リオン・ラッセルの足音

「まるで綱渡りのようさ。俺はワイアーの上を歩いているん
だ。片方には情熱の炎が燃えているけど、もう一方は凍て付
く氷が待っている。俺は見世物なのかい?」そんな風に歌い
出されるTIGHT ROPEが全米チャートを駆け巡ったのは、72
年9月のことだった。華美なショウビジネスの裏側にある落と
し穴を描くばかりか、市井の人々にも日々起こる成功と失敗
の紙一重を仄めかした同曲は、最高11位へとランクインする
リオン・ラッセル最大のヒット曲となった。

そのTIGHT ROPEで始まる72年のアルバム『CARNEY』は、
どこから切り取ってもこれまでのリオンとは違っていた。荒
ぶれるスワンプの首長とか、ジェリー・リー・ルイスのアッ
プデイト版といった従来のリオン像から逸脱したイメージは、
ジャケットが写し取っていた。仮面の告白とでも言うべき白
塗りした陰鬱なリオン。反してアルバム・タイトルはカーニ
ヴァルを語源としたカーニー、つまり祝祭の日。その対比に
感受性豊かな多くのファンが、ロック・スターの栄光と挫折
を、あるいは自分自身の未来への漠然とした不安を、そっと
重ね合わせていった。

こうしたダークなテイストは、社交辞令的パーティの孤独を
観察したTHIS MASQUEREADE(カーペンターズとジョージ
ベンソンがカバー)や、麻薬で命を落とした恋人への哀歌M
E AND BABY JANE( メリージェーンはドラッグの隠語)で
追い打ちをかけるように強調されていく。これまでのリオン
らしいロック・ナンバーは実際ROLLER DERBYのみであり、
MANHATTAN ISLAND SERENADEのモダンなバラードや、
まるで影絵のように浮かび上がるCAJUN LOVE SONGが傷
口を癒すように配置されている。そんな意味ではソングライ
ターとしてのリオンを知らしめたナイーヴな記念碑が『CAR
NEY』だった。わずか45秒の間に町のざわめきを模写した
タイトル・トラックと、それに続く幽玄なACID ANNAPOLI
Sのサイケデリックな酩酊感覚は、ロス・ロボスやラテン・
プレイボーイズの先駆けのよう。そんな倒錯した音空間のな
かでR&Bのピアノ感覚を生かしたMY CRICKETの歌心がと
りわけ光っている。

アルバム一枚を通して人生の暗い側面を一本の映画のように
落とし込んでいくという意味では、ニール・ヤング&クレイ
ジー・ホースの『TONIGHT'S THE NIGHT』に匹敵するかも
しれない。去りゆく人の足音の如くB面最後に置かれたMAGI
C MIRRORがエンドロールとなって、これまでのストーリー
を鎮めていく。華やかなパーティが終われば誰もが始発の駅
に向かって一歩を踏み込んでいく。言葉にはならない。ただ
二日酔いの頬を、冷えきった早朝の冷気が撫でていく。そん
な気持に寄り添うロック・アルバムを見つけたのは、筆者の
場合この『CARNEY』が初めてのことだった。

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by obinborn | 2015-11-08 20:33 | one day i walk | Comments(0)  

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