ボビー・アーウィン(ロバート・トレハーン)の仕事

ボビー・アーウィン(本名:ロバート・トレハーン)のドラムス
を初めて耳にしたのは、ニック・ロウ『ニック・ザ・ナイフ』(
82年)のことだった。ロックパイルの解散を受けたロウは新たな
バック・バンドを探すのが早急課題であり、ポール・キャラック、
マーティン・ベルモントとともにアーウィンを起用。このメンバ
ーはやがてノイズ・トゥ・ゴー~カウボーイ・アウトフィットと
名乗り、以降しばらくロウを支えた。カウボーイ・アウトフィッ
トが自然消滅し、ロウが新たにインポッシブル・バードを結成し
てからもアーウィンは残り、ゲラント・ワトキンス、ビル・カー
チェン、スティーヴ・ドネリー、ポール・ライリー、マット・ラ
ドフォードらと、渋味を増したロウの音楽に貢献していった。

そんなアーウィンの演奏がヴァン・モリソンの目に止まり、彼の
スタジオ・アルバムに初めて起用されたのは99年の『バック・オ
ン・トップ』から。アーウィンと同時にゲラント・ワトキンスも
抜擢されたこのアルバムは、冗談半分にヴァン・ミーツ・パブ・
ロックと呼ばれたりもした。以降もヴァンは『ダウン・ザ・ロー
ド』『ホワット・イズ・ザ・ロング・ウィズ・ディス・ピクチャ
ー』『ペイ・ザ・デヴィル』『マジック・タイム』と暫くアー
ウィンと活動をともにしたから、一時の埋め合わせではなく、互
いに何かしら共振するものがあったに違いない。

残念なことにアーウィンは一年ほど前に死去してしまった。世間
一般的には話題にもならなかったが、幾度にも及ぶニック・ロウ
の来日公演でその姿を見た方々は少なくないだろう。個人的には
ロンドンのヴェニューで体験したバラム・アリゲイターズでのス
テージが忘れ難い。終演後ビール片手に彼と「ボビー・チャール
ズは最高だね!」の会話をした。まさに最高のパブ体験だった。
アーウィン(トレハーン)の素晴しい演奏は、近年ではニック・
ロウの『ザ・オールド・マジック』クリスマス・アルバムの『
クォリティ・ストリート』、ゲラント・ワトキンスの『モスキ
ート』などでも聞ける。どれが最後のレコーディング・セッショ
ンになってしまったは定かではないものの、新しい順に言えば
やはり『モスキート』だろうか。

無駄のない、しっかりしたビートを刻むドラマーだった。オカズ
は少なく、その代り次第に膨らみを増していく演奏に真価を発揮
する職人肌のプレイヤーだった。ヴァンとアーウィンが最初に出
会った『バック・オン・トップ』は記念碑的な名作だと思う。

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by obinborn | 2016-12-01 05:13 | one day i walk | Comments(0)  

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