カテゴリ:one day i walk( 855 )

 

中村とうよう氏の思い出

中村とうようさんとは神保町のカレー屋さんでばったり
遭遇したことがあります。むろんこっちは30歳の若造で
一方的にとうようさんを慕っていただけの関係でしたが、
原稿用紙の入った封筒を取り出す姿は、物書きを志して
いた私にとって「ああ、とうようさんがいる!」という
感激で一杯でした。また「とうようズトーク」では飲食
店で客が店にごちそうさまと言うのは良くないなんて書
いていたのに、その店では帰り際店員にしっかり挨拶さ
れていて、とうようさんも人の子だったと感慨を新たに
しました。ちょうど1990年前後だったと記憶します。ま
だワープロも浸透していなく、原稿用紙に手書きするの
がごく一般的な時代でした。

とうようさんから一番大きく影響されたのは、やはりリ
ズムの悦楽・豊かさのことだったと思います。ロックに
入る以前にジャズやラテンに精通されていた彼にとって、
ロックはあくまで客観的な素材のひとつだったのかもし
れません。そんな部分にまだ若かった私は反発した時期
もありました。きっとそこら辺は世代的に埋められない
溝なのかもしれませんね。それでもとうようさんのお陰
でライ・クーダーとタージ・マハールを俯瞰することが
出来たのは私にとって最大の収穫でした。またブラジル、
カリブ、アフリカ、アラブ、東欧州など、世界各地の音
楽を貪欲なまでに吸収していく姿勢にも学ぶものは少な
くありませんでした。

一番印象に残っているのはジャズの新伝承派をめぐって
とうようさんが『スウィング・ジャーナル』と激しく論
争した80年代後半の時期です。かつて隆盛を極めたハー
ドバップの時代をいたずらに懐古し、バップ・ジャズの
形だけを真似たブラフォード・マルサリスらの動きは氏
の感性に合わなかったようで「内実を伴わない上辺だけ
の音楽」「肉体というスポンティニアスな衝動に欠く」
「単に小器用なだけ。マルサリスには汗の匂いがしない」
などなど、もうボロクソに叩いていました。その一方で
あるべきジャズの未来としてジェイムズ・ブラッド・ウ
ルマーを早い時期から高く評価していたのも、またとう
ようさんその人でした。ここら辺はしっかり筋が通って
いました。

今は何でも”当たり障りなく”やり過ごすのが賢明な時代
です。そんな傷付けず傷付けられずの風潮が批評という
分野をも浸食しているとしたら深刻だと思います。遂に
最後までとうようさんとお話する機会は叶いませんでし
たが、彼の批評精神は事なかれ主義、政治への無関心、
都会的流行の上辺などが跋扈する現在こそ、必要とされ
るものではないかなと感じます。最後にとうようさんの
至言をご紹介しておきましょう。正確な引用ではありま
せんが、およそ次のような内容でした。「昔の人だって
現代人のようにテレビを観ながら衣を縫うことは出来た
だろう。でも昔の人がそれをしなかったのは、何の有益
にもならない二股作業は無駄だと熟知していたからだ」


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by obinborn | 2017-05-26 14:48 | one day i walk | Comments(0)  

Pヴァインのコンビニ出店に思ったこと

老舗インディ・レーベルのPヴァインが下北沢にコンビニを
出店したらしい。自社説明ではもっともなことを言っている
けど、要は音楽だけじゃ喰えなくなったってことだろう。時
の流れとはいえ、こういう本末転倒は悲しい。仮にリテイル
(小売り部門)を強化するなら、本来持っているノウハウを
生かしてレコード/CDのセレクトショップを展開することも
可能だったと思う。そのほうが新しい世代によるレコ・ブー
ムに応える意味でも歓迎されたろう。それに俺はPヴァイン
にコンビニ出店して欲しくてレコ買ってきたわけじゃないし
な。ここら辺はディスクユニオンがアーティスト・グッズの
売り場面積を増やす展開にも似て、ちょっと寂しくなった。



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by obinborn | 2017-05-24 13:51 | one day i walk | Comments(0)  

