カテゴリ:rock'n roll( 360 )

 

伊東ミキオさんと僕

この3月で一番嬉しかったのは、ロックンロール・ピアノマン
の伊東ミキオさんが拙書『Songs』を読んでくださっていたこ
とだった。ウルフルズからビッグ・ジェイ・マクニーリに至る
サポートの他、ソロ・アクトでも活躍され幅広い人気を得てい
るミキオさん。彼は20代の時に僕の本を夢中になって読み、そ
こで紹介したレコードを集め、今も書棚に置かれているとか。

楽器を弾き人々をハッピーな気持にさせるのは才能だと思う。
ミキオさんはそれを全国各地で日々実践されている。たぶん
いろいろな音楽的語彙をお持ちなのだろうが、彼の場合はとく
に弾けまくるブギウギ・ピアノが信頼を勝ち得ているみたいだ。
ジェリー・リー・ルイスやイアン・マクレガンやセス・ジャス
トマンといった偉人たちが切り開いてきた道。それをミキオさ
んは慈しみ、リスペクトしながら今晩もステージに立つ。僕に
は想像出来ない修練の日々を積み重ねてきたに違いない。

音楽家は歌い楽器を弾く。僕は文章を書く。それぞれが各自の
持ち場で一生懸命頑張ればいい。きっと誰かが見守っているか
ら...。いつか時間を作ってミキオさんのソロ・ピアノを聞きに
行ければと願っている。

(写真はミキオさんがTWに挙げてくださったもの。ご本人の
承諾を得て転載しました)


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by obinborn | 2017-03-26 20:00 | rock'n roll | Comments(0)  

追悼:チャック・ベリー〜あなたの歌とギターが大好きでした

「チャック・ベリーはギター一本を抱えてツアーする。彼が言う通りに進
めば問題はない。他の誰かが何かを口出しすると必ずトラブルが起こる」
88年に公開された彼の自伝映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』の
ひとコマだ。そのなかではベリーが少年の頃『二都物語』を観ようと劇場
に足を運んだところ、黒人だからという理由で入場を断られたことが告白
されている。彼の心に沸き起こった疑念はいったいどれほどのものだった
だろうか。

そのベリーが3月19日亡くなった。享年90歳。新作アルバム制作の話が伝
えられたばかりだった。1955年の5月に録音された「メイビリーン」でデ
ビューした彼は、以降文字通りロックンロールの化身となり、時代を牽引し
ながらビートルズやローリング・ストーンズの誕生に一役買った。ルイ・
ジョーダンに代表されるジャンプR&Bサウンドを、ギター中心のスモール
・コンボ編成へと大胆に改変していった。

個人的な話をさせて頂ければ、日本のキャロルがラジオ番組でベリー作の
「メンフィス・テネシー」を演奏したことや、同曲をフェイシズがスタジ
オ・レコーディングしたことが懐かしく思い出される。その歌はジミー・
リード風のモダンなウォーキン・ビートを伴って、こう歌われていた「電
話交換手さん、お願いです。彼女に取り次いでください」と。その歌から
広がる南部の景色が好きだった。ベリー以前にブルーズ音楽の伝統がある
ことが感じられた。意外と内気でナイーブな青年の心のありかがしっかり
と伝わってきた。

冒頭の『二都物語』に話を戻そう。ベリーの地元セントルイスで映画が公
開された因縁の劇場で、彼は満員の聴衆たちに囲まれながら自分のショウ
を実現させる。その成功までには長い歳月があった。僕たちが普段まるで
毎朝の歯磨きやパンのように馴れ親しんでいる「ロックンロール」にはチ
ャック・ベリーを始め、リトル・リチャードやファッツ・ドミノやボ・デ
イドリーの積み重ねがあった。彼らなしにはけっして導かれることがない
道のりがあった。それを忘れたくはない。

