音楽に罪はない

そもそも何でぼくが差別問題を書くのかといえば、ぼく自身
が外国に行った際に蔑まれたことがあったからだ。サンフラ
ンシスコではJAP!と、ロンドンではYELLOW,GO HOME!と
言われた。むろん、逆に現地の人々との温かい交流もあった
けれど、局地的にこういう言葉を浴びせられたことはぼくに
人種を考えるきっかけを与えてくれた。昔の『ミュージック・
マガジン』にはニューオーリンズのクラブにミーターズを観
に行ったら冷たくされたという日本人の投書があったけ。そ
れらには世界大戦の傷跡があり、血塗られた植民地主義の痕
跡があり、”愛と平和”というスローガンでは到底埋めること
が出来ない、歴史の生々しい現実を感じずにはいられない。

差別撤廃をイシューに掲げて行進するのではなく、普段の暮
らしのなかで克服していく、というのがぼくの大まかな社会
的な態度である。実際に育った環境や生活風習が違う人種を
理解し合うのは難しく、綺麗ごとだけでは済まされない。そ
れらを公明正大な価値観や友愛の精神だけで解決出来るとは
思えない。こう言っては誤解を招くかもしれないが、ロンド
ンでもパリでも人種ごとに居住区の棲み分けがあるのは、彼
らのアイデンティティの保持であり、生き抜いていくための
知恵だろう。画一的なユートピアを夢見るほうがかえって気
味悪い。

この数年ぼくの心を曇り空のように占めているのは、普段は
交流のある韓国や中国の人たちと、ひとたび国家単位の問題
(靖国や慰安婦)になると、何故あれほどまでに意見が二分
してしまうのか?ということだった。日本人が犯した罪を認
めつつ、一方では何故いつまでも謝罪しなくてはならないの
か?もう十分謝ったではないか?という気持にもなる。

その点音楽は素晴しい。人種差別がとりわけ激しかった60年
代のアメリカ南部でも、マスルショールズのスタジオでは黒
人と白人が協力し合って幾多のレコードを作った。メンフィ
スではブッカー・T&MG'sのような黒白混成チームがスタッ
クス・サウンドに貢献した。アメリカン・サウンド・スタジ
オではボビー・ウーマックとレジー・ヤングが腕を競った。
アラバマでのウィルソン・ピケットとデュエイン・オールマ
ンの出会いなどは、最も美しい異人種同士の邂逅だろう。そ
のことをずっと忘れずにいたい。

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by obinborn | 2017-01-04 16:44 | blues with me | Comments(0)  

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