カテゴリ:one day i walk( 881 )

 

映画『約束の地、メンフィス〜Take Me To The River』を観て

「初めてヒップホップ以外の音楽に触れたよ。ブルーズやソ
ウル...つまり僕の両親がよく聞いてきたサウンドだね。ヒッ
プホップの先祖となる文化的遺産だ」71年生まれのスヌープ
・ドッグがそう語るように、映画『約束の地、メンフィス〜
Take Me To The River』は古き佳き時代のメンフィス・ソウ
ルを振り返ると同時に、ヒップホップ世代への継承物語にな
っている。大きな軸となっているのはオールド・スクールと
ラッパーたちとの一期一会のスタジオ・セッションであり、
両者の親和性を理屈抜きに証明してみせる。オーティス・ク
レイとリル・ピーナッツ、ボビー・ブランドとヨー・ガッテ
ィ、あるいはウィリアム・ベルとスヌープ・ドッグ。そうし
た新旧のコラボレイトによって、単なる懐古趣味に終わらな
いサムシングを生み出している点が何よりも素晴しいと感じ
た。

メンフィスのロイヤル・スタジオで行われたセッションには
スタックスの裏方的ギタリスト、スキップ・ピッツも登場。
その場面で彼のワウワウに満たされたアイザック・ヘイズの
名曲「黒いジャガーのテーマ」が流れ出し、あの伝説的なワ
ックスタックス・コンサートの模様が挿入されるなど全体の
構成も考え抜かれている。またロイヤル・スタジオの壁にジ
ム・ディキンソンの『Dixie Fried』やロッド・スチュワート
の記念碑『Atlantic Crossing』が何気に飾られているなど、
マニアックな裏技もたっぷり。とくにディキンソンの息子た
ちによるノース・ミシシッピ・オールスターズはいわば本作
のセッションの核となる人達であり、ルーサー・ディキンソ
ンとメイヴィス・ステイプルズが会話を交わしつつ、手探り
でステイプル・シンガーズのWish I Had Answerdを練習して
いく様には思わず胸が熱くなった。

根が深い人種差別の問題に関してはウィリアム・ベルが「
スタジオのなかでは白人も黒人も関係なかった。まさに天
国だったよ。ところが一歩外に出ると、オレら黒人は強盗
扱いされた。忘れられない体験があるよ。黒人お断りのレ
ストランがあったんだ。オレはちょっと気を効かせて『ハ
ンバーガーのテイクアウトは出来るかい?”って尋ねた。相
手はオッケーだと抜かしやがった。だからオレは多量のバ
ーガーをオーダーした。”全部にちゃんと具を入れろよ!”
と念を押しながらね。そうして奴らが調理している間にオ
レらは車で即トンズラしたよ。アッハッハ!」

マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺とスタックス・
レコードの光芒に関しては喰い足りない部分もあったが、
よくぞ90分の映画に解り易く纏めてくれたという感謝の念
がそれを上回る。『約束の地、メンフィス〜Take Me To T
he River』は、果たされた思いと苦い記憶と世代交代の生
々しい証言集であり、冒頭に映し出される広大なミシッシ
ッピ河が優れたメタファーとなって、観る者の心に何かを
深く深く投影させていく。


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by obinborn | 2017-07-31 16:07 | one day i walk | Comments(0)  

7月6日のContiとサーディンヘッド〜音楽は鳴り止まない

6日は国立の地球屋にてContiとサーディンヘッドのツーマン・
ライブを堪能した。Contiはエレクトリック・シタールとドラ
ムスというユニークな編成でラーガ・ロックを決めまくる。
その丁々発止の演奏、のびのびとしたプレイはフォーマット
という悪癖に染まっていない”自由"そのものだった。

イマジネイティヴな音の螺旋階段という点ではサーディンヘ
ッドも負けていなかった。こちらは変拍子の嵐のなかを2本
のギターが彩り豊かに、かつフリーキーに音という抽象絵画
を描いていく。二つのバンドとも言葉という制約から逃れ、
音そのものの奔放さを放ち、聞き手それぞれへと委ねていく。
そんな暗黙の世界観でしっかり共通項を感じさせた。

もしブライアン・ジョーンズが今も生きていたら、Contiの
ようなスリリングなユニットを組んでいたかもしれない。
もしジェリー・ガルシアが存命だったら、きっとサーディン
ヘッドとのセッションに名乗りを上げていたことだろう。
無垢な音の粒が解き放たれ、天空へと舞い上がっていく。
誰もそれを侵すことは出来ない。そのひとつひとつをずっと
感じていたい。そんな気持のまま帰りの電車に乗った。

