グラム・パーソンズと私

朝方雨が降ったこともあって過ごし易い一日でした。今日の一枚
はグラム・パーソンズの『Grievous Angel』(Reprise 74年)で
す。ザ・バーズ〜フライング・ブリトー・ブラザーズを経た彼が
ようやく個人活動へと踏み込み、本格的なホンキー・トンク・カ
ントリーに取り組んだソロ2枚めでしたが、残念なことに本作が
オリジナル・アルバムとしては遺作になってしまいました。そう、
このレコーディングが終了した後、グラムはドラッグ過剰摂取に
よって、若くしてこの世から去ってしまったのです。

グラムに関しては今までそれなりの分量の原稿を書いてきました
のでここでは彼のキャリアを繰り返しません。その代りにグラム
に関する個人的な思い出を少々。確か78年前後のことだったと思
います。ニューミュージック・マガジンの別冊に当時『死者のカ
タログ』があり、そこでは今は亡き音楽家の業績を特集していま
した。その本のなかで(ぼくの記憶が正しければ)北中正和さん
が書かれていたグラムの記事が妙に心に引っ掛かり、以降彼の音
楽に夢中になったのでした。ブリトーズで苦楽を共にしていたバ
ーニー・レイドンが、イーグルスの『On The Border』(Asylum
74年)収録の「マイ・マン」をグラムに捧げたこと、ザ・バーズ
在籍時にツアーで渡英したグラムが、キース・リチャードと親交
を重ねていたことも大きな要因でした。

ぼくが中古盤という存在を知り、生まれて初めてグラムのLPを江
古田のおと虫で購入したのもその頃のことでした。今でもよく覚
えています。お店の兄ちゃんに「新品もあるけど、どっちにする
?」と尋ねられたことを。その頃から長い歳月を経た今なお、ぼ
くはそのLPを大事にしています。たとえCD化されても、更にリ
マスターCDが発売されても、US.Originalの骨太い音の前ではす
べてが霞んでしまうのでした。

そんな音質面のことはともかく、ぼくはグラムが遺した言葉にも
影響を受けました。そう、彼は生前こんなことを語っていました
「カントリーを知らないロック・ファンにカントリー音楽の良さ
を知って欲しい。ロックを知らないカントリーのファンにロック
の楽しさを伝えたい。それはきっと学生とトラック・ドライバー
を同じ会場に集め、互いを対話させることのように大変なことか
もしれないけれど」

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by obinborn | 2016-09-07 18:24 | one day i walk | Comments(0)  

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