トルーマン・カポーティは語る「たとえ人々がどう言おうが、それが本当の自分でない限りどうと言うことはない」

浩子さんの個展に関しては前述したけど、閉館後四人で飲み
に行った。ぼくがよく行く吉祥寺のMANDALA2の隣にある吞
み屋さんで、アテが美味く従業員の感じがとてもいいお店だ
った。こういう時どういう会話をするのかといえば、シリア
スな話からバカっ話まで。そんな風に飛躍するのが楽しいね。
例えば近年情報通は多くなったけれど、そのぶん心を揺さぶ
るような音楽の文章は少なくなってしまったね、とか渋谷の
パルコでロン・ウッドにばったり遭遇しました!もうオーラ
出まくりでした!とか、あるいはミュージシャンの地方公演
は大都市でのそれとはまた違う熱量があるんですよ!といっ
た見解まで、それこそまさに飛びまくり(笑)

SNSをやっていると、ときにイヤな奴が現われたり、自分が
予想出来る範囲外でトラブルとか、思わぬ誤解が生じること
がある。一応告白しておくと、ぼくは一時期かなり叩かれま
くられた。たぶん同業者のねたみ・そねみの変形ヴァージョ
ンかなと思ったけど、そうした疑心暗鬼に陥っていくのは自
分でもすごくイヤ〜な気持だった。本来自由であるはずの心
の領域が侵害されていく無駄な時間に過ぎなかった。

「たとえ人々がどう言おうが、それが本当の自分でない限り
どうということはない」アメリカ戦後文学の精神的な支柱だ
ったトルーマン・カポーティの言葉だ。それは削りに削ら
れた作家の本音であり、偽らざる実感だった。ぼくはこれか
らも愛すべき人々と歩んでいくことにしよう。そこには踏み
しめる大地があり、賑やかな町並みがあり、かけがえのない
暮らしがある。そのことを忘れずに。


e0199046_06241735.jpg





[PR]

by obinborn | 2017-04-29 06:25 | Comments(0)  

<< パブリック・イメージと闘ってき... クロディーヌ・ロンジェの歌のこ... >>