カテゴリ:東京ローカル・ホンク( 66 )

 

明るい歌が悲しみを伝える

帰り道に友人と「瑞々しいね。高校時代に
あんな友だちがいればよかったね」と思わ
ず語り合うほど、本日(19日)に吉祥寺の
スターパインズ・カフェで行われた東京ロ
ーカル・ホンクのライヴは良かった。無邪
気に音と遊ぶ感じがそうだし、コンサバな
情感がそうだし、明るい曲が悲しみを伝え
る含みもそうだった。

今年3月に同じ会場で行われた『さよなら
カーゴカルト』ツアーのファイナルはホン
ク9と題して、日頃から彼らとの絆も深い
音楽家たちと合流したアプローチを聞かせ
たが、今年最後を締め括る本日のライヴは
あくまで素のホンクというか、メンバー4
人に絞った故に、改めて彼ら本来の力量に
唸らされる結果となった。

しかも第一部をアコースティックで、第二
部をエレクトリックでと明確に分けた構成
がいい濃淡を付けていたし、まるまる3時
間に及ぶ演奏はまさに満足度120%といっ
た贅沢さだ。アコースティック・セットは
ちょうど客席の真ん中に臨時のステージを
作り、メンバー同士が円を囲むように演奏
するという和気あいあいとしたもの。その
意図した音の小ささはまさにクワイエット・
ロックンロールというべきものであり、デ
リケートな空気感を運んでくる。そういえ
ばホンクの前身である”うずまき”時代はこ
んな”静かさ”にこだわっていたとか。今と
なっては懐かしい「ヒコーキの歌」や「
遠い願い」といった木下弦二の原点ともい
える曲が世間の様相もあって、ぼくには復
雑な歌として届いた。

一転して第二部のエレクトリック・セット
では逞しいバンド・サウンドが全開に。「
はじまりの歌」でのメンフィス・ソウル・
マナー溢れるミディアム・グルーヴはもっ
と聞いていたいと思わせるほどだったし、
小さな生命に心を寄せた「目と手」は震災
後に否応なく悲しみを伝えるものとなった。
このバンドのソングライターである弦二は
よく「曲が作者の意図を離れていく」こと
を口にするし、本日もまた例外ではなかっ
たが、ぼく自身こうして「昼休み」や「拡
声器」といった日常的な歌を耳にする時、
その背後に思い浮かべるのは殺戮の場面で
あったり、昨日まで当たり前だった日常が
今日失われていく残酷さであったりする。

そんな個人的な感想はともかく、インプロ
ヴィゼーションの嵐のような「カミナリ」
はホンク4人の演奏力を伝えて余りあるも
のだったし、アンコールの時間では自在に
アコースティックとエレクトリックを往来
する足回りの良さにも改めて心奪われた。

もう何十回もライヴの場で聞き馴染んだ曲
が幾つも幾つもある。それでも新たなライ
ヴに接する度に、まるで最初に聞いた歌の
ようにリセットされ、堂々と響き渡る。ぼ
くにとって東京ローカル・ホンクとは、そ
んなバンドとして今日もなお輝き続けてい
る。

e0199046_1362058.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-12-20 01:38 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

ホンクのこと。

東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは、もう二年ほどまえの夏だったろうか。その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが、僕たちのバンドを知って欲しい、聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた。これも何かの縁(えにし)かと思い、その後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び、またこれからももっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ。東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが、今日もまた僕と同じように東京の空を眺め、同じような街並を歩き、戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった。そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた。まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や、見せかけのポーズや虚勢、あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで、彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し、各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた。彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく、微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた。ときには伊豆半島まで遠出したり、草の燃える匂いを嗅ぎながら。結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい。でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている。そう、まるで池に投げられた小石のように。(小尾隆 2009年6月23日)



[PR]

by obinborn | 2012-11-12 04:07 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

3月30日

九品仏の庄屋でアラケンこと新井健太のインタヴューを。

東京ローカル・ホンクの屋台骨といったら、アラケンのベース抜きには語れない。
そんな風に思われる方々も少なくないのではないだろうか。
ときに寡黙に、ときに饒舌に、アラケンのベースはホンクという音の絵をくっきり
と、しなやかに描き出す。

