カテゴリ:rock'n roll( 383 )

 

昨日は、はちみつぱいの和田博己さんを囲む会でした!

「『MUSIC FROM BIG PINK』はいきなり「怒りの涙〜TEARS
OF RAGE」から始まるよね。だから僕たち、はちみつぱいもあ
の暗い「弊の上で」をA面の一曲めに選んだんだ」「普通は誰も
がデビュー作の一曲めを快活なナンバーでスタートさせる。で
もぼくたちはそうしたルーティンを犯したくなかったんだよ」

そんなお話を惚れ惚れと、和田博己さんから聞かせて頂いた。
というわけで、10日は新宿のライオンビールにて和田さんを
囲む親睦会を。時の流れを感じさせない3時間近くがあっと
いう間に過ぎていった。


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by obinborn | 2017-04-11 18:35 | rock'n roll | Comments(0)  

J.ガイルズ・バンド『ブラッドショット』

J.ガイルズ中期の傑作『ブラッドショット』は忘れ難い。
73年にリリースされた通算5枚めのアルバムで、ウルフ
=ジャストマンのソングライティング・コンビが大半の
曲を書き下ろしている。なかでもシンコペイトしまくる
「サウスサイド・シャッフル」は彼らの代表曲と言って
いいだろう。レゲエ調の「ギブ・イット・トゥ・ミー」
は新たな時代の到来を感じさせる。

お楽しみのカバーはショウ・ストッパーズが68年にヒッ
トさせた「ハウス・パーティ」と、ティッツ・ターナー
が57年に録音した「ホールド・ユア・ラヴィング」の2
曲で、こんな部分にも彼らのR&B愛が汲み取れるだろう。
なお本作のレコーディングはニューヨークのヒット・フ
ァクトリーで行われたが、スタジオを設立したジェリー
・ラガヴォイの名前をわざわざ記したことに彼らならで
はのこだわりが伺える。ご存知の方も多いだろうが、ラ
ガヴォイはR&B/ソウルに貢献したプロデューサーで、
ソングライターとしてもガーネット・シムズやハワード
・テイトに幾つかの曲を提供した。もっとも有名なのは
アーマ・フランクリンのために書いた「ピース・オブ・
マイ・ハート〜心のかけら」だろうか。これはジャニス
・ジョプリンの歌唱でさらに広まった。なおジャニスは
ラガヴォイ作の「愛は生きているうちに」を取り上げて
いる。ラガヴォイは他にバング・レーベルのバート・バ
ーンズ(ヴァン・モリソンをアメリカ・デビューさせた
のは彼)と連携したり、ボニー・レイットの『ストリー
ト・ライツ』をプロデュースした。

話がやや脱線してしまったが、そんなラガヴォイが無名
時代のビル・シムジクをエンジニアとしてヒット・ファ
クトリーに迎えたところにドラマの伏線がある。そう、
シムジクはやがて独立し、プロデューサーとしてJ.ガイ
ルズ・バンドに深く関わっていくのだった。本作『ブラ
ッドショット』も勿論シムジクの制作だ。きっとピータ
ー・ウルフはヒット・ファクトリーでの録音中に、何度
もジェリー・ラガヴォイのことを想ったに違いない。ア
ルバムを裏返してみよう。RECORDED & MIXED AT
JERRY LAGOVOY'S HIT FACTORY、NEW YORK、N.Y.
とクレジットされている。たった一行。でも僕はそこに
ピーター・ウルフの深い眼差しを感じずにはいられない。


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by obinborn | 2017-03-28 16:41 | rock'n roll | Comments(2)  

J.ガイルズ『モンキー・アイランド』

J.ガイルズ・バンドは77年作『モンキー・アイランド』でビル
・シムジクの庇護から離れ、初めてセルフ・プロデュースを試
みた。看板だったハード・ロッキンR&Bからより洗練されたア
プローチへ。そうしたシフトに70年代中盤の時代背景が見え隠
れする。ルーサー・ヴァンドロス、シシー・ヒューストン、マ
イケル・ブレッカーらゲストを適材適所に配し、東海岸の粋を
見事に伝えるニューヨークのレコード・プラント録音だ。


なお本作を最後に彼らは古巣アトランティックを離れ、EMIア
メリカと新たに契約し、遂に全米のトップ・バンドへと昇り詰
める。でもピーター・ウルフは髭を剃ってしまった。そんな意
味でも『モンキー〜』は分岐点の作品だったと思う。優れたア
ルバムと認める一方で僅かな痛みを覚えてしまうのは、彼らが
成功と引き換えに失ってしまったものを、今も思い出してしま
うからだろう。