最後になってしまったが、まだ無名でアマチュアだった60年代末のブルー
ス・プリングスティーンはこう回想している「自分たちのバンドで一度だ
けチャック・ベリーのバッキングをした。特別な体験だったよ。リハをし
ようと思って曲目を彼に尋ねたんだ。その時ベリーは何て答えたと思うか
い?”チャック・ベリーの曲だぜ!”だって(笑)だから僕たちは彼がイン
トロを弾き出した瞬間に、キーを探さなくてはいけなかったのさ!」

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by obinborn | 2017-03-20 00:28 | rock'n roll | Comments(2)  

遥か、ラクーンに

(東日本大震災時に友人から貰ったメールを再録します)

だんまりをしてすみません。
被災地へのおこころづかいありがとうございます。
先日やっと故郷・陸前高田で家族と対面できました。
それまでは毎日映像を見るたび泣いて暮らしていましたが
行く道の、自衛隊の皆さんやタンクローリー、
救援物資を運ぶトラックの逞しい姿に何度勇気づけられたことか。
皆さんの善意のライン。
そうでした、心が折れたなんていっている場合ではないのでした。
頭は冷たく心は熱く。やることは山積みです。
まだ音楽などを楽しめる余裕はありませんが
もう少し経って、気持ちをくんでくれるのも
傍にいてくれるのも必ず音楽だと思っています。
それぞれの思いを胸に前へ
どんなに厳しいときも生き抜いてゆきましょう。

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by obinborn | 2017-01-22 19:19 | rock'n roll | Comments(0)  

リベラルというねじれのこと、逆説のこと。

オハイオ州といえば僕なんかの世代はどうしてもニール・
ヤングの「オハイオ」を思い起こしてしまう。そう、同地
のケント大学で行われたデモ集会に警察が発砲し、四人の
学生が殺された事件をヤングは扱い、その歌に権力の横暴
への怒りを込めたのだった。そこでは当時のリチャード・
ニクソン大統領が名指しで批判されている「鉛の兵士たち
とニクソンがやってきた。四人が殺された。信じられるか
い?」と。

あれから45年以上の長い歳月が経ち、僕は久し振りにオハ
イオの名前を耳にした。かつては鉄鋼業が栄えた州だった
が、産業はすっかり寂れラストベルト(錆び付いた地帯)
と呼ばれるようになったエリアだ。21日の朝日記事の通り、
この町の人々の多くは仕事を失い、トランプが掲げる「ア
メリカを取り戻そう!」に共鳴し、地域代理人に自分たち
の未来を託したのだった。

暮らしたことがないアメリカに気持を寄せるのは危険なこと
だ。僕はオハイオの失業者たちの成り立ちを実感として理解
していないから。それでも思う。人種融和や多様性を掲げた
理想主義の以前に「仕事が欲しい!」という願いが切実であ
ることを。今日は多くのリベラル・左派の論者のページに当
たってみたけれど、どこもトランプ新大統領を感情的に貶め
る内容ばかりで、冷静な理論を伴って説明したものは皆無だ
った。そのことをとても残念に思う。

第一リベラルとは、オハイオの取り残された人々のような弱
者へと寄り添う思想であり行動原理ではなかっただろうか?
それがいつしかねじれを起こし、逆説的な説法となり、大衆
の心とかけ離れてゆく。そんなことを感じずにはいられない
寒い冬の一日だった。

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by obinborn | 2017-01-22 04:14 | rock'n roll | Comments(0)  

1月15日:パワー・ポップとパブ・ロックの合同新年会DJでした!

