カテゴリ:one day i walk( 864 )

 

再訪:ジェシ・ウィンチェスター『TALK MEMPHIS』

ルイジアナ州出身でメンフィスに育ったジェシ・ウィンチェ
スターにとって、メンフィスのロイヤル・スタジオで録音し
た『TALK MEMPHIS』(Bearsville 81年)は念願のアルバム
だったことでしょう。しかもウィリー・ミッチェルがプロデ
ューサーとしてセッションを見守ってくれたのですから。こ
の地でレコーディングした非ブラック圏アーティストとして
は加川良さんの作品がまず浮かんできますが、それと並ぶ傑
作だと思います。ジェシの盤は残念ながらホッジズ/ホッチズ
/ホッチズ/グライムスのスタジオAチームではなく、一般的に
はあまり知られていないコブ/フィッシャー/トールズ/ミッチ
ェルですが、Aチームに負けない豊潤なサウンドで貢献して
いるのがもう嬉しくって。

しかもこの記念碑の裏にはジェシが辿った個人史が横たわっ
ています。そう、皆さんご存知のようにベトナム・ウォーへ
の従軍を拒否した彼は、カナダのトロントへと亡命しおよそ
6年間の隠遁生活を余儀なくされました。そんなジェシが母
国アメリカに帰国出来たのは77年のことでした。ジミー・カ
ーター大統領が発令した"特赦”によるものだったのです。

この『TALK MEMPHIS』をそんな背景を思い浮かべながら
聞いていくと、何とも言えない感慨が湧いてきます。ジェシ
は何もとくに政治的な歌を作ってきたわけでは一切ありませ
んが、何でもない暮らしやありきたりの愛を歌う彼の歌から
時代のきしみのようなものがしっかり伝わってくるのです。
まるで夏草のように伸び伸びとした音楽。その瑞々しさ。
なお余計なお世話かもしれませんが、サブ・テキストとして
ティム・オブライエンの自伝的な著作『本当の戦争の話をし
よう』をぜひ。

残念ながらジェシ・ウィンチェスターはもうこの世にいませ
んが、米Rolling Stone誌は追悼記事で彼をこう讃えていまし
た「アンチ・ベトナム・ウォーに貢献した優れたソングライ
ターだった」と。

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by obinborn | 2017-08-16 19:38 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:グレン・キャンベル〜あなたとジミー・ウェッブの友情のために

今朝ジミー・ウェッブの曲とグレン・キャンベルの歌は相性
がいいって書いたけど、漠然とした想いのようなものしかな
く心もとない。ただウェッブの歌詞にはフェニックスやアル
バカーキやウイッチタなど、アメリカ各地の土地名を記した
ものが多く、それらがグレンの夏雲のように大らかな歌唱と
マッチしたのかもしれない。

ウェッブは職業的なソングライターとして他人に曲を提供し
てきた人だけれども、ゴフィン=キングやリーバー=ストラ
ーあるいはマン=ウェイルやポーマス=シューマンのような
コンビではなく、自分一人で作詞と作曲を手掛けた点が決定
的に新しかったと思う。ゴフィン=キングらティン・パン・
アレイの世代よりも後の60年代半ばに頭角を現した時代性も
あるだろう。シンガー・ソングライターのブームを予言する
ように自身の最初のLPも68年に作っている。そのアルバム・
タイトルは『JIM WEBB SINGS JIM WEBB』これ以上ない
くらいに、ソングライターと歌との関係を言い当てたものだ
った。

しかもそれらの歌は無邪気なティーンエイジ・ポップではな
く、もう少し青年期の影絵を正確に捉えていた。グレン・キ
ャンベルが歌った「ガルベストーン」はどうだろう。ヴェト
ナム・ウォーに駆り出された兵士の主人公はこう歌い出して
いく「知らないヴェトナムの土地でぼくは今銃を磨いている
/故郷のガルベストーンが懐かしい/ぼくは恋人を置いてきて
しまった」

