オールマン・ブラザーズと私

しかし中学〜高校と進むにつれて自分の手持ちのLPが
5枚から10枚へと少しずつ増えていくのは、これから
未来を開いていくようなドキドキ感があって、今から
振り返ればいいものでした。よく知り合いの(尊敬す
る)音楽家たちに「生涯の5枚は?」なんて訊くので
すが、そういう時に相手がどうしても音楽体験の初期
に接したアルバムを選んでしまうのは、最も多感だっ
た時期に聞いたが故、記憶の底にしっかり刻まれてい
るからでしょう。

私がオールマンズを知ったのはデュエイン・オールマ
ンとベリー・オークリィーが相次いで事故死してから
のことであり、その悲劇を乗り越えて再出発した『ブ
ラザーズ&シスターズ』(73年)が最初に買った彼ら
のレコードでした。シングル・カットされた「ランブ
リン・マン」が73年の9月に全米チャートの第2位に
輝き、またオールマンとデッドとザ・バンドで60万人
を集めたワトキンス・グレンのコンサートがウッドス
トック・フェスの集客を超えたと話題になった頃です。
そんな情報は所沢の田舎に住む私にもラジオを通して
伝わってきたのでした。

最初にA面一曲めの「虚しい言葉」を聞いた時は、デ
ィッキー・ベッツが弾くダル丸出しのスライドギター
の印象が強く「何てもっちゃりとした音なんだ!」と、
エッジの効いたブリティッシュ・ロック(クリーム、
フリー、ジェフ・ベック・グループ)と比べてしまい
ひどく落胆させられました。まだ自分には”ファットな
横揺れ”なんていう語彙はありません。しかしそのイモ
で田舎臭い音楽が、以降の私の音楽嗜好を明確にして
いったのですから面白いですよね。

デュエインに代わるギタリストをあえて補充せず(レ
ス・デューイックの「ランブリン・マン」へのゲスト
参加はありますが)、新たにチャック・リーヴェルの
ピアノを迎えたことからも解る通り、ギター中心のジ
ャム・バンド指向が弱まった一方、グレッグ・オール
マンの、あるいはディッキー・ベッツのヴォーカルを
聞かせようというソング・オリエンテッドな姿勢を感
じます。とくにボビー・ブランドで知られる曲をグレ
ッグが歌うブルーズ・ナンバー「ジェリー・ジェリー」
は感動的。ここら辺の良さは加齢ごとに染みまくるよ
うな気がします。とっくに当時の彼らの年齢を自分は
超えているのにね(笑)

以前もブルーズの古典的な名曲「ストーミー・マンデ
ィ」を取り上げていたオールマンズ。しかしながら原
作者であるT・ボーン・ウォーカー版というよりは、ボ
ビー・ブランドのヴァージョンに近い彼らの歌と演奏
を耳にしていると、メイコンで育ったオールマン兄弟
の音楽地図がくっきり見えてくるようです。そう、リ
チャード・マニュエルがそうであったように、グレッ
グ・オールマンもまたボビー・ブランドやレイ・チャ
ールズに憧れた青年の一人だったのです。

e0199046_1801157.jpg

[PR]

by obinborn | 2017-01-26 18:02 | blues with me | Comments(0)  

<< グレッグ・オールマンの『レイド... 追悼:ブッチ・トラックス >>