本日(15日)は渋谷TANGLEにて、パワー・ポップとパブ・
ロック・チームの合同新年会DJでした。来てくださった方々
ありがとうございました!以下私のプレイリストです。
*    *    *
UTOPIA/I JUST WANT TO TOUCH YOU
EDGER WINTER GROUP/RIVER'S RISING
RICK DERRINGER/ROCK'N' ROLL HOOCHIE KOO
THE McCOYS/HANG ON SLOOPY
DAVID BOWIE/HERE COMES THE NIGHT
THE WHO/PICTURES OF LILY
THE WHO/I CAN SEE FOR MILES
THE WHO/MY GENERATION
RASPBERRIES/GO ALL THE WAY

〜ONE MORE MILE TO GO〜

GRAND FUNK RAILROAD/ THE LOCO-MOTION

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by obinborn | 2017-01-15 23:56 | rock'n roll | Comments(0)  

窮屈な言葉、自由な音楽

ある方がブログで最近のニール・ヤングに関して、ポリティ
カルな意識は解るけど、かつてあったようなメロディが乏し
くて音楽的な魅力は今ひとつと書かれていた。また本当に危
機的な状況ならば音楽どころではないのでは?とも。すごく
正直な意見だと思った。ロック・ファンというのはとかく”
生き様”を至上価値として重視し、ディランやヤングならど
んなつまらない作品でも一生付いていきます!的な人たちが
多い。またそうした態度を貫くことがロックだと勘違いして
いる。その部分ぼくは少し違うんだよな。たとえ偉大なディ
ランでもヤングでもエリック・クラプトンでも、駄目なアル
バムを出したらちゃんと指摘する。そういう批評精神をぼく
は大事にしたい。

もう少し観点を換えてみるなら、多くの優れたアーティスト
たちが20代に瑞々しい”名盤”を生み出したことは偶然ではあ
るまい。最も感受性が強く、また吸収する力もある時期にレ
コーディング・アーティストでいられた彼らの幸せを感じず
にはいられない。むろんベテランになっても過去の栄光に溺
れることなくクリエティヴィティを発揮している音楽家はい
る。ぼくの知るところでは『ニューヨーク』のルー・リード、
『センチメンタル・ハイジーン』のウォーレン・ジヴォン、
『COYOTE』の佐野元春などだ。それらはぼくにロックであ
ることの価値を改めて問い掛けてくる傑作だった。

むろん個々の音楽家の”手癖”やワンパターンを愛おしく思う
時はある。それは一人の人間はそれほど変われないのだとい
う生きた証明であろう。新しい作品がたとえ過去の模倣であ
ったとしても、愛するアーティスト/バンドはぼくにも沢山い
る(例えばジョン・フォガティやデイヴ・エドモンズ)それ
でも、もう一人の自分は冒頭のブロガーさんに共感するので
ある。

今日たまたまあるフォーク・シンガーのFBを読んでいて、嘘
寒くなった。その方は自分のアクースティック・ギターに「
大きな変化は小さな願いから」といった旨のステッカーを貼っ
ていた。彼にとってはウディ・ガスリーに似たそれを模したの
だろう。しかしそうして貼られた標語より、もっと豊かにイメ
ージを喚起し、聞き手を遥か遠い土地へと誘っていくのが音楽
の役割ではないだろうか? 窮屈過ぎる言論が跋扈する2017年
の初めに、ぼくはそんなことを考えてみた。

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by obinborn | 2017-01-10 17:58 | rock'n roll | Comments(0)  

ローリング・ストーンズ〜先鋭と大衆性

最初のGOT LIVE IF YOU WANT ITが人気にあやかった疑似ライ
ブだとしたら、グリン・ジョンズをプロデューサーに据えた『
GET YA YA YAS OUT』はもっと自覚的なライブ・アルバムだと
言えるだろう。新加入したばかりのミック・テイラーの凄さを
見せつけ、時代考証としてはオルタモントの悲劇を想起させる。
そんな意味でもこのアルバムに特別な感情を抱くファンは少な
くないのでは?

