ダグ・サームとボブ・ディランの出会い

ダグ・サームの伝記『TEXAS TORNADO』をほぼ読了。こち
らは英語なのであくまで流し読みでしたが(汗)、黒いスー
ツを着てブリティッシュ・インベンションに対抗したサー・
ダグラス・クィンテット65年のデビュー時の苦労話から、シ
スコのアヴァロン・ボールルーム(のちのフィルモア・ウェス
ト)でビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーや
クイックシルヴァー・メッセンジャーの連中と共演した様子、
西田さんご指摘のマネジャーを介したトレイシー・ネルソンと
SDQの絡みなどが語られていきます。なかでも多くのページを
73年の傑作『ダグ・サーム&バンド』に割いている部分はクラ
イマックスかもしれません。ちょうどドクター・ジョンの『ガ
ンボ』(72年)をプロデュースしたばかりのジェリー・ウェク
スラーがその経験を生かしながらダグに相応しい共演者たちを
吟味し集めていった様子がリアルであり、フラーコ・ヒメネス
のチカーノから、デヴィッド・ニューマンのようなアフリカン
=アメリカンまでが一堂に会したセッションは、クロス・カル
チャーの最高峰を伝えるものとなりました。ドクター・ジョン
が最も得意なピアノではなくオルガンを弾き、元々はオルガン
奏者のオーギー・マイヤーズが主にピアノを担当したという、
まるで変化球のような事実を私はここで初めて知りました(
私なりに邪推すればドクターのピアノだとシンコペ感覚があま
りに強烈なので、ダグのカントリー・ソウルには合わないとウ
ェクスラーが的確に判断したのだと思います)それはともかく、
このセッションに参加したボブ・ディランは亡きダグ・サーム
に対して次のような讃辞を贈っています「ダグのSHE'S ABOU
T A MOVERと私のLIKE A ROLLING STONEはちょうど同じ65
年にヒット・チャートを駆け巡った。ダグはとても大きなソウ
ルの持ち主で私たちはいつしか同じ土壌に生まれた音楽を共有
し、ともに演奏する仲間となった。私たちはハンク・ウィリア
ムズの歌に声を合わせた。それ以上の体験は未だかつてないよ。
私はダグの天衣無縫を愛し、ダグの壊れそうなまでの繊細さに
触れた。私はダグを永遠に失ってしまったが、彼は研ぎ澄まさ
たまま、今もここにいるんだ。私とダグは人生の幾つかの局面
で出会い、ともに幸運な時間を過ごしたんだよ」

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by obinborn | 2016-03-08 18:08 | blues with me | Comments(0)  

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