カテゴリ:rock'n roll( 383 )

 

百田尚樹氏の講演中止に思うこと

百田尚樹氏の講演が中止になりました。普通こういう場合
「良かったね〜、あの差別主義者の講演がなくなって」と
言うのが一般的に受け入れられると思います。あるいはス
ルーするのが一番賢いのかもしれません。でもぼくはたと
え極右主義者による極端な見解であっても、発言する機会
を抹殺してしまったことそれ自体は良くないと思いますよ。
まして百田氏は今回「マスコミのあり方」をテーマにした
講演をする予定だったと伝え聞いています。別に彼が学生
を煽動しようと企てたわけではありません。念のため言っ
ておきますが、ぼくは百田なんか大嫌いで軽蔑しています。          でも個人の好き嫌いや主義主張の違いから彼の発言の機会           を奪うのは違うと思います。ある思想家の言葉を思い起こ           さずにはいられません「私はきみの意見には到底同意出来
ない/きっとこれからもずっとそうだ/でも、きみがそれを
言う機会は死ぬ気になって守るだろう」


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by obinborn | 2017-06-11 08:06 | rock'n roll | Comments(0)  

カープの世界

6月に入ってからのビール・発泡酒の値上げは痛いです。
ぼくの近所にはスーパーが三店ほどあるのですが、軒並み
10円くらい上がってしまいました。これらが音楽バーや飲
み屋さんまで影響を及ぼしていくと思うと…。そんなイヤ
な気持を吹き飛ばすべく、絶好調の広島カープを祝うべく?
アメリカ南部のイモ・バンド、カープを聞き始めました。
オクラホマ州立大学に通う学生4人によって1966年に結成
されたカープが、晴れて大手レーベルのエピックと契約し、
ダニエル・ムーア(ジョー・コッカーのマッド・ドッグス
&イングリッシュメン、abcからソロ作あり)のプロデュー
スによるアルバムを発表したのは72年のことでした。

カープの音楽は埃っぽく無骨なロックで、女性にモテそう
な洒落た要素は皆無(オイラと同じじゃん、エ〜ン泣)で
す。でもこのスルメ味が繰り返し聞いているうちにジワジ
ワと染み込んでくるのです。とてもミシュランで推薦され
るレストランにはなれそうもないけど、下町で愛される食
堂みたいな。その食堂には今日もいろいろな人たちが訪れ
ます。風采の上がらない大学教授、地元の商店街のおじさ
んたちから、午後の授業を終えた食欲旺盛な高校生たちま
で様々です。「御飯のお代りは自由です!」なんていう貼
り紙があったりしてね。

何回か聞き直してみると、ハーモニー・ヴォーカルに気を
遣っている様子や、ゲストに招かれたペダル・スティール
・ギターの名手スニーキー・ピート・クレイナウ(フライ
ング・ブリトー・ブラザーズ)の隠し味などが、じわりと
染み込んできます。目に浮かぶのはやはりアメリカ中西部
の風景でしょうか。ぼくは単なるアホなので、彼ら唯一の
このアルバムを3枚持っています(←いい加減にせい!)
それはともかく、ザ・バンドやエッグス・オーバー・イー
ジーの気楽な後継者といった感じのカープが愛おしくてな
りません。とりあえず缶ビーとハイボールで彼ら唯一のア
ルバムに乾杯!のオビンなのでした。


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by obinborn | 2017-06-08 17:28 | rock'n roll | Comments(0)  

喜びと悲しみ〜Sさんとフェイシズのこと

旧知のSさんからメッセンジャーで連絡を受けた時はとても
嬉しかった。彼は以前池袋の音楽バーのコック係を担当され
ていて、その美味しい料理と陽気な性格がぼくは大好きだっ
た。そんな彼と音信が途絶えてから久しかっただけに、ぼく
を覚えていてくださったことに、心温まる思いがした。

人間、毎日生きていればいい時も悪い時もある。楽しいこと
も辛いこともある。今朝だってぼくはバイト先で内装業者さ
んと居住者さんとの狭間に立たされたばかりだ(結果丸く収
めました)そんな時は誰もがささくれだってしまう。でも互
いに少しの知恵を出してみようよ、というのがぼくの考え方
だ。