音楽は終わらない。たとえその土地が枯れたとしても。


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by obinborn | 2017-07-07 00:54 | one day i walk | Comments(0)  

ウィングス『BAND ON THE RUN』を再訪する

久し振りに『BAND ON THE RUN』(MPL73年)を聞いて
います。言わずもがなではありますが、同アルバムからシ
ングル・カットされたJETは74年の2月に全米で第7位を記
録し、次のシングルBAND ON THE RUNは同年5月に堂々と
チャートの1位に輝きました。そんなブレイクスルー/起死
回生的な作品として、現在の評価はもう確固たるものがあ
りますよね。

バンド・メンバーに去られ、ポール&リンダ・マッカート
ニーとデニー・レインだけになってしまったウィングスは、
アフリカはラゴスでのレコーディング・ロケーションを敢
行します。彼らが何故アフリカに向かったのかは定かでは
ありませんが、60年代後半から70年代の前半にかけて、ジ
ンジャー・ベイカーのエア・フォースや、スティーヴ・ウィ
ンウッドのプロジェクト、サード・ワールドがアフリカ音楽
に挑戦したことを思い起こしてみましょう。ストーンズに
関しても「悪魔を憐れむ歌」で印象的なコンガを叩いている
のはガーナ出身のロッキー・デジューン(以降タージ・マハ
ール・バンドへ)でした。あるいはブライアン・ジョーンズ
の最後の報告がモロッコへの旅だったことも、示唆に富んで
います。そんな背景をぜひ思い起こして頂ければ。

本作でのウィングスの楽曲にアフリカ音楽からの影響が直接
反映されているわけではありません。それらしきポリリズム
もなければ、8/6で打ち鳴らされるリディムも皆無なのですか
ら。それでも例えばLET ME ROLL ITでゆったりとグルーヴ
する間合い、あるいはアクースティックな小品BLUEBIRDと        MAMUNAでのミニマルな音階の配列には何故か”アフリカ”を
感じてならないのです。


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by obinborn | 2017-07-05 19:25 | one day i walk | Comments(0)  

小尾隆が選ぶロック・アルバム99枚!

