ディノ・ダネリのこと


「ディノ・ダネリのドラムスにはスタジオ・ミュージシャン
にはけっして出せない奔放さがある」武蔵小山のレコード店
ペットサウンズの森勉さんが、そうお書きになられていたの
を読んだ時、ああ、この人は本当にラスカルズを愛されてい
るんだな、と心底嬉しく思ったことがある。

1960年代にはザ・バーズの「ミスター・タンブリンマン」の
ように、メンバーのマイケル・クラークではなく、スタジオ
集団レッキング・クルーのハル・ブレインが”虎”となってド
ラムスを叩いているようなケースが少なくなかった。まだ音
楽ビジネスが未熟であり、ミュージシャン自身が主導権を握
るような状況はなかった。

そんな時代のなか、66年にデビューしたヤング・ラスカルズ
は健闘した。アトランティックという自覚的なレコード会社
と、トム・ダウドやアリフ・マーディンといった優秀なスタッ
フに彼らは恵まれた。でもそれだけのことではない。自分たち
の歌を自分たちの演奏で届けたい。そんな想いはニューヨーク
周辺のクラブ・サーキットでトップ40を演奏しながら修行を
積んだメンバーたちのプライドでもあっただろう。しかも彼ら
の場合、フェリックスがハモンド・オルガンのフット・ペダル
で低音部を支えていたから、専任のベース・プレイヤーはいな
かった。ベース奏者が示す明確なラインなしで、ドラムスに向
かっていったディノ・ダネリは一体どんな心持ちだったのだろ
う。

アルバム『COLLECTIONS』は「ダンス天国」でB面の最後を
閉じる。その演奏のなか、ヴォーカルのエディ・ガバルッティ
がメンバーを紹介していく。そう、「オン・ドラムス、ディノ
!」「オン・オルガン、フェリックス!」といった具合に。
それはとても誇らしい光景だった。ぼくがかつてリンゴ・スタ
ーやチャーリー・ワッツのドラムスに心揺さぶられたのと同じ
ように、ディノは情熱とともにしっかりバスを踏み、スネアを
刻み、ここぞという展開でトップ・シンバルの音を高らかに鳴
らしている。

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by obinborn | 2016-06-06 00:45 | rock'n roll | Comments(0)  

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