シーナ&コス唯一のアルバムのこと。渋谷ブラックホークについて

シーナ&コスはもともとデトロイトのロック・バンド、サヴェ
イジ・グレイスに在籍していたジョン・シーナーとロン・コス
が意気投合し再出発したデュオだ。二人はリプリーズ・レーベ
ルと契約し、唯一のアルバム『SEANOR &KOSS』を72年にリ
リースした。何と言っても話題になったのはジョン・セバスチ
ャン(exラヴィン・スプーンフル)がハーモニカで、ケニー・
アルトマン(exフィフス・アヴェニュー・バンド)がベースで
客演したことだろう。サヴェイジ・グレイス時代のハード・ロ
ックからは一転、アーシーなフォーク・ロック風味に様変わり
した点は当時どう受け止められたのだろうか。プロデュースが
キンクスやザ・フーを手掛けてきたシェル・タルミーであるこ
とも、そこら辺の混乱を映し出しているようだ。

それでもこの作品が密かに日本で愛されたのは、ひとえに渋谷
のロック喫茶ブラックホークが発行していたミニコミ誌『スモ
ール・タウン・トーク』が選ぶ99枚に登場した故だろう。つま
り、サヴェイジ・グレイスのガレージ・ロック信望者というよ
りは、むしろ南部指向のスワンプ・ファンに愛好されたのだっ
た。他ならぬ私自身が後者に属していたリスナーの一人であり、
ブラックホークからの坂道を、シーナ&コスのONE DAY LON
GERを反芻しながら駅へと向かったものだった。楽曲としては
そのONE DAY LONGERとMISTERY TRAIN(ジュニア・パーカ
ーのメンフィス・ブルースとは同名異曲)がとにかく傑出した
出来映えだった。それぞれがB面最後とAサイドの冒頭にうまく
配置されていた。シングル・カットはされたのだろうか?もし
私が制作A&Rだったとしたら、間違いなくこの二曲を候補にし
ただろう。それほど聴く者の心を捉え、さらに楔を打ち込むよ
うな音楽だった。

「俺はデトロイトの町に生まれた/何年も何年もその工場地帯
でくすぶっていた/この町を出ていく夢を見たよ/出て行ったら
最後/二度と戻ることはない/ミステリー・トレインよ/お前は
どこに行くのかい?/この俺も同じようなものさ」(MISTERY
TRAINより)ジョン・セバスチャンのハーモニカがまたいい。
それが汽笛の音となって、果てしない迷宮、終着駅が見えない旅、        朝靄の退屈、くたびれたベンチ、無法者の凱旋、気まぐれな態度         etc...を束ねていく。


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by obinborn | 2017-05-21 17:41 | one day i walk | Comments(0)  

ポール・スタンレーと私

就職活動のためオイラが動き出したのは22歳の時だった。
不真面目な学生だったのでかなり苦労したと記憶する。
ある日オイラはそんな日々に疲れ、何故か上野動物園で
孔雀を観ていた。その時に流れ出したポール・スタンリ
ーのこの歌が忘れられない。「気にしないで。抱きしめ
て。きっとすべてがうまくいくから」

それから歳月が経ち、私はスタンリーがユダヤ人の末裔
としてニューヨークへと渡った家系だと知った。このあ
りふれた恋愛歌がもっと深い部分で聴こえてきた。


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by obinborn | 2017-05-19 18:24 | one day i walk | Comments(0)  

ランディ・ニューマンのこと、羽田野さんのこと。

昨夜はみんなと中華料理を囲む手があったか!くっそ〜(笑)
でも渋谷の隠れ家「国境の南」で一人しっぽり飲むのが私ら
らしいといえば私らしかったね。店主の羽田野さんは私がリ
スペクトする大先輩で、ちょっとした雑文のなかにこっちが
ハッとするような鋭い記述がある。例えばランディ・ニュー
マンのようなソングライターに関して「どれだけ多くを語る
か」よりも「どれだけ聞き手に多くを想像させるか」なんて
さらっと書かれている。文体が必ずしも整然とされているわ
けではないし、すっきりリズムに乗っているわけでもないの
だが、その朴訥とした文章のなかに羽田野さんの人となりが
見える。私如きが真似したくともけっして真似出来ない世界
だ。

