カテゴリ:one day i walk( 855 )

 

モーリー・ミューライゼン「もう時間がないよ」

73年9月20日のことでした。ジム・クロウチと彼のOne Man
Bandを乗せた飛行機は、ルイジアナでの公演に向かうべく出
発したのですが、離陸に失敗しクロウチと彼のギタリストで
あるモーリー・ミューライゼンの命が永遠に奪われてしまう
惨事となってしまいました。クロウチが所属するabcレコーズ
は、彼の新曲Time In A BottleがTVドラマ『She Lives』に使用
され親しまれてきたにもかかわらず、シングル・カットするの
を躊躇していました。クロウチたちの訃報を受けてabcは急遽
Time In A Bottleをリリース。皮肉なことにこの曲はクロウチの
死後、73年も暮れかけようとしてしていた12月に全米第一位を
記録します。彼にとっては「リロイ・ブラウンは悪い奴〜Bad
Bad Leroy Brown」(73年の6月に全米一位)に続く特大級ヒ
ットとなりました。

クロウチとともに飛行機に乗っていたモーリー・ミューライ
ゼンのことに触れておきましょう。彼はクロウチのバンドに
雇われる以前、70年にキャピトル・レコードと契約。ソロ・
アーティストとして『MAURY MUEHLEISEN』(Capitol ST
644)を発表しています。東海岸の俊英デヴィッド・ブロム
バーグやエリック・ウェスズバーグらが全面的に協力したフ
ォーキーで優れたアルバムでした。繊細な歌声と卓越したギ
ター、そして何よりソングライターとしての才能の閃きが感
じられます。

クロウチとともに事故に遭った73年の9月、ミューライゼン
はまだ24歳になったばかりの若者でした。アルバムに添えら
れたブックレットにはこんな直筆が残されています「ぼくの
両親に捧げます/また滞在時間のために/そしてナンシーへ/
でもこれは”愛”なんかじゃないんだよ」(モーリー)アルバ
ムの最後にはI Have No Timeという曲が置かれています。

「ぼくに時間があったら/どうか朝日が昇る時に立ち会わせて
おくれ/きみの心を知ることが出来たなら/夕暮れ時まで安息し
たいよ/ぼくたちは休日を得た/とても大事なホリディさ/でも
ぼくにはもう時間がない/まったく時間がないんだ/子供の頃は
世界はおもちゃのようなものだと信じていた/でもある日突然
きみがやって来た/もしもぼくに時間があったなら/きみのため
に別の歌を歌おう/知っているでしょう?/ぼくがいつでもきみ
のところに戻っていくことを」(I Have No Time)


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by obinborn | 2017-06-23 13:20 | one day i walk | Comments(0)  

6月22日の東京ローカル・ホンク

22日は東京ローカル・ホンクのワンマン・ライブを渋谷の
B.Y.Gにて。聞き馴れた歌があった。数回めに接する新し
い曲もあった。その一つ一つが初めて聞く音楽のように響           き渡り、染み込んでいく。時にホンクの歌は一番触れて欲           しくない部分、もっと正確に言えば、毎日の慌ただしい暮
らしのなかで避けて通っているところを、容赦なく照らし
出す。例えばこの夜オープニングに選曲された『ハイウェ
イソング』はどうだろう。その歌にはこんな一節がある「
いくつも通り過ぎていく/分岐点と交差点/一生にたぶん一
度だけすれ違う旅人たち/闇を突き抜ける光になって飛んで
いきたい/夜が終わるところまで」

柔らかい音像とともにそれらの歌詞が、今日も生きてくる。
あるいは生かされているという実感とともにぼくがおざな
りにしてきた過去や今現在に迫る。そう、いつまでも枕元
に残ったままずっと癒えない古傷のように。弾力があるベ
ース、まるでもうひとつの歌のように背後から打ち鳴らさ
れるスネアのワンショット、あるいは巣立ちする鳥のよう
に舞い上がっていく二本のギター。それらひとつひとつを
愛でずにはいられない一夜だった。


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by obinborn | 2017-06-23 04:22 | one day i walk | Comments(0)  