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by obinborn | 2017-03-28 16:36 | rock'n roll | Comments(0)  

伊東ミキオさんと僕

この3月で一番嬉しかったのは、ロックンロール・ピアノマン
の伊東ミキオさんが拙書『Songs』を読んでくださっていたこ
とだった。ウルフルズからビッグ・ジェイ・マクニーリに至る
サポートの他、ソロ・アクトでも活躍され幅広い人気を得てい
るミキオさん。彼は20代の時に僕の本を夢中になって読み、そ
こで紹介したレコードを集め、今も書棚に置かれているとか。

楽器を弾き人々をハッピーな気持にさせるのは才能だと思う。
ミキオさんはそれを全国各地で日々実践されている。たぶん
いろいろな音楽的語彙をお持ちなのだろうが、彼の場合はとく
に弾けまくるブギウギ・ピアノが信頼を勝ち得ているみたいだ。
ジェリー・リー・ルイスやイアン・マクレガンやセス・ジャス
トマンといった偉人たちが切り開いてきた道。それをミキオさ
んは慈しみ、リスペクトしながら今晩もステージに立つ。僕に
は想像出来ない修練の日々を積み重ねてきたに違いない。

音楽家は歌い楽器を弾く。僕は文章を書く。それぞれが各自の
持ち場で一生懸命頑張ればいい。きっと誰かが見守っているか
ら...。いつか時間を作ってミキオさんのソロ・ピアノを聞きに
行ければと願っている。

(写真はミキオさんがTWに挙げてくださったもの。ご本人の
承諾を得て転載しました)


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by obinborn | 2017-03-26 20:00 | rock'n roll | Comments(0)  

追悼:チャック・ベリー〜あなたの歌とギターが大好きでした

「チャック・ベリーはギター一本を抱えてツアーする。彼が言う通りに進
めば問題はない。他の誰かが何かを口出しすると必ずトラブルが起こる」
88年に公開された彼の自伝映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』の
ひとコマだ。そのなかではベリーが少年の頃『二都物語』を観ようと劇場
に足を運んだところ、黒人だからという理由で入場を断られたことが告白
されている。彼の心に沸き起こった疑念はいったいどれほどのものだった
だろうか。

そのベリーが3月19日亡くなった。享年90歳。新作アルバム制作の話が伝
えられたばかりだった。1955年の5月に録音された「メイビリーン」でデ
ビューした彼は、以降文字通りロックンロールの化身となり、時代を牽引し
ながらビートルズやローリング・ストーンズの誕生に一役買った。ルイ・
ジョーダンに代表されるジャンプR&Bサウンドを、ギター中心のスモール
・コンボ編成へと大胆に改変していった。

個人的な話をさせて頂ければ、日本のキャロルがラジオ番組でベリー作の
「メンフィス・テネシー」を演奏したことや、同曲をフェイシズがスタジ
オ・レコーディングしたことが懐かしく思い出される。その歌はジミー・
リード風のモダンなウォーキン・ビートを伴って、こう歌われていた「電
話交換手さん、お願いです。彼女に取り次いでください」と。その歌から
広がる南部の景色が好きだった。ベリー以前にブルーズ音楽の伝統がある
ことが感じられた。意外と内気でナイーブな青年の心のありかがしっかり
と伝わってきた。

冒頭の『二都物語』に話を戻そう。ベリーの地元セントルイスで映画が公
開された因縁の劇場で、彼は満員の聴衆たちに囲まれながら自分のショウ
を実現させる。その成功までには長い歳月があった。僕たちが普段まるで
毎朝の歯磨きやパンのように馴れ親しんでいる「ロックンロール」にはチ
ャック・ベリーを始め、リトル・リチャードやファッツ・ドミノやボ・デ
イドリーの積み重ねがあった。彼らなしにはけっして導かれることがない
道のりがあった。それを忘れたくはない。

最後になってしまったが、まだ無名でアマチュアだった60年代末のブルー
ス・プリングスティーンはこう回想している「自分たちのバンドで一度だ
けチャック・ベリーのバッキングをした。特別な体験だったよ。リハをし
ようと思って曲目を彼に尋ねたんだ。その時ベリーは何て答えたと思うか
い?”チャック・ベリーの曲だぜ!”だって(笑)だから僕たちは彼がイン
トロを弾き出した瞬間に、キーを探さなくてはいけなかったのさ!」

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by obinborn | 2017-03-20 00:28 | rock'n roll | Comments(2)  

