カテゴリ:one day i walk( 864 )

 

Pヴァインのコンビニ出店に思ったこと

老舗インディ・レーベルのPヴァインが下北沢にコンビニを
出店したらしい。自社説明ではもっともなことを言っている
けど、要は音楽だけじゃ喰えなくなったってことだろう。時
の流れとはいえ、こういう本末転倒は悲しい。仮にリテイル
(小売り部門)を強化するなら、本来持っているノウハウを
生かしてレコード/CDのセレクトショップを展開することも
可能だったと思う。そのほうが新しい世代によるレコ・ブー
ムに応える意味でも歓迎されたろう。それに俺はPヴァイン
にコンビニ出店して欲しくてレコ買ってきたわけじゃないし
な。ここら辺はディスクユニオンがアーティスト・グッズの
売り場面積を増やす展開にも似て、ちょっと寂しくなった。



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by obinborn | 2017-05-24 13:51 | one day i walk | Comments(0)  

シーナ&コス唯一のアルバムのこと。渋谷ブラックホークについて

シーナ&コスはもともとデトロイトのロック・バンド、サヴェ
イジ・グレイスに在籍していたジョン・シーナーとロン・コス
が意気投合し再出発したデュオだ。二人はリプリーズ・レーベ
ルと契約し、唯一のアルバム『SEANOR &KOSS』を72年にリ
リースした。何と言っても話題になったのはジョン・セバスチ
ャン(exラヴィン・スプーンフル)がハーモニカで、ケニー・
アルトマン(exフィフス・アヴェニュー・バンド)がベースで
客演したことだろう。サヴェイジ・グレイス時代のハード・ロ
ックからは一転、アーシーなフォーク・ロック風味に様変わり
した点は当時どう受け止められたのだろうか。プロデュースが
キンクスやザ・フーを手掛けてきたシェル・タルミーであるこ
とも、そこら辺の混乱を映し出しているようだ。

それでもこの作品が密かに日本で愛されたのは、ひとえに渋谷
のロック喫茶ブラックホークが発行していたミニコミ誌『スモ
ール・タウン・トーク』が選ぶ99枚に登場した故だろう。つま
り、サヴェイジ・グレイスのガレージ・ロック信望者というよ
りは、むしろ南部指向のスワンプ・ファンに愛好されたのだっ
た。他ならぬ私自身が後者に属していたリスナーの一人であり、
ブラックホークからの坂道を、シーナ&コスのONE DAY LON
GERを反芻しながら駅へと向かったものだった。楽曲としては
そのONE DAY LONGERとMISTERY TRAIN(ジュニア・パーカ
ーのメンフィス・ブルースとは同名異曲)がとにかく傑出した
出来映えだった。それぞれがB面最後とAサイドの冒頭にうまく
配置されていた。シングル・カットはされたのだろうか?もし
私が制作A&Rだったとしたら、間違いなくこの二曲を候補にし
ただろう。それほど聴く者の心を捉え、さらに楔を打ち込むよ
うな音楽だった。

「俺はデトロイトの町に生まれた/何年も何年もその工場地帯
でくすぶっていた/この町を出ていく夢を見たよ/出て行ったら
最後/二度と戻ることはない/ミステリー・トレインよ/お前は
どこに行くのかい?/この俺も同じようなものさ」(MISTERY
TRAINより)ジョン・セバスチャンのハーモニカがまたいい。
それが汽笛の音となって、果てしない迷宮、終着駅が見えない旅、        朝靄の退屈、くたびれたベンチ、無法者の凱旋、気まぐれな態度         etc...を束ねていく。


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by obinborn | 2017-05-21 17:41 | one day i walk | Comments(0)  

ポール・スタンレーと私

就職活動のためオイラが動き出したのは22歳の時だった。
不真面目な学生だったのでかなり苦労したと記憶する。
ある日オイラはそんな日々に疲れ、何故か上野動物園で
孔雀を観ていた。その時に流れ出したポール・スタンリ
ーのこの歌が忘れられない。「気にしないで。抱きしめ
て。きっとすべてがうまくいくから」

