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奥田英朗『田舎でロックンロール』を読んで

「中学生にトラフィックの『オン・ザ・ロード』は無理。
それは中学生にフェリーニやヴィスコンティを鑑賞させ
て『感想を述べよ』と言っているようなものだ。二枚組
だから値段は三千三百円であった。中学生にとってこれ
がどれだけ大金か、よほどお金持ちの子でない限り、容
易にお判りいただけるだろう。ああ大失敗。私はロック
好きの友だちに『何かと取り替えっこしない?』と持ち
かけ、貸したのだが『ふざけるな』と突き返された。そ
れほど取っ付きにくく、間口が狭いのである(みなさん、
試しにいっぺん聴いてみ)」

そんなエピソードの数々が満載された奥田英朗の『田舎
でロックンロール』を楽しく読んだ。ジョン・レノンの
軽井沢滞在に着想した『ウランバーナの森』(97年)で
デビューした奥田さんは最も気になる作家だが、彼はロ
ック通としても知られている。それも驚くほどぼくと好
みが似ているので勝手に親近感を覚えてしまった。こう
した”洋楽青春期”のエッセイは、ともすれば懐古的にな
ったり感傷過多になってしまったりするが、現在の地点
からユーモアとともに笑い飛ばしているのがいい。また
ディープ・パープルやベック・ボガート&アピスのハー
ド・ロックから始まり、次第にザ・バンドやライ・クー
ダーといったルーツ・ロックへ興味を広げていく過程も、
70年代が丸ごと10代だったオクダ少年の心の動きをうま
く捉えている。アマチュア・バンドを結成するというあ
りがちな設定ではなく、”聞くこと”に徹している点も新
鮮だ。

ご本人自ら「音楽の趣味はガンコです」と認めるように、
愛するスティーリー・ダンやマイク・フィニガンに情熱
を注ぐ一方、洋楽のコピーとして日本のロックを批評し
たり、パンク・ロックの単純さや音楽性のなさを嘆いた
りと気骨あるところも示している。その意見に全面的に
同意するわけではないけれど、久し振りに筋の通った音
楽の文章を味わった。エッセイは1972年に始まり77年に
終わるのだが、その理由を奥田さんは商業主義に走って
いったロックと位置付ける。確かに78年前後辺りから、
音楽を取り巻く何かが変わってしまったような実感が筆
者にもある。

それはともかくこの『田舎でロックンロール』を読んで
いると、初めての外タレコンサートにドキドキしたり、ク
ラスメイトと一日中レコードを聞いていた日々を懐かしく
思い出す。一枚のアルバムのなかに大きな世界が待ってい
るようなワクワク感。ちなみに現在の奥田さんは中学生の
時に解らなかったトラフィック『オン・ザ・ロード』を愛              聴されているとのこと。大人になって失ってしまうものも
あれば、時間とともに成長していく耳もある。音楽を介在
にして、かつてのオクダ少年と現在の奥田さんがボケとツ
ッコミをしているような痛快さがあり、三時間で一気に読
んでしまった。またいつでも読み返したいな。むろんレコ
ードを聞きながら。

奥田英朗『田舎でロックンロール』を読んで_e0199046_16424368.jpg

by obinborn | 2015-05-13 16:43 | rock'n roll | Comments(0)  

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