して印象的だったのは、大きな夢など持てないから小さな喜びで
生きていくといった彼の発言でした。つまり、かつての高度成長
期やバブルの時代と現在の日本とでは、依って立つ位相がまった
く違うということです。昔のフォークソングに「古い舟を今動か
せるのは古い水夫ではないだろう」という一節がありましたが、
時代が二周りくらいした現在、奇しくもその歌詞が戦後ベビーブ
ーマーの末裔である私に突き刺さってきます。
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by obinborn | 2015-01-18 15:59 | one day i walk | Comments(0)  

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