佐野元春『GRASS』

今夜の元春レディオショウで「君を失いそうさ」を聞けたので、
思わず引っ張り出してきたのが『GRASS』アルバムだった。
「君を失いそうさ」の新しいミックス・ヴァージョンを含む本
作は、2000年の11月にリリースされた佐野元春の”裏ベスト盤”
であり、ライブではめったに演奏されない曲を中心に彼自身が
選曲し新たなミックスを試みた。今晩の放送では「99年には
CDがかつてほど売れず、音楽業界が低迷し始めた。ぼくにとっ
ては”驚くに値しない”ことだったけど、レコード会社の仲間たち
が次第に元気を失くしていくのを見るのは辛かった」との旨に
留めていた佐野だが、彼とエピック・ソニーとの関係は悪化の
の一途を辿っていった。「レコーディングの最中に会社の重役
がやって来てこう言うんだ”もっとSomedayのようなヒット曲
を書いてよ”」エピックでの最終作となった『STONES AND E
GGS』の制作現場では、実際そんな険悪な空気が漂っていたら
しい。そんな混沌とした状況のなかでリリースされた『GRAS
S』はどうだろう。これほど佐野の輝かしいキャリアに背くよ
うなダウナーな作品集も珍しい。「欲望」「ジュジュ」といっ
た比較的ポピュラーな楽曲でさえ、オリジナル・ヴァージョン
にあった高揚する気持ちが、断末魔のように消されているくら
いだ。

それでもこの時期の佐野はあえて羽根を休め、来るべき時代へ
と備えていたのだろう。その様子は厳しい季節に冬眠する野性
の動物を思わせる。『GRASS』アルバムは「モリソンは朝、
空港で」をもって幕を閉じる。しかし、どうか最後まで聞いて
欲しい。そこには「サンチャイルドは僕の友達」が新しい産毛
のように待ち構えているから。その暖色のトーンが長い冬を経
て、再びザ・ホーボー・キング・バンドを携えた04年の傑作『
The Sun』へと結晶していく。メジャー会社のエピック・ソニ
ーから、佐野が自ら興した自主独立のインディ・レーベル、デ
イジー・ミュージックへ。その劇的な変革期を捉えた中間報告
として、ぼくはこの『GRASS』を秘めやかに愛さずにはいられ
ない。

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by obinborn | 2016-03-16 01:37 | rock'n roll | Comments(2)  

Commented by caorena at 2016-03-31 00:12
私、このアルバムは、小尾さんも書いていらっしゃるように、最初聴いた時に息苦しい印象があって、それからしばらく聴かずにいたんです。
でも、あるときふと聞きなおしてみたら、なにかこう、胸に迫るものがあって。
小尾さんのこの文章を読んで、それが何故だったのか、ちょっとわかったように思いました。
ありがとうございました。
Commented by obinborn at 2016-03-31 06:54
やはり最初はとっつきにくいアルバムですよね。とても
ビギナーには薦められないですし。でもジャケットが伝えてい
るようにあえて混沌した気持を表現したこのマニアックな裏
ベストに今は感謝しています。

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