20才の時、私はランディ・ニューマンの『GOOD OLD BOY
S』を中古盤で買った。NHKーFMの『サウンド・ストリート』
で佐野元春さんがニューマンの「マリー」を掛けその歌詞を
紹介されたのが直接のきっかけだったと記憶する。くたびれ
た中年のカップルが場末の劇場で肩を抱き合って微笑み合っ
ている。男はこう囁く「マリー、最初にきみと会った時のよ
うに今も愛しているよ」と。語られる言葉そのものはニュー
マンの武骨な声と相俟って平坦かもしれない。でもその背中
の彼方に主人公が重ねてきた時間の流れがある。煩悶の日々
が見える。羽田野さんにとって、あるいは私にとって、歌と
はそういうものなのかもしれない。


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by obinborn | 2017-05-19 17:38 | one day i walk | Comments(0)  

昨夜のヒダルゴ=リボウを反芻しつつ、ロス・ロボスを聴く

いやあ〜、ヒダルゴ&リボウは本当に素晴しかったなあ!
こりゃ今日は原稿仕事出来んわい(笑)というわけで早朝
バイトを終えたオイラは昨夜を反芻すべくロス・ロボスの
『THE NEIGHBORFOOD』(90年 Slash)を!昨日ヒダル
ゴがこのアルバムからジミー・マクラクリンのGEORGIA
SLOPを取り上げたのは嬉しい驚きだった。今現在の耳で
この『ネイヴァーフッド』を振り返るなら、初期の陽気な
テックス・メックスから脱して、より包括的にアメリカ(
とその周辺)の音楽に向かっていったロボスの分岐点とい
ったところだろうか。制作陣はラリー・ハーシュにミシェ
ル・フルームという気鋭たち。彼らはやがてチャド・ブレ
イクを加え、96年の傑作『コロサル・ヘッド』を生み出し
ていくのだった。

ヒダルゴとルイ・ペレスが主導するスルメ味のロックとR&
B、あるいは哀愁のケイジャン・チューンと重厚極まりない
ブルーズ・ロック。これらが混然一体となって壮大なサウン
ドスケープを描き出していく様は、ザ・バンドのそれを思い
起こさせる。あるいはフェアポート・コンベンションの勇気
ある越境とか、長く続かなかったブラスターズの頓挫を含め
て。そういえばブラスターズ出身のスティーヴ・バリン(sax、
kbd)が活躍し始めるのは本作の前後だった。ゲストとして
本作に参加したジョン・ハイアットとリヴォン・ヘルムも、
広範な”アメリカーナ”に貢献した。とくに読み書きが出来な
い少年たちに捧げられたヒダルゴ=ペレス作のLITTLE JOHN
OF GODは胸を打つ。ヒダルゴの歌を受けた後のワン・ヴァ
ースをリヴォン・ヘルムが引き継ぐ。その光景に筆者は最も
美しいアメリカン・ロックの姿を思わずにいられない。

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by obinborn | 2017-05-19 12:30 | one day i walk | Comments(0)  

東京砂漠〜ある家族の肖像

近所に金持ちの三世帯家族がいた。大きな邸宅に住み優雅な
暮らしぶりが伺えたのだが、先月のある日突如空き家になり、
今もまだ買い手が付いていない。会社が破綻して抵当に入れ
られたとか浪費が祟ったとか、周囲では様々な噂が流れたが、
本当のところはどうだったのだろう。企業と言えば以前私が
勤めていた会社も今年2月自己破産を東京地裁に申し立てて
おり、人生の明暗を考えされられた。90年代にインターネッ
トが普及してからはや30年近く。この間にいわゆる企業のビ
ジネス・モデルはすっかり様変わりした。老舗の商いが立ち
往かなくなり、IT産業が台頭し、町の商店街はすっかり朽ち
果てた。私の地元である江古田の町にもかつての面影はない。

