カテゴリ:one day i walk( 881 )

 

午後6時過ぎのジム・パルト

ぼくのブログのほうにJIM PULTEについて教えてください
というコメントを頂いた。どれだけ彼にとって有益だった
かは心もとないのだが、自分がもうすっかりそういう役回
りになっていることを実感させられた。元々パルトは西海
岸の垢抜けないカントリー・ロック・バンド、サウスウィ
ンドでベースを担当していた人で、とくに目立った実績を
残したわけではないのだが、ソングライターとしての才能
を買われたのか、71年にユナイテッド・アーティスツ・レ
ーベルと契約し、初のソロ・アルバム『OUT THE WINDO
W』をリリースした。

このアルバムが話題になったのは、何と言ってもジェシ・
エド・ディヴィスが制作し、幾つかの曲で彼ならではのギ
ターを弾いていたからだろう。バックの演奏もリー・スク
ラー=ジム・ケルトナーによる骨のあるリズム隊を大きな
背骨としながら、ドクター・ジョンのピアノが踊り、ラリ
ー・ネクテル(ブレッド)が繊細に鍵盤を奏でるといった
素敵なものだった。加えて当時新進気鋭だったベン・シド
ランによるピアノ/オルガンの貢献といったら!

そんな子細の数々をアルバムのジャケットを眺めながら
音とともに反芻していった日々が懐かしい。とても雨期
とは思えないほど快晴だった夕暮れ時に、再び『OUT T
HE WINDOW』をレコード棚から取り出してみる。窓の
彼方には自分の影絵のようなものが映し出され、近くの
時計は、午後6時が過ぎたことを告げている。


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by obinborn | 2017-06-19 18:26 | one day i walk | Comments(0)  

ジェシ・エド・ディヴィス、再び

ジェシ・エドの『キープ・ミー・カミング』はお茶の水のデ           ィスク・ファイルで86年頃に買い、それ以来の大愛聴盤だ。
多分に顔見せ的なセッションに終始した英国録音のファース
トも好きだが、マイアミ録音のセカンド『ウルル』、LAのパ
ラマウント・スタジオで吹き込まれたサード『キープ〜』で
ジェシは格段の成長を遂げた。その一例としてリズム・セク
ションの強化が挙げられる。『ウルル』ではダック・ダン=
ジム・ケルトナーのコンビが大活躍して太いグルーヴを生み
出していたし、この『キープ〜』ではボブ・グラウブ=ケル
トナーにすべてを委ねることでビシッとした統一感を醸し出
している。いくらギターが優秀でもベースとドラムがアホだ
ったら音楽は成り立たない証だよね。ボブはのちにロッド『
アトランティック・クロッシング』で名を成した西海岸の中
堅どころのプレイヤーですわ。一曲めのBIG DIPPERがインス
トで始まり、次にジェシの飾らないヴォーカルが染みるShe'
s A Painへと連なっていく展開が考え抜かれている。BIG〜で
は多くの曲をジェシと共作したジョン・アンジェロのハーモニ
カに味がある。そのアンジェロが単独で書き上げたWHO PUL
LED THE PLUG?のゴスペル・フィーリング(&ライブ仕立て)
がじわりと染み入ったり。

個人的に一番グッと来るのはNATURAL ANTHEM(自然讃歌)
かな。スタジオ内でのメンバーの歓声から入り、一度イント
ロを失敗してやり直す部分まで克明に記録されている。過剰
にクリアかつピッチの補正ばかり行っている昨今の毒にも薬
にもならないポップ・ミュージックとは音楽の下地が違う。
きっとどこまでも自発的な演奏を重視したかったのだろう。
そんな優れたインスト曲だ。もう一曲オイラがとくに好きな
曲を挙げよう。それはアンドレ・ウィリアムズ作のBACON
FATで、この曲はサー・ダグラス・クィンテットが全国区に
羽ばたいていったファースト・アルバム『THE BEST OF SI
R DOUGLAS QUINTET』時のセッション(但しアルバム未
収録、シングルB面のみ)で録音している。またジェシの恩
人であるタージ・マハールも『GIANT STEP』で選曲した。
こんな接点が面白い。ちなみにアンドレはガレージ・ロック
愛好家から再評価されているブルーズマンで、ザ・フーもア
ンドレのDADDY ROLLING STONEを初期にカバーした。

