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2月11日のラリーパパ&カーネギーママ

今年前半のハイライトは2月11日に青山の月見ルで行われた
ラリー・パパ&カーネギー・ママのWelcome Backツアーだ
ったかもしれません。自然なバンド・サウンド、日常を見つ
めた歌詞、けっして偉ぶらない態度と幾つかのユーモア。彼
らはそれらを携えながら、久し振りの東京にやってきたので
した。ぼくが昔、彼らのために書いた原稿をチョウさんが覚
えていてくれたのがきっかけで、マネジャーの柳本さんとは
以前からネットで語り合う仲間でした。そんな偶然の数々に
導かれながら、彼らと再会を果たしたのです。会場に流れた
ジョン・セバスチャンのWelcome Back(おかえりなさい)
を反芻しながら、ぼくは帰路に着きました。


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by obinborn | 2017-06-08 18:11 | Comments(0)  

恩田陸『蜜蜂と遠雷』を読んで

今年前半で一番面白かった小説が恩田陸『蜜蜂と遠雷』
だ。クラシック・ピアノのコンクールをめぐる複数男女
の群像劇ゆえに、目線が局面局面で入れ替わり、まった
く飽きさせない。才能があっても幼少期にもて囃された
がために一度引退を決意した少女と、幼なじみの少年と
が時を経て邂逅し本選を競い合う場面が筋書きとしては
山場だろう。しかしむしろ主題は音楽という抽象画の捉
え方だ。例えば破綻なくまとまった端正な演奏が必ずし
も人々の心を打つとは限らないとか、技巧の習得に懸命
だった若い時よりも今は素直に音楽に向き合えるとか、
誰もが感じることを主人公たちに「語らせて」いる。と
りわけ今は他の職業を持つ中年ピアノマンが奮闘する姿
は、多くのアマチュア音楽家を励ますことだろう。

またピアニストの主人公たちだけでなく、審査員や調律
師といった脇役の人生にさり気なく目を向けたり、音楽
業界の魑魅魍魎に鋭く切り込んだりと、複数の丹念な取
材なしには書けなかった記述が多くあるのも特徴だ。そ
もそも英才教育が必要とされ、膨大な金銭と人脈が投資
されるクラシック音楽が、どれだけ市井の人たちに届く
のか?という矛盾も暗喩に込められた。それでも音楽の
彼方からは今日も蜜蜂が飛び交い、遠くの空では遠雷が
鳴っている。


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by obinborn | 2017-05-29 08:27 | Comments(0)  

架空連載小説『レコ屋太郎の物語』その4(最終回)


おはようございます。今朝も10時に出勤し店内の掃除をし、
昨日終わらなかった値付け作業を粛々と始めるぼく(太郎)
です。するとオビ店長が入っていました。「おはよう太郎。
昨日は16時戻りと言いながら結局帰れなく悪かった」「い
えいえオビさん、たぶんお忙しかったんでしょう」「ああ、
まあな。そのコレクターさんが全処分されるというのでな、
これはとても一日では終わらない作業だと判断し、その方
と飲み屋に行きいろいろ相談してな〜」「そうだったんで
すか〜。ところでその方のコレクションはどうでした?」
「おお太郎、よく訊いてくれたな。この一件で当分ウチの
商いはまかなえるぜ!」

するとオビ店長は一気に語り始めました。そのコレクター
さんが現在82歳の高齢であること。奥様に先立たれて以来
塞ぎ気味なこと。もう収集への意欲を失ってしまったこと。
そして膨大なレコードの数々...。何しろ所有枚数は25,000
前後であり『江古田レコード』の倉庫一つでは扱えないこと
が解ったのでした。「オビさん、どうしましょうか?」「
うむ、とりあえず彼の自宅に通わせて頂ける了解は得た。
ウチのバンで順次運び続けるしかないだろうな。何しろス
トーンズの英米日盤だけで相当あるで!ユニオンさんに持っ
ていかれない案件で心底ほっとしとるわ」

