ニルス・ロフグレン『クライ・タフ』

90年代の頭に渋谷のクアトロで観たニルス・ロフグレンは
生涯の記憶に残るショウだった。私もまだ若かったのだろ
う。出待ちしてニルスにサインを貰った記憶が今となって
は懐かしい。76年にリリースされた『クライ・タフ』はグ
リン出身の彼にとって2作めのソロ・アルバムで、今もっ
て最高傑作という声は高い。以降もキャリアを進めていく
アーティストにとってそんな讃辞は酷だろうか。それでも
代表作がある小説家が末永く大衆に親しまれるように、当
時まだ20代だったニルスが本作をバネに飛躍していったこ
とを讃えたい。この『クライ・タフ』が発売された76年は
パンク/ニューウェイブの台頭もあって、ニルスのような古
いタイプのロックを新しい形で守護するようなソングライ
ター&ギタリストは現れにくい状況だっただけに、筆者は
手放しで喝采を叫んだ。ヤードバーズの「フォー・ユア・
ラヴ」を狂おしいまでに熱演していたことが何よりも彼が
どういうロックを好きだったのかということを、言葉以上
に言い含めていた。アルバム全体も小回りが利くサウンド
が心地好く、飄々としたヴォーカルとともに偉ぶるところ
が一切ない。歌詞にしても「ユニオン・ホールに行くには
出遅れてしまったけれど、ドクター・フィールグッドが俺
を待っていてくれていたんだ!」(クライ・タフ)なんて
いう素敵な一行がさりげなく書かれている。先ほどニルス
のことを”古いロックの新しい守護者”と米ローリング・ス
トーン誌のデイヴ・マシューのようなことを書いてしまっ
たけれど、今こうして聞き直してみればその理由が解る。
ジム・ゴードンのオカズ盛り盛りのシャープなドラムスと
チャック・レイニーもしくはポール・ストゥールワースに
よるニュー・ソウル感覚に満ちたベースとが幸福に出会っ
ていたのだ。76年以降ロック音楽は細分化する一方だった
が、リズム・セクションにこんなケメストリーが生まれる
瞬間があったことを筆者は忘れたくない。「あなたが弾い
たニール・ヤングのSpeakin' Outのギターに痺れてファン
になりました」拙い英語でそう伝えると、ニルスはそっと
微笑んでくれたのだった。

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by obinborn | 2016-01-06 00:25 | rock'n roll | Comments(0)  

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