吉田拓郎の肖像

昨夜(12日)の『報道ステーション』に出演した吉田拓郎は
立派だった。70歳を迎えた自分のことを偽らず率直に語るそ
の姿に好感を抱いた。とくに印象的だったのは古館アナウン
サーが”歌謡曲とフォークとの対立軸"にハナシを向けた時、
拓郎があっけんからんと「今思えばボクはフォークの側ではな
かったと思うんです。ナベプロからデビューしてジュリーのよ
うになるほうが相応しかったのかもしれません」といった旨を
語っていたこと。もともと彼はもっともらしい言説が大嫌いな
人だった。トライブ(部族)やセクト(派閥)の窮屈さに異を
唱え、”汚いジーパンを履いて歌う”フォークソングの世界を抜
け出し「襟裳岬」や「シンシア」で歌謡曲にアプローチした。
そんな拓郎に対するフォーク原理主義者たちの批判は厳しく続
いたが、彼は何より自分に正直であることを選択した。元々は
故郷の広島でバンドを組み、レイ・チャールズなどのR&Bを
歌っていた人である。そんじょそこらのにわかフォーキーたち
とは音楽の成り立ちが違う。また岡本おさみに作詞を担当させ
た「祭りの後」に関しては、昨夜の番組で「とても20代が背負
える歌ではなかったね」と現在の心情を吐露した。そんな点に
ぼくは拓郎の人間味を感じずにはいられない。そのひとつひと
つの発言に、ユーモアの感情があったこともポイントだ。様々
な誹謗中傷や人気歌手故のねたみやそねみを受けながら、けっ
して屈しなかった吉田拓郎という肖像。いつかの彼にこんな
歌詞があった「自由を語るな、不自由な顔で」あるいは「自然
を感じるなんて、何て不自然なんだろう」イデオロギーという
悪弊にいち早く”アカンベ〜”とばかり背を向け、やっと一人に
なった自分に勝利しながらも群衆とともにいる喜びを願い、
もっと自由であっていいじゃないかと問い掛けたかつての青年。
それらは今もぼくを震わせ、反抗という血潮をこの身体にそっと
打ち付けてゆく。

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by obinborn | 2016-02-14 00:16 | rock'n roll | Comments(0)  

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