ニール・ヤング『今宵その夜』
命を落としてしまった彼のローディだったブルース・フェリ
ーと、クレイジー・ホースのギタリストだったダニー・ウィ
ットンに捧げられたアルバムだ。何でもメンバー全員がテキ
ーラを痛飲しながら夜中に始めたセッションをそのまま録音
したらしく、演奏はかなりラフで編曲が練られているわけで
もないが、それ故に生々しい感情の襞が伝わってくる。よく
こんなレコーディングをメジャー会社のリプリーズがO.Kし
たものだと思う。マーケッティングが隅々にまで行き亘った
現在ではおよそ考えられない光景だが、ぼくは『渚にて』と
並んでニールのなかでは最も好きな作品だ。ストーンズ「レ
ディ・ジェーン」のフレーズを盗んだと告白する「ボロード
・チューン」でのピアノの弾き語り、ニルス・ロフグレンが
蒼白い炎のようなギターで貢献する「スピーキン・アウト」、
ダニーがヴォーカルを取ったクレイジー・ホースのライブを
収録した「カモン・ベイビー・レッツ・ゴー・ダウンタウン」
など忘れ難い曲が多い。なかでも”ハイスクールの頃のように
裸足になって川でパシャパシャ泳ぎたい。小銭を鳴らしなが
らね”とニールが本当に泣きながら歌う「メロー・マイ・マイ
ンド」には胸を突かれた。また”その疲れた眼をもう一度開け
ておくれ”と懇願する「タイアード・アイズ」も聞く者を揺さ
ぶる鎮魂歌である。いずれも歌いたいことがあるから歌うと
いう態度に徹しているから音楽に嘘がないのだろう。ここか
らは個人的なことになるが、ぼくも何人かの友人や知人が対
岸に渡ってしまう現実に幾度か晒されてきた。そんな場面は
残酷なことだが、これからは加齢とともに増えてくるに違い
ない。またいつ自分が死の淵に立つのかもわからない。それ
はニールの曲を借りれば”ギターの弦のように細い世界”(W
orld on a String)なのかもしれない。そんなことを考えなが
ら二度目のA面に針を落としている。何だか今夜は眠れそう
にない。
by obinborn | 2016-02-25 23:07 | rock'n roll | Comments(0)