自分なりにジェシ・エドが参加したレコードはジーン・クラ
ーク、ジム・プルト、ロジャー・ティリソンの”ジェシ三大
プロデュース作”を始めとして、アーロ・ガスリーの名盤『
最後のブルックリン・カウボーイ』からアルバート・キング
の『LOVE JOY』まで集め聞いてきたけど、それでもまだ足
りない部分はあるだろう。まして彼の出自となる黙示録的な
ネイティヴ・アメリカンの音と詩の朗読(ダブ・ポエットの
ようなもの)を理解出来ているかと言われれば心もとない。
それでもオイラは今日もまたジェシの人間味溢れる歌と、ま
るで肉声のようなギターに胸を焦がされ続けている。一音一
音に”言葉”を持たせた丁寧な運指、スライド・バーによる中
間音のアプローチ。そんな個性を知らされたのはジェシ・エ
ド・ディヴィスがまさに初めてだった。

「俺はビートルズじゃないぜ。ローリング・ストーンズのメ
ンバーでもない。だから俺は自分のブルーズを歌う。ただそ
れだけさ」アルバム『ウルル』に収録されたRED DIRT BOO           GIEで、ジェシはそう歌い出す。独立独歩の宣言。誰にも浸食
されない世界観。そうした思いが73年の『キープ・ミー・カ
ミング』へとしっかり受け継がれていった。


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by obinborn | 2017-06-15 17:38 | one day i walk | Comments(3)  

追悼:ロザリー・ソレルズ

「アイダホ・ステイツマン」誌が伝えるところによると、
フォーク・シンガーのロザリー・ソレルズが亡くなった
らしい。彼女は60年代の中盤から活動し始め、ユタ・フ
ィリップスに認められフォーク・レガシー・レーベルと
契約。67年に『IF I COULD BE THE RAIN』をリリース
した。73年にはウッドストックで録音された『WHAT E
VER HAPPENED TO THE GIRL THAT WAS』(Paramo
nt)が、ロック・ファンからも注目を集めた。本作を制
作したマイケル・カスケーナは元々ジャズ畑の出身だが、
当時はボニー・レイットやエリック・カズそしてクリス・
スミザーを手掛けるなど、フォーク/ルーツ・シーンから
も重宝されるプロデューサーになっていた。ぼくもそう
した興味からソレルズの歌に接するようになったと記憶
する。

本作に収録されたゲイリー・ホワイト作のNobody'sは、
当時デヴィッド・ブロムバーグ・バンドも取り上げていた
曲で、その繋がりに興味を持った。また気骨あるフォーク
・ブルース歌手、ポール・ジェレミアのElegant Hoboを
初めて知ったのは、ここでのソレルズ・ヴァージョンが
最初だった。彼女の音楽に欠かせないミッチ・グリーン
ヒルの端正なギター、ハーヴェイ・ブルックスの抑制さ
れたベース、エリック・カズの知的なピアノがソレルズ
の歌を際立たせていた。

以降はフィロに移籍して『TRAVELIN' LADY』『ALWAY
S A LADY』『MOMENTS OF HAPPINESS』『TRAVELIN'
LADY RIDES AGAIN』など、より自然で良質なアルバムを
作った。世代的にはぼくの二周りほど上の人だったので
全面的に感情を託すような聞き方は出来なかったが、それ
でもヴィブラートの掛かった震えるような発声、たおやか
に大地を撫でていくような歌唱、暮らしや人々をじっくり
と見つめた多くの自作曲に惹かれ、ケイト・ウルフやメア
リー・マッカスリンら女性フォーキーたちとともに、ぼく
のターンテーブルの上で彼女のレコードは回り続けた。

きょうびフォーク・シンガーであり続けた行為は大変なこ
とだったと思う。それは実生活と歌とが乖離しない態度、
虚勢のなさ、私は星くずのように瞬きながら消えていく小
さなものなの、と静かに見つめる自己申告に他ならなかっ
た。彼女が教えてくれたものがあるとすれば、知られてい           ないものに真実が宿るとでも言いたげな心映えだろう。ソ
レルズが恩人のユタ・フィリップスと出会ったのは1965年
のソルト・レイク・シティだったという。彼女の歌は今そ
の土地に還っていくようだ。風が吹き、無数の花々が咲き、
蝶たちは昨日と同じように宙を舞っている。