ガルベストンのgと銃のgが残酷なまでに韻を踏み、主人公
の苦悩を映し出す。しかしメロディはどこまでも美しく気品
に満ち、声高に反戦を唱えるようなフォークソングとはまっ
たく異なる”音楽性”に満ちている。そういえば以前ジミー・
ウェッブにインタヴューした時、ぼくは彼に「どんな反戦歌
よりも心に響きます」と「ガルベストーン」の歌に敬意を表
したのだった。そのウェッブとキャンベルとはいわば兄弟で
あり、仲のいいフレンズであり、ヴェトナム・ウォーという

時代をともにした戦友だった。

2017年の8月9日、陽が高く立ち昇る時間の只中にグレン・キ
ャンベルの訃報が届いた。その時ぼくが真っ先に思い起こし
たのが、ウェッブが作りキャンベルが歌った「ガルベストー
ン」だった。その曲は69年の3月、全米チャートの4位に輝
いた。アメリカじゅうの多くの声なき人々がその曲から悲し
みを聞き取り、言葉にならない何かを託した瞬間だった。


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by obinborn | 2017-08-09 16:23 | one day i walk | Comments(0)  

映画『約束の地、メンフィス〜Take Me To The River』を観て

「初めてヒップホップ以外の音楽に触れたよ。ブルーズやソ
ウル...つまり僕の両親がよく聞いてきたサウンドだね。ヒッ
プホップの先祖となる文化的遺産だ」71年生まれのスヌープ
・ドッグがそう語るように、映画『約束の地、メンフィス〜
Take Me To The River』は古き佳き時代のメンフィス・ソウ
ルを振り返ると同時に、ヒップホップ世代への継承物語にな
っている。大きな軸となっているのはオールド・スクールと
ラッパーたちとの一期一会のスタジオ・セッションであり、
両者の親和性を理屈抜きに証明してみせる。オーティス・ク
レイとリル・ピーナッツ、ボビー・ブランドとヨー・ガッテ
ィ、あるいはウィリアム・ベルとスヌープ・ドッグ。そうし
た新旧のコラボレイトによって、単なる懐古趣味に終わらな
いサムシングを生み出している点が何よりも素晴しいと感じ
た。

メンフィスのロイヤル・スタジオで行われたセッションには
スタックスの裏方的ギタリスト、スキップ・ピッツも登場。
その場面で彼のワウワウに満たされたアイザック・ヘイズの
名曲「黒いジャガーのテーマ」が流れ出し、あの伝説的なワ
ックスタックス・コンサートの模様が挿入されるなど全体の
構成も考え抜かれている。またロイヤル・スタジオの壁にジ
ム・ディキンソンの『Dixie Fried』やロッド・スチュワート
の記念碑『Atlantic Crossing』が何気に飾られているなど、
マニアックな裏技もたっぷり。とくにディキンソンの息子た
ちによるノース・ミシシッピ・オールスターズはいわば本作
のセッションの核となる人達であり、ルーサー・ディキンソ
ンとメイヴィス・ステイプルズが会話を交わしつつ、手探り
でステイプル・シンガーズのWish I Had Answerdを練習して
いく様には思わず胸が熱くなった。

根が深い人種差別の問題に関してはウィリアム・ベルが「
スタジオのなかでは白人も黒人も関係なかった。まさに天
国だったよ。ところが一歩外に出ると、オレら黒人は強盗
扱いされた。忘れられない体験があるよ。黒人お断りのレ
ストランがあったんだ。オレはちょっと気を効かせて『ハ
ンバーガーのテイクアウトは出来るかい?”って尋ねた。相
手はオッケーだと抜かしやがった。だからオレは多量のバ
ーガーをオーダーした。”全部にちゃんと具を入れろよ!”
と念を押しながらね。そうして奴らが調理している間にオ
レらは車で即トンズラしたよ。アッハッハ!」

マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺とスタックス・
レコードの光芒に関しては喰い足りない部分もあったが、
よくぞ90分の映画に解り易く纏めてくれたという感謝の念
がそれを上回る。『約束の地、メンフィス〜Take Me To T
he River』は、果たされた思いと苦い記憶と世代交代の生
々しい証言集であり、冒頭に映し出される広大なミシッシ
ッピ河が優れたメタファーとなって、観る者の心に何かを
深く深く投影させていく。


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by obinborn | 2017-07-31 16:07 | one day i walk | Comments(0)  

映画『約束の地、メンフィス〜Take Me To The River』を観て

「初めてヒップホップ以外の音楽に触れたよ。ブルーズやソ
ウル...つまり僕の両親がよく聞いてきたサウンドだね。ヒッ
プホップの先祖となる文化的遺産だ」71年生まれのスヌープ
・ドッグがそう語るように、映画『約束の地、メンフィス〜
Take Me To The River』は古き佳き時代のメンフィス・ソウ
ルを振り返ると同時に、ヒップホップ世代への継承物語にな
っている。大きな軸となっているのはオールド・スクールと
ラッパーたちとの一期一会のスタジオ・セッションであり、
両者の親和性を理屈抜きに証明してみせる。オーティス・ク
レイとリル・ピーナッツ、ボビー・ブランドとヨー・ガッテ
ィ、あるいはウィリアム・ベルとスヌープ・ドッグ。そうし
た新旧のコラボレイトによって、単なる懐古趣味に終わらな
いサムシングを生み出している点が何よりも素晴しいと感じ
た。

メンフィスのロイヤル・スタジオで行われたセッションには
スタックスの裏方的ギタリスト、スキップ・ピッツも登場。
その場面で彼のワウワウに満たされたアイザック・ヘイズの
名曲「黒いジャガーのテーマ」が流れ出し、あの伝説的なワ
ックスタックス・コンサートの模様が挿入されるなど全体の
構成も考え抜かれている。またロイヤル・スタジオの壁にジ
ム・ディキンソンの『Dixie Fried』やロッド・スチュワート
の記念碑『Atlantic Crossing』が何気に飾られているなど、
マニアックな裏技もたっぷり。とくにディキンソンの息子た
ちによるノース・ミシシッピ・オールスターズはいわば本作
のセッションの核となる人達であり、ルーサー・ディキンソ
ンとメイヴィス・ステイプルズが会話を交わしつつ、手探り
でステイプル・シンガーズのWish I Had Answerdを練習して
いく様には思わず胸が熱くなった。

根が深い人種差別の問題に関してはウィリアム・ベルが「
スタジオのなかでは白人も黒人も関係なかった。まさに天
国だったよ。ところが一歩外に出ると、オレら黒人は強盗
扱いされた。忘れられない体験があるよ。黒人お断りのレ
ストランがあったんだ。オレはちょっと気を効かせて『ハ
ンバーガーのテイクアウトは出来るかい?”って尋ねた。相
手はオッケーだと抜かしやがった。だからオレは多量のバ
ーガーをオーダーした。”全部にちゃんと具を入れろよ!”
と念を押しながらね。そうして奴らが調理している間にオ
レらは車で即トンズラしたよ。アッハッハ!」

マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺とスタックス・
レコードの光芒に関しては喰い足りない部分もあったが、
よくぞ90分の映画に解り易く纏めてくれたという感謝の念
がそれを上回る。『約束の地、メンフィス〜Take Me To T
he River』は、果たされた思いと苦い記憶と世代交代の生
々しい証言集であり、冒頭に映し出される広大なミシッシ
ッピ河が優れたメタファーとなって、観る者の心に何かを
深く深く投影させていく。


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by obinborn | 2017-07-31 16:07 | one day i walk | Comments(0)  

7月6日のContiとサーディンヘッド〜音楽は鳴り止まない

6日は国立の地球屋にてContiとサーディンヘッドのツーマン・
ライブを堪能した。Contiはエレクトリック・シタールとドラ
ムスというユニークな編成でラーガ・ロックを決めまくる。
その丁々発止の演奏、のびのびとしたプレイはフォーマット
という悪癖に染まっていない”自由"そのものだった。

