ハンブル・パイ『TOWN AND COUNTRY』

ハンブル・パイに関しては一般的にA&M移籍後のロッキン・ソウ
ル路線が人気があるようです。とくにブラックベリーズを起用し
ながら熱唱するスティーヴ・マリオットの勇姿は、いわゆるアメ
リカン・スワンプ愛好家たちからも支持されています。勿論私も
そんなパイが大好きなのですが、イミディエイト・レーベルに残
した彼ら最初の2枚のアルバム(『AS SAFE AS YESTERDAY IS
』と『TOWN AND COUNTRY』)を忘れるわけにはいきません。
ともに69年に発売された作品ですが、前者での翳りあるロックと
いい後者に於けるフォーク音楽への傾倒といい、フォーマットに
囚われていない自由な響きが心を打ちます。恐らく60年代末期と
いうロックにとって最も創造的だった時代環境も影響しているの
でしょうが、イミディエイトの倒産によりその魅力が(今も?)
広く知られていないのは残念です。『AS SAFE〜』にもALABAM
A '69やイアン・マクレガン作のGROWING CLOSERなどアーシー
なナンバーがありましたが、そんなダウンホーム指向が一気に開
花したのが『TOWN AND COUNTRY』(写真)です。

ザ・ハード出身のピーター・フランプトンが新グループを模索して
いたところ、マリオットの紹介によりジェリー・シャーリーがフラ
ンプトンと手を携えたことがパイ結成の発端であり、そこにスプー
キー・トゥースのグレッグ・リドリーが加わり、しまいにはスモー
ル・フェイシズでの活動に飽き足らなかったマリオットが合流して
このバンドは第一歩を踏み始めました。マグダリーン・レイバーと
いう小さな町のコテージで合宿生活を始めた彼らはそこで次第に目
指すべき音を固め、やがてロンドンのオリンピック・スタジオで『
AS〜』を、モーガン・スタジオで『TOWN〜』をレコーディングす
るのでした。フランプトンの淡いメロディが冴えるTAKE ME BAC
K、シタールとタブラを援用したリドリー作のTHE LIGHT OF LO
VE、穏やかな曲調のなかで緩急を付けていくシャーリーのCOLD
LADY、マリオットのEVERY MOTHER'S SON などメンバー全員
がソングライティングに関わっているのもこの頃の特徴で、後年
顕著になるマリオット&ヒズ・バンドといった独裁的なあり方と
ニュアンスが異なっている点も大変興味深いです。

そのEVERY MOTHERS SON(トラフィックに同名異曲)では「
ミシシッピ・クィーン号でニューオーリンズのバイユーに向かう」
という歌詞が出てくるなど、60年代末期のルーツ指向の一端まで
伺えるようです。元々スモール・フェイシズは激しいR&Bの一方
で牧歌的なオリジナル曲を作ったりティム・ハーディンをカバー
するなどフォーク音楽のエレメントも押し出していましたが、そ
んな側面が一気に開花したような印象です。スモール・フェイシ
ズから新たにフェイシズへと改めて発表した『FIRST STEP』の
一曲めがボブ・ディランのナンバーだったことも一緒に考え合わ
せると、『地下室』のブートレグ(もしくはアセテート盤)や『
ジョン・ウェズリー・ハーディング』が当時のブリティッシュ・
ロックに及ぼした影響が自ずと見えてきます。そんな意味でもハ
ンブル・パイの『TOWN AND COUNTRY』は意味深なアルバム・
タイトルとともに英国ロックの隠れた遺産だと思います。なお
余談ですが、後年になってマリオットがかつてのバンド・メイト
だったロニー・レインと共同名義で発表したアルバムにも、この
『TOWN AND COUNTRY』の匂いが溢れていました。

e0199046_14501150.jpg

[PR]

by obinborn | 2015-02-18 14:51 | one day i walk | Comments(0)  

<< 『歌追い人たちのアメリカ』 ローラ・ニーロと冬の一番星 >>