そんな彼のベース観や、昨年の秋から今年3月まで続いたホンクの
全国ツアーのこと、そして彼のこれまでの歩みまで思う存分に語って頂いた。

いろいろな道のりがあり、さまざまな過去がある。
アラケンは今それら全てを慈しみながら、今日もまた音楽をしている自分を見つめ、
それを可能にしている周りの環境に心から感謝しているようだった。

いや、ありがとうを言いたいのはむしろぼくのほうだよ、アラケン!

e0199046_1344316.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-03-31 01:47 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

3月23日の東京ローカル・ホンク

(やや長めの前口上です)

『音楽批評の原則について』のテキストに関しては、ツイートやリツイートと
いった形で多くの反響を頂きました。ありがとうございます。カウント数が普段
の倍もあったし(笑)。しかしそれでもですね、好きな音楽の感想を書いたテキス
トよりも問題提議(意見表明)したほうのそれに注目が集まってしまうというのは
個人的には思わず考え込んでしまうわけで、みんな”音楽そのもの”よりも討論の
ほうが好きなのかな〜? などと思い始めると何とも複雑な気持ちに陥ってしまう
のです。問題提議のほうが私のつまらぬ音楽感想文よりも関心を集めやすいという
側面はあるのかもしれませんが、不肖なワタクシ個人の率直な思いとしては、負の
感情に多くの時間を費やすならば、自分の本当に好きな音楽やバンドをもっと聞い
てみて欲しい! という気持ちのほうが遥かに強くあるわけです。  

まあ、私のようなへたれおっさん音楽ライターのボヤキはともかくとして(笑)、
東京ローカル・ホンクは本当に優れたバンドであり、先日彼らが新たに試みた
「ホンク九重奏団」の演奏がとてもスリリングだったことをとにかく伝えたいので
す。

というわけで、もう一度こちらのテキストのほうをトップに持っていきます。
名声を得た(もしくはリジェンダリーな)音楽家のライヴに足を運ぶのもむろん
いいことです。

しかしまだ広く知られていない(だけど優れた)人たちの
音楽に触れるのはもっと良いことのはず。ビートルズがストーンズが最初から有名
だったでしょうか? あるいはシュガー・ベイブが最初から”伝説”だったでしょ
うか? そんなことはないですよね。音楽はいつの時代も”そこら辺のライブハウ
ス”に転がっているのですから。

*    *    *

東京ローカル・ホンクを吉祥寺のスターパインズ・カフェにて。

昨年秋から新作『さよならカーゴカルト』のレコ発全国ツアーを行ってきた
彼らは先月初めて東北地方も訪れ、今日がいよいよ東京での千秋楽と相成った。

第一部では普段着のホンクというか、フォーピース・バンドの粋を過不足なく聞かせ、
第二部ではホンク以外の5人の個性派ミュージシャンとのコラボレーションを試みる。
そんな意欲的なアプローチがうまく引き出された夜だったと思う。

歌の主人公たちの無名性(名もなき人々)を丁寧に映し出すという意味で、ホンクの
楽曲はどれを取っても互いに通じ合い響き合っている。「お散歩人生」でも「昼休み」
でも、町の何気ない描写「拡声器」でも、そこら辺のこだわりに関して木下弦二のソ
ングライティングは徹底していると言っていいだろう。そんな風にして僕たちは彼ら
の明るかったり脳天気だったりする歌の背後に、悲しみの表情や言葉にならない影を
感じ取っていく。

第二部はまるで音の粒子がキラキラと降り注いでくるようだった。

サーディンヘッドの小林武文、ヤセイ・コレクティヴの松下マサナオと中西道彦、
タマコウォルズの中原由貴、そしてラップ・スティールの名手である佐藤克彦という
名だたるミュージシャンたちを連れ出し合体したホンクは、いわばホンク九重奏団
という様相を呈しながら、ポリリズミックな音の波を大胆に作り出していく。

e0199046_1154113.jpg

(ホンク9のリハーサル。中央下より時計回りに新井健太、松下マサナオ、中原由貴、
田中クニオ、小林武文、佐藤克彦、井上文貴、中西道彦、木下弦二)
*このお写真は新井健太さんのblogよりお借りしました