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by obinborn | 2017-06-14 05:01 | one day i walk | Comments(0)  

レコード整理とスティーヴ・イートン

今朝は皆さんにぼくのばっちい部屋をお見せしちゃったので、
午後から名誉挽回すべく力入れてレコ整理&掃除に取り組み
ました。同業の方なら実感して頂けると思いますが、ライナ
ー1本書くだけでも様々なレコ&書籍を取り出してくるわけ
です。それが先月は6本続き、おまけにDJ用に持ち出したLP
をそのまま放置していたので、まあごちゃごちゃは必至です
な。でも掃除して気分転換になって良かったです。自分で持
っているのを忘れていたSTEVE EATONの『HEY MR.DREA
MER』(Capitol 74年)が奥のほうから出てきたし。今聞き
始めたんですが、プレAORの素朴な雰囲気がいいですなあ〜。
マイケル・オマーチアン(kbd)やマイク・デイジー(g)
も参加しているから、当然のことながらゲイター・クリーク
〜ケニー・ロギンスとの接点もあったんでしょうね。そんな
想像をしながらの”聞き直し”が楽しいです。さあ、これから
ビールで乾杯です!🍺

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by obinborn | 2017-06-13 17:00 | one day i walk | Comments(0)  

人生の漂流者たち


TWやFBを閲覧していると、みんなの人生が楽しく快活なのに
比べて自分がひどくつまらない毎日を送っているように錯覚し
てしまう。勿論実際には皆それぞれ孤独や焦燥を抱えながら生
きているのだろうが、情報が加速度を付けて迫ってくるSNSで
は美味しい料理、楽しいライブ、最新の映画といった話題が最
大公約数的に強調されることもあって、それに乗れない自分が
拒絶されたような気持になってしまうのだ。ところが多くの人
は毎日退屈な労働を繰り返し、休日でもそれほど娯楽に使うお
金があるわけではない。よほど能天気な人でない限りそうした
日々から思考を深めていく。人生の漂流者とはそういうものだ。


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by obinborn | 2017-06-13 06:54 | one day i walk | Comments(0)  

ネット時代に問われる知性

『現在ビジネス』を読んでいたら、ネットの影響によりいつの

間にか”検索タイプ”の人が増え、自分の頭で思索を深める力が
弱まってしまったとの記事があった。また検索行為とは同時に
すぐ回答を求めがちな傾向と結びつきやすいため、余計に自分
自身で考える想像力が失われつつあるとも指摘されていた。以
前私はここで炎上ネタと大衆心理について書いたが、気に喰わ
ない相手に標的を定めて集中砲火し、一時のカタルシスを得る
のは(自戒を込めて)止めておいたほうがいい。

個人の思想/信条というものはそれぞれが育った時代や環境、あ
るいは近くにいた者の影響などが微妙に入り混ざりながら形成
されるものであり、直接話しをしたこともない他人がいとも簡
単にジャッジを下すのは傲慢だろう。ましてそのジャッジが有
名人によって為される場合は、それこそ自分では何も考えない
者がリツイや「いいね!」で付和雷同的に加担しながら一気に         増幅してしまう。例えば学園闘争の時代にイヤな思いを体験し

た者はそれがトラウマとなり、どうしても集団的な考え方とは
距離を置き、いつの間にか個人主義者の道を歩み始める。逆に
今という厳しい時代はデモに行って頭数になるのが一番現実的
な選択肢だと主張する者もいるだろう。

実はこのような話を先日居酒屋で交わしたのだが、直接膝詰め
て語り合うのはいいものだ。ちょっとしたすれ違いがあればす
ぐその場で是正出来る。物事を弁証法的に検証し俯瞰する力を
鍛えることが出来る。もっと平たく言うなら「ああ、そういう
見方もあるね!」「なるほど!」の世界だ。

ネット時代にはそれに向かう知性もまた同時に問われている。

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by obinborn | 2017-06-13 05:39 | one day i walk | Comments(0)  

それはスポットライトではない

昔『マガジン』の内表紙に「夏になると冬を思ってしまう。
冬になると夏が恋しくなる。俺は馬鹿なのかね」という秀逸
なコピーがあって感心したものだが、そのくらい実際のニン
ゲンというのは周回遅れなのかもしれない。私は昔から最新
トレンドを追いかけている連中には興味がなく、昨日と同じ
ようにSame Old Bluesと呟くJ.J.ケイルのような人を俄然贔
屓にしてきたなあ。賢明なる読者の方々ならとうにご存知の
ことと思うが、私の音楽嗜好は77年であろうが2017年であろ
うがまったく変わらない。ルイジアナの湿地帯で日がなバイ
ユーを見つめ縁側に座っているようなブルーズマンに憧れた
まま、今日まで過ごしてきたのだった。