それから歳月が経ち、私はスタンリーがユダヤ人の末裔
としてニューヨークへと渡った家系だと知った。このあ
りふれた恋愛歌がもっと深い部分で聴こえてきた。


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by obinborn | 2017-05-19 18:24 | one day i walk | Comments(0)  

ランディ・ニューマンのこと、羽田野さんのこと。

昨夜はみんなと中華料理を囲む手があったか!くっそ〜(笑)
でも渋谷の隠れ家「国境の南」で一人しっぽり飲むのが私ら
らしいといえば私らしかったね。店主の羽田野さんは私がリ
スペクトする大先輩で、ちょっとした雑文のなかにこっちが
ハッとするような鋭い記述がある。例えばランディ・ニュー
マンのようなソングライターに関して「どれだけ多くを語る
か」よりも「どれだけ聞き手に多くを想像させるか」なんて
さらっと書かれている。文体が必ずしも整然とされているわ
けではないし、すっきりリズムに乗っているわけでもないの
だが、その朴訥とした文章のなかに羽田野さんの人となりが
見える。私如きが真似したくともけっして真似出来ない世界
だ。

20才の時、私はランディ・ニューマンの『GOOD OLD BOY
S』を中古盤で買った。NHKーFMの『サウンド・ストリート』
で佐野元春さんがニューマンの「マリー」を掛けその歌詞を
紹介されたのが直接のきっかけだったと記憶する。くたびれ
た中年のカップルが場末の劇場で肩を抱き合って微笑み合っ
ている。男はこう囁く「マリー、最初にきみと会った時のよ
うに今も愛しているよ」と。語られる言葉そのものはニュー
マンの武骨な声と相俟って平坦かもしれない。でもその背中
の彼方に主人公が重ねてきた時間の流れがある。煩悶の日々
が見える。羽田野さんにとって、あるいは私にとって、歌と
はそういうものなのかもしれない。


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by obinborn | 2017-05-19 17:38 | one day i walk | Comments(0)  

昨夜のヒダルゴ=リボウを反芻しつつ、ロス・ロボスを聴く

いやあ〜、ヒダルゴ&リボウは本当に素晴しかったなあ!
こりゃ今日は原稿仕事出来んわい(笑)というわけで早朝
バイトを終えたオイラは昨夜を反芻すべくロス・ロボスの
『THE NEIGHBORFOOD』(90年 Slash)を!昨日ヒダル
ゴがこのアルバムからジミー・マクラクリンのGEORGIA
SLOPを取り上げたのは嬉しい驚きだった。今現在の耳で
この『ネイヴァーフッド』を振り返るなら、初期の陽気な
テックス・メックスから脱して、より包括的にアメリカ(
とその周辺)の音楽に向かっていったロボスの分岐点とい
ったところだろうか。制作陣はラリー・ハーシュにミシェ
ル・フルームという気鋭たち。彼らはやがてチャド・ブレ
イクを加え、96年の傑作『コロサル・ヘッド』を生み出し
ていくのだった。

ヒダルゴとルイ・ペレスが主導するスルメ味のロックとR&
B、あるいは哀愁のケイジャン・チューンと重厚極まりない
ブルーズ・ロック。これらが混然一体となって壮大なサウン
ドスケープを描き出していく様は、ザ・バンドのそれを思い
起こさせる。あるいはフェアポート・コンベンションの勇気
ある越境とか、長く続かなかったブラスターズの頓挫を含め
て。そういえばブラスターズ出身のスティーヴ・バリン(sax、
kbd)が活躍し始めるのは本作の前後だった。ゲストとして
本作に参加したジョン・ハイアットとリヴォン・ヘルムも、
広範な”アメリカーナ”に貢献した。とくに読み書きが出来な
い少年たちに捧げられたヒダルゴ=ペレス作のLITTLE JOHN
OF GODは胸を打つ。ヒダルゴの歌を受けた後のワン・ヴァ
ースをリヴォン・ヘルムが引き継ぐ。その光景に筆者は最も
美しいアメリカン・ロックの姿を思わずにいられない。