イマジネイティヴな音の螺旋階段という点ではサーディンヘ
ッドも負けていなかった。こちらは変拍子の嵐のなかを2本
のギターが彩り豊かに、かつフリーキーに音という抽象絵画
を描いていく。二つのバンドとも言葉という制約から逃れ、
音そのものの奔放さを放ち、聞き手それぞれへと委ねていく。
そんな暗黙の世界観でしっかり共通項を感じさせた。

もしブライアン・ジョーンズが今も生きていたら、Contiの
ようなスリリングなユニットを組んでいたかもしれない。
もしジェリー・ガルシアが存命だったら、きっとサーディン
ヘッドとのセッションに名乗りを上げていたことだろう。
無垢な音の粒が解き放たれ、天空へと舞い上がっていく。
誰もそれを侵すことは出来ない。そのひとつひとつをずっと
感じていたい。そんな気持のまま帰りの電車に乗った。

音楽は終わらない。たとえその土地が枯れたとしても。


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by obinborn | 2017-07-07 00:54 | one day i walk | Comments(0)  

ウィングス『BAND ON THE RUN』を再訪する

久し振りに『BAND ON THE RUN』(MPL73年)を聞いて
います。言わずもがなではありますが、同アルバムからシ
ングル・カットされたJETは74年の2月に全米で第7位を記
録し、次のシングルBAND ON THE RUNは同年5月に堂々と
チャートの1位に輝きました。そんなブレイクスルー/起死
回生的な作品として、現在の評価はもう確固たるものがあ
りますよね。

バンド・メンバーに去られ、ポール&リンダ・マッカート
ニーとデニー・レインだけになってしまったウィングスは、
アフリカはラゴスでのレコーディング・ロケーションを敢
行します。彼らが何故アフリカに向かったのかは定かでは
ありませんが、60年代後半から70年代の前半にかけて、ジ
ンジャー・ベイカーのエア・フォースや、スティーヴ・ウィ
ンウッドのプロジェクト、サード・ワールドがアフリカ音楽
に挑戦したことを思い起こしてみましょう。ストーンズに
関しても「悪魔を憐れむ歌」で印象的なコンガを叩いている
のはガーナ出身のロッキー・デジューン(以降タージ・マハ
ール・バンドへ)でした。あるいはブライアン・ジョーンズ
の最後の報告がモロッコへの旅だったことも、示唆に富んで
います。そんな背景をぜひ思い起こして頂ければ。

本作でのウィングスの楽曲にアフリカ音楽からの影響が直接
反映されているわけではありません。それらしきポリリズム
もなければ、8/6で打ち鳴らされるリディムも皆無なのですか
ら。それでも例えばLET ME ROLL ITでゆったりとグルーヴ
する間合い、あるいはアクースティックな小品BLUEBIRDと        MAMUNAでのミニマルな音階の配列には何故か”アフリカ”を
感じてならないのです。


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by obinborn | 2017-07-05 19:25 | one day i walk | Comments(0)  

小尾隆が選ぶロック・アルバム99枚!

