グレッグ・オールマンの『レイド・バック』を再訪してみました

「深夜のホテルの一室で、グレッグ・オールマンが音を
消したままテレビを観ている。そのブラウン管の明かり
が照らし出す彼の疲れた横顔は、メイコンの月夜の墓地
のように蒼白い」これはかつてまだ使い走りの記者に過
ぎなかった若き日のキャメロン・クロウがローリング・
ストーン誌に寄稿した文章ですが、ツアーに明け暮れる
グレッグの孤独を写し取った名文だと思っています。

彼が初めてのソロ・アルバム『レイド・バック』を発表
したのは、オールマンズが『ブラザーズ&シスターズ』
をリリースしたのと同じ73年のことでした。まさか新生
オールマンズのカムバック作の前に出すわけにもいかな
かったので、発売は『ブラザーズ〜』の後になってから
のことでしたが、ジョニー・サンドリンをプロデューサ
ーに迎え、ジョージア州メイコンのキャプリコーン・サ
ウンド・スタジオで録音されたという点で両者は共通し
ます。時期は微妙に違っていたのでしょうが、バンドの
新作と前後してグレッグがソロ作のために時間を割いて
いたことは興味深い現象ですね。

本作にはかつてオールマンズで歌っていた「ミッドナイ
ト・ライダー」と「プリーズ・コール・ホーム」の再演、
アワーグラス時代にロスアンジェルスで修行していた頃
に知り合った旧友ジャクソン・ブラウンの「ジーズ・デ
イズ」、フォンテラ・バスとボビー・マクルーアが65年
の3月にヒットさせたR&B「ドント・メス・アップ・ア
・グッド・シング」、カーター・ファミリーを始めとし
て多くの人々に親しまれてきたカントリー・ソング「永
遠の絆」、既にカウボーイを立ち上げていたスコット・
ボイヤーの「オール・マイ・フレンズ」、残りの2曲が
当時グレッグと結婚したばかりのシェールに捧げたと思
しき「マルティカラード・レディ」に「クィーン・オブ
・ハーツ」というグレッグの書き下ろしでした。

オールマン・ファミリーからチャック・リーヴェル、ジ
ェイモ、ブッチ・トラックスの三人を招集しつつも、グ
レッグはバンドとの違いを明確にするために、アトラン
ティック・ジャズを中心に鳴らしたデヴィッド・ニュー
マンのサックスや、当時ニール・ラーセンらとともにフ
ルムーンを結成していたバジー・フェイトンのギターを
随所に配していきます。米南部ロックならではの寛ぎ(
それこそレイド・バック!)を基本としながらも、時々
洗練されたアーバンなテイストが加わった点に、本作の
意義があるのかもしれません。

とくに「クィーン・オブ・ハーツ」に於けるバジー・フ
ェイトンのギター・ソロとオブリガートは屈指の名演!
フェイトンといえばボブ・ディランの『新しい夜明け』
(70年)やラスカルズの『アイランド・オブ・リアル』
(72年)に起用され、少しずつ頭角を現してきたプレイ
ヤーですが、グレッグの「クィーン・オブ・ハーツ」も
また”名盤の陰にフェイトンあり!”を世間に知らしめて
いきました。このバラードは途中でイン・テンポとなり、
デヴィッド・ニューマン(当時は『ダグ・サーム&バン
ド』=73年にも参加)のサックスがここぞとばかりに吹
きまくるのでした。

『レイド・バック』にはいわば米南部ロックと都会的な
テイストの抱き合わせがあり、超克があり、グレッグは
そのなかで歌唱に思いの丈を込めていきます。高校時代
に本作やエリック・クラプトンの74年作『461オーシャ
ン・ブルーバード』と出会ったことは、私に歌とギター
との幸せな関係を考えさせるきっかけになりました。グ
レッグの歌の彼方から今宵もメイコンの月が立ち登って
くるようです。

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by obinborn | 2017-01-27 01:55 | one day i walk | Comments(0)  

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