佐野元春「君がいなくちゃ」を聞いて

一曲を何度も繰り返しながら聞くのはいつ以来のことだ
ろう。ぼくが中学や高校生だった頃は45回転のドーナツ
盤にそうして親しんだものだが、あれから随分長い歳月
が経ってしまった。そんなことを思い出しながら佐野元
春の新しいシングル「君がいなくちゃ」をリピートして
いる。正確にはお金と対価でダウンローディングした音
源なのでシングル盤と呼ぶにはいささか戸惑いがあるも
のの、それでも彼の新しい歌がアルバムの予告編として
届けられたことを喜びたい。

何でもこの「君がいなくちゃ」は佐野が16歳の時に作っ
た曲だという。長い間眠っていたこの歌を今何故掘り起
こしたかは解らない。しかし今回それがザ・コヨーテ・
バンドによる重心の低いミッド・テンポの膨らみのある
演奏で披露されると、まるで生まれたての歌のように響
き渡ってくる。歌の主人公はここで何度も何度も「君が
いなくちゃ」と繰り返している。その他の部分の歌詞も
簡潔さが際立つくらいだが、そこに込められた想いは彼
が16歳だった頃と今現在とでは重みが違うような気がす
る。

特定の友人や恋人に向けられた”君”というよりは、もっと
抽象化された他者としてのそれ。佐野元春の音楽を以前か
ら耳にしてきた者なら、彼が自分が悲しいとか自分は怒っ
ているといった感情発露よりも、”君”との関係を辛抱強く
築こうとしてきたことが解るだろう。古くは「君を探して
いる」がそうだった。震災後にまったく別の意味を携えな
がら迫ってきた「君を連れてゆく」がそうだった。そして
彼は聞き手を励ますように”今までの君は間違いじゃない”
と歌ってきた。茜色に暮れなずむ空を見つめながら”また
君に会えるのはいつの日のことになるだろう”と歌ってき
た。

どんなに美味しい食事でも一人で食べるより大事な誰かや
気の許せる仲間たちとテーブルを囲むほうが楽しいに決ま
っている。自分という弱々しい小舟で社会という荒波に漕
ぎ出していく時、それを見守ってくれる相手がいたらどれ
ほど心強いだろう。一人遠く離れた土地を旅している時、
誰かからの便りに人は思わず頬を緩める。「ぼく一人が幸
せでもそれを幸せとは呼ばない」と言ったのは誰だっただ
ろうか。

そういえばソウル音楽の語彙が込められた「君がいなくち
ゃ」のビートは心臓の心拍数や歩く歩幅に似ている。BPM
で測量するならば、比較的遅めのリズムだろう。それでも
じっくりとした息遣いと着実な歩みを感じさせるリズムが
この曲に生命を与えている。今度佐野元春に会う機会があ
れば、真っ先にそのことを伝えよう。

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by obinborn | 2015-03-06 11:01 | rock'n roll | Comments(2)  

Commented by caorena at 2015-03-08 03:01
私も繰り返し聴いています。
重心が低い、に納得。ライブで聞いた時とは趣が変わり、落ち着いた雰囲気になりましたよね(詳しくは私もブログ作成中ですのでそちらに書きます)
音も、歌詞も、とても奥行きのある一曲だと思います。
Commented by obinborn at 2015-03-08 08:39
ホント、そうですね。落ち着いたミッドテンポが心地よく、歌詞がより伝わってくるようです。
ブログ、楽しみにしています!

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