「ところで太郎、昨日変わったことはなかったか?」そう
訊かれたぼくは内心ドキドキしました。清美さんのことを
言うか言うまいか判断が付かなかったのです。でも別に隠
すことでもないと思ったので告白したのです。「おお清美
ちゃんか。元気でやっとるかいなあ〜。たぶん太郎と歳も
違わんと思うよ。オイラは業界が長いから彼女のことは良
く知っとる。最近の若い連中のなかでは群を抜いて研究熱
心なコでな。ちょっと耳に挟んだハナシやが、ビートルズ
しか集めないカレ氏にもういい加減愛想が尽き、先日別れ
たばかりみたいだよ〜」

「よし、これなら勝てる!」そう心に誓ったぼくは嬉しさ
のあまり、通常清掃に加えワックス掛けまでしたのでした。
午前11時『江古田レコード』開店の時間です。いらっしゃ
いませ!(了)


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by obinborn | 2017-05-28 05:44 | Comments(0)  

◎架空小説『レコ屋太郎の物語』いよいよ連載開始です!


ぼくの名前はレコ屋太郎、現在28歳の独身です。そろそろ
結婚したいんだけど、彼女もいない毎日を過ごしています。
現在近所の『江古田レコード』に週6日勤務のバイトに明
け暮れています。仕事はやっと2ヶ月経って少しずつ中古
レコの世界に馴れてきたかな?でも店長のオビさんにはい
つも怒られっぱなしです。「おお太郎、おはよう!ちゃん
と朝の店内清掃は済ませたか?」「へい、店長!」「へい
じゃないだろ、馬鹿者!ちゃんとはいと返事しろ!」「す
みまへん!」ざっとこんな感じです。

店は午前11時開店ですが、10時に出勤してまず店とトイレ
を清掃することから一日が始まります。それが終わると、
昨日店長が出張買取してきたLP/CDの値付けです。といっ
てもぼくはただオビ店長の指示に従うだけです。「こっち
の段ボールが200円買取の100枚、あっちが300円の箱。そ
れに400円500円と順に書いたからな、くれぐれも間違えて
値付けするなよ!」「へい!解りました」「だからへいじゃ
ないだろアホ!そんなことだから彼女も出来ないんじゃ!
もう一度値付けのおさらいをしとかんとな。おい太郎、200
円買取の店頭出しはいくらや?」「はい、600円です」「そ
うそう、ごく単純な作業じゃ、頼むぜ!オイラは今日は引退
したコレクターさんの家に行ってまた買取じゃ。たぶん16時
ごろには戻るからな」「あの店長!宇宙戦艦ヤマトのLPと
榊原郁恵のシングルが未指定なんですが...」「じゃかしい!
そんなもんは100円コーナーにくれておけ!」

最初ぼくはレコ屋の仕事を舐めていたのかもしれません。何
か一日じゅう店番しながら好きな音楽聞いていられるのかな
〜なんてね。でも実際は大変です。カウンターに座りつつも
こうした値付け作業をはじめ、底割れを防ぐためにLPの下部
に厚紙を差し込んだり、お客さんが飽きないように店内在庫
と倉庫に眠っていたアイテムとを入れ替えたり...オビさんには
内緒だけど昨日は単純ミスをして、お客さんにお釣りを余計に
渡してしまいました。ああ、でも今日は土曜日、話しの合うお
客さんが来ないかな〜(続く)


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by obinborn | 2017-05-27 12:36 | Comments(0)  

5月18日のデヴィッド・ヒダルゴとマイク・リボウ

18日は渋谷のクラブ・クアトロにてデヴィッド・ヒダルゴ
とマーク・リボウのライブを。ぴったり息の合った二人の
歌とギター、互いが繰り出すスリリングなソロ・パート、
もしくはルーツ音楽への敬愛。それらが何ひとつ気負いなく
滲み出すような一夜だった。ことリボウに関してはかつてラ
ウンジリザーズを牽引していた頃のフェイク・ジャズのイメ
ージは皆無であり、ヒダルゴの歌へと寄り添う姿が感動を呼
び起こしていく。演目に関してもマール・ハガードのベイカ
ーズフィールド・カントリーからジミー・マクラクリンの西
海岸ブルーズGEORGIA SLOP、メキシコのソン・ハローチョ
まで、ごく自然にジャンルを越境していく様が素晴しい。

