ボブ・ディラン「リリー、ローズマリーとハートのジャック」

ソニーからボブ・ディラン『リアル・ロイヤル・アルバート・
ホール』のサンプル盤が届いた。66年にザ・ホウクスを率いて
行った伝説的なツアーの音源だ。むろん以前から長らくブート
レグの時代を経て、近年やっとオフィシャルな形で商品化され
たものだが、今回はその”完全版”という触れ込み。本来であれ
ばそれを真っ先に紹介したいところだが、時流に乗っかったパ
ブ記事は書きたくない(そんなものはいくらでも転がっている
だろう)ので、今日はぼくが最も好きなディランのアルバム『
血の轍』(75年)についてメモしておこう。

73年にザ・バンドとともに録音に臨んだ『プラネット・ウェイ
ヴス』それに伴って74年の初頭から始まった彼らとの全米ツア
ーによって、ディランは久し振りに公の場に立ち、音楽家とし
てのカンを取り戻しつつあった。74年の9月16日ユダヤ人にと
っての新年祭ロッシェ・ハサナのこの日、ディランは突如レコ
ーディングを思い付いたという。彼はエンジニアのフィル・ラ
モーンにこう言ったという「記念すべきニューイヤー。どうし
て今日じゃ駄目なんだい?」

そんな風に一気呵成に進められたレコーディングだったが、そ
のセッション終了間際の12月、ディランは突然録音し直したい
と言い出し、それまでのニューヨーク吹き込みとは違うミネア
ポリス周辺の演奏家と新たにスタジオへと向かうことになった。
アルバム『血の轍』にはそれらミネアポリス・セッションから
「ブルーにこんがらがって」「きみは大きな存在」「愚かな風」
「リリー、ローズマリーとハートのジャック」「彼女に会った
らよろしくと」の5曲が採用されている。没になったレコーデ
ィングの幾つかは『バイオグラフ』や『ブートレグ・シリーズ
1〜3』に聞けるのだが、それらを比べてみると、ディランが成
熟した手練手間のバックより、もっと生々しい手触りを欲して
いたことがよく解る。ディランの故郷でもあるミネアポリス在
住の"無名な”プレイヤーたちが彼を煽り、支え、目線をしっか
り合わせながら演奏を共にした。ディランを本気にさせた。そ
のことを忘れたくない。

無名であり無冠であること。それは”自由”とどこまでも相似形
を描いていく。『血の轍』に描かれたディランの歌の多くは、
男女の別れ、宛のない旅、時の政府への怒りといった内容であ
り、それらを彼はときにストレートに、ときにカットアップや
遠近法を用いながら歌詞とメロディに託している。歌詞がこと
さら難解だとされるディランだが、ポール・ウィリアムズによ
れば、アメリカ人でさえ彼の歌詞はよく解らないらしい。そこ
はひとつ奔放なイメージの飛躍、優れたメタファーが散りばめ
られたそれを、音粒とともに感じるままに感じていけばいいの
ではないだろうか?

もしきみが町の無名の人達の声を聞きたいと思うなら、「リリ
ー、ローズマリーとハートのジャック」に耳を傾けてみるとい
い。そこにはキャヴァレーの喧騒と夜明けの寂しさがあり、リ
リーとローズマリーの視線が一曲のなかで入れ替わり、しまい
には判事や銀行強盗までやってくる。まるで一篇の西部劇のよ
うだ。この歌にどう生きろとか、人はどうあるべきか、といっ
た説教めいた結論は一切ない。そういう意味では迷宮に投げ出
されるような感覚を味わうかもしれない。それでもきみは以前
よりもリリーやローズマリーやジャックといった知らない人達
の無名の物語を、自分に引き寄せながら感じていることだろう。

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by obinborn | 2016-10-23 05:15 | one day i walk | Comments(0)  

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