追悼:デイヴ・スゥオブリック〜あなたの音楽に出会えて良かった

デイヴ・スゥオブリックがフェアポート・コンベンションに
初参加したのは1969年7月のことだった。マーティン・ラン
ブルを交通事故で失うという悲劇に見舞われ、存続するかど
うかの瀬戸際に立たされていたバンドは、ある日トレヴァー
・ルーカスの家にスゥオブリックを呼び、一緒に音を奏で始
めた。彼の楽器はヴァイオリン。その調べはいつしかフェア
ポートの一翼となり、バンドを黄金時代へと導いていく。69
年の夏から秋にかけて彼らがレコーディングに取り組んだ『
リージ&リーフ』アルバムは、やがてフェアポートの記念碑
となった。

そのスゥオブリックが亡くなってしまった。近年は足腰が衰
え車椅子に座るなど体調が心配されたが、とうとうその日が
訪れてしまった。『リージ』のB面に収録された「タム・リ
ン」で枯れ葉のように舞うスゥオブリックのヴァイオリンが
大好きだった。そのフレーズはときにイングランドの凍て付
いた大地を思わせた。寒さにじっと耐える冬ザクロのような
孤独を醸し出した。そしてロック・バンドにヴァイオリン奏
者がいてもいいんだ!という発見は、後進に勇気を与えてい
く。この日本に限っても、はちみつぱいがそうだった。彼ら
を母体にしたムーンライダーズがそうだった。彼らの仲間の
あがた森魚がそうだった。

『リージ』アルバムのジャケットをかざしてみる。フェアポ
ートのメンバーは自分たちの新しい音にきっと手応えを感じ
ていたのだろう。そんな気持を物語るようにメンバー6人の
顔がしっかりと写し出されている。サンディやリチャードと
いった顔役はもとより、バンドの母体を支えたサイモン・ニ
コルがいる。頑固そうなアッシュレイ・ハッチングスがいる。
重厚なドラムスを叩くデイヴ・マタックスがいる。そしてデ
イヴ・スゥオブリックがいる。皆んながいる。誰一人として
欠けていない。フェアポートの音楽はこれがトラッドでこれ
がロックだというつまらない論議や、アクースティックかエ
レクトリックかという退屈な垣根を飛び越えながら、今日も
なお迫ってくる。そのど真ん中には確かな腕のヴァイオリニ
ストがいた。スゥオブリックさん、今までありがとうござい
ました。あなたの音楽に出会えて良かった。

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by obinborn | 2016-06-06 12:29 | one day i walk | Comments(0)  

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