イアン・マクレガンの思い出

デヴィッド・リンドレー&エル・レイオーXが来日したのは
1989年の春だった。スタジオ盤ではウィリー"スミッティ”
スミスがキーボードを弾いていたが、急遽ツアーに帯同した
のは、当時LAでバンプ・バンドを率いていたイアン・マクレ
ガンだった。そのニュースを聞いて嬉しくなった私は東京公
演のすべてに駆け付けたのだった。

その際読売ホールで撮った写真が、年末の大掃除でふと出て
きた。恥ずかしながら、その時のマックとのツーショットを
公開しよう。彼はフェイセズが解散してからやっと10数年が
経った時期であり、自身のソロ・キャリアに磨きを掛けてい
た。風貌も若さを留めている。私のことを顧みれば当時まだ
30歳になったばかりだった。写っているアルバムはジョニー
・ジョンソン初めてのソロ作。このプレゼントをマックはと
ても喜んでくれた。翌90年3月に行われたロニー・レインと
のツアー時にも私はマックと再会し、ハグし合った。何より
彼が「オビ!」と声を掛けてくれたのが嬉しかった。

あれから長い歳月が経った。膨大な時間の流れを受け止める
一方で、まるでつい昨日の出来事だったような錯覚にも陥っ
てしまう。どちらが本当の実感なのだろうか?それでも彼は
もう亡くなってしまった。その事実を受け止めるまでに私は
かなりの時間を要した。

エル・レイオーXが渋谷クアトロ公演を終えた後、マックは
会場に出て来てハイネケンのビールを差し出してくれた。そ
の時に貰った缶は、大切な一品として今も部屋の片隅にそっ
と置かれている。

e0199046_1262053.jpg

[PR]

by obinborn | 2017-01-07 01:27 | one day i walk | Comments(0)  

<< ボブ・ディラン〜悲しきベイブ ローリング・ストーンズ〜先鋭と大衆性 >>