ティム・ハーディンの個人的な歌

アクースティック・ギターの弾き語りというとどうしてもフォー
ク音楽のそれを思い起こしてしまうのは仕方ないにしても、実際
には様々なバックグラウンドがあります。普段ロック・バンドを
組んでいる人が行う弾き語りには力強さと引き算が加わりますし、
ギター一本といっても北米とプエルトリコとブラジルとではやは
りリズムの感覚が異なると思います。そんなことを考えながらテ
ィム・ハーディンの音楽を聞いています。というのも60年代のア
メリカ東海岸のフォーク・シーンで活躍した彼にはジャズの語法
を昇華した独特の耽美的な世界があり、かつてライヴァル視され
ていたボブ・ディランと単純に比較は出来ないよなあ〜という思
いに駆られるからです。

68年の4月10日にニューヨークのタウン・ホールで行われたライ
ブを収録した『TIM HARDIN 3』は、ジャズのクィンテットをバ
ックに弾き語っているハーディンの姿が際立っています。とくに
ウッド・ベースのエディ・ゴメスは当時から著名なプレイヤーで
あり、ヴィブラフォーンのマイク・マイニエリに関して言えば、
70年代のフュージョン音楽シーンに欠かせない存在となっていき
ます。そんな二人を含めていた60年代後半のハーディンがいかに
先駆的だったかが解ろうというものです。実際このアルバムに聞
き取れる彼の音楽は内気めいた声といい複雑な和声といい、今な
お驚くほど新鮮で音楽的な魅力に溢れています。

そして何よりハーディンのソングライティングが世の中を糾弾す
るとか特定の政治団体に与するとか正義の旗を掲げるようなプロ
テストソングとは一線を画していました。むしろ彼が最も大事に
したのは個人的な事項を包み隠さず歌にするといった私小説的な
歌のあり方です。「ボルティモアから来た淑女」で恋人のスーザ
ンを讃えたハーディンはセカンド・アルバム『2』のジャケットで
妊娠した彼女とともに映っているほどです。そして筆者は何より
「ぼくが(しがない)大工であっても結婚してくれるかい?」(
IF I WERE A CARPENTER)と恋人に問い掛ける姿に激しく共感
したのです。反語的に「ぼくが資産家なら」とか「ぼくが有名で
あれば」といったフレーズを持ち出してみれば、彼がこの歌に託
した思いがより鮮明になっていくような気がしてなりません。

スーザンとの破局は後年のアルバムで痛々しいほどに語られてい
きます。むろんそうした自己憐憫のような歌を好まない人たちも
大勢いたでしょう。私個人も私小説よりは、もっとデフォルメさ
れた抽象詩(とサウンド絵画)に惹かれることは言うまでもあり
ません。しかしその一方で、こんなに馬鹿正直なまでに個人史を
音楽に託したハーディンを忘れるわけにはいきません。音楽サイ
トamassが最も素晴しいシンガー・ソングライターのアルバムと
して『TIM HARDIN 1』を選出したこと。その重過ぎる宿題を抱
えながら、今晩はもう少しハーディンの歌を聞いてみようと思っ
ています。

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by obinborn | 2015-01-29 18:12 | one day i walk | Comments(0)  

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