1 ロッド・スチュワート『ガソリン・アレイ』
2 ロン・ウッド『ナウ・ルック』
3 ロニー・レイン『スリムチャンス』
4 イアン・マクレガン『バンプ・イン・ザ・ナイト』
5 フェイシズ『馬の耳に念仏』
6 クリーデンス『コスモス・ファクトリー』
7 グリース・バンド『ファースト』
8 ヘンリー・マカロック『マインド・ユア・オウン〜』
9 ジェシ・エド・ディヴィス『ウルル』
10 レオン・ラッセル『カーニー』
11 タージ・マハール『ナッチェル・ブルース』
12 グラム・パーソンズ『GP』
13 ドノヴァン『ライヴ・イン・ジャパン』
14 エディ・ヒントン『ヴェリー・エクストリミナリー〜』
15 アル・クーパー『アイ・スタンド・アローン』
16 ジェフ・マルダー『スリーピーマン・ブルース』
17 ライ・クーダー『紫の渓谷』
18 ジム・ディキンソン『ディキシー・フライド』
19 リトル・フィート『ファースト』
20 ウォーレン・ジヴォン『さすらい』
21 ローラ・ニーロ『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』
22 ジョン・セバスチャン『ターザナ・キッド』
23 ピーター・ゴールウェイ『オハイオ・ノックス』
24 フィフス・アヴェニュー・バンド
25 ラヴィン・スプーンフル『デイ・ドリーム』
26 ルー・リード『ニューヨーク』
27 ニール・ヤング『今宵その夜』
28 ニルス・ロフグレン『クライ・タフ』
29 マレイ・マクロラン『スウィーピング・ザ〜』
30 ブルース・コバーン『雪の世界』
31 ジョン・ハイアット『ブリング・ザ・ファミリー』
32 ダグ・サーム『ヘル・オブ・ザ・スペル』
33 ロギンス&メッシーナ『シッティン・イン』
34 キンクス『マスウェル・ヒルビリーズ』
35 エリック・アンダーソン『ブルー・リバー』
36 トニー・ジョー・ホワイト『トレイン・アイム・オン』
37 ドニー・フリッツ『プローン・トゥ・リーン』
38 サー・ダグラス・クィンテット『メンドシーノ』
39 トム・ウェイツ『ハート・オブ・サタディナイト』
40 ローリング・ストーンズ『ナウ!』
41 ジョージ・ハリソン『オール・シングス・マストパス』
42 ジム・パルト『アウト・ザ・ウィンドウ』
43 ジーン・クラーク『ホワイト・ライト』
44 キース・リチャーズ『トーク・イズ・チープ』
45 ビートルズ『ホワイト・アルバム』
46 リンゴ・スター『ボウカップ・オブ・ブルース』
47 ベターデイズ『イット・オール・カムズ・バック』
48 ドクター・ジョン『ライトプレイス、ロングタイム』
49 ロニー・バロン『ファースト』
50 ザ・バンド『ブラウン・アルバム』
51 トラフィック『ミスター・ファンタジー』
52 スティーヴ・ウィンウッド『ナイン・ライヴス」
53 マイク・フィニガン『ファースト』
54 リンディスファーン『フォグ・オン・ザ・タイン』
55 ラブ・ノークス『レッド・バンプ・スペシャル』
56 エルヴィス・プレスリー『イン・メンフィス』
57 デレク&ザ・ドミノス『レイラ』
58 カーレン・ダルトン『イン・マイ・オウン・タイム』
59 ジョニ・ミッチェル『ブルー』
60 キャロル・キング『ライター』
61 ジェイムズ・テイラー『スウィート・ベイビー〜』
62 ダスティ・スプリングフィールド『イン・メンフィス』
63 ブルース・スプリングスティーン『セカンド』
64 ジャクソン・ブラウン『レイト・フォー・ザ・スカイ』
65 リチャード&リンダ・トンプソン『ファースト』
66 ディック・ゴーハン『ノーモア・フォーエヴァー』
67 ケイト&アンナ・マクギャリカル『ファースト』
68 カープ
69 ブルー・ジャグ『ファースト』
70 ブリンズレー・シュウォーツ『銀の拳銃』
71 エッグス・オーバー・イージー『グッドン・チープ』
72 ジェリー・リー・ルイス『ロンドン・セッション』
73 サンディ・デニー『海と私のねじれたキャンドル』
74 フォザリンゲイ『ファースト』
75 ボブ・ディラン『血の轍』
76 ジョン・プライン『ファースト』
77 ボビー・チャールズ『ベアズヴィル・アルバム』
78 ロス・ロボス『ハウ・ウィル・ザ・ウルフ〜』
79 フレッド・ニール『ブリーカー&マクドール』
80 ティム・ハーデン『セカンド』
82 トニー・コジネック『バッド・ガール・ソングス』
83 トッド・ラングレン『ラント:ザ・バラッド・オブ』
84 ニック・ドレイク『ファイヴ・リーヴス・レフト』
85 バート・ヤンシュ『バースディ・ブルース』
86 デラニー&ボニー『モーテル・ショット』
87 ジョージィ・フェイム『R&B アット・フラミンゴ』
88 ジェフ・ベック・グループ『オレンジ』
89 ニック・ロウ『インポッシブル・バード』
90 デイヴ・エドモンズ『ひとりぽっちのスタジオ』
91 マナサス『ファースト』
92 グレイトフル・デッド『アメリカン・ビューティ』
93 デイヴ・メイソン『アローン・トゥゲザー』
94 ハングリー・チャック
95 ホット・ツナ『バーガーズ』
96 ダン・ヒックス&ホットリックス『ラスト・トレイン』
97 アーロ・ガスリー『最後のブルックリン・カウボーイ』
98 ガイ・クラーク『オールドNO.1』
99 ヴァン・モリソン『ヴィードン・フリース』

