J.J.ケイルは今晩も黙しながら語る。

無口な男とは大変好ましいものである。私はこの歳になってやっと
信用出来る人間とそうでないそれを見極められるようになったが、
かくいう自分もつい口約束をしてしまうことがある。「絶対行くか
ら」「また遊びに来るよ」といった種類のリップサービスであり、
それを実行しなかった時は罪悪感に苛まれるのだ。それならば黙っ
ているほうが人の態度として遥かにマシというもの。ある呑み屋の
店主のこんな呟きはどうだろう「口先だけの奴は会計時に一発で判
るんだよ」

前振りはこれくらいにして、J.J.ケイルは最高峰の寡黙な男である。
実際に会ったこともなければ関係者の証言があるわけでもないので
あくまで彼の音楽から私が受けるイメージに過ぎないのだが、それ
でも歌われる言葉なり奏でられる演奏に性格が宿るのであれば、私
は間違いなく彼の人と音楽を愛していた。30数年に及ぶケイルの音楽         キャリアのなかで彼の態度は一貫していた。自分の信じるスタイ
ルが揺らぐことはなかった。私はその事実にただひたすら驚愕する
とともに、彼が74歳で人生を閉じるまで少しの時間彼と触れ合うこ
とが出来て良かった。最初はデビュー・アルバムの『ナチュラリー』
をレーナード・スキナード版CALL ME THE BREEZEの原作者という
意識で聞いたのだと思う。エアロスミスの新作を追いかけるのに精
一杯だった高校生にとってそれは背伸びした心持ちだった。

ケイルにとって第三作めとなる『オーキー』(シェルター74年)は
そんな男の黙示録であり、問わず語りのオクラホマ人によるオーキ
ー(南部からカルフォルニアに移動する季節労働者の意味)だろう。
それが計らずとも生粋のオクラホマ生まれでありながら、ロスアン
ジェルスに活路を求めていったスワンパーたちと二重映しとなって
いる。アルバムとしての聞かせ方も前2作以上。どの曲も同じじゃ
んという感想(駄目押しのようにI GOT THE SAME OLD BLUESが
B面ラストを締め括っている)を抱かせながら、カントリー・ナン
バーであるレイ・プライスのI'LL BE THERE(ニック・ロウとジ
ョン・フォガティも録音している)もあり、ロマンティックなCA
JUN WOMANと旅する男の物語ANYWAY THE WIND BLOWSも待
ち構えている。ケイルの故郷であるオクラホマ州タルサ、テネシー
州のブラッドリー・バーンとナッシュヴィル。この三カ所の演奏家
が違うロケーションがこの作品に幅を持たせたのだ。カントリー古
典PRESIOUS MEMORIESでの朴訥としたケイルのギターと、名手
レジー・ヤングの息を呑むようなオブリガードとの対比を聞けば、
J.J.ケイルの音楽はどれも同じ!とあなたは言えなくなるだろう。
そしてナイロン弦を張ってケイル自ら奏でるアルバムのタイトル・
トラックOKIEの楚々とした響きはどうだろう。この曲はわずか
2分にも満たないインストゥルメンタル作品だが、それ故にケイル
の声が聴こえてくるようだ。ところで今夜、呑み屋の店主に一体
何と声を掛ければいいのであろうか。

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by obinborn | 2015-02-06 19:09 | one day i walk | Comments(0)  

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