記憶って素敵だな。誰かが自分を覚えていてくれる。彼や彼
女らが、たとえぼくみたいな”つまらない男”であったとして
も、覚えていてくれる。声を掛けてくれる。ときに「ねえ、
今度久し振りに飲もうよ!」とラインをくれる。ぼくはその
心の動きのひとつひとつを大事にしたい。ぼくが父親の葬儀
の際、喪主として述べたのはおよそ次のようなことだった「
父は亡くなりました。それでも皆さんそれぞれの記憶のなか
で、きっと生き続けることでしょう。時々父のことを思い出
して頂ければと願っています」と。

Sさんの陽気のなかに秘められた悲しみが見える。フェイセ
ズの馬鹿騒ぎ的なロックンロールとイカしたR&Bの彼方に
メンバーそれぞれの悩みや葛藤がやがて見えてくる。もし誰
かに声を掛けられたなら、せめて笑顔で返す気持を持ちたい
ね。Cheers!My Old Pal !


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by obinborn | 2017-06-06 12:54 | rock'n roll | Comments(0)  

クレイジー・ホースとハル宮沢のことを考えてみた

今一番欲しいアナログ盤はクレイジー・ホースのセカンド
『LOOSE』なんだけど、4月27日に石塚浩子さんの個展に
行く際に立ち寄ったお店では6800円もしたので仕方なく諦
めた。未開封のシールド付きだったからなおさら高かった
のだろうけど、昔は投げ売り同然だったし、今も探せば500
円で購入出来ると思う。値段的な口上はともかく、ワーナー
の名盤探検隊でCD化された際に初めて聞いて”震えた”。勿論
前身バンドのロケッツや彼らのファーストは大好きだったけ
ど、本作は70年代に何故かタイミングを逃し聞かないままだ
った。きっとダニー・ウィットンが亡くなったクレイジー・
ホースなんて...という先入観に囚われていただけなのだろう。
私はそんな自分の浅はかさを呪った。ダニーに代わる新しい
ギタリストのグレッグ・リロイとジョージ・ウィッセルの二
人がかなり貢献しているし、多くの曲でソングライティング
を手掛けているのも頼もしい。むろんタルボット=モリーナ
の馬力あるリズム隊は、まるでB級食堂のA定食のように力強
く優しく、身体ごと安心して委ねられる感じかな。

この人達はきっとロック音楽の未来を透視するなんていう視点
とは無縁に、自分たちの音楽を楽しみ慈しんでいるだけなんだ
と思う。その心意気が頼もしい。アルバム表題の如くルーズで
タフな演奏の味わいといったら!まるで一番いい時のハル宮沢
のコスモポリタン・カウボーイズのようだ。荒ぶる心も穏やか
なカントリーもそのまま出しちゃう不器用な部分は両者に共通
するものだろう。この時期のクレイジー・ホースのライヴはき
っと無敵だったに違いない。細かいことは気にしない。その代
り俺たちはラウドで行くぜ!そんなことを無言のうちに言い含
めた姿がもう圧倒的に美しい。

余談だが、ハル宮沢は日本のロックの埋もれがちな才能の一人。
この人はこんなことまで考えていたのかと思わせるナイーブが
激しいノイズの彼方から見えてくる。あるいはハンク・ウィリ
アムズの曲に託した喜怒哀楽が聴こえてくる。彼と出会った時
は、まるでたまたまクラスが違って話す機会に恵まれなかった
ハイスクール時代の友だちだと直感した。そしてクレイジー・
ホースとハル宮沢は、これからもきっと怒りや喜びや悲しみ...
それらすべてを音楽に託していくことだろう。


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by obinborn | 2017-06-03 17:09 | rock'n roll | Comments(0)  

ローリング・ストーンズの75年作『ブラック&ブルー』に寄せて

オイラが『ブラック&ブルー』(76年)を最初に買ったのは
77年の3月。自分が地元の県立高校を卒業する間際のことだっ
た。何でそんなに正確に覚えているかと言えば、絶対合格す
ると確信していた明治学院大学の英文学科に落ちてしまった
ことを掲示板で知り、その帰り道に池袋の西武百貨店系列の
ディスクポート(WAVEの前身)で購入したからだ。そのワ
ーナー盤は無著名の短い、明らかに手抜きと解るライナーが
添えられており、音楽内容の素晴しさとは反比例して落胆さ
せられた。オイラは当時から音楽について書かれる文章を読
むのが大好きだったから余計にそれを感じたのかもしれない。