一本のマイクを9人が円陣を組みながら囲み、まるでブルガリアン・ヴォイスのよう
な剥き出しの低音部の和声で聞かせていく二部冒頭のアカペラはどうだろう。
その輪唱が次第に広がり会場を満たしていく様はまさに息を飲むほど清冽だったし、
続く「自然ソング」ではあえてシンプルなビートに四人のドラマーが合わせることで
微妙なズレやユニゾンを醸し出す。

かと思えば、もともとアフリカ音楽の痕跡がある「泥男」ではスタジオ・レコーディ
ングにはないラップ的なコーラスを随所に配しながら、ブラック・ミュージックの
エッセンスを抽出する。そんなミニマル的な音の動きとしては「鏡の中」も聞きもの
だった。こちらはより高音のパートにフォーカスした音の流れがザイール音楽のよう。

四人もドラマーがいる。ベーシストが二人もいる。そんな彼らが同時に音を奏でた様子
を文章で伝えることはとても難しい。

ただそのダイナミズムは想像して頂けるはず。恐らくリハの段階から役割分担があった
のだろう。田中クニオと中原由貴が比較的ベーシックなパートを担い、小林武文と松下
マサナオが自由闊達なフィル・インに向かう土台を作っていたことはすごぶる印象的だ
った。これがドラムスの四人に対する感想だ。

そんなホンク九重奏団の奔放な演奏は終盤の長尺インプロヴィゼーション曲「カミナリ」
で極まった。
風の匂いを、不穏な気候を、あるいは自然の畏怖を彼らはスケッチし、一期一会の音の渦
へと転化していく。その様子のスリリングなこと!

控えめな詩人と遥かなる音の冒険者たち。

その詩人はツアー・ファイナルをけっして美辞麗句でまとめ上げたりはしないし、
音の冒険者たちは今夜の演奏に満足しながらも、明日はきっと別の絵を描き始めている
ことだろう。同じ絵にため息をつきながら、別のキャンバスに心を弾ませながら。

e0199046_191026.jpg


削りに削られた簡素な歌詞の奥行きと、フォー・ピース編成ならではのバンド・
サウンドの妙味。たとえば以下のPVからそんなことを感じ取っていただければ、
ファンの一人として嬉しいです。


[PR]

by obinborn | 2012-03-26 03:29 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

3月5日

朝のバイトから帰宅すると中原ムーさんから感謝のメールが届いていて、
大雨のなか何だかとても温かい気持ちになりました。彼女はドラムを叩いている
時は真剣そのものの表情なのですが、演奏中のアイ・コンタクトでふと見せる笑顔
がとてもかわいい。性格もすごく素直だし、私がもっと若ければ間違いなく
交際を申し込んで(結果フラれて)いたことでしょう(笑)。

e0199046_1522846.jpg

(このお写真はタマコウォルズのオフィシャルHPから借用させて頂きました)

とまあ冗談はともかく、ムーさんの才能と努力はもっと広く称えられるべきだと
思う。この2年くらい彼女の演奏を聞いていて感じたのは、いい意味で訛りと
いうかクセのあるドラマーだな、ということ。間合いや揺らぎ感を比較的出し
易い8ビートと違って、16打ちの場合は、どうしてもテクニカルになりがち
ですが、そこら辺をきちんとクリアされていらっしゃる。

これは私の感じ方にも左右されますが、海外のファースト・コール級のドラマー
でも、小生にはちょっと機械っぽく聞こえたりする場合があります。ステディ
過ぎるというか味気ないというか。そこら辺の問題を実に自然に解決しているのが
中原さんの演奏スタイルだと思うのです。インタビューでも「クリックと一緒に
練習することもありますが、バンド全体がクリックに合わせるのは何だかな〜と
思ってしまいます。まあそのバンドが目指す音楽にもよるでしょうけれど」という
旨を語ってくださいましたが、そういう意味でもやはりオーガニックなグルーヴ感
がお好きな方なんだろうな、と確信しました。ベーシストに関しても「私の演奏が
ヨレた時、クリックのような役割で気が付かせようとする人とはあんまり、、、」と
言われていたのも、そうした意味では象徴的ではないでしょうか。
とまあ偉そうなこと言っていますが、こういう方がいらっしゃるから音楽が生まれる
現場は面白い! 

