クレイグ・ナッティカム、78年

イーグルスとケンカ別れした後のグリン・ジョンズの動きを
見ていくと、フェアポート『ライジング・フォー・ザ・ムー
ン』フールズ・ゴールドのデビュー作、ロン・ウッド&ロニ
ー・レインのサウンドトラック『モハニー最後の戦い』など、
グリンらしい仕事を取り戻したことに気が付く。クラプトン
のキャリアに沿って言うならば『スロウ・ハンド』と、それ
に続く『バックレス』といった、世間ではあまり評価されて
いないアルバムに尽力したのが、グリンその人であった。
グリンはイーグルスを脱退したバーニー・レイドン絡みでは、
バーニーがジョニー・リヴァース・バンド出身のマイケル・
ジョージデアスとのデュオ作『ナチュラル・プログレッショ
ンズ』(77年)へと全面的に協力している。やや時代は後に
なるものの、ジョン・ハイアットの『スロー・ターニング』
で、バーニーのバンジョーやリゾネイターやマンドセロを登
用したのも、まさにグリンの力量に他ならなかった。

そうした一連の動きを俯瞰していくと、クレイグ・ナッティ
カムのソロ第一作『イッツ・ジャスト・ア・ライフタイム』
(78年 A&M)でのグリンの采配が、すごく愛おしくなって
くる。ランバート&ナッティカムのデビュー作『アット・
ホーム』を録音するために、サンフランシスコのソウサリー
トにあった彼らの自宅でテープを回していたエンジニアが、
この『ライフタイム』アルバムでは、もう少しリズムのヴァ
リエーションを取り込みながら、クレイグの陽だまりのよう
なソングライティングへと寄り添っている。その演奏には
フェアポートのデイヴ・ペグがいた。エイメン・コーナー〜
フェアウェザー出身のアンディ・フェアウェザー・ロウがい
た。そしてあのジョージィ・フェイムが秘めやかに、さり気
なく木漏れ陽のようなエレクトリック・ピアノを弾いた。

何しろ自作の「サンシャイン」にまで、クレイグ・ナッティ
カムはスティーヴィー・ワンダーの「ユーアー・ザ・サンシ
ャイン・オブ・マイ・ライフ」の一節を引用するほど。その
心映えのようなものが、人々を捉え、歌を明日へと携えてい
ったのだろう。クレイグが歌う「サンシャイン」を聞く度に、
ぼくは雨に打たれる旅人たちのことを思わずにはいられない。

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by obinborn | 2016-09-09 07:06 | one day i walk | Comments(0)  

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