本作は1969年の11月27日と28日に行われたN.Y公演の2日間
(昼夜計4回のステージ)から抜粋された作品であり、今であれ
ばB.B.キングとアイク&ティナ・ターナーがオープニング・アク
トを飾った完全版がリリースされている。黒人音楽と共振したス
トーンズという意味でも聞いておきたい。そしてチャック・ベリ
ーの「CAROL」と「LITTLE QUEENE」が原曲より遥かにスロー
ダウンされ、粘っこいビートとともに新解釈されている点に、当
時トレンドになりつつあったスワンプ・ロックの萌芽を感じる。
実際この69年に彼らはアラバマ州マスル・ショールズを訪れ、
「BROWN SUGAR」「WILD HORSES」フレッド・マクドゥエ
ルの「YOU GOTTA MOVE」の3曲をレコーディングしている。

米公民権運動の盛り上がりとパリ革命の時代を横目で睨みつつ、
「俺ら貧しいロンドンっ子は、ロックンロール・バンドで歌う
だけなのさ」と「STREET FIGHTING MAN」で俯瞰したミック
・ジャガーに驚愕する。その一方には酒場に集まる人々の心情
に寄り添った「HONKY TONK WOMEN」がある。いわば新進
の気勢と大衆的な娯楽との止揚(アウフヘーベン)をストーン
ズはまさに実践したのだった。

英作家ニック・ホーンズビーの自伝的な小説『ハイ・フィデリテ            ィ』には、こんな一節がある「ねえ、あなたが付き合ってい
るのは、BROWN SUGARに合わせて”フ~フ~!”なんて拳を
振り上げ騒いでいる愚かな人たちなのよ」そんなガール・フレ
ンドを、主人公はこう宥める「いいかいダーリン、ぼくはもう
そんな時期をとっくにやり過ごしたんだよ。ぼくはストーンズ
が愛おしい。最新のダンスには付いていけないけど、マーヴィ
ン・ゲイのWHAT'S GOING ONを聞いて今も感動する。もっと
素直にならないかい?」

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by obinborn | 2017-01-06 17:37 | rock'n roll | Comments(0)  

NRBQ『GOD BLESS US ALL』

NRBQ史上最強のメンバーによる87年4月のライブ盤が
『GOD BLESS US ALL』だ。今ではテリー・アダムズ
&Qといったニュアンスで活動しているが、この頃はテ
リー(kbd)ジョーイ(b) アル(g)トム(ds)と強者揃い
で、各自の個性が際立ちつつ全員がバンドに貢献すると
いう得難い時期だった。そしてホール・ホウィート・ホ
ーンズが帯同していた。

やはりアル・アンダーソンのキレキレ・ギターが凄い!
そこにピアノとクラヴィネットを両刀使いするテリーが
タメを張り、リズム隊がしなやかなビートで合流すると
いう贅沢さだ。録音された会場はハートブレイク・ホテ
ルといういかにもな名前のラウンジで、全米のロード・
ハウスを回ってきたQに相応しいものとなっている。ク
ラブ・バンドらしく親しげに語りかけてくるロックンロ
ールがどこまでも愛しい。まさに最高のバー・バンドだ!

カバーではビリー・スチュワートの名バラードSITTIN' IN
THE PARKとジョー・タナーのSHAKE, RATTLE &ROLLを
演奏している。なお同時期のQのライブ盤に『DIGGIN'U
NCLE Q』があるので、そちらも姉妹編として併せて聞い
ておきたい。そっちでは何とカラオケでビリー・ジョエル
の「素顔のままで」まで歌っている(笑)

私がNRBQを観たのはこの時から10年以上も経ってからの
ことで、既にアルは脱退していたが、それでも99年と2000
年に行われた吉祥寺のスターパインズ・カフェ公演は今も
心に残る最高のステージとなった。一時期あまりに情熱を
注いだバンドだけに、それからはどうしても後日談的にな
ってしまうことを許して頂ければと思う。なお最後にQサ
ウンドの秘密を解くようなテリーの発言を引用しておこう。

「かつてのセロニアス・モンクはどんなロック・バンドよ
りもスウィングしていたよ!」

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by obinborn | 2017-01-06 00:13 | rock'n roll | Comments(0)  