1 ロッド・スチュワート『ガソリン・アレイ』
2 ロン・ウッド『ナウ・ルック』
3 ロニー・レイン『スリムチャンス』
4 イアン・マクレガン『バンプ・イン・ザ・ナイト』
5 フェイシズ『馬の耳に念仏』
6 クリーデンス『コスモス・ファクトリー』
7 グリース・バンド『ファースト』
8 ヘンリー・マカロック『マインド・ユア・オウン〜』
9 ジェシ・エド・ディヴィス『ウルル』
10 レオン・ラッセル『カーニー』
11 タージ・マハール『ナッチェル・ブルース』
12 グラム・パーソンズ『GP』
13 ドノヴァン『ライヴ・イン・ジャパン』
14 エディ・ヒントン『ヴェリー・エクストリミナリー〜』
15 アル・クーパー『アイ・スタンド・アローン』
16 ジェフ・マルダー『スリーピーマン・ブルース』
17 ライ・クーダー『紫の渓谷』
18 ジム・ディキンソン『ディキシー・フライド』
19 リトル・フィート『ファースト』
20 ウォーレン・ジヴォン『さすらい』
21 ローラ・ニーロ『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』
22 ジョン・セバスチャン『ターザナ・キッド』
23 ピーター・ゴールウェイ『オハイオ・ノックス』
24 フィフス・アヴェニュー・バンド
25 ラヴィン・スプーンフル『デイ・ドリーム』
26 ルー・リード『ニューヨーク』
27 ニール・ヤング『今宵その夜』
28 ニルス・ロフグレン『クライ・タフ』
29 マレイ・マクロラン『スウィーピング・ザ〜』
30 ブルース・コバーン『雪の世界』
31 ジョン・ハイアット『ブリング・ザ・ファミリー』
32 ダグ・サーム『ヘル・オブ・ザ・スペル』
33 ロギンス&メッシーナ『シッティン・イン』
34 キンクス『マスウェル・ヒルビリーズ』
35 エリック・アンダーソン『ブルー・リバー』
36 トニー・ジョー・ホワイト『トレイン・アイム・オン』
37 ドニー・フリッツ『プローン・トゥ・リーン』
38 サー・ダグラス・クィンテット『メンドシーノ』
39 トム・ウェイツ『ハート・オブ・サタディナイト』
40 ローリング・ストーンズ『ナウ!』
41 ジョージ・ハリソン『オール・シングス・マストパス』
42 ジム・パルト『アウト・ザ・ウィンドウ』
43 ジーン・クラーク『ホワイト・ライト』
44 キース・リチャーズ『トーク・イズ・チープ』
45 ビートルズ『ホワイト・アルバム』
46 リンゴ・スター『ボウカップ・オブ・ブルース』
47 ベターデイズ『イット・オール・カムズ・バック』
48 ドクター・ジョン『ライトプレイス、ロングタイム』
49 ロニー・バロン『ファースト』
50 ザ・バンド『ブラウン・アルバム』
51 トラフィック『ミスター・ファンタジー』
52 スティーヴ・ウィンウッド『ナイン・ライヴス」
53 マイク・フィニガン『ファースト』
54 リンディスファーン『フォグ・オン・ザ・タイン』
55 ラブ・ノークス『レッド・バンプ・スペシャル』
56 エルヴィス・プレスリー『イン・メンフィス』
57 デレク&ザ・ドミノス『レイラ』
58 カーレン・ダルトン『イン・マイ・オウン・タイム』
59 ジョニ・ミッチェル『ブルー』
60 キャロル・キング『ライター』
61 ジェイムズ・テイラー『スウィート・ベイビー〜』
62 ダスティ・スプリングフィールド『イン・メンフィス』
63 ブルース・スプリングスティーン『セカンド』
64 ジャクソン・ブラウン『レイト・フォー・ザ・スカイ』
65 リチャード&リンダ・トンプソン『ファースト』
66 ディック・ゴーハン『ノーモア・フォーエヴァー』
67 ケイト&アンナ・マクギャリカル『ファースト』
68 カープ
69 ブルー・ジャグ『ファースト』
70 ブリンズレー・シュウォーツ『銀の拳銃』
71 エッグス・オーバー・イージー『グッドン・チープ』
72 ジェリー・リー・ルイス『ロンドン・セッション』
73 サンディ・デニー『海と私のねじれたキャンドル』
74 フォザリンゲイ『ファースト』
75 ボブ・ディラン『血の轍』
76 ジョン・プライン『ファースト』
77 ボビー・チャールズ『ベアズヴィル・アルバム』
78 ロス・ロボス『ハウ・ウィル・ザ・ウルフ〜』
79 フレッド・ニール『ブリーカー&マクドール』
80 ティム・ハーデン『セカンド』
82 トニー・コジネック『バッド・ガール・ソングス』
83 トッド・ラングレン『ラント:ザ・バラッド・オブ』
84 ニック・ドレイク『ファイヴ・リーヴス・レフト』
85 バート・ヤンシュ『バースディ・ブルース』
86 デラニー&ボニー『モーテル・ショット』
87 ジョージィ・フェイム『R&B アット・フラミンゴ』
88 ジェフ・ベック・グループ『オレンジ』
89 ニック・ロウ『インポッシブル・バード』
90 デイヴ・エドモンズ『ひとりぽっちのスタジオ』
91 マナサス『ファースト』
92 グレイトフル・デッド『アメリカン・ビューティ』
93 デイヴ・メイソン『アローン・トゥゲザー』
94 ハングリー・チャック
95 ホット・ツナ『バーガーズ』
96 ダン・ヒックス&ホットリックス『ラスト・トレイン』
97 アーロ・ガスリー『最後のブルックリン・カウボーイ』
98 ガイ・クラーク『オールドNO.1』
99 ヴァン・モリソン『ヴィードン・フリース』

*英米カナダの白人アーティストのみを対象にしました。
録音は64年から21世紀まで多岐に亘っていますが、自分
が曲目をすらすら言えるような盤を優先しました。そん
な意味では客観的なベストではなく、あくまで個人史と
して受け止めてくだされば幸いです(小尾)


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by obinborn | 2017-07-01 12:53 | one day i walk | Comments(0)  

喫茶『なみま』の閉店に寄せて

江古田の喫茶店「なみま」が閉店した。先日そんな話を
S君から聞いたばかりだった。だから気になって今日の
仕事帰りに店へと寄ってみたところ、まったく偶然にも
残務処理中だったマスターと会話することが出来た。何
でも97年に開店されてから20年と2週間頑張ってきたけ
れど、近年食道癌を患い、立ち仕事もままならなくなっ
てしまった。綺麗好きで食器も人一倍洗浄しなければ気
が済まない性格なので余計に...とのお話を伺った。

