南部ロケーションを好まなかったヴァン・モリソン

ヴァン・モリソンで寛ぐ日曜日の午後。彼のアルバムはすべて
持っているけれど、最も思い入れがある一枚といえば、ぼくの
場合71年の『ストリート・クワイア』だ。前作『ムーンダンス』
の評価が高かったせいか、陰に隠れがちで損をしている作品だ
が、土臭くダウンホームな魅力に溢れているといった意味では
屈指の出来映えではないだろうか?当時のヴァンはニューヨーク
郊外のウッドストックに暮らしていて、ザ・バンドの『カフー
ツ』に参加するなど彼らとの交流も見逃せない。本作ではジョ
ン・プラタニア(g)を始めとするバック・バンドとの関係が、
理想的なまでに示された。

ところで、ふと思ったのだが、ヴァン・モリソンにいわゆる南部
録音のアルバムがないのは、実に不思議な気がする。英国圏に限
っても、ルルやダスティ・スプリングフィールド、さらにはフラ
ンキー・ミラーやロッド・スチュワートらが南部に向かうのは当
時一大トレンドだったけれど、ことヴァンに限っては、そうした
サザン・コネクションを築いたアルバムはない。そう、見事なく
らい一枚として。彼のキャリアのなか最も泥臭い77年の『安息
への旅路』でさえ、ドクター・ジョンやオリー・E・ブラウンと
いったアクの強い演奏者を迎えつつも、レコーディング自体は
西海岸(ロス)で行われている。

ヴァン自身がそうした”南部録音”のブームをどう思っていたかは
知る術もないが、ソウルフルな歌唱を誇りながらも、そうしたロ
ケーションを好まなかった(もしくは無頓着だった?)点に、
ぼくはヴァンならではの生き方と哲学を感じる。つまり形から入
るブルーアイド・ソウル歌手はごまんといたが、彼はそれを善し
としなかったのだ。たとえ無意識であったとしても。

そうした意味でも北アイルランドに生まれたこの”ベルファスト・
カウボーイ”の道のりは特殊だったのだろう。気難しさやエゴと
も大いに関係する。それでも今こうして振り返ってみると、安易
な南部ロケーションに頼らず、己の音楽を見つめ続けたヴァンの
鼓動が伝わってくる。多くの”ブルーアイド・ソウル”歌手たちは
やがて失速していった。かつての輝きを取り戻した人は殆どいな
い。そうした事実を振り返ればなお一層、ヴァン・モリソンの心
の強さを思わずにはいられない。

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by obinborn | 2016-09-11 13:32 | one day i walk | Comments(0)  

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