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音と見識

13日の朝刊で巻上公一さんが的確なボウイ評を書かれていて
救われた。他の方が自分の仕事との関係からどうしてもボウ
イとの交遊を披瀝してしまう(それも仕方ないけど)のに対
し、巻上さんはミュージシャンとしての観点から冷静に洞察
されていたのが印象的だ。ボウイへの評価は様々あるだろう
が、巻上さんが自分の直截的な感情吐露ではなく、虚構のな
かで物事の屈折率を変えたとの旨を指摘されたことは、ぼく
も極めて重要だと考える。シンガー・ソングライターという
自作自演歌手の場合、とかく彼や彼女が作った歌世界が当人
の個人史を反映したものだと思われがちだが、ボウイはそう
した私的なソングライトを避け、その時々で様々なペルソナ
を立てた。宇宙から地球に落ちて来た男を演じるという初期
のSF的な設定を始め、ベルリンの冷たい壁に立ち尽くす思索
的な男、ファンクのリズムを求めてアメリカを横断する男な
ど、時代時代でボウイは”古い服を脱ぐように”次々と新しいキ
ャラクターを演じたのだった。個人的にはダンス・ミュージッ
ク度が高くなった『レッツ・ダンス』以降は彼への興味をなく
してしまったが、やはり『ロウ』や『ヒーローズ』までのボウ
イは革新的だったと思う。また意外と語られないのだが、ソウ
ル・ミュージックに接近した『ヤング・アメリカンズ』や『ス
テイション・トゥ・ステイション』ではヴォーカリストとして
の魅力が炸裂。その音域の広さに驚いたものだった。この時期
の作品はボウイにいつまでもグラム・ロックのイメージを求め
るファンから反発されたが、過去の自分の肖像を大胆に塗り替
えていく手法が彼らしい。またカヴァー集の『ピンナップス』
ではプリティ・シングス「ロザンヌ」ゼム「ヒア・カムズ・ザ
・ナイト」ザ・フー「アイ・キャント・エクスプレイン」など
英国のビート曲を楽しませてくれた。ここら辺に音楽好きとし
ての彼の本音が見え隠れしているのではないだろうか。訃報に
接して涙は出てこなかった。きっと近年の彼を無視し続けてき
た自分への罪悪感も関係しているのだろう。だからぼくは彼を
追悼しない。たまたま地球に落ちてきた男が様々なペルソナと
なって私たち(孤独、群衆心理、未来への恐れなどが私たち)
を啓発し続け、物事を違う側面から見るように促し、今再び
宇宙へと帰っていった。その軌跡は恒久の星のように今も燦然
と煌めいている。

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by obinborn | 2016-01-13 13:58 | rock'n roll | Comments(0)  

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