*英米カナダの白人アーティストのみを対象にしました。
録音は64年から21世紀まで多岐に亘っていますが、自分
が曲目をすらすら言えるような盤を優先しました。そん
な意味では客観的なベストではなく、あくまで個人史と
して受け止めてくだされば幸いです(小尾)


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by obinborn | 2017-07-01 12:53 | one day i walk | Comments(0)  

喫茶『なみま』の閉店に寄せて

江古田の喫茶店「なみま」が閉店した。先日そんな話を
S君から聞いたばかりだった。だから気になって今日の
仕事帰りに店へと寄ってみたところ、まったく偶然にも
残務処理中だったマスターと会話することが出来た。何
でも97年に開店されてから20年と2週間頑張ってきたけ
れど、近年食道癌を患い、立ち仕事もままならなくなっ
てしまった。綺麗好きで食器も人一倍洗浄しなければ気
が済まない性格なので余計に...とのお話を伺った。

思えばこの「なみま」でよく編集者たちと打ち合わせし
たっけ。味気ないチェーン店には求められない秘めやか
さがこの店にはあって、そんな空気が細かく作業を詰め
ていく時間に寄り沿ってくれた。互いにいいアイディア
をひねり出すための助走役となってくれた。元『ニュー
ミュージック・マガジン』のYさん、『ストレンジ・デイ
ズ』誌のMさん、『スタジオ・セロ』のKさん...などなど
こうして書いているうちにも様々な思い出が甦ってくる。

「なみま」のマスターは現在75歳とか。カメラと写真が
とにかくお好きな方で、店内には江古田の風景や草花を
撮られた綺麗な写真が額に収められていたっけ。ぼくの
江古田暮らしはもうすぐ36年めになるけれど、「なみま」
を失った喪失感は、きっとある日突然訪れることだろう。

マスター、今までありがとうございました。


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by obinborn | 2017-07-01 12:17 | one day i walk | Comments(0)  

ハリー・ニルソン『夜のシュミルソン』を再訪する

今まで日本盤で親しんできた『夜のシュミルソン』の
U.K盤を購入した時は嬉しかったです。ゴードン・ジェ
ンキンスが39名にも及ぶオーケストラを指揮したこの
スタンダード集は、発売された73年当時大きな話題を
呼び起こしました。元々ニルソンはオールドタイムの
匂いが色濃く立ち込めるSSWでしたが、いよいよ本格
的にアービング・バーリンの「Always」やシルヴィア
・ファインの「Lullaby Of Ragtime」といった古き佳き
日の映画や演劇音楽に取り組んだのですから、普通の
ポップやロックを聞くようにニルソンに接してきた人
たちに驚きと新たな発見をもたらしました。

今日こそボブ・ディランがスタンダードの三部作を発
表し、それが優しく許容されている時代ですが、ニル
ソンが本作をリリースした73年当時は必ずしも好意的
に評価されたわけではありません。それでもこのアル
バムは心あるロック・ファンのなかで語り継がれてき
ました。それはミュージシャンにとっても同様だった
ようで、以降カーリー・サイモンの『トーチ』やドク
ター・ジョンの『イン・ア・センチメンタル・ムード』
といった優れたオーケストレーション・アルバムを生
み出すための種を蒔いていったのです。

