恩田陸『蜜蜂と遠雷』を読んで

今年前半で一番面白かった小説が恩田陸『蜜蜂と遠雷』
だ。クラシック・ピアノのコンクールをめぐる複数男女
の群像劇ゆえに、目線が局面局面で入れ替わり、まった
く飽きさせない。才能があっても幼少期にもて囃された
がために一度引退を決意した少女と、幼なじみの少年と
が時を経て邂逅し本選を競い合う場面が筋書きとしては
山場だろう。しかしむしろ主題は音楽という抽象画の捉
え方だ。例えば破綻なくまとまった端正な演奏が必ずし
も人々の心を打つとは限らないとか、技巧の習得に懸命
だった若い時よりも今は素直に音楽に向き合えるとか、
誰もが感じることを主人公たちに「語らせて」いる。と
りわけ今は他の職業を持つ中年ピアノマンが奮闘する姿
は、多くのアマチュア音楽家を励ますことだろう。

またピアニストの主人公たちだけでなく、審査員や調律
師といった脇役の人生にさり気なく目を向けたり、音楽
業界の魑魅魍魎に鋭く切り込んだりと、複数の丹念な取
材なしには書けなかった記述が多くあるのも特徴だ。そ
もそも英才教育が必要とされ、膨大な金銭と人脈が投資
されるクラシック音楽が、どれだけ市井の人たちに届く
のか?という矛盾も暗喩に込められた。それでも音楽の
彼方からは今日も蜜蜂が飛び交い、遠くの空では遠雷が
鳴っている。


e0199046_08262361.jpg


[PR]

by obinborn | 2017-05-29 08:27 | Comments(0)  

<< オールマンズ謎の『音カット事件』 架空連載小説『レコ屋太郎の物語... >>