思えばこの「なみま」でよく編集者たちと打ち合わせし
たっけ。味気ないチェーン店には求められない秘めやか
さがこの店にはあって、そんな空気が細かく作業を詰め
ていく時間に寄り沿ってくれた。互いにいいアイディア
をひねり出すための助走役となってくれた。元『ニュー
ミュージック・マガジン』のYさん、『ストレンジ・デイ
ズ』誌のMさん、『スタジオ・セロ』のKさん...などなど
こうして書いているうちにも様々な思い出が甦ってくる。

「なみま」のマスターは現在75歳とか。カメラと写真が
とにかくお好きな方で、店内には江古田の風景や草花を
撮られた綺麗な写真が額に収められていたっけ。ぼくの
江古田暮らしはもうすぐ36年めになるけれど、「なみま」
を失った喪失感は、きっとある日突然訪れることだろう。

マスター、今までありがとうございました。


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by obinborn | 2017-07-01 12:17 | one day i walk | Comments(0)  

ハリー・ニルソン『夜のシュミルソン』を再訪する

今まで日本盤で親しんできた『夜のシュミルソン』の
U.K盤を購入した時は嬉しかったです。ゴードン・ジェ
ンキンスが39名にも及ぶオーケストラを指揮したこの
スタンダード集は、発売された73年当時大きな話題を
呼び起こしました。元々ニルソンはオールドタイムの
匂いが色濃く立ち込めるSSWでしたが、いよいよ本格
的にアービング・バーリンの「Always」やシルヴィア
・ファインの「Lullaby Of Ragtime」といった古き佳き
日の映画や演劇音楽に取り組んだのですから、普通の
ポップやロックを聞くようにニルソンに接してきた人
たちに驚きと新たな発見をもたらしました。

今日こそボブ・ディランがスタンダードの三部作を発
表し、それが優しく許容されている時代ですが、ニル
ソンが本作をリリースした73年当時は必ずしも好意的
に評価されたわけではありません。それでもこのアル
バムは心あるロック・ファンのなかで語り継がれてき
ました。それはミュージシャンにとっても同様だった
ようで、以降カーリー・サイモンの『トーチ』やドク
ター・ジョンの『イン・ア・センチメンタル・ムード』
といった優れたオーケストレーション・アルバムを生
み出すための種を蒔いていったのです。

同時代のフォークやロックだけではなく、自分の両親
あるいは叔父や叔母が親しんできた”古い音楽”に触れ
てみる。当時の時代背景を想像してみる。そんなニル
ソンの心映えこそを感じ取りたいものですね。なお本
作の続編として、88年には『A Touch More Schmilss
on In The Night』が発売されました。これは『夜のシュ
ミルソン』で没にされたアウトテイクや惜しくも『夜』
の候補から外されてしまった未発表曲からなる作品集で
す。

それでも完成度はかなりの水準であり、73年の3月15日
から22日までロンドンのCTSミュージック・センター
で行われたレコーディングがいかに充実していたかが
良く解ります。弦楽器の繊細なピチカート、ホーンズ
の控えめではあるけれど豊かな鳴り、そしてハリー・
ニルソンの天使のようなヴォイシング。それらは毎日
繰り返される辛い労働の対価となり、処方箋となり、
そして満天に輝く星々の如く、傷付いた多くの人々の
心に寄り添っていきます。そう、すっかり崩れバラバ
ラになってしまったパズルを紐解くように。


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by obinborn | 2017-06-30 17:42 | one day i walk | Comments(0)  

モーリー・ミューライゼン「もう時間がないよ」

73年9月20日のことでした。ジム・クロウチと彼のOne Man
Bandを乗せた飛行機は、ルイジアナでの公演に向かうべく出
発したのですが、離陸に失敗しクロウチと彼のギタリストで
あるモーリー・ミューライゼンの命が永遠に奪われてしまう
惨事となってしまいました。クロウチが所属するabcレコーズ
は、彼の新曲Time In A BottleがTVドラマ『She Lives』に使用
され親しまれてきたにもかかわらず、シングル・カットするの
を躊躇していました。クロウチたちの訃報を受けてabcは急遽
Time In A Bottleをリリース。皮肉なことにこの曲はクロウチの
死後、73年も暮れかけようとしてしていた12月に全米第一位を
記録します。彼にとっては「リロイ・ブラウンは悪い奴〜Bad
Bad Leroy Brown」(73年の6月に全米一位)に続く特大級ヒ
ットとなりました。