先日ほぼ同級の友人に会った時、その老け具合に驚かされた
のだが、言葉に出すのをぐっと堪えた。彼から見れば私だっ
て同じようなものだろう。まあそういう局面で人の知性なり
奥ゆかしさなりが試されるのかもしれない。私にはむしろ50
代になっても若ぶってる奴のほうが奇異に映る。10代に出会
った音楽・文学・映画などを大きな背骨にしながら、これか
らも慎ましく暮らしていきたい。私が願うのはそういうこと
だ。このジェリー・ゴフィンも、20代の青二才の時より今の
ほうが遥かに染み亘るワイ。

「それはスポットライトではない/街灯でもない/やっと解っ
たのさ/それはきみの瞳に輝く光/ねえ、ぼくが言いたいこと
がうまく伝わるかい?」(IT'S NOT A SPOTLIGHT/GERRY
GOFFIN)


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by obinborn | 2017-06-12 11:33 | one day i walk | Comments(0)  

ファミリー『MUSIC IN A DOLL'S HOUSE』に関するメモ

今回デイヴ・メイソンの原稿を書いていて思わぬ収穫となっ
たのが、デイヴがプロデュースしたファミリーのデビュー・
アルバム『MUSIC IN A DOLL'S HOUSE』(Reprise 68年)
でした。ディープ・フィーリングを経たデイヴ・メイソンは
67年にマネージメントを通して、当時スペンサー・ディヴィ
ス・グループに在籍していたスティーヴィー・ウィンウッド
と出会い、意気投合してトラフィックを結成します。しかし
デイヴはファースト・アルバム『ミスター・ファンタジー』
を発表直後にグループを脱退してしまい、自らのソロ・シン
グルの制作やファミリー『MUSIC〜』のプロデュースを手掛
ていきます。その後再びトラフィックに戻り彼らのセカンド
作『トラフィック』(68年)に参加したデイヴですが、これ
また一時的なことでした。いろいろ調べてみたのですが、ど
うやらスティーヴィーの心がトラフィックから離れ、エリッ
ク・クラプトンやジンジャー・ベイカーらとのブラインド・
フェイスに向かったことへの反発があったようです。ワイン
ダー・K・フロッグのミック・ウィーバー(のちにヘンリー
・マカロックのソロ作に参加)や、トラフィックのクリス・
ウッドやジム・キャパルディと新しいバンドを画策したのも、
どうやらそうした理由らしいです。

そんな混沌した時期に残されたファミリーの『MUSIC〜』を
聞いていると、何となくデイヴの”心の揺れ”が伝わってきま
す。サイケディリックとクラシック音楽と米スワンプが微妙
に融合した世界を、ファミリーはこのデビュー・アルバムで
展開していきます。何しろロジャー・チャップマンのヴォー
カルはジェスロ・タルのイアン・アンダーソンばりに演劇的
で、いわゆる米南部のオーティス・レディングやオーティス
・クレイと直結する要素は少ないのですが、そんな部分にこ
そ、ぼくはブリティッシュ・ロックの匂いを感じずにはいら
れません。個人的にはグループ後期の『IT'S ONLY A MOVIE』
や『BAND STAND』の骨太な演奏のほうが遥かに共感するの
ですが、サイケの季節を彩ったこの『MUSIC〜』が妙に心に
引っ掛かってくるのでした。




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by obinborn | 2017-06-10 19:25 | one day i walk | Comments(2)  

6月9日に聞く『ファースト・ステップ』

9日は久し振りの友だち2名と宴を囲み、飲みまくりました。
ぼくは生ビー×4、ハイボール×3、ジントニック×1といった
塩梅。いやあ〜楽しかったなあ!話題は煙草文化の許容から音
楽のもたらすイマジネーション、行き過ぎたポリコレまで飛び
まくりでした(笑)また少々マジメな話をするならば、誰かの
頭数になるだけのデモ行進より、個人の思考を鍛えましょうよ
ということまで、4時間があっという間に過ぎていきました。