しかし私のことを「辞めたら今の生活レベルは維持出来んぞ」
と、ちょうど10年まえに脅した人事担当者が恐らく現在右往
左往している様を想像するのはシュールだな。つい皮肉を言
ってみたくもなる。結局自分の人生をトータルに見渡すのは
大変だね、ということなのだろう。そういう意味では毎日毎
日が選択の連続だと思う。この道を左に曲がるか右に曲がる
かといった判断の難しさ。それは多くの経営者が日々抱える
悩みでもあろう。訓話もなければ教訓もない。未だに癒えな
い古傷だけが生々しく残った。


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by obinborn | 2017-05-18 10:36 | one day i walk | Comments(0)  

5月6日のザディコキックス

6日は吉祥寺のバオバブにてザディコキックスのライブを。
ゆったりとしたケイジャン・ナンバーを序盤に数曲連ねな
がら少しずつ音数を増し、彼らの本懐であるザディコのダ
ンス・ナンバーへと盛り上げていく。そんな構成も見事な
2時間を堪能した。培われた演奏力、お客さんとの当意即
妙な駆け引き、時にチャンプスの「テキーラ」やサム・ク
ックの「シェイク」そしてチャック・ベリーの「プロミス
ト・ランド」まで触手を伸ばす選曲と、文句の付けようが
ない濃密さ。ゲストで登場したロス・ロイヤル・フレイム
ズのCOUNT.Dも相当ノっていたようで、超満員の会場狭し
とフロアを練り歩く様は古き佳きR&Bスタイルを彷彿させ
る。

南ルイジアナ地方に今日も息付き、ラファイエット辺りに
点在するクラブの週末を彩るクレオールのカルチャー。そ
れはアフロ=アメリカンのR&Bとフレンチ・ケイジャンの
幸せな結婚だ。彼らザディコキックスはそうした混血文化
を十分に把握しながらダンサブルなステージへと特化する。
柔らかいラインを描くエレクトリック・ベースに絶え間な
くビートを供給し続けるドラムス。そんな竹内=諸星のリ
ズム・セクションを特筆しておきたい。けっして一夜浸け
で出来る連携ではない。このリズム隊の二人に限らず、彼
ら6人全員が10年以上に亘って辛抱強くそれを実践してき
た。そのことの価値をふと帰り道に考えてみた。

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by obinborn | 2017-05-07 01:52 | one day i walk | Comments(0)  

復古主義への懸念と政治的リアリズムの狭間で

昨日の憲法記念日は左派・リベラルにとって衝撃的な一日
となりました。そう、ご存知のように安倍首相がビデオ・
メッセージで改憲への道筋を示したからです。ぼくが懸念
するのは現内閣の日本会議に連なる復古主義的な価値観(
個人より家族、自由より責任)であり、9条の改定自体に関
しては「まあ、こんなものかな」という感想を持ちました。
何故なら三浦瑠麗さんが指摘するように、憲法と自衛隊と
の関係は、本来中学生に質問されて答えに窮するものであ
ってはならないから。日本は70年もの間政界や学会で延々
と憲法を都合よく「解釈」し続けてきました。そうした曖
昧な態度ではシビリアン・コントロールに影響し、厳しさ
を増す国際情勢に対応が出来ない、というのが三浦さんの
見解です。

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by obinborn | 2017-05-04 06:58 | one day i walk | Comments(0)  

70年めの憲法記念日に

そもそも自衛隊という軍備があるのに憲法9条との整合性
を未だ議論している日本って、諸外国からはかなり奇異に
映ると思います。最南端の与那国島の漁民は「普通の国は
軍隊が国境を守ってくれるじゃないですか。日本にはそれ
がない」と告白しています。その現実をもう少し考えてみ
ましょう、というのが私の立場です。自衛隊は認めるけれ
ど交戦してはいけない。いざ有事になったらアメリカ軍が
守ってくれる。自衛隊は災害救助隊でいいといった考えは
あまりに身勝手です。また9条を置いているから日本は攻
められまいという解釈もナイーブ過ぎるのでは? 70年め
の憲法記念日に私はそんなことを思っています。

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by obinborn | 2017-05-03 07:31 | one day i walk | Comments(0)