同時代のフォークやロックだけではなく、自分の両親
あるいは叔父や叔母が親しんできた”古い音楽”に触れ
てみる。当時の時代背景を想像してみる。そんなニル
ソンの心映えこそを感じ取りたいものですね。なお本
作の続編として、88年には『A Touch More Schmilss
on In The Night』が発売されました。これは『夜のシュ
ミルソン』で没にされたアウトテイクや惜しくも『夜』
の候補から外されてしまった未発表曲からなる作品集で
す。

それでも完成度はかなりの水準であり、73年の3月15日
から22日までロンドンのCTSミュージック・センター
で行われたレコーディングがいかに充実していたかが
良く解ります。弦楽器の繊細なピチカート、ホーンズ
の控えめではあるけれど豊かな鳴り、そしてハリー・
ニルソンの天使のようなヴォイシング。それらは毎日
繰り返される辛い労働の対価となり、処方箋となり、
そして満天に輝く星々の如く、傷付いた多くの人々の
心に寄り添っていきます。そう、すっかり崩れバラバ
ラになってしまったパズルを紐解くように。


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by obinborn | 2017-06-30 17:42 | one day i walk | Comments(0)  

モーリー・ミューライゼン「もう時間がないよ」

73年9月20日のことでした。ジム・クロウチと彼のOne Man
Bandを乗せた飛行機は、ルイジアナでの公演に向かうべく出
発したのですが、離陸に失敗しクロウチと彼のギタリストで
あるモーリー・ミューライゼンの命が永遠に奪われてしまう
惨事となってしまいました。クロウチが所属するabcレコーズ
は、彼の新曲Time In A BottleがTVドラマ『She Lives』に使用
され親しまれてきたにもかかわらず、シングル・カットするの
を躊躇していました。クロウチたちの訃報を受けてabcは急遽
Time In A Bottleをリリース。皮肉なことにこの曲はクロウチの
死後、73年も暮れかけようとしてしていた12月に全米第一位を
記録します。彼にとっては「リロイ・ブラウンは悪い奴〜Bad
Bad Leroy Brown」(73年の6月に全米一位)に続く特大級ヒ
ットとなりました。

クロウチとともに飛行機に乗っていたモーリー・ミューライ
ゼンのことに触れておきましょう。彼はクロウチのバンドに
雇われる以前、70年にキャピトル・レコードと契約。ソロ・
アーティストとして『MAURY MUEHLEISEN』(Capitol ST
644)を発表しています。東海岸の俊英デヴィッド・ブロム
バーグやエリック・ウェスズバーグらが全面的に協力したフ
ォーキーで優れたアルバムでした。繊細な歌声と卓越したギ
ター、そして何よりソングライターとしての才能の閃きが感
じられます。

クロウチとともに事故に遭った73年の9月、ミューライゼン
はまだ24歳になったばかりの若者でした。アルバムに添えら
れたブックレットにはこんな直筆が残されています「ぼくの
両親に捧げます/また滞在時間のために/そしてナンシーへ/
でもこれは”愛”なんかじゃないんだよ」(モーリー)アルバ
ムの最後にはI Have No Timeという曲が置かれています。

「ぼくに時間があったら/どうか朝日が昇る時に立ち会わせて
おくれ/きみの心を知ることが出来たなら/夕暮れ時まで安息し
たいよ/ぼくたちは休日を得た/とても大事なホリディさ/でも
ぼくにはもう時間がない/まったく時間がないんだ/子供の頃は
世界はおもちゃのようなものだと信じていた/でもある日突然
きみがやって来た/もしもぼくに時間があったなら/きみのため
に別の歌を歌おう/知っているでしょう?/ぼくがいつでもきみ
のところに戻っていくことを」(I Have No Time)


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by obinborn | 2017-06-23 13:20 | one day i walk | Comments(0)