だからと言って単に和気あいあいとしたコラボレイトという
わけではない。ステージが後半に進むにつれてヒダルゴとリ
ボウそれぞれのフレーズがどんどん鋭角的になり熱を帯びて
いく様は、かつて熱血的なギター少年だった二人を彷彿させ
る。恐らく互いの共通分母であるR&Bとロックンロールへの
想いがあり、それらはグレイトフル・デッドのBERTHA、マ
ーヴィン・ゲイのWHAT'S GOING ON、そしてトミー・ジェ
イムズ&ザ・シャンドルズのあの無邪気なトップ40曲Hanky
Pankyが立て続けに演奏された終盤で実証された。二度のア
ンコールに応えた最後の曲がウィルソン・ピケットの麗しき
メンフィス・ソウルIN THE MIDNIGHT HOURだったことに
は、とかく”新しさ”ばかりを求めがちな音楽ジャーナリズム
への警告が込められていたようにも思える。

どちらかと言えば筆者はロス・ロボスのデヴィッド・ヒダル
ゴを追いかけてきた聞き手だが、リボウを相方にしたヒダル
ゴの姿はとても詩的であり、ものすごく音楽的だった。それ
らのひとコマひとコマをずっと覚えていられたら、どんなに
素敵なことだろう!電車は終電近く。季節には仄かに夏の匂
いがした。

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by obinborn | 2017-05-19 01:09 | Comments(0)  

5月18日のデヴィッド・ヒダルゴとマイク・リボウ

18日は渋谷のクラブ・クアトロにてデヴィッド・ヒダルゴ
とマーク・リボウのライブを。ぴったり息の合った二人の
歌とギター、互いがスリリングに繰り出すソロ・パート、
もしくはルーツ音楽への敬愛。それらが何ひとつ気負いなく
滲み出すような一夜だった。ことリボウに関してはかつてラ
ウンジリザーズを牽引していた頃のフェイク・ジャズのイメ
ージは皆無であり、ヒダルゴの歌へと寄り添う姿が感動を呼
び起こしていく。演目に関してもマール・ハガードのベイカ
ーズフィールド・カントリーからジミー・マクラクリンの西
海岸ブルーズGEORGIA SLOP、メキシコのソン・ハローチョ
まで、ごく自然にジャンルを越境していく様を素晴しいと思
った。

だからと言って単に和気あいあいとしたコラボレイトという
わけではない。ステージが後半に進むにつれてヒダルゴとリ
ボウそれぞれのフレーズがどんどん鋭角的になり熱を帯びて
いく様は、かつて熱血的なギター少年だった二人を彷彿させ
る。恐らく互いの共通分母であるR&Bとロックンロールへの
想いがあり、それらはグレイトフル・デッドのBERTHA、マ
ーヴィン・ゲイのWHAT'S GOING ON、そしてトミー・ジェ
イムズ&ザ・シャンドルズのあの無邪気なトップ40曲Hanky
Pankyが立て続けに演奏された終盤で実証された。二度のア
ンコールに応えた最後の曲がウィルソン・ピケットの麗しき
メンフィス・ソウル曲IN THE MIDNIGHT HOURだったこと
には、”新しさ”ばかりを求めがちな音楽ジャーナリズムへの
警告的な態度が込められていた。

どちらかと言えば筆者はロス・ロボスのデヴィッド・ヒダル
ゴを追いかけてきた聞き手だが、リボウを相方にしたヒダル
ゴの姿はとても詩的であり、ものすごく音楽的だった。それ
らのひとコマひとコマをずっと覚えていられたら、どんなに
素敵なことだろう!電車は終電近く。季節には仄かに夏の匂
いが漂っていた。

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by obinborn | 2017-05-19 01:09 | Comments(0)  

激しい憎悪、友情の喪失、裏切りと変容〜今後4年の日本を憂う

ぼくが新宿フォーク・ゲリラのような集団活動に馴染めなか
ったのは、みんなでシング・アロングしながら絆を深めよう
というあり方に偽善を感じたからだった。いくら為政者に異
を唱えるという共通分母があったとしても、実際には各自そ
れぞれ考え方の違いや煩悶があったはずだ。そんな疑問を感
じ始めた頃、これまでプロテストソングの旗手として持て囃
されていたボブ・ディランは転向し、個人的な愛や悩みを歌
う先駆となった。こうした方向性は以降シンガー・ソングラ
イターと呼ばれ、70年代前半に大きな潮流を生み出した。同
じアクースティック・ギターの弾き語りといっても、フォー
クとSSWとでは目線の宿し方が違っていて、ぼくは後者の表
現に惹かれていった。