ステイプル・シンガーズ I'LL TAKE YOU THERE

ステイプル・シンガーズとの出会いは映画『ワックタックス』
でのことでした。その際に彼らが歌ったOha-La-De-Laが抜群
のゴスペルで、それほど間を置かずに英ロックのハンブル・パ
イがカバーしたこともステイプルズへの興味を繋げてくれまし
た。そんな彼らの代表作が『BE ALTITUDE:RESPECT YOURS
ELF』(STAX 72年)です。制作はスタックスを70年代に導い
た功労者アル・ベル。テネシー州エリアの彼はステイプルズを
アラバマ州のマスル・ショールズまで連れていき、レコーディ
ングを行いました。そんな音楽的な冒険心が嬉しいですね。例
えば彼ら最大のヒット曲I'LL TAKE YOU THERE(72年4月に全
米1位)ではレゲエの跳ねるリディムが強調されていますし、
歌とギターとの掛け合いのなかで「もっと弾いて!」とメイヴ
ィス・ステイプルがエディ・ヒントンに語りかける場面もたま
らないスリルとなっています。アルバム表題には『志を高く:
あなた自身を大事に』と掲げられ、60年代から脈々と続く公民
権運動を持続せんとする意志を感じ取ることが出来ます。とこ
ろで彼らは以降76年に映画『ラスト・ワルツ』に出演。ザ・バ
ンドの名曲THE WEIGHTを見事にゴスペル化したヴァージョン
が高く評価されました。いわばTHE WEIGHTの芯にあるものを
探り当てたわけです。そんなゴスペルとロックとの幸せな結婚
から学ぶものは少なくない。今はそんなことを思っています。

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by obinborn | 2017-06-22 01:41 | one day i walk | Comments(0)  

グラム・パーソンズ『GP』

今日も進歩しないおびっちはグラム・パーソンズ『GP』
(73年 Reprise)を聞いています。ザ・バーズ『ロデオ
の恋人』に参加したグラムは68年の英国ツアーの際、ロ
ンドンでストーンズとくにキース・リチャードと仲良く
なり、彼らにカントリー音楽の素晴しさを教えました。
また帰国してからは、やはりザ・バーズを脱退したばか
りのクリス・ヒルマンと意気投合してフライング・ブリト
ー・ブラザーズを結成します。しかしグラムは2枚のア
ルバムを発表後またもやバンドから離脱し、いよいよソ
ロ活動に備えました。その最初の成果が『GP』です。

収録曲をチェックしていくとオリジナルに混ざって、ボビ
ー・ベアのSTREET OF BALTIMORE、カール&パール・
バトラーのWE'LL SWEEP OUT THE ASHES IN THE MOR
NING、ジーン・ピットニーとジョージ・ジョーンズがデュ
オで歌ったTHAT'S ALL IT TOOKと3曲も正調ホンキー・ト
ンク・スタイルのカントリーを取り上げているのが興味深い
ですね。グラムの場合はクラレンス・ホワイトと違い、あ
まりブルーグラスには興味を覚えなかったみたいです。こ
こら辺はヴォーカリスト= GPとギタリスト=クラレンス
の立ち位置の違いを計らずも示しているような気がします。

カバーといえば意外なことにJ.ガイルズ・バンドのCRY ON
E MORE TIMEを歌っているのが面白いです。彼らが71年の
『MORNING AFTER』で発表したウルフ=ジャストマンの
書き下ろしでした。ここら辺はストーンズとの交流同様に
グラムがロック世代であることを物語るものでしょう。彼
のオリジナルでは単独で書いたA SONG FOR YOUとTHE
NEW SOFT SHOEのバラード2曲が秀逸で、憂いのあるヴォ
ーカルが一段と映えています。またフライング・ブリトー
時代の盟友クリス・エスリッジ(L.Aゲッタウェイ、FBB、
ライ・クーダー・バンド)との共作SHEは、ブッカー・T・
ジョーンズ&プリシア・クーリッジがカバーしています。
その盤にクリスがベースで参加している関係で「ちょっと
オレらの曲いいでしょ?使ってみる?」なんて会話があった
のかもしれませんね。そんな想像が音楽の楽しさです。カ
バーと言えばエルヴィス・コステロも本作からSHEと、HO
W MUCH I'VE LIEDを採用。またFBB時代にグラムとクリス
・エスリッジが作ったHOT BURRITO#2(I'M YOUR TOY)
を歌うなど、かなりの愛情を寄せています。

『GP』自体の音楽性は多くの曲でエミルー・ハリスとデュ
エットするなど、カントリー音楽の伝統のひとつ二重唱へ
の敬意が汲み取れます。70年代前半は数多くのカントリー
・ロックが生まれましたが、こういうクローズ・ハーモニ
ーにまで本格的にアプローチした者はあまりいなかったと
記憶しています。先ほど触れたホンキー・トンク・スタイル
(バック・オウエンズやマール・ハガードらのベイカーズ・
フィールド・カントリー)の実践然りです。

