カテゴリ:東京ローカル・ホンク( 66 )

 

普段着の言葉と音楽〜東京ローカル・ホンクのこと

シンプル極まりないロック・カルテットなのに
音はどこまでも豊か。その流れに身を委ねてい
るだけでとても幸せになってくる。そんな東京
ローカル・ホンクのライブを7日は青山の月見
ルにて。彼ら四人にとってはまるで手となり足
となった曲の数々であり、ぼくにとってもすっ
かり聞き慣れたナンバーばかりだったが、それ
でもじわっと凝縮された無駄一つないアンサン
ブルはいつもフレッシュで、また同時に通り過
ぎてきた歳月を感じさせるもの。例によって客
席に降りてきてノンマイクで歌うアカペラの「
サンダル鳴らしの名人」に始まり、普段着の言
葉を丁寧に慈しんでいく「お手紙」や町の景色
や人々の気配をユーモラスに切り取った「拡声
器」などへと束ねてみせる。終盤ではメッセー
ジ色の強い「社会のワレメちゃん」と生命讃歌
とでも言うべき「おいでおいで」とをいつもの
ように対にすることで、木下弦二の歌に対する
思いがより逞しく届いていった。

華美なサウンド・スペクタルがあったり、めく
るめく仕掛けが用意されているわけではない。
それでもぼくは物欲しげに他の音楽に気持ちを
移そうとは思わない。それはたぶんホンクたち
がぼくと同じように町の匂いを感じ、人々の温
もりを思い、今日もいい日だったなあとしみじ
み振り返りつつ眠りに就くような毎日の感覚を
大事にしながら演奏しているからだ。大切なも
の、愛おしいと心を動かされること。それらを
昨日と地続きのように感じられるかどうか。た
とえそうした光景がある日突然失われ、無慈悲
なまでに打ち砕かれたとしても、ぼくは彼らの
音楽とともに歩んでいくことだろう。

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by obinborn | 2013-10-07 23:13 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

東京ローカル・ホンクが地元に帰ってきた

16日は武蔵小山のアゲインにて東京ローカル・ホンクのライヴ
を。目黒〜品川エリアでバンドを始めた彼らのホームとでも言
うべき地域での公演だけに、普段にも増して親密感が溢れる素
晴らしい演奏となった。しかも第一部では古くからホンクの良            き理解者であり、ぼく自身尊敬して止まない森勉さんを進行役            に迎えてのトーク・ショウが繰り広げられ、ファンとの交流を
より親密に保ちたい!という主催者の気持ちが伝わってきた。

第二部のライヴ・パートも時間たっぷり。「サンダル鳴らしの
名人」から「お休みの日」へと繋げるなど序盤はホンクの生ま
れた城南の光景を盛り込み、品川の工業地帯を切り取ったと思
しき「昼休み」でまずは最初の頂点を迎え、終盤に「社会のワ
レメちゃん」や「おいでおいで」で畳み掛けていく様は、さし
ずめ無邪気に遊んでいた青年が世の中の壁にぶつかり、煩悶し
ながら世界のありかを知っていく過程のよう。

最近のライヴでリーダーの木下弦二がMCでよく紹介するのは
新曲「お手手つないで」のこと。彼がその曲の前に必ず強調
するのは「この曲は”食べて応援”とはまったく違います」とい
った旨だ。”食べて応援”という震災以降はびこった言説がある。
それらに対してきちんと違和を唱えながら、それでも明るくあ
ろうとする彼の心のありよう。それがどんなに尊いことだろう
か。

「車のうた」のような一見何でもないロード・ソングが震災後
にまったく別の意味を携えていく。聞き手の奥底に何らかの変
化を促す。音楽とは生き物に他ならない。そんな逞しい演奏が
終盤になるにつれ、なお一層熱を帯びていった。ロック・カル
テットとしての人力演奏。その極致をはっきり示してくれたメ
ンバーたちのミュージシャン・シップに感動せずにはいられな
い、忘れ難い一夜となった。

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by obinborn | 2013-09-17 04:32 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

一年ぶりにホンクとカヌーのジョイントが実現!