さて時代が変わり、今同じようなフォーク運動が起きている。
ぼくがこのまえ制服向上委員会の歌に疑問を呈したのも、お
よそ以上の理由があるからだ。彼女たちは「戦争と平和」と
いう歌で反戦と反原発を一緒くたにし、他の歌では自民党や
安倍首相を批判していた。そうした反骨精神自体は歓迎すべ
きものなのかもしれないが、安っぽい言葉と貧しい音楽性は
少なくともぼくが考えるアート・フォームとはほど遠い。そ
れに若い女の子であれば、もっと個人的な歌を歌っていいと
思う人もいるのでは?

いくら集会でシング・アロングして”共感”し合ったとしても、
実際にはいろいろな考え方の人がいる。なかには会社でリス
トラを行う管理職の人もいるだろうし、リストラされたほう
の職員やアルバイトがいるかもしれない。はっきりいってイ
ヤな奴もイイ奴もいるのである。そんな現実を見ようとせず
に、いくら大勢で「アイ・シャル・ビー・リリースト」をシ
ング・ア・ロングしてもぼくには届かないのだった。少し前
に書いたけど、これからの4年は憲法を巡って今以上に国民
が分断されていくことだろう。そこに生まれる激しい憎悪、
友情の喪失、裏切りと変容を想像すると、胸が潰れそうにな
る。

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by obinborn | 2017-05-16 07:24 | Comments(0)  

オイラの音楽遍歴(簡略版)

オイラの音楽遍歴をごく簡単に振り返ってみると、最初は
小学生時代の森山加代子「コーヒー・ルンバ」や、江利チ
エミ「テネシー・ワルツ」だったと記憶する。弘田三枝子
のパンチのある歌唱が好きだったから、当時から無意識な
がらも洋楽志向があったのかもね。オイラの母親は戦時下
は満州に疎開し少女時代を過ごしたので、戦後日本に帰っ
てきてからはモダンなものに対する憧憬が人一倍強かった。
そんな母からの影響がオイラの遺伝子にあるのかもしれな
い。

中学に入ってもう少し自覚的に音楽を聴くようになってか
らは、南沙織「17才」やサイモン&ガーファンクル「アメ
リカ」のシングル盤を300〜400円で買った。ただし、岡林
信康の「チューリップのアップリケ」を聞いていた時だけ、
母に怒られた。当時は理不尽なものを感じたけれど、今や
っと「みんな貧乏が悪いんや〜」と歌う岡林に反発した母
親の気持に寄り添うことが出来る。それは親元で暮らす中
坊が安易に労働歌へと感情移入することへの戒めであり、
共産主義への警戒であり、歌は人に希望を与えなきゃ!と
いう彼女のごくまっとうな願いが込められていた。

オイラの洋楽かぶれは高校時代に加速した。時代的にはレ
ッド・ツェッペリンとCSN&Yをやや後追いながらも素晴し
いなと思った。もっとも同時にカーペンターズの綺麗なメ
ロディも大好きだった。そのカーペンターズが歌うA SON
G FOR YOUのソングライターが、オクラホマの怪人レオ
ン・ラッセルだったと知ったことは収穫で、以降のオイラ
はアメリカ南部のロックに目覚め、メロディの良さだけで
はなく、リズムのヴァリエーションやコクのあるビートを
知っていく。リトル・フィートの「ディキシー・チキン」
は、そんな音楽体験の頂点だったように思えてならない。

とまあ、思いつくままに音楽遍歴を語ってみました。父は
09年に肺腫瘍で死んだ。母は何度か入退院を繰り返しなが
ら今も元気だ。妹はきっと仕事を頑張っていることだろう。
果たしてオイラはどうなんだろう?