遥か、ラクーンに

(東日本大震災時に友人から貰ったメールを再録します)

だんまりをしてすみません。
被災地へのおこころづかいありがとうございます。
先日やっと故郷・陸前高田で家族と対面できました。
それまでは毎日映像を見るたび泣いて暮らしていましたが
行く道の、自衛隊の皆さんやタンクローリー、
救援物資を運ぶトラックの逞しい姿に何度勇気づけられたことか。
皆さんの善意のライン。
そうでした、心が折れたなんていっている場合ではないのでした。
頭は冷たく心は熱く。やることは山積みです。
まだ音楽などを楽しめる余裕はありませんが
もう少し経って、気持ちをくんでくれるのも
傍にいてくれるのも必ず音楽だと思っています。
それぞれの思いを胸に前へ
どんなに厳しいときも生き抜いてゆきましょう。

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by obinborn | 2017-01-22 19:19 | rock'n roll | Comments(0)  

リベラルというねじれのこと、逆説のこと。

オハイオ州といえば僕なんかの世代はどうしてもニール・
ヤングの「オハイオ」を思い起こしてしまう。そう、同地
のケント大学で行われたデモ集会に警察が発砲し、四人の
学生が殺された事件をヤングは扱い、その歌に権力の横暴
への怒りを込めたのだった。そこでは当時のリチャード・
ニクソン大統領が名指しで批判されている「鉛の兵士たち
とニクソンがやってきた。四人が殺された。信じられるか
い?」と。

あれから45年以上の長い歳月が経ち、僕は久し振りにオハ
イオの名前を耳にした。かつては鉄鋼業が栄えた州だった
が、産業はすっかり寂れラストベルト(錆び付いた地帯)
と呼ばれるようになったエリアだ。21日の朝日記事の通り、
この町の人々の多くは仕事を失い、トランプが掲げる「ア
メリカを取り戻そう!」に共鳴し、地域代理人に自分たち
の未来を託したのだった。

暮らしたことがないアメリカに気持を寄せるのは危険なこと
だ。僕はオハイオの失業者たちの成り立ちを実感として理解
していないから。それでも思う。人種融和や多様性を掲げた
理想主義の以前に「仕事が欲しい!」という願いが切実であ
ることを。今日は多くのリベラル・左派の論者のページに当
たってみたけれど、どこもトランプ新大統領を感情的に貶め
る内容ばかりで、冷静な理論を伴って説明したものは皆無だ
った。そのことをとても残念に思う。

第一リベラルとは、オハイオの取り残された人々のような弱
者へと寄り添う思想であり行動原理ではなかっただろうか?
それがいつしかねじれを起こし、逆説的な説法となり、大衆
の心とかけ離れてゆく。そんなことを感じずにはいられない
寒い冬の一日だった。

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by obinborn | 2017-01-22 04:14 | rock'n roll | Comments(0)  

1月15日:パワー・ポップとパブ・ロックの合同新年会DJでした!

本日(15日)は渋谷TANGLEにて、パワー・ポップとパブ・
ロック・チームの合同新年会DJでした。来てくださった方々
ありがとうございました!以下私のプレイリストです。
*    *    *
UTOPIA/I JUST WANT TO TOUCH YOU
EDGER WINTER GROUP/RIVER'S RISING
RICK DERRINGER/ROCK'N' ROLL HOOCHIE KOO
THE McCOYS/HANG ON SLOOPY
DAVID BOWIE/HERE COMES THE NIGHT
THE WHO/PICTURES OF LILY
THE WHO/I CAN SEE FOR MILES
THE WHO/MY GENERATION
RASPBERRIES/GO ALL THE WAY

〜ONE MORE MILE TO GO〜

GRAND FUNK RAILROAD/ THE LOCO-MOTION

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by obinborn | 2017-01-15 23:56 | rock'n roll | Comments(0)  

窮屈な言葉、自由な音楽

ある方がブログで最近のニール・ヤングに関して、ポリティ
カルな意識は解るけど、かつてあったようなメロディが乏し
くて音楽的な魅力は今ひとつと書かれていた。また本当に危
機的な状況ならば音楽どころではないのでは?とも。すごく
正直な意見だと思った。ロック・ファンというのはとかく”
生き様”を至上価値として重視し、ディランやヤングならど
んなつまらない作品でも一生付いていきます!的な人たちが
多い。またそうした態度を貫くことがロックだと勘違いして
いる。その部分ぼくは少し違うんだよな。たとえ偉大なディ
ランでもヤングでもエリック・クラプトンでも、駄目なアル
バムを出したらちゃんと指摘する。そういう批評精神をぼく
は大事にしたい。