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by obinborn | 2017-05-19 12:30 | one day i walk | Comments(0)  

東京砂漠〜ある家族の肖像

近所に金持ちの三世帯家族がいた。大きな邸宅に住み優雅な
暮らしぶりが伺えたのだが、先月のある日突如空き家になり、
今もまだ買い手が付いていない。会社が破綻して抵当に入れ
られたとか浪費が祟ったとか、周囲では様々な噂が流れたが、
本当のところはどうだったのだろう。企業と言えば以前私が
勤めていた会社も今年2月自己破産を東京地裁に申し立てて
おり、人生の明暗を考えされられた。90年代にインターネッ
トが普及してからはや30年近く。この間にいわゆる企業のビ
ジネス・モデルはすっかり様変わりした。老舗の商いが立ち
往かなくなり、IT産業が台頭し、町の商店街はすっかり朽ち
果てた。私の地元である江古田の町にもかつての面影はない。

しかし私のことを「辞めたら今の生活レベルは維持出来んぞ」
と、ちょうど10年まえに脅した人事担当者が恐らく現在右往
左往している様を想像するのはシュールだな。つい皮肉を言
ってみたくもなる。結局自分の人生をトータルに見渡すのは
大変だね、ということなのだろう。そういう意味では毎日毎
日が選択の連続だと思う。この道を左に曲がるか右に曲がる
かといった判断の難しさ。それは多くの経営者が日々抱える
悩みでもあろう。訓話もなければ教訓もない。未だに癒えな
い古傷だけが生々しく残った。


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by obinborn | 2017-05-18 10:36 | one day i walk | Comments(0)  

5月6日のザディコキックス

6日は吉祥寺のバオバブにてザディコキックスのライブを。
ゆったりとしたケイジャン・ナンバーを序盤に数曲連ねな
がら少しずつ音数を増し、彼らの本懐であるザディコのダ
ンス・ナンバーへと盛り上げていく。そんな構成も見事な
2時間を堪能した。培われた演奏力、お客さんとの当意即
妙な駆け引き、時にチャンプスの「テキーラ」やサム・ク
ックの「シェイク」そしてチャック・ベリーの「プロミス
ト・ランド」まで触手を伸ばす選曲と、文句の付けようが
ない濃密さ。ゲストで登場したロス・ロイヤル・フレイム
ズのCOUNT.Dも相当ノっていたようで、超満員の会場狭し
とフロアを練り歩く様は古き佳きR&Bスタイルを彷彿させ
る。

南ルイジアナ地方に今日も息付き、ラファイエット辺りに
点在するクラブの週末を彩るクレオールのカルチャー。そ
れはアフロ=アメリカンのR&Bとフレンチ・ケイジャンの
幸せな結婚だ。彼らザディコキックスはそうした混血文化
を十分に把握しながらダンサブルなステージへと特化する。
柔らかいラインを描くエレクトリック・ベースに絶え間な
くビートを供給し続けるドラムス。そんな竹内=諸星のリ
ズム・セクションを特筆しておきたい。けっして一夜浸け
で出来る連携ではない。このリズム隊の二人に限らず、彼
ら6人全員が10年以上に亘って辛抱強くそれを実践してき
た。そのことの価値をふと帰り道に考えてみた。

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by obinborn | 2017-05-07 01:52 | one day i walk | Comments(0)  

復古主義への懸念と政治的リアリズムの狭間で

昨日の憲法記念日は左派・リベラルにとって衝撃的な一日
となりました。そう、ご存知のように安倍首相がビデオ・
メッセージで改憲への道筋を示したからです。ぼくが懸念
するのは現内閣の日本会議に連なる復古主義的な価値観(
個人より家族、自由より責任)であり、9条の改定自体に関
しては「まあ、こんなものかな」という感想を持ちました。
何故なら三浦瑠麗さんが指摘するように、憲法と自衛隊と
の関係は、本来中学生に質問されて答えに窮するものであ
ってはならないから。日本は70年もの間政界や学会で延々
と憲法を都合よく「解釈」し続けてきました。そうした曖
昧な態度ではシビリアン・コントロールに影響し、厳しさ
を増す国際情勢に対応が出来ない、というのが三浦さんの
見解です。