クロウチとともに飛行機に乗っていたモーリー・ミューライ
ゼンのことに触れておきましょう。彼はクロウチのバンドに
雇われる以前、70年にキャピトル・レコードと契約。ソロ・
アーティストとして『MAURY MUEHLEISEN』(Capitol ST
644)を発表しています。東海岸の俊英デヴィッド・ブロム
バーグやエリック・ウェスズバーグらが全面的に協力したフ
ォーキーで優れたアルバムでした。繊細な歌声と卓越したギ
ター、そして何よりソングライターとしての才能の閃きが感
じられます。

クロウチとともに事故に遭った73年の9月、ミューライゼン
はまだ24歳になったばかりの若者でした。アルバムに添えら
れたブックレットにはこんな直筆が残されています「ぼくの
両親に捧げます/また滞在時間のために/そしてナンシーへ/
でもこれは”愛”なんかじゃないんだよ」(モーリー)アルバ
ムの最後にはI Have No Timeという曲が置かれています。

「ぼくに時間があったら/どうか朝日が昇る時に立ち会わせて
おくれ/きみの心を知ることが出来たなら/夕暮れ時まで安息し
たいよ/ぼくたちは休日を得た/とても大事なホリディさ/でも
ぼくにはもう時間がない/まったく時間がないんだ/子供の頃は
世界はおもちゃのようなものだと信じていた/でもある日突然
きみがやって来た/もしもぼくに時間があったなら/きみのため
に別の歌を歌おう/知っているでしょう?/ぼくがいつでもきみ
のところに戻っていくことを」(I Have No Time)


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by obinborn | 2017-06-23 13:20 | one day i walk | Comments(0)  

6月22日の東京ローカル・ホンク

22日は東京ローカル・ホンクのワンマン・ライブを渋谷の
B.Y.Gにて。聞き馴れた歌があった。数回めに接する新し
い曲もあった。その一つ一つが初めて聞く音楽のように響           き渡り、染み込んでいく。時にホンクの歌は一番触れて欲           しくない部分、もっと正確に言えば、毎日の慌ただしい暮
らしのなかで避けて通っているところを、容赦なく照らし
出す。例えばこの夜オープニングに選曲された『ハイウェ
イソング』はどうだろう。その歌にはこんな一節がある「
いくつも通り過ぎていく/分岐点と交差点/一生にたぶん一
度だけすれ違う旅人たち/闇を突き抜ける光になって飛んで
いきたい/夜が終わるところまで」

柔らかい音像とともにそれらの歌詞が、今日も生きてくる。
あるいは生かされているという実感とともにぼくがおざな
りにしてきた過去や今現在に迫る。そう、いつまでも枕元
に残ったままずっと癒えない古傷のように。弾力があるベ
ース、まるでもうひとつの歌のように背後から打ち鳴らさ
れるスネアのワンショット、あるいは巣立ちする鳥のよう
に舞い上がっていく二本のギター。それらひとつひとつを
愛でずにはいられない一夜だった。


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by obinborn | 2017-06-23 04:22 | one day i walk | Comments(0)  

ステイプル・シンガーズ I'LL TAKE YOU THERE

ステイプル・シンガーズとの出会いは映画『ワックタックス』
でのことでした。その際に彼らが歌ったOha-La-De-Laが抜群
のゴスペルで、それほど間を置かずに英ロックのハンブル・パ
イがカバーしたこともステイプルズへの興味を繋げてくれまし
た。そんな彼らの代表作が『BE ALTITUDE:RESPECT YOURS
ELF』(STAX 72年)です。制作はスタックスを70年代に導い
た功労者アル・ベル。テネシー州エリアの彼はステイプルズを
アラバマ州のマスル・ショールズまで連れていき、レコーディ
ングを行いました。そんな音楽的な冒険心が嬉しいですね。例
えば彼ら最大のヒット曲I'LL TAKE YOU THERE(72年4月に全
米1位)ではレゲエの跳ねるリディムが強調されていますし、
歌とギターとの掛け合いのなかで「もっと弾いて!」とメイヴ
ィス・ステイプルがエディ・ヒントンに語りかける場面もたま
らないスリルとなっています。アルバム表題には『志を高く:
あなた自身を大事に』と掲げられ、60年代から脈々と続く公民
権運動を持続せんとする意志を感じ取ることが出来ます。とこ
ろで彼らは以降76年に映画『ラスト・ワルツ』に出演。ザ・バ
ンドの名曲THE WEIGHTを見事にゴスペル化したヴァージョン
が高く評価されました。いわばTHE WEIGHTの芯にあるものを
探り当てたわけです。そんなゴスペルとロックとの幸せな結婚
から学ぶものは少なくない。今はそんなことを思っています。