もう少し観点を換えてみるなら、多くの優れたアーティスト
たちが20代に瑞々しい”名盤”を生み出したことは偶然ではあ
るまい。最も感受性が強く、また吸収する力もある時期にレ
コーディング・アーティストでいられた彼らの幸せを感じず
にはいられない。むろんベテランになっても過去の栄光に溺
れることなくクリエティヴィティを発揮している音楽家はい
る。ぼくの知るところでは『ニューヨーク』のルー・リード、
『センチメンタル・ハイジーン』のウォーレン・ジヴォン、
『COYOTE』の佐野元春などだ。それらはぼくにロックであ
ることの価値を改めて問い掛けてくる傑作だった。

むろん個々の音楽家の”手癖”やワンパターンを愛おしく思う
時はある。それは一人の人間はそれほど変われないのだとい
う生きた証明であろう。新しい作品がたとえ過去の模倣であ
ったとしても、愛するアーティスト/バンドはぼくにも沢山い
る(例えばジョン・フォガティやデイヴ・エドモンズ)それ
でも、もう一人の自分は冒頭のブロガーさんに共感するので
ある。

今日たまたまあるフォーク・シンガーのFBを読んでいて、嘘
寒くなった。その方は自分のアクースティック・ギターに「
大きな変化は小さな願いから」といった旨のステッカーを貼っ
ていた。彼にとってはウディ・ガスリーに似たそれを模したの
だろう。しかしそうして貼られた標語より、もっと豊かにイメ
ージを喚起し、聞き手を遥か遠い土地へと誘っていくのが音楽
の役割ではないだろうか? 窮屈過ぎる言論が跋扈する2017年
の初めに、ぼくはそんなことを考えてみた。

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by obinborn | 2017-01-10 17:58 | rock'n roll | Comments(0)  

ローリング・ストーンズ〜先鋭と大衆性

最初のGOT LIVE IF YOU WANT ITが人気にあやかった疑似ライ
ブだとしたら、グリン・ジョンズをプロデューサーに据えた『
GET YA YA YAS OUT』はもっと自覚的なライブ・アルバムだと
言えるだろう。新加入したばかりのミック・テイラーの凄さを
見せつけ、時代考証としてはオルタモントの悲劇を想起させる。
そんな意味でもこのアルバムに特別な感情を抱くファンは少な
くないのでは?

本作は1969年の11月27日と28日に行われたN.Y公演の2日間
(昼夜計4回のステージ)から抜粋された作品であり、今であれ
ばB.B.キングとアイク&ティナ・ターナーがオープニング・アク
トを飾った完全版がリリースされている。黒人音楽と共振したス
トーンズという意味でも聞いておきたい。そしてチャック・ベリ
ーの「CAROL」と「LITTLE QUEENE」が原曲より遥かにスロー
ダウンされ、粘っこいビートとともに新解釈されている点に、当
時トレンドになりつつあったスワンプ・ロックの萌芽を感じる。
実際この69年に彼らはアラバマ州マスル・ショールズを訪れ、
「BROWN SUGAR」「WILD HORSES」フレッド・マクドゥエ
ルの「YOU GOTTA MOVE」の3曲をレコーディングしている。

米公民権運動の盛り上がりとパリ革命の時代を横目で睨みつつ、
「俺ら貧しいロンドンっ子は、ロックンロール・バンドで歌う
だけなのさ」と「STREET FIGHTING MAN」で俯瞰したミック
・ジャガーに驚愕する。その一方には酒場に集まる人々の心情
に寄り添った「HONKY TONK WOMEN」がある。いわば新進
の気勢と大衆的な娯楽との止揚(アウフヘーベン)をストーン
ズはまさに実践したのだった。

英作家ニック・ホーンズビーの自伝的な小説『ハイ・フィデリテ            ィ』には、こんな一節がある「ねえ、あなたが付き合ってい
るのは、BROWN SUGARに合わせて”フ~フ~!”なんて拳を
振り上げ騒いでいる愚かな人たちなのよ」そんなガール・フレ
ンドを、主人公はこう宥める「いいかいダーリン、ぼくはもう
そんな時期をとっくにやり過ごしたんだよ。ぼくはストーンズ
が愛おしい。最新のダンスには付いていけないけど、マーヴィ
ン・ゲイのWHAT'S GOING ONを聞いて今も感動する。もっと
素直にならないかい?」

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by obinborn | 2017-01-06 17:37 | rock'n roll | Comments(0)