J.ガイルズ・バンド『ブラッドショット』

J.ガイルズ中期の傑作『ブラッドショット』は忘れ難い。
73年にリリースされた通算5枚めのアルバムで、ウルフ
=ジャストマンのソングライティング・コンビが大半の
曲を書き下ろしている。なかでもシンコペイトしまくる
「サウスサイド・シャッフル」は彼らの代表曲と言って
いいだろう。レゲエ調の「ギブ・イット・トゥ・ミー」
は新たな時代の到来を感じさせる。

お楽しみのカバーはショウ・ストッパーズが68年にヒッ
トさせた「ハウス・パーティ」と、ティッツ・ターナー
が57年に録音した「ホールド・ユア・ラヴィング」の2
曲で、こんな部分にも彼らのR&B愛が汲み取れるだろう。
なお本作のレコーディングはニューヨークのヒット・フ
ァクトリーで行われたが、スタジオを設立したジェリー
・ラガヴォイの名前をわざわざ記したことに彼らならで
はのこだわりが伺える。ご存知の方も多いだろうが、ラ
ガヴォイはR&B/ソウルに貢献したプロデューサーで、
ソングライターとしてもガーネット・シムズやハワード
・テイトに幾つかの曲を提供した。もっとも有名なのは
アーマ・フランクリンのために書いた「ピース・オブ・
マイ・ハート〜心のかけら」だろうか。これはジャニス
・ジョプリンの歌唱でさらに広まった。なおジャニスは
ラガヴォイ作の「愛は生きているうちに」を取り上げて
いる。ラガヴォイは他にバング・レーベルのバート・バ
ーンズ(ヴァン・モリソンをアメリカ・デビューさせた
のは彼)と連携したり、ボニー・レイットの『ストリー
ト・ライツ』をプロデュースした。

話がやや脱線してしまったが、そんなラガヴォイが無名
時代のビル・シムジクをエンジニアとしてヒット・ファ
クトリーに迎えたところにドラマの伏線がある。そう、
シムジクはやがて独立し、プロデューサーとしてJ.ガイ
ルズ・バンドに深く関わっていくのだった。本作『ブラ
ッドショット』も勿論シムジクの制作だ。きっとピータ
ー・ウルフはヒット・ファクトリーでの録音中に、何度
もジェリー・ラガヴォイのことを想ったに違いない。ア
ルバムを裏返してみよう。RECORDED & MIXED AT
JERRY LAGOVOY'S HIT FACTORY、NEW YORK、N.Y.
とクレジットされている。たった一行。でも僕はそこに
ピーター・ウルフの深い眼差しを感じずにはいられない。


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by obinborn | 2017-03-28 16:41 | rock'n roll | Comments(2)  

Commented by tapara at 2017-03-28 21:46 x
小尾さん、

突然いいのを取り上げていただき、うれしいです。

Jガイルズの『ブラッドショット』 は彼らのアルバムの中で、おらが一番好きな作品です。もちろん、暴れ者らしいセカンドや何回聴いても惚れる「Lookin for a love」を含むライブもわくわくものですが、この4作目ではついに演奏のうまさと曲の素晴らしさが合致し彼らの最高傑作になったというのが、おらの思いです。

ビル・シムジクは、少しまとまりがつきにくいが大きな力をポテンシャルとして持つバンドの音を整理して次のステージへ押し上げるという能力のある人だと感じます。
ジェームス・ギャングをセカンド以降で高みに上げ、その後そのギタリストのジョー・ウォルッシュの力を最大限に発揮させイーグルスの名作群を残した実績は、もっともっと評価されてしかるべきというところです。

まあ、ごたくはともかくとして、数年後にはまるで別のバンドになってしまった彼らのピークはこのアルバムを含む数作ではなかったかしら、と考える次第です。
Commented by obinborn at 2017-04-03 10:58
>taparaさん、お返事が遅くなりすみません!先ほどご投稿に気が付きました(汗)このところ新しいフェイスブックの立ち上げにかまけ、こちらがすっかり疎遠になっていました。さて、この時期のJ.ガイルズは本当にイイですよね。後年EMIアメリカに移籍してからは持ち前の泥臭さ、ロッキンR&B色が(ライブの場ではともかく)後退してしまっただけに、余計この
頃までの彼らに愛着を感じずにはいられません。

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