カテゴリ:東京ローカル・ホンク( 69 )

 

10月22日の木下弦二

22日は下北沢のleteにて木下弦二のソロ・ライブを。東京ローカル
・ホンクが繰り出す曲のラフ・スケッチが聞けるばかりか、ソロで
あるが故に歌の輪郭が浮かび上がってくる瞬間もあって、約2時間
半たっぷり弦二のソングライティングの妙に触れることが出来た。
またソロならではの楽しみであるカバー曲も、忌野清志郎の「よそ
者」と「わざとFeel So Bad」ポリスの「メッセージ・イン・ザ・
ボトル」スティーヴィー・ワンダーの「サンシャイン・オブ・マイ
・ライフ」J.ガイルズ・バンドの「アイム・フォーリン」などなど
が飛び出し、会場はしばしリヴィングルームのような親しみの感情
に満たされた。

何も今夜初めて弦二のソロに接したわけではないのに、彼のライブ
の帰り道はいつも幸せに包まれる。それはきっと彼が自分の普段
の暮らしから寸分違わない場所で歌詞を思い浮かべ曲を書き留めて
いるからだと思う。等身大と言ってしまえばあまりに手垢に塗れた
形容かもしれないが、この人の書く歌詞に嘘はないと信じられる、
何ともぶきっちょな息遣いが伝わってくる。福岡での彼の生活から
一コマを切り取ったような「夏みかん」や「遅刻します」がそうだ
し、ジョン・レノンの「ゴッド」に匹敵する真摯な「身も蓋もない」
では、こんなシリアスなフレーズも飛び込んでくる”ブルーズなんて
真似事さ、ロックンロールなんて習い事さ”

とても不思議なことだが、木下弦二という男に他の職業を思い浮か
べることがぼくはまったく出来ない。教師をしながら歌う人とか、
弁護士を務めながらギターを奏でる人とか、あるいは漁師が久し振
りに陸に戻ってきて歌い始める(それはそれで素敵だね!)といっ
たイメージが、弦二に限っては本当に不釣り合いなのである。

神様から授けられたであろう才能を、この人は脇道に逸らすことな
く幾多の努力とともに磨き上げてきた。いや、”もうだめだ”と思
った苦難の時期があったのかもしれないが、木下弦二という人はけ
っして毎日昇る空や雲を見上げることを怠ったりはしなかった。彼
の目が追う先々に人々の確かな営みがあり、そっと差し伸ばされた
手の彼方には、思わず愛おしくなるような町並みが連なっていった。
それらがいつしか弦二ならではのソングライティングとして、鮮や
かに結晶していった。

e0199046_211891.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-10-23 02:04 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

10月19日の東京ローカル・ホンク

木下弦二が歌詞ノートと睨めっこをしている。店のビザール・ギタ
ーをいじっている井上文貴を弦二が「どのギターでも同じフレーズ
だな!」とからかっている。せっかく新調したドラム・キットにも
かかわらず苛立ちを隠せないのが田中クニオだ。何でもバスドラの
キックが不安定らしく、彼はボルトを何度も締め直している。店に
横付けされたままだったハイエースを駐車場に移動させた新井健太
は、戻るやいなや田中の側に寄り添う。そして彼ら4人はやがて車
座になりながら、隠れた名曲「伊豆半島」のコーラスを歌い始める。
生音のみの、気持ちがどきりと澄まされる瞬間だ。

そんなリハーサルの断片を拾い上げていくと、ロック・バンドとい
うのは本当に愛おしい集合体だなと思う。誰一人欠けても音楽は成
り立たないし、その日のふとした心持ちによって演奏は良い方にも
悪い方にも転がっていく。まして東京ローカル・ホンクの場合、補
正されたプログラミング・サウンドではなく、あくまでも、どこま
でも、人間臭いバンドであるからなおさらだ。そんなホンクメンを
観ていると、ぼくはミック・ジャガーの言葉を思い起こさずにはい
られない。「ローリング・ストーンズは家族のようなものさ」

ファミリー的な一体感が溢れ出すのは、今日(19日)の会場であ
るパラダイス本舗に集まったお客さんたちの功績でもあるだろう。
歌われる歌詞のひとつひとつを聞き手たちが愛おしそうに反芻し
ていく。思いっきりの笑顔とともにホンクへと投げ返していく。
そんな場面場面はむろん他の会場でも活かされているのだが、ホ
ンクメンが多くを担った夕焼け楽団のお店での演奏だけに、親し
みの感情はステージ後半になればなるほど密度を増していった。
アンコールではお店のマスターでもある藤田洋介が呼ばれ、温か
さが溢れ出す彼ならではのトーンとリックでテレキャスターを繰
り出していく。そこで歌われた「星くず」と「バイ・バイ・ベイ
ビー」のことを、ぼくは生涯けっして忘れることはないだろう。