最後に余談ですが、78年にローリング・ストーンズはもろ
ホンキー・トンク・スタイルの名曲FAR AWAY EYESを発表
するのですが、「俺は今ベイカーズ・フィールドに車を走ら
せている」という歌詞が泣かせます。つまり今は亡きグラム
への追悼の意が仄めかされているのです。とくに彼に捧ぐと
明記されているわけではありませんが、大袈裟なトリビュー
トではなく、”ちょっと気の利いたやり方”に胸が熱くなって
しまいました。たぶんミックもキースもこの曲を書き上げた
時は達成感があったんじゃないでしょうか。そんなことを思
い出しながらこの『GP』を聞く夕暮れ時です。

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by obinborn | 2017-06-20 18:38 | one day i walk | Comments(0)  

午後6時過ぎのジム・パルト

ぼくのブログのほうにJIM PULTEについて教えてください
というコメントを頂いた。どれだけ彼にとって有益だった
かは心もとないのだが、自分がもうすっかりそういう役回
りになっていることを実感させられた。元々パルトは西海
岸の垢抜けないカントリー・ロック・バンド、サウスウィ
ンドでベースを担当していた人で、とくに目立った実績を
残したわけではないのだが、ソングライターとしての才能
を買われたのか、71年にユナイテッド・アーティスツ・レ
ーベルと契約し、初のソロ・アルバム『OUT THE WINDO
W』をリリースした。

このアルバムが話題になったのは、何と言ってもジェシ・
エド・ディヴィスが制作し、幾つかの曲で彼ならではのギ
ターを弾いていたからだろう。バックの演奏もリー・スク
ラー=ジム・ケルトナーによる骨のあるリズム隊を大きな
背骨としながら、ドクター・ジョンのピアノが踊り、ラリ
ー・ネクテル(ブレッド)が繊細に鍵盤を奏でるといった
素敵なものだった。加えて当時新進気鋭だったベン・シド
ランによるピアノ/オルガンの貢献といったら!

そんな子細の数々をアルバムのジャケットを眺めながら
音とともに反芻していった日々が懐かしい。とても雨期
とは思えないほど快晴だった夕暮れ時に、再び『OUT T
HE WINDOW』をレコード棚から取り出してみる。窓の
彼方には自分の影絵のようなものが映し出され、近くの
時計は、午後6時が過ぎたことを告げている。


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by obinborn | 2017-06-19 18:26 | one day i walk | Comments(0)  

ジェシ・エド・ディヴィス、再び

ジェシ・エドの『キープ・ミー・カミング』はお茶の水のデ           ィスク・ファイルで86年頃に買い、それ以来の大愛聴盤だ。
多分に顔見せ的なセッションに終始した英国録音のファース
トも好きだが、マイアミ録音のセカンド『ウルル』、LAのパ
ラマウント・スタジオで吹き込まれたサード『キープ〜』で
ジェシは格段の成長を遂げた。その一例としてリズム・セク
ションの強化が挙げられる。『ウルル』ではダック・ダン=
ジム・ケルトナーのコンビが大活躍して太いグルーヴを生み
出していたし、この『キープ〜』ではボブ・グラウブ=ケル
トナーにすべてを委ねることでビシッとした統一感を醸し出
している。いくらギターが優秀でもベースとドラムがアホだ
ったら音楽は成り立たない証だよね。ボブはのちにロッド『
アトランティック・クロッシング』で名を成した西海岸の中
堅どころのプレイヤーですわ。一曲めのBIG DIPPERがインス
トで始まり、次にジェシの飾らないヴォーカルが染みるShe'
s A Painへと連なっていく展開が考え抜かれている。BIG〜で
は多くの曲をジェシと共作したジョン・アンジェロのハーモニ
カに味がある。そのアンジェロが単独で書き上げたWHO PUL
LED THE PLUG?のゴスペル・フィーリング(&ライブ仕立て)
がじわりと染み入ったり。