家に帰って取り出すのはフェイシズの『ファースト・ステップ』
(70年)です。これがまた染みまくるのです。ジェフ・ベック
・グループのメンバーだったロッド・スチュワートとロン・ウ
ッドが、スモール・フェイセズの残党だったケニー・ジョーン
ズ、イアン・マクレガンそしてロニー・レインの三人と合体し
てフェイシズは産声を上げたのです。当時はスモール・フェイ
シズがあまりに有名でしたから、彼らのアメリカ盤(写真)で
は、せっかくの新たな門出にもかかわらず、Small Facesの表記
が為されてしまう混乱ぶりでした。

きっと心細いデビューだったと想像します。まだ何者でもな
い。何も持っていない。そんな20代前半の若者たちの音楽
地図として、これ以上のものはないと思います。この『ファ
ースト・ステップ』には、英国ならではのブルーズ・ロック
の湿り気と憂鬱があります。のちに”世界一陽気で大酒飲み”
のロックンロール・バンドとして世間に知られる以前のナイ
ーブな揺らめき。葛藤。自信のなさ。それらが今なお胸に迫
ってくるのです。例えばレイン=ウッド作のNobody Knows
はどうでしょう。

 ここでずっと待っているけど/無駄に終わるのかもしれな
 いね/ぼくに会ってくれるかい?/きみに触れてもいいかい
 ?/誰も来ないし誰一人去らない/このいらだちをどうにか
 しておくれ/幸せとか悲しみとかがどっち付かずのまま/
きっと善良なる神様がいるんだろうね/でも混乱と幻想が
 混ざり/そして歳月だけが流れていく/多くの名声とかそう
 いうくだらないものが部屋を満たす/そんな時こそぼくは
 キーを変えて歌いたいのさ(Nobody Knows)


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by obinborn | 2017-06-09 22:40 | one day i walk | Comments(0)  

アンタだって叩けばホコリくらい出てくるだろ?

ある方の言葉が印象に残った「世間の人は皆清廉潔白で後ろ
めたいことはないのかな?批判し過ぎじゃないかな」と。彼
がどういう気持を込めて書いたのかは解らないけど、きっと
広義に解釈出来る含みを持たせたかったのだろう。実際ぼく
もSNSで他人の批判ばっかりしている人を見ると、「ほお〜
さすが人格者は言うことが違いますなあ〜」と皮肉を言いた
くなることがしばしばだ。とくに政治や社会問題に関しては
ノンポリ層への喚起が必要なのに、自分ガー、正義ガーとば
かり叫んでいると大概の人は疲れてしまい、伝わるものも伝
わらないと思う。ぼくが政治のようにデリケートな問題はな
るべくお会いして直接話しましょうよ、と提案するのはそう
意味なんです。

ぼくは「誤解」という言葉があまり好きではないから、東浩
紀さんが使われるところの「誤配」と読み替え使用するけど、
SNSでのちょっとした音楽会話のなかでもこっちの意図がう
まく届いていないと感じることがある。むろん同時に相手も
ぼくにそう思っていることも度々あるに違いない。そういう
意味で「誤配」なんかしょっちゅうだ。長く一緒に暮らして
いるカミさんだって100%理解出来ているかと問われれば、
自信がない。見ず知らずの方ならなおさらですよね。

冒頭の言葉に戻すと、行き過ぎた清廉潔白やポリコレという
のもどうかなと常日頃からぼくは感じている。実際アメリカ
ではヒラリーさんの偽善主義みたいなものに対する反発が高
まり、揺り戻し現象が起こりトランプの本音主義(彼には呆
れるけど)が支持されちゃったんだから象徴的だよね。あの
大統領選の苦い教訓を生かしていければいいのに。もっと卑
近なことで言えば芸能人の不倫や不祥事を狙い打ちする”炎上”
エンタメというのも、今やすっかり当たり前になってしまった。
みんな匿名故に責任を感じなくていいから、もうどんどん叩
きまくるのみ。そういう世界に馴れてしまうと、もう本当に
その人の品性は育たないだろうね。それを青筋立てて批判す
るのではなく、「アンタだって叩けばホコリくらい出てくる
んちゃう?」とユーモアを込めるのがぼくのやり方です。

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by obinborn | 2017-06-09 07:31 | one day i walk | Comments(0)