三人の優れたギタリストが互いに極上のソロを繰り出していく。
後方のリズム・コンビがそれをがっつりと受け止めていく。

e0199046_292518.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-10-20 02:11 | 東京ローカル・ホンク | Comments(2)  

9月のホンク

いやあ〜時間を忘れるくらい最高に楽しかったな!毎度お馴染み
の東京ローカル・ホンクのライブであり、筆者もその時々の心持
ちに左右されて駄々っ子のように駆け出したくなる日もあれば、
しんみりと味わい尽くす夜もあるのだが、13日に高円寺のJIROK
ICHIで行われた彼らのパフォーマンスは文字通り楽しさが一杯で、
笑みが絶えないものとなった。その大きなファクターとしてホン
クが大先輩と慕う恵須川行生のゲスト参加にあったことは、この
夜を目撃した多くの方が実感されたと思う。恵須川のソウルフル
で力強いヴォーカルを得て、いつもの繊細なホンク・ワールドに
野性味が加わったといったところだろうか。いわば歌伴に定評あ
るグリース・バンドに超強力なジョー・コッカーが加わったよう
なもので、この夜演奏されたレイ・チャールズのWHAT'D I SAY
などは、ホンクのメンバー全員が一瞬洋楽大好き青年に戻ったよ
うな発見があった。このような熱血的ヴォーカルに歌を委ねたホ
ンクのメンバー4人も、だからこそきめの細かいフレーズで互角
に渡り合う。これは普段の彼らを自分なりに知る者としても、な
かなか面白い発見だった。

勿論いつものコンサバなホンクは第一部でたっぷり聞けた。「
引っ越し娘」からスタートして「お手紙」そして「虫電車」へ
と序盤を連ねる木下弦二のソングライティングの才と、それを
どこまでも温かく見守る(時々茶々を入れる)他のメンバーと
の鍛え上げられた演奏力には、やはり息を吞まずにはいられな
かったが、たまにはこういう”外交”があってもいいと思う。そ
うした他人の血がいつの間にか自分の糧となることもあるだろ
う。

本編が「生きものについて」で終わる。アンコールでホンクた
ちは「社会のワレメちゃん」と「サンダル鳴らしの名人」を束
ねていく。さらにこの夜の熱量を物語るようにロック・バンド
永遠のロード・ソングとも言うべき「車のうた」、そして愛憎
半ばといった感情の「すんだこと」が歌われていく。それらす
べてが生まれたての歌のように届く素晴しい夜だった。

(写真はギターの井上文貴さんと)

e0199046_4202079.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-09-14 04:21 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

夏の終わりに東京ローカル・ホンクを

その歌はとくにあからさまなメッセージを発するわけでもなけ
れば、特定の誰かを責め立てるわけでもない。それどころか、
もっと穏やかな日常のスケッチといったところだ。言葉が平易
であるぶんイメージ豊かに幾多にも広がっていく余地があり、
聞き手たちはそこに故郷のような温かみを覚える。そんな東京
ローカル・ホンクの8月最後のライブを26日の横浜サムズアッ
プで。ここのところツーマンが続いていたホンクが、彼らの重
要なベースであるサムズでワンマンを行うのは久し振りのよう
な気がする。明晰な発声で歌われる歌や、弾力のある精緻な演
奏は5〜6年前とちっとも変わらない。それでも何人かのファ
ンが入れ替わり、新しい曲が増え、その分登場する機会が減っ
た演目もあるといった具合だ。多かれ少なかれ、歳月とはそう
いうものだが、木下弦二のほっこりした歌を聞いていると、そ
んな些細なことはもうどうでも良くなる。能天気なのではない
。むしろ、弦二も他のメンバーも敏感過ぎるほど社会の変化を
感じ取っていることは各自のFBなどでも理解出来る。ただ、そ
のシリアスさをソングライティングに持ち込むことに弦二は以
前にも増して慎重になっていると思う。きっと彼は解っている
のだ。直接的なプロテストソングの限界を。他人に放った矢が
自分に返ってくることを。英雄的な態度の危うさを弦二はたぶ
ん音楽家としての直感で理解出来ているはず。新しめのナンバ
ーで辛辣な歌を探すとしたら、ジョン・レノンばりに赤裸々な
「身も蓋もない」になるのだろうが、その歌でさえ反抗的な態
度以前に彼らしい自問がある。正確な引用ではないが歌詞には
こんなフレーズがあった。「ブルーズなんて習い事さ。ロック
ンロールなんて借り物さ」まさにそんな地点から弦二は自分の
歌作りへと向かっていったのである。とくにこの夜印象的だっ
たのはブルース・スプリングスティーンを引き合いに出した場
面。弦二曰く「スプリングスティーンにとってストリートがリ
アルなのと同じように、ぼくにとっては戸越銀座の商店街がと
ても大事なんです」といった旨である。そんなMCに導かれな
がらノンマイクとアカペラで歌われた「サンダル鳴らしの名人」
が、染み入るように夏の終わりを慈しんでいった。