今から振り返ると過渡期のストーンズを象徴するアルバムだ
ったと思う。ブロンズ髪と長身の若きギタリストは「もうツ
アーは沢山だ。ぼくはやはりブルーズを追求したい」と言い
残してバンドを脱退。その代りの"ギタリスト探し"をしなが
ら西ドイツはミュンヘンにあるロッカダム・スタジオを拠点
としながらレコーディングは進められた。本作には重量級の
ファンクHOT STUFFとHEY NEGURITTAがそれぞれAB面の
冒頭曲となり、ニューソウルの時代に対応した。何でも当時
の彼らはニューオーリンズ公演時、オープニング・アクトに
ミーターズを起用するほど、ブラック・ミュージックの新し
い動きに極めて敏感だった。エリック・ドナルドソンのレゲ
エ曲CHERRY ON BABYをいち早くカバーしたのもその現れ
だろう。そしてストーンズならではの”横揺れ”ロックンロー
ルの醍醐味はHAND OF FATEとCRAZY MAMAでたっぷり味
わうことが出来る。

でもそれ以上にオイラの心を揺さぶったのはMEMORY MOT
ELにFOOL TO CRYという二つのバラードだった。前者は伝
説のグルーピー、ハンナ・ハニーの回想録だった。もうひと
つは妻子ある男が不倫に陥り、それを察した娘に「パパはお
馬鹿さんね、でももう泣かないで」と諭される物語歌だった。
不思議なことだが、オイラが自分なりの人生経験を増すたび
にこれらの曲が、より深い部分で突き刺さってくるのだった。

思えば75年当時のミックやキースはちょうど30歳を少し超え
たばかりだった。好きなだけ女たちと寝た。シャンペンに塗
れた風呂にも浸かった。俺たちを知らない者はいない。そん
な彼らではあったけれども、MEMORY MOTELとFOOL TO
CRYでの二人は、青年期を終えようとする自画像を正直に告
白する。その痛みはどれほどのものだったろう。『ブラック
&ブルー』がストーンズの最高傑作であるかどうかの論議は
ともかくとして、このアルバムは今もオイラの心を捉え、ま
るで静かな波が岸辺に押し寄せるように、自分を揺さぶり続
けている。


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by obinborn | 2017-05-22 19:08 | rock'n roll | Comments(0)  

池袋は日本のニュージャージーだった?

学生時代は所沢、社会人になってからはずっと江古田に住んで
いるので西武池袋線とはもう長い付き合いだ。人身事故以外は
開線以来一度も大きなトラブル(転落や衝突)を起こしていな
いのも強みだろう。そんな環境に育った私にとってはまず池袋
に出ることが都会への第一歩だった。ここら辺の感覚はたぶん
最初に出る山の手線圏内が渋谷や目黒や五反田である人たちと
は違うと思う。それはニューヨークに対するニュージャージー
位の違いであり、私はずっとコンプレックスを抱えてきたので
ある。なにせ池袋ですぜ。こう言ってはナンだがとても垢抜け
た都会とは言えまい。それでも腐れ縁とはよく言ったもので、
横浜や中央林間へと遠出した帰りに、池袋へ降り立つ時の安堵
する気持は、似た環境の方なら解って頂けるだろう。またかつ
て「渋谷系」ともて囃されたジャンルもお洒落なイメージ作り
のためのマーケッティングに過ぎなく、そう括られた音楽家の
本人達が一番迷惑していたという話はよく聞かされた。やはり
自分が暮らす町が一番なのであ〜る。というわけで無性にサウ
スサイド・ジョニーのローカルなR&Bが聞きたくなってきた。

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by obinborn | 2017-05-18 07:14 | rock'n roll | Comments(2)  

ウォーレン・ジヴォン「軒下のならず者」

今日はあににくの雨だった。雨が降るから自分の行動範囲が
狭くなるということはないけど、こんな日はずっとウォーレ
ン・ジヴォンを聞いていたい。

*      *      *

北ハリウッドにあるハワイアン式のホテルに滞在して
今ぼくは空になったコーヒーカップを眺めている
この地にまだジプシーはいるんだろうか?なんて思いながら
ああ、L.Aじゅうのマルゲリータを飲みほしてしまいたい

もしカリフォルニア州が太平洋に吞み込まれたらどうしよう?
まるで神秘が告知したように 統計表が予見したように
たとえこのホテルが海に呑み込まれた時でも
支配人は宿泊代を取るのかね?

