一拍のニュアンス

オンとオフしか選択ぜず中間は排除。このように行間が読めなく
なった背景には、即時性が強く、しかも匿名で物を言えるネット
の影響があるのだろう。まともな人間であれば、その人が総意と
してどういうことを言いたかったのかを汲むものだが、文脈を無
視してワンフレーズのみに反応しジャッジし、果ては炎上へと持
ち込む風潮が当たり前になってしまった。そういう意味では昨日
挙げたミスチルの桜井さんがおっしゃるように「人々は解り易い
ドラマを求め過ぎている」のかもしれない。そこから零れ落ちて
しまう逡巡のほうが遥かに大事なのにもかかわらず。

行間を音楽に置き換えてみよう。私達は通常意識せずとも裏拍と
いうものを感じている。フリーの「オールライト・ナウ」のドラ
ムスが好例だと思うが、頭一拍を抜かすサイモン・カークに譜面
では表現出来ないタメを発見し、それがいわゆるグルーヴの根源
となるのだ。ビートルズの「抱きしめたい」やストーンズの「ブ
ラウン・シュガー」のイントロを聞いてみよう。ジョンにせよ、
キースにせよ、頭の一拍を深呼吸するように念頭に置きながらも、
実際のギター・カッティングは裏拍から入っている。それを感じ
るか感じないかで、それぞれの曲に関する理解はまるで違ってく
るはず。行間を読めない人は、きっと裏拍のニュアンスや醍醐味
は解らないのだろう。まして旋律というAA'BA形式でなく、モー
ド(旋回)のなかで音楽を捉えたマイルズ・ディヴィスやスティ
ーヴ・ウィンウッドの”圧倒的な自由”など、耐性がないだけに「
難しい〜」の一言で済ませてしまう恐れがある。

インスタントな会話から濃密な関係が生まれないように、譜面ば
かりを追いかけていても、けっしてグルーヴは生まれまい。その
ことを胆に命じておきたい。

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by obinborn | 2016-08-17 13:14 | one day i walk | Comments(2)  

Commented by ASAーの at 2016-08-18 16:46 x
どうしてもこういうコメントには反応してしまいます。ちかい感じの事をよく最近思ってました。アフタービートって、受け取る側に自由に共有(ダンス、ノり、ワクワク、ヒャッホー(笑)等々)するスペースを、発する側が持たせて、面白い状況を作ろうって感じなのでわ、って思います。単純に僕はそんな感じのバンドのショウにしか行かないので(^O^)この楽しさはキチンと伝え合う、分かりやすく興味のある方にわかってもらえるとうれしいですよね!すんません、スティーブミラーバンドのアニバーサリーショウを聴きながら酔っ払ってまーす(^O^)
Commented by obinborn at 2016-08-18 23:21
嬉しいですね、また飲みましょう!

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