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by obinborn | 2017-05-04 06:58 | one day i walk | Comments(0)  

70年めの憲法記念日に

そもそも自衛隊という軍備があるのに憲法9条との整合性
を未だ議論している日本って、諸外国からはかなり奇異に
映ると思います。最南端の与那国島の漁民は「普通の国は
軍隊が国境を守ってくれるじゃないですか。日本にはそれ
がない」と告白しています。その現実をもう少し考えてみ
ましょう、というのが私の立場です。自衛隊は認めるけれ
ど交戦してはいけない。いざ有事になったらアメリカ軍が
守ってくれる。自衛隊は災害救助隊でいいといった考えは
あまりに身勝手です。また9条を置いているから日本は攻
められまいという解釈もナイーブ過ぎるのでは? 70年め
の憲法記念日に私はそんなことを思っています。

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by obinborn | 2017-05-03 07:31 | one day i walk | Comments(0)  

クロディーヌ・ロンジェの歌のこと、影絵のこと

昨日吉祥寺に行った際ユニオンに寄ってクロディーヌ・ロン
ジェのファースト・アルバム(A&M 67年)を購入した。フ
ランスに生まれたクロディーヌは少女時代にアメリカへ渡り、
女優として歩み始める。やがてアンディ・ウィリアムズと出
会いシンガーとしての活動を行い、ニューオーリンズのクラ
ブで歌っていた彼女にハーブ・アルバートが惚れ込み、晴れ
てA&Mと契約する。その記念すべきデビュー盤が本作だ。

クロディーヌはやがてアンディと結婚。しかし幸せな日々は
続かなかった。そして71年悲劇的な事件が起きる。コロラド
州アスペンで暮らしていた彼女は、当時の恋人を撃ち殺して
しまったのだ。彼女はあくまで銃の暴発による事故だったと
法廷で主張したのだが、殺人犯の判決が覆ることはなかった。
長い禁固生活が始まり、女優・歌手としての生命は実質的に
絶たれてしまった。のちにSUGAR MEでカムバックを果たし
たものの、この事件はファンの心を曇らせてしまった。何で
もクロディーヌは無罪の側に立った弁護士と秘めやかな結婚
をし、今もそっと隠遁生活をしているとか。

彼女の名誉のためにも音楽的なことを記しておこう。クロデ
ィーヌの甘く囁くような歌い方は、激しいシャウト唱法とは
また別にソフト・ロックやAORの潮流を生み出した。70年代
に登場したリンダ・ルイスやミニー・リパートン、あるいは
80年代に現われたトレイシー・ソーンやエディ・リーダーと
いった女性シンガーのなかに、クロディーヌが蒔いた種を感
じるのは自然なことだろう。そして90年代にはいわゆる渋谷
系の古典として再評価されたことが記憶に新しい。ごく最近
ではバート・バカラック集の新作をリリースしたばかりのル
ーマーにも、クロディーヌの遺伝子が受け継がれているよう
な気がしてならない。それは何かを声高に訴え糾弾するのと
はまた違う音楽のあり方だった。影絵のように伸びては消え
ていく毎日の自分を見つめ直す作業だった。

トミー・リピューマによる知的なプロダクション、弦と管の
超克が見事なニック・デカロのアレンジ、音の一粒一粒を丁
寧に拾っていくブルース・ボトニックのエンジニアリングと、
音響の名人たちがしっかりと脇を固める。クロディーヌはレ
ノン=マッカートニーのHERE, THERE AND EVERYWHERE
でこう歌っている「佳き日々を生きるため/分ち合える恋人が
欲しい/互いの瞳を見つめ信じ合うのよ/今ここで、違う土地
で、あらゆる場所で」


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by obinborn | 2017-04-28 13:08 | one day i walk | Comments(0)