ローリング・ストーンズの75年作『ブラック&ブルー』に寄せて

オイラが『ブラック&ブルー』(76年)を最初に買ったのは
77年の3月。自分が地元の県立高校を卒業する間際のことだっ
た。何でそんなに正確に覚えているかと言えば、絶対合格す
ると確信していた明治学院大学の英文学科に落ちてしまった
ことを掲示板で知り、その帰り道に池袋の西武百貨店系列の
ディスクポート(WAVEの前身)で購入したからだ。そのワ
ーナー盤は無著名の短い、明らかに手抜きと解るライナーが
添えられており、音楽内容の素晴しさとは反比例して落胆さ
せられた。オイラは当時から音楽について書かれる文章を読
むのが大好きだったから余計にそれを感じたのかもしれない。

今から振り返ると過渡期のストーンズを象徴するアルバムだ
ったと思う。ブロンズ髪と長身の若きギタリストは「もうツ
アーは沢山だ。ぼくはやはりブルーズを追求したい」と言い
残してバンドを脱退。その代りの"ギタリスト探し"をしなが
ら西ドイツはミュンヘンにあるロッカダム・スタジオを拠点
としながらレコーディングは進められた。本作には重量級の
ファンクHOT STUFFとHEY NEGURITTAがそれぞれAB面の
冒頭曲となり、ニューソウルの時代に対応した。何でも当時
の彼らはニューオーリンズ公演時、オープニング・アクトに
ミーターズを起用するほど、ブラック・ミュージックの新し
い動きに極めて敏感だった。エリック・ドナルドソンのレゲ
エ曲CHERRY ON BABYをいち早くカバーしたのもその現れ
だろう。そしてストーンズならではの”横揺れ”ロックンロー
ルの醍醐味はHAND OF FATEとCRAZY MAMAでたっぷり味
わうことが出来る。

でもそれ以上にオイラの心を揺さぶったのはMEMORY MOT
ELにFOOL TO CRYという二つのバラードだった。前者は伝
説のグルーピー、ハンナ・ハニーの回想録だった。もうひと
つは妻子ある男が不倫に陥り、それを察した娘に「パパはお
馬鹿さんね、でももう泣かないで」と諭される物語歌だった。
不思議なことだが、オイラが自分なりの人生経験を増すたび
にこれらの曲が、より深い部分で突き刺さってくるのだった。

思えば75年当時のミックやキースはちょうど30歳を少し超え
たばかりだった。好きなだけ女たちと寝た。シャンペンに塗
れた風呂にも浸かった。俺たちを知らない者はいない。そん
な彼らではあったけれども、MEMORY MOTELとFOOL TO
CRYでの二人は、青年期を終えようとする自画像を正直に告
白する。その痛みはどれほどのものだったろう。『ブラック
&ブルー』がストーンズの最高傑作であるかどうかの論議は
ともかくとして、このアルバムは今もオイラの心を捉え、ま
るで静かな波が岸辺に押し寄せるように、自分を揺さぶり続
けている。


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by obinborn | 2017-05-22 19:08 | rock'n roll | Comments(0)  

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