e0199046_111873.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-08-27 01:13 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

東京ローカル・ホンク「おいのりのうた」

東日本大震災以降にぼくが幾多のソングライターたちに抱いた
関心は、彼らが今後どういう歌を作り歌っていくかにあった。
何も直接的な反原発ソングを歌ったり、もっともらしく被災地
の心情に寄り添ってみればいいというものではない。むしろ本
物のソングライターであるならば、暗喩とかある種の物語性の
なかに気持ちを込めるのではないか? ぼくにはそんな願いが
あった。

東京ローカル・ホンクの場合はどうだろう。グループのソング
ライターである木下弦二が震災後に作り、ライヴの場で披露し
たことのある歌は、「夜明けまえ」「お手手つないで」「夏み
かん」「GOD HAS NO NAME」「遅刻します」といった新曲
だった。「夜明けまえ」は一日の稼ぎを手にして家に帰るバン
ドマンの歌だし、「お手手つないで」はセカンドライン的なお
祭りソングだった。「夏みかん」で差し伸べた何気なく愛おし
い日常の風景は、逆にそれが一瞬のうちに失われた時の残酷さ
を思わせる優しいメロディに溢れていた。辛辣な「GOD HAS
NO NAME」の歌詞にある「ブルーズなんて習い事さ、ロック
ンロールなんて借り物さ」(筆者聞き取りのため正確ではあり
ません)というフレーズにも弦二の一貫した音楽観が伺えた。
そしてユーモラスな「遅刻します」で示される生命へのぶきっ
ちょな肯定。それらの歌どれもが何ら彼の身の回りから離れる
ことなく、言葉が一人歩きすることなく、歌われていたことに
ぼくは心打たれた。

しかも彼の場合、震災以前に作られた歌がより深い意味を携え
ながら響いてきた。何でも大戦終了間際のあの残酷な沖縄決戦
のドキュメント番組を観ていて着想を得たという「いつもいっ
しょ」、恐らく彼の子供たちを題材にしただろう「目と手」、
そして「おいのりのうた」。これらの歌がより強度を増してい
ったことにぼくは打ち震えた。それらの歌詞は一見したところ
平易ではあるものの、逆に言えば、想像する余地とか含蓄があ
り、聞き手それぞれが自由に自分の暮らしや世界観を描いてい
けるような”キャンバスの白さ”があった。普段から「長持ちす
る歌を歌いたいんです」と公言してきた弦二のソングライティ
ングの最もデリケートな部分が淡い光となって幾多にも広がっ
ていく。そんな鮮烈な印象だ。

もっともらしく現実を嘆いたり、具体的な為政者をやりこめる
ような歌であれば恐らく誰にでも作れるだろう。でも、そうい
う歌は一時の話題にはなっても長持ちはしない。ぼくには辛抱
強く、丁寧にソングライティングに向き合っている優れた音楽
家たちの姿が見える。それを聞き取っていこうと思う。


[PR]

by obinborn | 2014-07-26 17:52 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