二週間ぶりのホンクと一年ぶりのカヌー。そんな二組
のジョイント・ライヴを14日は高円寺のJIROKICHIで
思いっきり楽しんだ。東京ローカル・ホンクも京都か
らやってきたパイレーツ・カヌーも、音楽に対する取
り組み方がとても瑞々しい。日本語のきれいな響きを
ずっと育んできたホンクはこの道20年以上のベテラン
であり、今や誰もが賞賛を惜しまないリスペクタブル
な存在だが、手垢に塗れたような部分がまったくない。
彼らの毎日毎晩の演奏がぼくにはまるで生まれたばか
りの歌のように聞こえる。対するカヌーはここ数年の
成長に驚くばかり!今回はちょうど新作『Three』を
携えてのライヴだったが、その前にアメリカ・ツアー
を体験したことも大きな糧となったに違いない。

この日はまずホンクがアカペラで新曲「夏みかん」を
披露してからカヌーを迎えるという昨年7月とほぼ同
じ構成。カヌーの場合ルーツ音楽が大好き!みたいな
な紹介のされ方をよくされるけれども、世襲制という
かどっかに偉大なお手本があってそれの完コピを目指
すというような音楽のあり方とは無縁だ。むろんパー
ツとしてブルーグラスなりアイリッシュ・チューンの
語法を取り入れた部分も大きいが、ハント鈴加や河野
沙羅のソングライティングには(いつも言っているこ
とだけど)不思議と日本的な情感が色濃く漂っている
点が面白い。そうしたワビ・サビのある曲を、リゾネ
ーターやマンドリンやフィドルといった弦楽器で彩り、
リズム・セクションも起伏ある構成(ときに変拍子)
と丁寧に丁寧に向き合っていく。もしカヌーたちが誰
かよりも上手く楽器を弾けるとか、お師匠さんのお墨
み付きとか、そういうことに価値を置くような器楽自
慢のバンドだったら、ぼくはけっして彼女たちや彼ら
に惹かれることはなかっただろう。

ホンクの視界の広げ方も美しい。うずまき時代の「ヒ
コーキの歌」に始まり、「泥男」「お手紙」「目と手」
「夜明けまえ」そして最後には「おいでおいで」と、
それぞれに独立したひとつひとつの歌がまるでソング・
サイクルのように連鎖していく様は、アルバムのシー
クエンスとはまた別の逞しい流れを生み出していく。
それらの歌詞にしても一見平易な言葉とその連なりが
どれだけ豊かなものなのかをそっと伝えるかのよう。
親しみやすく明るい「いつもいっしょ」に伴う影のこ
と。「ヒコーキ」で描かれる空飛ぶ異国の人のこと。
木下弦二のソングライティングはかくのように重層的
だ。

カヌーと合体しての終盤のセッション・タイムでは、
スティーヴィ・ワンダーの「マイ・シェリー・アモー
ル」とエリック・クラプトンの「メインライン・フロ
リダ」が選ばれ、お客さんたちの盛り上がりも最高潮
に。この時ばかりはホンクもカヌーも洋楽大好きのア
マチュア時代に戻るかのよう。昨年のアンコールはロ
ーウェル・ジョージとヴァン・モリソンだったよな〜
なんてふと思い出してしまったぞよ。

そんな訳でぼくは最寄りの私鉄沿線駅に降り、深夜営
業のスーパーマーケットで今晩最後のビールを買った。
そう、いいライヴの帰り道がいつもそうであるように。

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*写真はパイレーツ・カヌーの皆さん
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by obinborn | 2013-09-15 02:27 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

