子供たちに特定のイデオロギーを押し付けるな!

近所にある画廊がずっと「安倍政治は許さない」のポスター
を貼っていて気になっていたのだが、今日通り掛かったら外
されていた。ポリシーがあるならば政権の終焉を見届けるま
でずっと貼り続ければいいのにと思うのだが、商い上得策で
はないと判断したか第三者からアドバイスされたかのどちら
かであろう。個人的にはこうしたポスターを貼ったお店に出
向くことはない。信条の自由とは別に町の画廊とかレストラ
ンとか床屋とかは中立性を担保しなければならないからだ。
ところがそうした意見を言うと、鬼の首を取ったかのように
圧力が掛かったと言い出す連中がいる。以前地方の七夕祭り
で打倒安倍といった短冊が吊るされ問題になったことがある。
町の恒例行事に特定の政治思想を持ち込まないのは当り前だ
と私は思うのだが、これでもかと被害妄想を言い連ねる人々
っているんだね。重要なのは異なる意見の交換であり一定の
イシューを掲げることではない。しかしながらそれが解らな
いとはホント困ったものだ。数年前の『裸足のゲン』騒動に
も根っこにはこうした偏った見方があるのでは?『裸足のゲ
ン』はご存知の通り最初は原爆の悲惨さを訴える優れた漫画
だったが、やがてある機関誌に定期連載されるようになって
から「戦争のすべては天皇のせいだ!」と語らせるなど極端
に政治色を強めていく。そのような漫画が図書館に置かれる
ことに疑問が発せられるのは、圧力どころではなく、むしろ
多様な考え方を保持するうえで健全な論議と言うべきだろう。
同じ被爆マンガでも私は『桜の国:夕凪の町』で描かれるこ
んなシーンが好きだ。算数の出来ない生徒に向かって先生は
こう優しく諭すのだ「何でも原爆のせいにするのは良くない
よ」少なくともそこには「個」が自立していくための眼差し
があり、読み返すたびにハッとさせられる。そう、大事なの
は掲げられたプラカードや貼られたポスターの硬直した主張
ではなく、個人個人が柔らかい気持で育んでいく感性なので
ある。未来の子供たちが特定の思想に染まらないことを私は
祈らずにはいられない。

e0199046_131178.jpg

[PR]

by obinborn | 2015-10-22 13:11 | one day i walk | Comments(0)  

<< 『ナッシュヴィル・スカイライン... このまえ麻田浩さんと >>