パイレーツ・カヌーと東京ローカル・ホンクの素晴しい夜

素晴しい新作『One For The Pain In My Heart』を携えなが
らパイレーツ・カヌーが再び東京に来てくれた。嬉しい!
しかも対バンは以前から親交があり、抜群の相性を見せてき
た東京ローカル・ホンクの面々だ。そんな素敵なツーマン・
ライヴを20日は高円寺のJIROKICHIにて。あいにく豪雨にた
たれてしまった筆者だが、居ても立ってもいられず会場に向
かった。京都からのカヌーと東京は城南地区出身のホンクの
東京都での共演は四度めとなるが、今晩ほど両者の存在を誇
らしく思ったことはない。ブルーグラスやカントリーといっ
た音楽の語彙を活かしながらオリジナルな表現に取り組むカ
ヌー。一方のホンクは磨き抜かれた言葉と研ぎ澄まされたサ
ウンドで現在インディーズ・シーンの最高峰に位置するカル
テットである。そんな両者の絶好調ぶりに超満員の聴衆が応
え、どこまでも熱い声援を送っていった。

カヌーにしてもホンクにしても何ら普段のぼくたちと変わら
ない姿を見せる。カヌーは多くを英語詞で歌いホンクは綺麗
に連なる日本語の響きを大事にしているのだが、どちらの世
界もぼくたちの暮らしの真ん中にあるような親近感があって、
そこに惹き付けられる。弦楽器のアンサンブルに特化したカ
ヌー。フォーピース・バンド理想のウネリを力強く辛抱強く
培っていくホンク。カヌーは新曲Gull Flying Northでまるで
新たな船出を果たそうとしているよう。どこかアイリッシュ
音楽にも通じる哀感と「なんとかなるよ!」という気持ちを
言い含めた”ラララ〜”の男女混声のコーラスはこの夜間違い
なくハイライトだった。吉岡孝による音色ひとつひとつまで
に気を配ったドラムス&パーカッションがそんな気持ちをど
こまでも後押ししていく。そこに立っているだけといった印
象の谷口潤のベースが、実はフレーズの尻尾ごと、くっきり
とした表情豊かな輪郭を描いていることに気が付く。

対するホンクはどうだろう。木下弦二というソングライター
は以前から普通の言葉で多くを伝えることが出来る優れたポ
エットだった。そんな彼に抱くぼくの興味といえば、東日本
大震災以降に弦二の歌世界なり心映えがどう変化していくか
にあったのだが、3・11後の彼は以前にも増して慎重に言葉
を選びつつ旋律と合体させているようだ。その最新の成果が
まるで最高の時のジョン・レノンのようなGod Has No Nam
eであり、「遅刻します」で示されるぶきっちょな生の肯定
であれば、もう筆者は何も言うことはない。

カヌーのメンバーと合体して最後に演奏されたホンク・ナン
バー「おいのりのうた」の清々しさ。それを今ぼくはキーボ
ードを打ちながら思い出している。弦二とともに”長持ちする
歌”のことを語り合った夜を思い起こしている。

e0199046_23333460.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-21 01:16 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

城北と城南

最近は副都心線が開通して便利になったが、同じ東京と言っ
ても城北地区に住んでいるぼくにとって城南はずっと遠い場
所に過ぎなかった。アクセスにしても埼玉に近い城北と神奈
川に抜ける城南ではだいぶイメージが違う。それでも会社員
時代に旧目蒲線や池上線を営業で回っていたこともあって、
そこら辺の地理は少しだけ解るようになった。確か3両編成
くらいののんびりした私鉄線だったと思う。それに乗って石
川台、雪が谷大塚、洗足池などを見るにつけ、ぼくはだんだ
ん城南地区のことを好きになっていったのだ。

あるミュージシャンが「横浜育ちの人は自分たちの文化が一
番だと思っている」と発言していたけれど、そのような自負
はあながち否定出来ないだろう。ぼく自身が住んでいる町と
して江古田に愛着があるように。ただそのような縄張り意識
は年齢とともに氷解しつつある。当たり前のハナシだが、暮
らす場所にその人の魅力が規定されるわけではない。

そう言えば東京ローカル・ホンクのメンバーたちはみんな目
黒や品川など城南の人々だ。彼らの「虫電車」や「四月病」
といった歌を聞くと、ぼくはいつも目蒲線や池上線のことを
懐かしく思い出す。それにしても彼らは秀逸なグループ名を
付けたものだね。

e0199046_17122161.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-05-09 17:12 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

ホンク、再び

若い頃は自分と同じ価値観の仲間を求める気持ちが強かったで
す。大なり小なり誰にでもそんな傾向はあったと思います。で
も今はそうでもないです。実際社会に出て世間の荒波に揉まれ
てみれば”自分”なんていかにちっぽけな存在かを思い知らされ
ます。そのような体験を再び噛み締めることになるのはネット
社会にアクセスするようになった10数年前からでしょうか。良
くも悪くも本当にいろいろな考え方や感じ方をする人たちがい
るんだなあ〜ということをぼくはそこで強く意識させられたので           した。いわばネットは満員電車と同じく社会の縮図なのだと思っ
ています。