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by obinborn | 2017-06-22 01:41 | one day i walk | Comments(0)  

グラム・パーソンズ『GP』

今日も進歩しないおびっちはグラム・パーソンズ『GP』
(73年 Reprise)を聞いています。ザ・バーズ『ロデオ
の恋人』に参加したグラムは68年の英国ツアーの際、ロ
ンドンでストーンズとくにキース・リチャードと仲良く
なり、彼らにカントリー音楽の素晴しさを教えました。
また帰国してからは、やはりザ・バーズを脱退したばか
りのクリス・ヒルマンと意気投合してフライング・ブリト
ー・ブラザーズを結成します。しかしグラムは2枚のア
ルバムを発表後またもやバンドから離脱し、いよいよソ
ロ活動に備えました。その最初の成果が『GP』です。

収録曲をチェックしていくとオリジナルに混ざって、ボビ
ー・ベアのSTREET OF BALTIMORE、カール&パール・
バトラーのWE'LL SWEEP OUT THE ASHES IN THE MOR
NING、ジーン・ピットニーとジョージ・ジョーンズがデュ
オで歌ったTHAT'S ALL IT TOOKと3曲も正調ホンキー・ト
ンク・スタイルのカントリーを取り上げているのが興味深い
ですね。グラムの場合はクラレンス・ホワイトと違い、あ
まりブルーグラスには興味を覚えなかったみたいです。こ
こら辺はヴォーカリスト= GPとギタリスト=クラレンス
の立ち位置の違いを計らずも示しているような気がします。

カバーといえば意外なことにJ.ガイルズ・バンドのCRY ON
E MORE TIMEを歌っているのが面白いです。彼らが71年の
『MORNING AFTER』で発表したウルフ=ジャストマンの
書き下ろしでした。ここら辺はストーンズとの交流同様に
グラムがロック世代であることを物語るものでしょう。彼
のオリジナルでは単独で書いたA SONG FOR YOUとTHE
NEW SOFT SHOEのバラード2曲が秀逸で、憂いのあるヴォ
ーカルが一段と映えています。またフライング・ブリトー
時代の盟友クリス・エスリッジ(L.Aゲッタウェイ、FBB、
ライ・クーダー・バンド)との共作SHEは、ブッカー・T・
ジョーンズ&プリシア・クーリッジがカバーしています。
その盤にクリスがベースで参加している関係で「ちょっと
オレらの曲いいでしょ?使ってみる?」なんて会話があった
のかもしれませんね。そんな想像が音楽の楽しさです。カ
バーと言えばエルヴィス・コステロも本作からSHEと、HO
W MUCH I'VE LIEDを採用。またFBB時代にグラムとクリス
・エスリッジが作ったHOT BURRITO#2(I'M YOUR TOY)
を歌うなど、かなりの愛情を寄せています。

『GP』自体の音楽性は多くの曲でエミルー・ハリスとデュ
エットするなど、カントリー音楽の伝統のひとつ二重唱へ
の敬意が汲み取れます。70年代前半は数多くのカントリー
・ロックが生まれましたが、こういうクローズ・ハーモニ
ーにまで本格的にアプローチした者はあまりいなかったと
記憶しています。先ほど触れたホンキー・トンク・スタイル
(バック・オウエンズやマール・ハガードらのベイカーズ・
フィールド・カントリー)の実践然りです。

最後に余談ですが、78年にローリング・ストーンズはもろ
ホンキー・トンク・スタイルの名曲FAR AWAY EYESを発表
するのですが、「俺は今ベイカーズ・フィールドに車を走ら
せている」という歌詞が泣かせます。つまり今は亡きグラム
への追悼の意が仄めかされているのです。とくに彼に捧ぐと
明記されているわけではありませんが、大袈裟なトリビュー
トではなく、”ちょっと気の利いたやり方”に胸が熱くなって
しまいました。たぶんミックもキースもこの曲を書き上げた
時は達成感があったんじゃないでしょうか。そんなことを思
い出しながらこの『GP』を聞く夕暮れ時です。

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by obinborn | 2017-06-20 18:38 | one day i walk | Comments(0)