8月最後のホンク

「バンドはいつも最初に町に入って、一番最後にその町を後に
するんだよ」そんなヴァースがあるジャクソン・ブラウンの曲
を最初に耳にしたのはいつのことだっただろうか。準備はもち
ろん撤収作業まで当事者たちがやるべきことは沢山ある。まし
て日本各地をくまなく回っている音楽家たちの場合はそうだろ
う。彼らは最初に町に入り、時計が明日を刻む頃やっと楽器や
機材を車に詰め込み、また次の町へと向かう。

八月最後の日となった31日はオオルタイチ+ウタモと東京ロー
カル・ホンクにとってこの夏のツアー最終日となった。そんな
彼らの千秋楽を所沢のMOJOにて。例えばヤング・マーブル・
ジャイアンツのようにクールな音響を優しく届けるオオルたち
にホンクの人力の演奏が加わるだけで視界が広がっていくこと
を実感したし、逆にオオルたちがサンプリングを駆使しながら
独特の音楽絵画を淡いタッチで描き出す様も悪くない。

ホンクは「サンダル鳴らしの名人」のノンマイク・アカペラに
始まり、やはり素のままの「すんだこと」で終わるという構成
であり、その間に弾力あるエレクトリック・セットを挟んだが、
エレクトリックのバンド・サウンドでありながらも、どこか柔
らかくアコースティックな輪郭を失わない質感が鮮やか。この
日は久し振りの「おにぎりソング」を含めながら肉感的なコー
ラスや一切無駄のないバンド・サウンドを届け、長大なインプ
ロヴィゼーションが続く「カミナリ」にしても、一昨日の吉祥
寺での演奏と同じく新たなフレーズが盛り込まれ、バンドが生
きものであることを晴れ晴れと証明していく。

帰りの電車のなかでそんなことを反芻しつつ、いつの間にか9
月の声を聞く。明るい歌の悲しい響き。私はこれからもホンク            の音楽とともに日々を歩んでいくことだろう。

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by obinborn | 2013-09-01 05:47 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

ホンクは今日も歌う

やはり東京ローカル・ホンクは最高のバンドだ!
そんな風に改めて思わずにはいられない演奏を29
日は吉祥寺のスターパインズ・カフェにて。今年
の夏ツアーはオオルタイチ+ウタモとともに名古屋、
浜松と回って東京に戻るという比較的短いもので、
この日はさらに先頃デビュー・アルバムを発表した
ばかりの森は生きているを加えたスペシャルな一夜
だったが、ホンクは気負わず、照れず、普段着のま
まで彼らならではのステージを繰り広げた。オオル
タイチ+ウタモを加えた「昼休み」を序盤に用意し
ながら、本編では季節柄ぴったりの「サンダル鳴ら
しの名人」のア・カペラで客席との距離をいきなり
取っ払い、「車のうた」「お手紙」「四月病」など
を元気に弾ませる。

そんな何の変哲もないロック・カルテットにもかか
わらずアンサンブルやコーラスの含蓄深さはどうだ
ろう。四人それぞれが自分の役割を果たしながら、
見事なまでに一枚の絵へとすっぽり収まっていく。
とくに印象深かったのは「おいでおいで」だろうか。
ソングライターである木下弦二がMCで言っていたこ
とをぼくなりに翻訳すれば、今の暗く不穏な世の中
でもあえて明るく肯定的な歌を歌いたい、というこ
とに着地するのだが、どこまでも明晰な発声はこち
らの曇った気持ちさえ晴れ渡らせていくかのよう。

思えば弦二の歌には社会を直截に糾弾したものが一
曲もない。高い社会意識を持ちつつも彼がそれを暗
喩するのは、以前取材でも語ってくれたように歌を
長持ちさせたいが故だろう。この日は選曲されなか
ったが、例えば「目と手」や「いつもいっしょ」の
慈しみの彼方には、遠い国の戦火や身近なフクシマ
の廃墟が見える。そのように考えていくと彼がソン
グライティングに託した思いが、より鮮明に浮かび
上がってくる。ジャム・バンドとしての実力を遺憾
なく発揮した長大なインプロヴィゼーション曲「カ
ミナリ」でも、最後の最後まで端正で綺麗に響く日
本語が小躍りしていた。