個人的に一番グッと来るのはNATURAL ANTHEM(自然讃歌)
かな。スタジオ内でのメンバーの歓声から入り、一度イント
ロを失敗してやり直す部分まで克明に記録されている。過剰
にクリアかつピッチの補正ばかり行っている昨今の毒にも薬
にもならないポップ・ミュージックとは音楽の下地が違う。
きっとどこまでも自発的な演奏を重視したかったのだろう。
そんな優れたインスト曲だ。もう一曲オイラがとくに好きな
曲を挙げよう。それはアンドレ・ウィリアムズ作のBACON
FATで、この曲はサー・ダグラス・クィンテットが全国区に
羽ばたいていったファースト・アルバム『THE BEST OF SI
R DOUGLAS QUINTET』時のセッション(但しアルバム未
収録、シングルB面のみ)で録音している。またジェシの恩
人であるタージ・マハールも『GIANT STEP』で選曲した。
こんな接点が面白い。ちなみにアンドレはガレージ・ロック
愛好家から再評価されているブルーズマンで、ザ・フーもア
ンドレのDADDY ROLLING STONEを初期にカバーした。

自分なりにジェシ・エドが参加したレコードはジーン・クラ
ーク、ジム・プルト、ロジャー・ティリソンの”ジェシ三大
プロデュース作”を始めとして、アーロ・ガスリーの名盤『
最後のブルックリン・カウボーイ』からアルバート・キング
の『LOVE JOY』まで集め聞いてきたけど、それでもまだ足
りない部分はあるだろう。まして彼の出自となる黙示録的な
ネイティヴ・アメリカンの音と詩の朗読(ダブ・ポエットの
ようなもの)を理解出来ているかと言われれば心もとない。
それでもオイラは今日もまたジェシの人間味溢れる歌と、ま
るで肉声のようなギターに胸を焦がされ続けている。一音一
音に”言葉”を持たせた丁寧な運指、スライド・バーによる中
間音のアプローチ。そんな個性を知らされたのはジェシ・エ
ド・ディヴィスがまさに初めてだった。

「俺はビートルズじゃないぜ。ローリング・ストーンズのメ
ンバーでもない。だから俺は自分のブルーズを歌う。ただそ
れだけさ」アルバム『ウルル』に収録されたRED DIRT BOO           GIEで、ジェシはそう歌い出す。独立独歩の宣言。誰にも浸食
されない世界観。そうした思いが73年の『キープ・ミー・カ
ミング』へとしっかり受け継がれていった。


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by obinborn | 2017-06-15 17:38 | one day i walk | Comments(3)  

追悼:ロザリー・ソレルズ

「アイダホ・ステイツマン」誌が伝えるところによると、
フォーク・シンガーのロザリー・ソレルズが亡くなった
らしい。彼女は60年代の中盤から活動し始め、ユタ・フ
ィリップスに認められフォーク・レガシー・レーベルと
契約。67年に『IF I COULD BE THE RAIN』をリリース
した。73年にはウッドストックで録音された『WHAT E
VER HAPPENED TO THE GIRL THAT WAS』(Paramo
nt)が、ロック・ファンからも注目を集めた。本作を制
作したマイケル・カスケーナは元々ジャズ畑の出身だが、
当時はボニー・レイットやエリック・カズそしてクリス・
スミザーを手掛けるなど、フォーク/ルーツ・シーンから
も重宝されるプロデューサーになっていた。ぼくもそう
した興味からソレルズの歌に接するようになったと記憶
する。

本作に収録されたゲイリー・ホワイト作のNobody'sは、
当時デヴィッド・ブロムバーグ・バンドも取り上げていた
曲で、その繋がりに興味を持った。また気骨あるフォーク
・ブルース歌手、ポール・ジェレミアのElegant Hoboを
初めて知ったのは、ここでのソレルズ・ヴァージョンが
最初だった。彼女の音楽に欠かせないミッチ・グリーン
ヒルの端正なギター、ハーヴェイ・ブルックスの抑制さ
れたベース、エリック・カズの知的なピアノがソレルズ
の歌を際立たせていた。

以降はフィロに移籍して『TRAVELIN' LADY』『ALWAY
S A LADY』『MOMENTS OF HAPPINESS』『TRAVELIN'
LADY RIDES AGAIN』など、より自然で良質なアルバムを
作った。世代的にはぼくの二周りほど上の人だったので
全面的に感情を託すような聞き方は出来なかったが、それ
でもヴィブラートの掛かった震えるような発声、たおやか
に大地を撫でていくような歌唱、暮らしや人々をじっくり
と見つめた多くの自作曲に惹かれ、ケイト・ウルフやメア
リー・マッカスリンら女性フォーキーたちとともに、ぼく
のターンテーブルの上で彼女のレコードは回り続けた。