追悼:石坂敬一氏

大晦日に亡くなった石坂敬一さん。ぼくには東芝音楽工業の
洋楽ディレクターとしてのお姿が馴染み深い。氏が頻繁にラ
ジオにも出演されていた70年代。それはまさにニューロック
の黎明期であり、その鼓動を何とか日本に伝えたいと尽力さ
れていた。ビートルズの『赤盤・青盤』に詳細な年表を付け
るよう進言されたのも石坂氏に他ならなかった。そのお陰で
ぼくのような洋楽少年少女が日本全国に芽生え育っていった。

RCサクセションの問題作『COVERS』の発売を巡って忌野
清志郎さんと意見が対立し「東芝からは出せない」という立
場に立たされた。それは無邪気な音楽青年がやがて大人にな
り、企業側の論理に従わざるを得ないという意味で、とても
他人事と思えない苦々しい教訓を残した。実際どんな”ロッ
ク”と言えども、流通の段階で様々なビジネスの現実に直面
することを思い知らされた事件だった。

「歳を喰ってもオレの好みは変わらないよ」とヤードバーズ
に溯るジェフ・ベックへの愛情を吐露された石坂さんのお話
が耳に焼き付いている。アーティストへの想いが日本盤を発
売することにしっかり結び付いていた佳き時代の音楽ディレ
クター。音楽を取り巻く環境が激変した今の時代にあって、
ぼくが思うのはそんなことだったりする。日本というアジア
の土地にロックという夢を与えてくれた石坂さん。今まで本
当にありがとうございました。心からご冥福をお祈りします。

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by obinborn | 2017-01-03 02:38 | rock'n roll | Comments(0)  

もはや都市伝説となった出禁女にご用心!

今日は性悪女の話をしましょう。むろん実話です。音楽バー
ともなれば、知らない相手でも共通の話題があり近くに座っ
ていれば二言三言会話するのがまあ礼儀ですよね。まして店
主に紹介されたような場合は彼の顔も立てなきゃいけません。
ここら辺をめんどうだと感じる方は一人家で音楽聞いていれ
ばいいんだし。

相手は妙齢のOLさんでした。仮にMさんとしておきましょう
か。ある日のことMさんが「マッド・エイカーズのレコード
が見つからない」と嘆いていました。オレは頻繁にレコ屋さ
んに行くタイプであり、その盤を以前から割と見かけてきた
ので「今度見たら買っておきますよ」と親切心にも声を掛け、
また後日実際に見つけたので、レコをお店に預けておきまし
た。自分が持っていないアルバムならともかく、学生時代か
ら愛聴してきた作品なので、それを探している同好の士とし
てMさんの「欲しい!」という申し出を快く受け止めたので
した。オレもそろそろ後進に伝える役柄かなと思い始めた頃
やったしな。

その後しばらく彼女の姿を見ないなあ〜なんて思っていたら、
Mさんがとんでもない大言壮語を撒き散らしていたので驚愕
しました。曰く「オビさんはレコードを肴に私を口説こうと
している!」といった被害妄想話でした。それを聞いた時、
咄嗟に思ったのは「あのな、オレだって選ぶ権利があるで…
この◯スが!」幾つかのお世辞は言ったかもしれませんが、
人の好意を仇にして返すようなMさんに怒りと失望を感じず
にはいられませんでした。

よくテレビで痴漢と間違われ冤罪になってしまった男性のニュ
ースが報道されたりしますね。被害者の気持がこの時やっと
判ったような気がします。しかもオレの場合は親切心でレコ
を探してあげただけなのに...。こういう誇大妄想のクソ女は
きっと他のバーでも同じようなことを繰り返しているに違い
ありません。

幸いにもバーのマスターが冷静に物事を把握出来る人なので、
オレに同情してくださり、Mさんはしばらくして出禁になった
そうです。まあ自業自得だわな。しゃあしゃあと「お礼にビ
ールでも」なんて言いながら、レコ探しに対する感謝の一言
も労いの一杯もついぞなかったよ!

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by obinborn | 2017-01-02 11:44 | rock'n roll | Comments(0)