それでも拙稿を通して東京ローカル・ホンクのライヴに接し、
良かったです!と伝えてくれる方々がいらっしゃったりするの
は大変心強いです。実際ホンクの音楽が「俺たちを見ろ!」と
か「俺たちはこんなにも努力しているんだぜ!」とかいう気持
ちを現すものではまったくありません。むしろそういう態度を
野暮だなと思ったり恥じたりする気持ちが彼らにはあって、ぼ
くはそんな部分に余計惹かれたのかもしれません。あからさま
にJ.ポップの現状を嘆いたりすることより、ホンクのライヴに
接することのほうが余程健康的でもありますし、こればかりは
感じ方の範疇なのかもしれませんけれど。

精緻に描かれた絵画よりも余白のあるスケッチのほうが遥かに
イマジネイションを与えること。その後の物語を聞き手に委ね
る部分が多いこと。ぼくはホンクの音楽をそんな風に感じてい
ます。

e0199046_129955.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-04-26 01:31 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

4月18日のホンク

いつも一緒にいる時はそれほど感じなくても、ある日突然いなく
なると寂しくなる。多かれ少なかれ誰にもそうした気持ちを抱か           せるような隣人がいると思う。東京ローカル・ホンクはさしずめ
そんなバンドだとぼくは思う。彼らの音楽は経験と鍛錬に裏付け
られたクォリティを持ってはいるが、けっして精緻な地図をなぞ
るようなものではない。多少のでこぼこがあったほうが人として
遥かに魅力的なのと同じように、ホンクもそうした粗めの演奏を
剥き出しにする時がある。とくに生まれたての曲に関しては。

18日に高円寺のJIROKICHIで行われた彼らのワンマン・ライヴを
そんな風に聞いた。歌われた2つの新曲はまさに産声を上げたば
かりであり、行く先々の道が保険に入っているわけではないが、
木下弦二というソングライターが毎日の暮らしのなかで混沌とし
ながらも考えていることが伝わってくる。日本語の綺麗な響きを
大事にしている弦ちゃんからGod Has No Nameなんていう辛辣
な英語のリフレインを聞かされると本当にドキっとしてしまう。
ぼくは瞬間、ジョン・レノンのGodを思い起こしたほど。

それでもトータルな質感はむろん、いつものホンク・ワールド。
気取りのない言葉が響き渡り、自分の町の営みが思わず愛おし
くなるような音楽。それは新曲に照らし合わせれば、借り物や
模倣ではない彼ら自身のブルーズであり、ロックンロールであ
るのだと思う。それらは少なくとも雨の週末を満たしてくれた
し、帰り道を幸せな気持ちで包んだ。たとえ握った手や交わし
た言葉たちがいつか離ればなれになってしまうとしても。


e0199046_0282683.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-04-19 00:30 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

ホンクの新年会

当たり前のように思える毎日の声や会話にしても、もしそれが
ある日突然失われてしまったらどうだろう。普段の語らいや笑
みが断ち切られてしまったらどうだろう。東京ローカル・ホンク           の歌や演奏を聞いていると、いつもそんな思いに捉われる。
彼らホンクの今年初のライブを31日は渋谷のB.Y.Gにて。何で
も新年会を兼ねての催しらしく、ときにラフに流れる演奏も憎
めない。少なくとも彼らはそれを隠そうとはしないし、美辞麗
句でまとめようともしない。その代わりに音楽が無言のうちに
物語る。ノンマイクで2声なり3声のコーラスがさらに際立つ。

大袈裟な歌詞は一切ない。誰かを糾弾したり世界のすべてを味
方に付けたり敵に回したりするような語りもない。むしろホン            クにいつもあるのはほっこりとした情感であったり、柔らかい
音の木霊だったりする。そのことの愛おしさを感じていたい。
誰がどう言おうがちっとも構わないではないか。時代が音を立
てながら激しい風や残酷過ぎる嵐を運んできてもいいではないか。          その代わりにホンクは陽だまりの縁側を描き出す。雨の日
にはそっと傘を差し出す。そのことの価値をぼくはずっと信じ
ていたい。

e0199046_1465730.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-02-01 01:48 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)