さてさて、そんな彼女が今度はいよいよ東京ローカル・ホンクと共演します。
今や屈指のライヴ・バンドとして各方面から敬意の数々を浴びているホンクですが、
新作『さよならカーゴカルト』レコ発ツアーのファイナルを、彼ら
通常のフォー・ピース編成ではなく、中原さんを含めた5人=つまり計9人で演奏
しようという意欲的な試みであり、楽器編成で言うとドラムス〜パーカッションが
何と4人!という大胆さ。もしかしたらポリリズミックな狙いがあるのかもしれません。

共演者(ゲストではない)のなかにはヤセイ・コレクティヴやサディーンヘッドと
いった個性派バンドのメンバーや、ラップ・スティールの佐藤克彦さんもいらっしゃ
て、一体どういうサウンドスケープを描くのだろうか? と私自身何とも予測出来
ない状態なのですが、ホンクのフロントマンである木下弦二さんによれば「単なるセ
ッション以上のものを見せたい」とのこと。ツアー・ファイナルを御祝儀っぽく飾るの
ではなく、スリリングな一期一会にする。こんな部分にも私はホンクの音楽的な志の
高さや、チャレンジングな姿勢を改めて感じているところです。

詳細はフライヤーを貼っておきますので、ホンク未体験のあなたもぜひ!
きっとすごい夜になると思います。ちなみにムーさんのメールには、ホンクと同じ
板に立つことの感激が書かれていたことを最後に付記しておきます。

e0199046_1824071.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-03-05 18:21 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

2月12日

さすがは木下弦二! そう思わずにはいられないソロのワンマン・ライヴ
だった。

e0199046_1283728.jpg


ナチュラルな音響に定評があるため、アコースティックに心を砕く音楽家たち
から重宝され評価が高い下北沢のLeteだが、そこに今回初登場した弦二は
いささかも物怖じすることなく普段通りに自分の世界を醸し出し、やがて
聞き手たちを快いウネリのなかへと引っ張っていった。

アンプに直結されたセミアコ一本とマイクを通さないヴォーカル。そんな
ある意味一切逃げ場がないスタイルで通した故に、声にしてもギターに
してもちょっとした強弱や陰影がうまく伝わり、歌の輪郭が際立つ結果
となった。スタッフの目見論は恐らくLeteという場所でどれだけ弦二
の歌が届くかどうかにあったと思うが、これは大成功だったと思わずには
いられない濃密な2時間となった。

東京ローカル・ホンクのファンとしては、弦二がバンドに持ち込んだ曲たち
の生成過程をつぶさに目撃するレアな体験であり、気の置けないデモ録音の
ようでもあり、ちょっと贅沢なリヴィングルーム・コンサートでもあったはず。

久し振りに歌われた「心の行進」と「湯けむりの街」。あるいは本編の最後を
そっと照らし出した「おいのりのうた」などは、うずまき時代の曲が今なお
弦二が辿ってきた確かな足音であることを伝えていたし、ここ最近演奏する
ことが多いヴァン・モリソンの「Bright Side Of The Road」は、いつもぼく
に暗い時代の明るい歌のことについて考えさせる。

吟味されながら最終的に絞り出されたであろうシンプルな歌詞の奥行き
(「ヒコーキのうた」「昼休み」「冬眠」など)に関しても、こうした弾き語り
にかかると、彼が書いた歌の最初の聞き手になったかのような錯覚に陥って
しまうほどだった。あるいは「聞きたいこと」での真剣さや広がりについて
も然り。

誰もが自意識という厄介な生き物を抱えている。恐らく弦二も最初はそうで
あっただろう。その迷宮の罠に陥ったことも、その周りをただ彷徨うばかりの
時もあったはずだ。果たして今の彼はどうだろうか。たとえ少なく見積もった
としても、弦二が今響かせている音楽は自分のためというよりは、遥かに人と
向き合いながら懸命に語りかけるものではないだろうか。名前がないものに心     
を寄せ、静寂のなかに多くの声を聞き取りながら。

e0199046_1275960.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-02-13 01:46 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)