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by obinborn | 2013-08-30 02:48 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

音楽から友情が聞こえてきた

神々しいまでの演奏がどこまでも続いていった。
その流れは一切淀むことなく次第に逞しくなり、
最後に河口へとしっかり辿り着いていく。その
場面場面を反芻するだけで愛おしくなってくる。
そんな東京ローカル・ホンクのライヴを17日は
青山の月見ル君想フにて。

アカペラの「サンダル鳴らしの名人」から始まり、
「いつもいっしょ」「お手紙」「四月病」がしな
やかに束ねられていく。田中クニオのリム・ショ
ットが次第に輪郭を描き出し、ミキシング・エン
ジニアのHALKによるダブ処理とぴたりと呼吸す
る「昼休み」を場面転換のようにしながら、後半
は「夜明けまえ」や「お手手つないで」といった
新曲を交えつつ、「おいでおいで」「社会のワレ
メちゃん」「すんだこと」が解き放たれていった。
その一つ一つの場面が鮮やかで、もう一度聞き直
したいくらい。

ギター2本にベース、ドラムスというたった四人
の演奏が雄弁に語る。無駄なものは一切ない。む
しろシンプリティの極みのようなサウンドなのだ
が、それらに込められた含みや含蓄はもう圧倒的
なまでに清々しい。フロントマンの木下弦二は最
近よくMCで「同じメンバーで20年もバンドをや
っていると家族以上にいい部分も悪い部分も見え
てきます」といった旨を語るのだが、こうした緊
密でしっかりと連携が取れた演奏は、ぼくに友情
という懐かしい言葉を思い起こさせたほど。とく
に今回は音響が秀逸であり、新井健太のプレシジ
ョン・ベースがどれだけホンク・サウンドを支え、
綺麗な裏メロを紡ぎ上げているかを腹の底まで感
じることが出来た。寡黙なベーシストは多くを語
ることはしない。その代わりにアラケンはまるで
歌の影絵へと、そっと歩み寄っていく。

普段の暮らしがある。それは昨日のように今日も
また続き、きっと明日となって更新されていくの
だろう。そこに突然裂け目が出来る。のっぴきな
らない事態が発生する。明るい歌に影が宿る。繋
いだはずの手が綻びを見せる。普段の暮らしを描
いたホンクの明るい歌が感じさせる悲しみとは、
そういうものだ。「いつもいっしょ」の明るい響
きのなかで、ぼくはいつも迷子になる。

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by obinborn | 2013-07-18 01:39 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

昨日の記憶のように、今日の歩みのように。

14日は学芸大学のチェロキーにて”弦克”こと木下弦二と佐藤克
彦のデュオ・ライヴを。わずか一週間前にも観たこの二人の歌
と演奏をどう表現したらいいのだろう。それはあまりにも漠然
としているけれども、普段の生活の延長のようにこうして足を
運び、とても軽やかな歩みで帰路に着けるのだから、その歌た
ちのありかを確かめずにはいられない。

思えばソングライターとしての弦二は、ことさら大上段なメッ
セージを放ったり、声高く社会を糾弾してこなかった。しかし
それでも彼が日々感じ、写し取る絵には個人的ではない悲しみ
や諦観の表情がひたひたと張り付いていた。まるで古傷のよう
に、昨日のように。それが彼の内気から来るのか、彼の品の良          さがもたらすものなのかは知る術はないけれども、そうした含
みは少なくとも彼らの音楽的な語彙を保証するし、言葉であれ
旋律であれ、弦克は今日も出口を探し、自由なまま歩みを止め
ることはない。まるで自分が裸になっていくような「生きもの
について」から始まり、静謐なインストゥルメンタル「冬の便り」        へと頁を閉じていく。ぼくたちはそうして日々を更新していく。