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by obinborn | 2017-05-05 18:37 | Comments(0)  

パブリック・イメージと闘ってきた吉田拓郎

文芸誌『すばる』2010年3月号に掲載された吉田拓郎さ
んのインタビューを興味深く読みました。聞き手は作家
の重松清さんで、彼はずっと熱心な拓郎ファンだったと
か。そんなこともあってか、拓郎は珍しく打ち解けなが
ら本音を語っているのでした。古いファンはどうしても
中津川フォーク・ジャンボリーでアンプが故障し、突如
「人間なんて」をアンプラグドで歌い始める拓郎の姿を
いつまでも追い求めてしまう。あるいは「旅の宿」や「
落陽」のイメージかもしれません。そうした肖像に関し
て、煩悶し反発してきたのが他ならぬ拓郎だったことが
この取材ではかなり正直に明かされているのでした。

もともと拓郎さんはフォークを始める前にR&Bのバンド
を組まれていた方です。それがたまたま「イメージの詩」
や「人間なんて」が全共闘世代に支持され、同期されな
がら吉田拓郎というパブリック・イメージが次第に捏造
されていったのです。70年代に於いてはよく、こっち側
あっち側という分け方でフォークと歌謡曲の線引きがさ
れていましたよね。あたかもフォークは純粋な表現であ
り、歌謡曲は旧態依然とした商業主義の産物だと言わん
ばかりに。そうした時代のど真ん中で拓郎は「結婚しよ
うよ」をヒットさせ、南沙織のために「シンシア」を書
きました。それでも彼の葛藤はなかなか理解されず、フ
ァンはいつまでも中津川での吉田拓郎のイメージを追い
求めていったのです。

彼が背負わされた時代性・政治性とはおよそそのような
ものでした。そういえば以前『報道ステーション』に招
かれた時も拓郎さんは、歌謡フィールドにいた安井かず
みさん(故人)との親交を明かし、彼女から「汚らしい
ジーンズとTシャツのままでステージに出るフォーク・
シンガー」と揶揄されたことを告白していました。実は
ぼく(小尾)が敵対するフォーク集団は未だに「拓郎は
商業主義に魂を売った。フォーク・アーティストとして
は到底認められない」などと、団塊の世代ならではの我
が儘な主張を今日も繰り返しているのでした。

「きみの部屋のカーテンやカーペットは汚れていないか
い?」(「シンシア」)と歌う拓郎さんが好きです。そ
のたった一行から、彼のナイーブ過ぎる心情が伝わって
くるからです。


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by obinborn | 2017-04-30 09:38 | Comments(0)  

トルーマン・カポーティは語る「たとえ人々がどう言おうが、それが本当の自分でない限りどうと言うことはない」

浩子さんの個展に関しては前述したけど、閉館後四人で飲み
に行った。ぼくがよく行く吉祥寺のMANDALA2の隣にある吞
み屋さんで、アテが美味く従業員の感じがとてもいいお店だ
った。こういう時どういう会話をするのかといえば、シリア
スな話からバカっ話まで。そんな風に飛躍するのが楽しいね。
例えば近年情報通は多くなったけれど、そのぶん心を揺さぶ
るような音楽の文章は少なくなってしまったね、とか渋谷の
パルコでロン・ウッドにばったり遭遇しました!もうオーラ
出まくりでした!とか、あるいはミュージシャンの地方公演
は大都市でのそれとはまた違う熱量があるんですよ!といっ
た見解まで、それこそまさに飛びまくり(笑)

SNSをやっていると、ときにイヤな奴が現われたり、自分が
予想出来る範囲外でトラブルとか、思わぬ誤解が生じること
がある。一応告白しておくと、ぼくは一時期かなり叩かれま
くられた。たぶん同業者のねたみ・そねみの変形ヴァージョ
ンかなと思ったけど、そうした疑心暗鬼に陥っていくのは自
分でもすごくイヤ〜な気持だった。本来自由であるはずの心
の領域が侵害されていく無駄な時間に過ぎなかった。

「たとえ人々がどう言おうが、それが本当の自分でない限り
どうということはない」アメリカ戦後文学の精神的な支柱だ
ったトルーマン・カポーティの言葉だ。それは削りに削ら
れた作家の本音であり、偽らざる実感だった。ぼくはこれか
らも愛すべき人々と歩んでいくことにしよう。そこには踏み
しめる大地があり、賑やかな町並みがあり、かけがえのない
暮らしがある。そのことを忘れずに。


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by obinborn | 2017-04-29 06:25 | Comments(0)