木々よ、朝陽を怒りとともに立ち昇らないで
木々よ、欲望とともにざわめかないで
ぼくを軒下のならず者のように扱わないで
天国って奴がそこを離れる者のためにあればいいのになあ

手をもがきつつ ぼくは朝目覚めた
どこかにぼくのことを理解してくれる女の子がいたらなあ
でも所詮 きみも夢のなかでしか自由になれないんだよ
ああ太陽よ ぼくを怒りとともに目覚めさせないで

ぼくは今 ハリウッドのハワイアン式のホテルに滞在し
空調が鳴る音を聞いている

(ウォーレン・ジヴォン/軒下のならず者)


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by obinborn | 2017-05-13 19:36 | rock'n roll | Comments(0)  

他人の人格を否定し続ける左翼


しかし以前左翼のクソババアに絡まれた時はまいったな。
リオ五輪の閉会式をめぐってオイラが「安倍ちゃんの好
き嫌いはともかく、一国の首相が自国の選手をねぎらう
のは当然のこと」と書いたら、ヒステリーを起こしたみ
たいで「こいつ安倍が好きなんだな、音楽を語る資格な
し!」と怒濤の如く返してきた。またそれにいいね!す
る連中のなかには結構有名な音楽評論家や写真家もいて、
それまではとくに何の感情も抱いていなかった彼らに負
のバイアスがかかってしまった。実際に会ったことも話
したこともない相手を実名で晒して批判しないほうがい
いですよ。万が一それを苦にオイラが自殺したら、彼や
彼女らはオイラの家族や友人にどう謝罪するんだろう?

それを思うと昔はのんびりした時代だった。遠方の相手
と会話する手段は長距離電話や手紙だった。そういう一
定の時間があるからこそ熟考する視点が生まれ、互いを
配慮する気持が育まれた。ところが今は速効性に特化し
たSNSの時代だけに、そうした慎みが失われてしまった
ように思えてならない。まあ媒体の変化はともかく、普
通に賢い人たちはどんな時代であっても礼節を知ってる
ものだけどね。というわけでまたウダウダと書いてしま
いすみませんでした。はっきり言って左翼のクソババア
を相手にするよりおねえちゃんと話をしているほうがず
っと有益で人生の糧になります。


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by obinborn | 2017-05-12 14:27 | rock'n roll | Comments(0)  

エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズ『ALMOST BLUE』

「このアルバムはカントリー&ウェスタン・ミュージックが
含まれています。だから心の狭い人々は過剰な拒否反応をす
るかもしれません」エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクショ
ンズが81年に発表したLPには、そうした警告文のステッカー
が貼られている。

無理からぬことかもしれない。何しろパンク/ニューウェイブ
のムーブメントとともに登場したコステロが、カントリー音
楽の本場ナッシュヴィルに赴いて作った”もろカン”の内容に
他ならなかったから。しかもプロデューサーには現地のビリ
ー・シェリルを据えるという徹底ぶりだった。選ばれた楽曲
もジョージ・ジョーンズのBROWN TO BLUE、マール・ハガ
ードのTONIGHT THE BOTTLE LET ME DOWN、ドン・ギブ
ソンのSWEET DREAMS...といった具合にカントリー・ミュ
ージックの古典で埋め尽くされていた。

あえてR&B〜ロックンロール色を探すとしたら、ジョー・タ
ーナーがヒットさせたHONEY HUSHくらい。余談だけど、
ぼくはこの曲を最初ブギ・ロックの素敵な四人組フォガット
のヴァージョンで知った。それはともかく、ここまでカント
リーに特化したアルバムを企画するなんて、コステロもなか
なかやるじゃん!と当時まだ学生だった筆者は密かに思った
ものだ。加えてゲストに参加していたのはジョン・マクフィ
ーだった。本作は彼のギターとペダル・スティール・ギター
が大活躍したアルバムとしても、長らく記憶されるだろう。