人は何故歌うのだろう。人は何故歌を聞くのだろう。結論が用
意されているわけではない。まして模範解答があるわけでもない。        それでも弦ちゃんは歌を作り、克ちゃんのラップ・スティールと
ギターがしっかりともう一つの声となっていく。音楽を聞いてき
て良かったと思えるのは、いつもこんな瞬間だ。


まるで昨日のように、まるで今日のように、そして明日のように、        私は東京ローカル・ホンクや弦克を聞いていくだろう。澄んだ水
を求める兵士のように。太陽の温もりを今日もまた感じながら
微笑む人々のように。
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by obinborn | 2013-07-15 01:30 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

季節の便り

弦克こと木下弦二と佐藤克彦のデュオ・ライヴを
6日は自由が丘のバードソング・カフェにて。
弦二の歌はもう何度も何十回も接しているけれど、
こうして生で聞くたびにしみじみと肌を震わせる。

その歌は取り立てて正義の旗を振りかざしたり、
不正を質したり、ましてどこかの誰かを糾弾した
りはしない。それでも彼が歌う工場の遠景や町往
く人々がもし失われてしまったらどんなに味気な
い世界なのだろう、と思わせるような含みや含蓄
がいつもある。ぼくはそこにどきりとさせられる。

彼が福岡に引っ越してから出来た曲のひとつ「夏
みかん」にしても、掌にあるなかなか剥けないみ
かんと向き合う営みと、そこから広がり飛躍して
いく世界との対比がどこまでも鮮やか。この曲に
限ったことではないが、そんな遠近法による歌の
スケッチが弦二は抜きん出て上手い。それが名手
・佐藤克彦のラップ・スティールやギターと会話
し併走していくのだから、彩りはどこまでも鮮や
かだ。そう、日記にも書き留められないほどに。
大地の温度を確かめに行きたいほどに。

ソングライターとギタリストの関係にしてもあり
がちな主従の関係ではなく、弦二自身がオクター
ブやヴォリューム奏法を用いながら澄んだトーン
のフレーズを繰り出したり、後半は素晴らしい若
手女性シンガーが加わるだから、何とも贅沢で親
密なリヴィング・ルーム・パフォーマンスだった
と思う。そして弦ちゃんにはやはりベスパのセミ
アコが着慣れた服のように一番似合っている。

この夏のライヴ・スケジュールを比較的多めに入
れたことに関して、弦二はこう説明する。「西か
ら東北まで回ってきました。その成果を見て欲し
くって」それが具体的にどういうものなのかはぼ
くには判らない。ましてその成果とはそのまま新
しい歌へと換算されるものではないだろう(古い
曲も日々新しく成長する)。

旅をし終えて駅を降りる。彼は出発前と変わらな
のかもしれない。変わったのかもしれない。ただ
一つ言えるのは、誰もが旅を一巡すると、どこか
の誰かに何かを語りかけたくなること。そのこと
に関して、木下弦二という人はどこまでもどこま
でも、むしろあけすけなまでに正直だ。

きっと帰り道も音楽の続きなのだろう。そんな風
に思いつつ、ぼくは終電近くの電車に乗った。

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by obinborn | 2013-07-07 02:09 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

いつもいっしょ

爽やかな余韻に包まれた一夜だった。それはとくに昨日と
変わるようなものではなかったし、明日になって劇的に変
貌を遂げるものでもないだろうが、今日もまた東京ローカ
ル・ホンクを聞いて良かったなと、しみじみ思わずにはい
られなかった。そんな彼らのライヴを24日は下北沢のフラ
テアにて。

手を伸ばせばステージに届いてしまうような小さな会場で
のアコースティック中心の演奏は久し振りのこと。ときに
木下弦二はマイクを通さずに歌ったし、新井健太、田中ク
ニオ、井上文貴によるコーラスに至っては全編ノンマイク
で通したが故に、普段にも増して親密感が溢れ出す。隅々
にまで歌が響き渡っていく。

