もっと人から嫌われたい その2

7日の朝刊に翻訳家の池田香代子さんのインタヴューが掲載
されていた。内容はテロ時代への認識を池田さんらしいリベ
ラルさで語った興味深いものだったが、付随事項として彼女
が原発問題に触れ「左派にも同調圧力はある。放射能はどん
な少量でも許してはいけないという論調には私は賛成しませ
ん」と発言したことに我が意を得た。実際福島に於ける放射
能や甲状腺ガンの問題にしても、いわゆる極左と呼ばれる連
中ほど客観的なデータを無視して極端にその汚染図をデフォ
ルメしつつ拡散する傾向にある。これには地元で地道に復興
への道筋を付けようと奮闘してる人々が相当迷惑しているら
しい。それはそうだろう。あることないこと撒き散らし騒ぎ
立てる勢力の多くは決まって東京の活動家たちなのだから。
以前岩上安身が「福島で奇形児が生まれそうです。これを”
特ダネ”としてレポートします」と発言して大顰蹙を買った
(岩上はのちに謝罪)のだが、町の実態を冷静に見るのでは
ない彼らの傾向はどうにかならないものか。ちなみに社会学
者の開沼博さんはこうした状況を地元の立場から戒め、かつ
科学的なデータを随時提出しながら復興に尽力されている。

同調圧力があるのは何も政治ばかりではない。先日ケネディ
・センターで行われたキャロル・キングの式典でアリーサ・
フランクリンが歌った「ナチュラル・ウーマン」に感動した
という人たちは多かったのだが、私はちっとも良いとは思わ
なかった。総じてアリーサの歌唱はケレン味たっぷりの大仰
さが目立ち音も野暮ったく、「窓辺で私は朝の雨を見つめて
いる」という序盤の静謐な一行が全然生かされていなかった。
やはりこの曲は作者キャロルが淡々と弾き語ったオリジナル
のスタジオ・ヴァージョンに尽きる。

SNSなどで極端に可視化が進むと、皆が誉めているものを自
分も好きにならなければおかしいのではないか?とつい思い
がちだが、それこそ同調圧力の正体である。私が彼らと決定
的に違うのは、彼らが往々にして他人からもっと好かれたい、
友だちをもっと増やしたいと願っているのに対し、私には人
から嫌われてもまったく構わないという覚悟があることだろ
う。要は100人との薄〜いコミュニティーよりは10人との密
な付き合いを優先するのが私のウェイ・オブ・ライフなのだ。
自分の感性を曲げてまで人々と群れようとは私は考えない。
そんな友だちならいらない。
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by obinborn | 2016-01-09 16:59 | one day i walk | Comments(0)  

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