リアリストの思考

かつてサラリーマンの平均年収は600万だった。ちょっと身
振りがいい企業で700〜800万だったと記憶する。若い人は
知らないだろうが、一億総中産階級と呼ばれた高度成長時代
である。以降バブルの栄華と退潮、リーマン・ショックを経
て、日本経済は低迷の一途を辿っている…というのが大筋で
の見立てである。私がとくに指弾したいのは小泉・竹中内閣
時代に推し進められた新自由主義だ。この愚策によって非正
規労働者が増え、彼らは企業の単なる雇用調整弁の対象とな
り、不安定な生活を余儀なくされた。アルバイトの時給を現
在1,000円と仮定したら、今や年収200万も夢のまた夢だろう。

一体どうしてこのような世界になってしまったのだろう?
年末から新年にかけての朝日の論調は醜くかった。要するに
かつての栄華を振り返るのではなく、低成長時代を受け入れ、
それに合わせて自身の私生活もシフトせよ、という説教だっ
た。身の丈にあった暮らしといえば何やら文学的だが、実際
は「お前の未来などない」という死刑宣告であり、恫喝であ
る。きっとこの状況のままではバブルを謳歌し優雅なセカン
ド・ライフに手を出している団塊の世代と、現在の若者たち
との間で階級闘争が発生するだろう。そう、村上龍の近未来
小説のように。

若い人と話していて心が痛いのは、もう年金なんか当てにし
ていないという恨み節があること。それだったら今この一瞬
を享楽的に刹那的に楽しめばいいという逆張りがあること。
そこに、かつて日本を支えた中間層の心の豊かさを伺うこと
は出来ない。内田樹や想田和弘といった”リベラルな”論客が
成長しなくてもいいという新たな神話に歩を合わせている様
などまさに噴飯モノであり、知性の退廃という他ない。金銭
で買えないものがあると流布するのは、持っている者たちの
戯れ言に過ぎない。もっと平たく言えば、ある程度の蓄えが
あってこそ心の平静が保たれ、それが音楽や文学といったカ
ルチャーに結び付き、知的な思考の源泉となる。私のような
リアリストは少なくともそう考える。

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by obinborn | 2017-01-19 01:25 | one day i walk | Comments(0)  

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