実はこの名作『ALMOST BLUE』に惹かれたことにはぼくな
りの理由がある。それはあまたのカントリー古典に混ざって
グラム・パーソンズの曲を2つも取り上げていたからだった。
グラムがフライング・ブリトー・ブラザーズ時代に発表した
I'M YOUR TOY(HOT BURRITO#1)がそのひとつ。グラムが
ソロ・アクトに踏み出した記念碑『G.P』からのHOW MUCH
I LIEDがもうひとつ。グラム・パーソンズといえばロック世代
にカントリー音楽の素晴らしさを問いかけ、実践していった
先駆者だ。コステロがグラムに刺激されながらカントリーに
目覚めていった様子は想像に難くない。この2曲をセレクト
したことで、ぼくはコステロにより親近感を覚えたものだっ
た。そう、ちょっとだけ年上の兄貴の音楽遍歴に触れたよう
な。

”心の狭い人々”とは何も他人にばかり向けられたものではな
いだろう。ぼく自身が音楽に限らず、人生の様々な局面で陥
りがちになる視野狭窄のことかもしれない。エルヴィス・コ
ステロ&ジ・アトラクションズは問い掛ける「本当にブルー
な気持じゃんかよ」と。とくにALMOST BLUEという曲が収
録されている訳ではない。だからこそアルバム表題にコステ
ロが込めた気持を汲み取りたい。このアルバムは81年の5月
18日から29日まで、比較的短期間でレコーディングが終了し
ている。あっぱれ!それはまさにロックンローラーがカント
リーと出会った濃密な時間だった。


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by obinborn | 2017-05-01 12:55 | rock'n roll | Comments(0)  

追悼:ジェローム・ガイルズ

J.ガイルズことジェローム・ガイルズが亡くなってしまった。
つい先日まで過去のアルバムを何枚も聞き直し、いいバンド
だったなあ〜と、改めて思い出していただけに驚いている。
元々ジェロームはニューヨークの出身で、ダニー・クレイン
とマジック・ディックの3人でアクースティック・ブルース
・バンドを67年頃から組んでいた。そこにボストン出身のピ
ーター・ウルフとステファン・ジョー・ブラッドが加わり、
J.ガイルズ・バンドの母体が出来上がった。さらにボストン
大学に通っていたセス・ジャストマンが加わり、6人編成の
エレクトリック・ブルーズ・バンドに生まれ変わった彼らは、
69年アトランティック・レコードからデビューする。

グループ名に冠されたくらいだから、やはり最初はジェロー
ムが結成したバンドだったと考えていいだろう。ソングライ
ティングが殆どウルフ=ジャストマンのコンビだったことや、
ピーター・ウルフがバンドの顔だったせいか、あまり目立た
ないジェロームだったが、切れ味鋭いカッティングが彼の持
ち味だ。例えば『モンキー・アイランド』の冒頭を飾った「
サレンダー」を聞くだけで、いかに彼が重要な存在かを即理
解出来るだろう。歴代のギター・ヒーローと違ってソロを弾
きまくるタイプではなかったので過小評価されているだけだ。

ぼくが彼らをめぐるエピソードで一番好きなのは、ジューク
・ジョイント・ジミーというペルソナを作り出したことだ。
J.ガイルズ・バンドの初期のアルバムを見て頂ければお解りの
ように、作詞作曲のクレジットやスペシャル・サンクスの欄
にジューク・ジョイント・ジミーの名前を容易に探すことが
出来る。よくファンの間では7人めのメンバーではないか?
とか、ボストン在住の老ブルースマンではないか?とか、あ
るいはストーンズに於けるナンカー=フェルジのような変名
ではないのか?と話題に昇った。そんなことを友だちと話し
合っていた頃が懐かしい。

ジューク・ジョイント・ジミーに関して、ジェローム・ガイ
ルズとマジック・ディックはこう種明かししている「俺たち
の架空のブルース・ヒーローだよ。いつも俺たちを見守って
くれているんだ」そんなロマンティックな神話を携えながら
彼らはキャリアを磨いていった。しかし古巣アトランティッ
クを離れ、78年にEMIアメリカと新たに契約してからはジュ
ーク・ジョイント・ジミーの名を見つけることは出来なくな
ってしまった。奇しくもそのことが彼らの音楽性の変化や青
年期の終焉を物語っているようで切ない。そして今日ジェロ
ーム・ガイルズは一番星になった。彼が天国でジューク・ジョ
イント・ジミーとともに心置きなくセッションすることを願っ
ている。

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by obinborn | 2017-04-12 14:28 | rock'n roll | Comments(2)