きょうびフォーク・シンガーであり続けた行為は大変なこ
とだったと思う。それは実生活と歌とが乖離しない態度、
虚勢のなさ、私は星くずのように瞬きながら消えていく小
さなものなの、と静かに見つめる自己申告に他ならなかっ
た。彼女が教えてくれたものがあるとすれば、知られてい           ないものに真実が宿るとでも言いたげな心映えだろう。ソ
レルズが恩人のユタ・フィリップスと出会ったのは1965年
のソルト・レイク・シティだったという。彼女の歌は今そ
の土地に還っていくようだ。風が吹き、無数の花々が咲き、
蝶たちは昨日と同じように宙を舞っている。


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by obinborn | 2017-06-14 05:01 | one day i walk | Comments(0)  

レコード整理とスティーヴ・イートン

今朝は皆さんにぼくのばっちい部屋をお見せしちゃったので、
午後から名誉挽回すべく力入れてレコ整理&掃除に取り組み
ました。同業の方なら実感して頂けると思いますが、ライナ
ー1本書くだけでも様々なレコ&書籍を取り出してくるわけ
です。それが先月は6本続き、おまけにDJ用に持ち出したLP
をそのまま放置していたので、まあごちゃごちゃは必至です
な。でも掃除して気分転換になって良かったです。自分で持
っているのを忘れていたSTEVE EATONの『HEY MR.DREA
MER』(Capitol 74年)が奥のほうから出てきたし。今聞き
始めたんですが、プレAORの素朴な雰囲気がいいですなあ〜。
マイケル・オマーチアン(kbd)やマイク・デイジー(g)
も参加しているから、当然のことながらゲイター・クリーク
〜ケニー・ロギンスとの接点もあったんでしょうね。そんな
想像をしながらの”聞き直し”が楽しいです。さあ、これから
ビールで乾杯です!🍺

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by obinborn | 2017-06-13 17:00 | one day i walk | Comments(0)  

人生の漂流者たち


TWやFBを閲覧していると、みんなの人生が楽しく快活なのに
比べて自分がひどくつまらない毎日を送っているように錯覚し
てしまう。勿論実際には皆それぞれ孤独や焦燥を抱えながら生
きているのだろうが、情報が加速度を付けて迫ってくるSNSで
は美味しい料理、楽しいライブ、最新の映画といった話題が最
大公約数的に強調されることもあって、それに乗れない自分が
拒絶されたような気持になってしまうのだ。ところが多くの人
は毎日退屈な労働を繰り返し、休日でもそれほど娯楽に使うお
金があるわけではない。よほど能天気な人でない限りそうした
日々から思考を深めていく。人生の漂流者とはそういうものだ。


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by obinborn | 2017-06-13 06:54 | one day i walk | Comments(0)  

ネット時代に問われる知性

『現在ビジネス』を読んでいたら、ネットの影響によりいつの

間にか”検索タイプ”の人が増え、自分の頭で思索を深める力が
弱まってしまったとの記事があった。また検索行為とは同時に
すぐ回答を求めがちな傾向と結びつきやすいため、余計に自分
自身で考える想像力が失われつつあるとも指摘されていた。以
前私はここで炎上ネタと大衆心理について書いたが、気に喰わ
ない相手に標的を定めて集中砲火し、一時のカタルシスを得る
のは(自戒を込めて)止めておいたほうがいい。

個人の思想/信条というものはそれぞれが育った時代や環境、あ
るいは近くにいた者の影響などが微妙に入り混ざりながら形成
されるものであり、直接話しをしたこともない他人がいとも簡
単にジャッジを下すのは傲慢だろう。ましてそのジャッジが有
名人によって為される場合は、それこそ自分では何も考えない
者がリツイや「いいね!」で付和雷同的に加担しながら一気に         増幅してしまう。例えば学園闘争の時代にイヤな思いを体験し

た者はそれがトラウマとなり、どうしても集団的な考え方とは
距離を置き、いつの間にか個人主義者の道を歩み始める。逆に
今という厳しい時代はデモに行って頭数になるのが一番現実的
な選択肢だと主張する者もいるだろう。

実はこのような話を先日居酒屋で交わしたのだが、直接膝詰め
て語り合うのはいいものだ。ちょっとしたすれ違いがあればす
ぐその場で是正出来る。物事を弁証法的に検証し俯瞰する力を
鍛えることが出来る。もっと平たく言うなら「ああ、そういう
見方もあるね!」「なるほど!」の世界だ。

ネット時代にはそれに向かう知性もまた同時に問われている。

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by obinborn | 2017-06-13 05:39 | one day i walk | Comments(0)