B.J.トーマスのこと

今日は奥田英朗の『向田理髪店』を読了。北海道の過疎地を
テーマにした連作短編で、小さい町ならではの人間関係の温
かさと疎ましさがユーモアとともに描かれていた。現実とし
ては財政破綻に陥った夕張市を想定したのではないだろうか。
僕が奥田さんで偉いなと思うのは、いわゆる自己憐憫に終始
しがちな私小説ではなく、人々が求めている”物語”を洗い直
しながら紡いでいること。行間に温かさが滲む。ほんのりと
した湯加減に包まれる。

B.J.トーマスの歌にも同じようなことが言える。彼は60年代
の後半から70年代にかけて全米チャートを賑わしたシンガー
であり、代表曲「雨に濡れても」を両親のレコードで聞いた
若い人たちも少なくないだろう。B.J.の場合自分の歌を自分
で作るシンガー・ソングライターではなかったけれど、その
確かな歌唱が多くの人々の心を捉えた。SSWの時代には随分
と”ヘタウマ”が跋扈した。それでも同時代を駆け抜けたB.Jは
歌そのもので、確かなテナー・ヴォイスで、聴衆たちを魅了
していったのだ。

そんなB.Jにとって73年の『SONGS』はメジャー・キャリア
の後半戦だった。ウェイル=マンの曲を、ゴフィン=キング
のナンバーを、あるいはマーク・ジェイムズやバリー・ゴー
ルドバーグの曲を、B.J.はしっかり自分の歌へと昇華させる。
まさにシンガーならではの矜持、ここにあり。

温かい部屋で立派なオーディオ装置に囲まれるのが歌ではな
いだろう。深夜のラジオで、町の片隅で、本物の歌は人々の
凍て付いた心を溶かしていく。B.J.トーマスはそれが出来る人
だ。北の町の寒さを思う。B.J.のことを思う。

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by obinborn | 2017-01-22 18:59 | one day i walk | Comments(0)  

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