あの懐かしい「ヒコーキのうた」で始まった第一部は、ホ
ンクの前身バンドである”うずまき”時代からのファンには
たまらないものだっただろう。小さな音でどれだけ伝えら
れるか。そのことに対し誰よりも一生懸命に取り組み、と
きに若さ故に過敏なまでになっていたという”うずまき”時
代の彼らをぼくは体験出来なかったのだが、しかしフラテ
アという会場の空気がそうさせたのだろうか、ホンクはう
ずまき時代の「海辺の家の一週間」や「心の行進」「おに
ぎりソング」などを束ねていく。それらの歌たちは今なお
無邪気なままであるけれども、イノセントをことさら強調
するメッセージ・ソングとはまったく異なる光と影を、月
と星を、昨日と明日との間をほのかに照らし出す。無垢を
声高に、あるいは説明的に言うのではない。ホンクたちは
むしろ言葉にならない小さな声に耳を澄ませ、音という絵
の具を使って、その日々をどこまでも柔らかくスケッチし
ていく。

「お手紙」で始まった第二部はエレクトリック編成による
逞しい響きが加わり、より膨らみのあるバンド・サウンド
が全開に。「お手紙」に続く「目と手」の鮮やかな光景が
愛おしい。この歌が子供に捧げられたものであれ、愛する
人との関係を言い含めるものであれ、「目と手」には少な
くとも他者との関係のなかで自分を発見しようとする弦二
の心映えがある。いつかぼくも沸き立つ雲のように昨日を
を思い、今日や明日の行き先を考えられたらなあ〜。

ステージはどんどん進んでいく。「いつもいっしょ」が言
い含めるものは、”いつもいっしょ”にいられなくなった人
たちのことでもあろう。昨日まで毎朝一緒にご飯を食べて
いた人が突如失われてしまうという残酷な物語であるかも
しれない。そうした含みにいつしか気が付く。明るい歌に
悲しみの表情が携わっていく。影が差し込んでいく。

最後の最後に奏でられたのは「車のうた」。「ハイウェイ
ソング」と並ぶホンクのこのロード・ソングには思いっき
り陽性の匂いがした。そう、彼らのハイエースを祝福する
かのように。

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by obinborn | 2013-05-25 03:55 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

そっと運ばれた言葉たち 磨き抜かれた音楽たち

初めて木下弦二と会ったのは忘れもしない07年の秋だった。
ちょうど彼ら東京ローカル・ホンクがセカンド・アルバム
『生きものについて』を発売したばかりの頃だった。

その時の弦ちゃんは自分のソングライティング以上にこの
バンドを知って欲しい、聞いてみて欲しいと必死で訴えて
いたように思う。

平易な言葉の豊かな連なり。ありふれた毎日に光を当てる
こと。東京ローカル・ホンクはそれをかけがえのない音の
束へとスケッチしてゆく。言葉にはそっと言い含めるよう
な願いがあるし、紡ぎ出していく音には修練を重ねた者た
ちならではの含蓄がある。ぼくはやがて彼らのことが好き
になっていった。たとえば「サンダル鳴らしの名人」を聞
けばハンド・クラッピングとともに町の様子が立ち上がっ
てくる。「拡声器」に耳を澄ませば人々の泣き笑いや阿鼻
叫喚が聞こえてくる。そして「おいのりのうた」の清冽さ。

あれから6年が経つ。私は明日も彼らの音楽を聞きにいく
ことだろう。

*     *     *

東京ローカル・ホンク 2デイズ

5月24日(金)下北沢・フラテア 18時半開場19時半開演
5月25日(土)渋谷・B.Y.G 18時半開場19時半開演

今回は24日が主にアコースティックもしくは小さな音、25
日がエレクトリック編成になる予定です。

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by obinborn | 2013-05-24 01:35 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)