カテゴリ:one day i walk( 815 )

 

荒井由実『MISSLIM』のこと

荒井由実の『MISSLIM』は74年の7月15日からレコーディング
が開始され、8月6日にほぼ全ての生録りが終了している。わず
か一ヶ月足らずの期間に奇跡のような瞬間が何度も何度も訪れ
た。プロコル・ハルムとフランソワーズ・アルディに憧れてい
た八王子の呉服屋の娘が、キャラメル・ママの面々による素養
溢れる歌伴と出会った。ファーストの『ひこうき雲』以上に練
られた歌と演奏の関係には、ジョニ・ミッチェルとL.A.エクス
プレスのそれを見る思いがする。

「生まれた街で」が好きだった。続く「瞳を閉じて」をもっと
好きになった。堅苦しいメッセージ・ソングではなく、まして
貧乏を自分の味方に付けた四畳半フォークでもなく、荒井由実
は自分の視界から見える光景を育み、しっかりと歌った。歌唱
そのものについては感想が分かれたものの、大貫妙子の歌と同
じように、そこには作者版ならではのひたむきさが映し出され
ていた。

彼女が一番多感だった10代から20代にかけての歌の数々を、今
のぼくはどういう風に聞いているのだろう? 一体どのような
態度で受け止めているのだろう? はっぴいえんど伝説はあま
りに鬱陶しい。ぼくはもっと自分自身に残っている温かい場所
で荒井由実を語りたい。目の前で揺れている冬の暖炉を見つめ
るように、いつか彼女のことを、彼女が見て来た風景や痛みの
感情を言葉にしてみたい。

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by obinborn | 2016-12-17 19:38 | one day i walk | Comments(0)  

トニー・ジョー・ホワイト、あるいは彼のこぼれ話

トニー・ジョー・ホワイトの珍しい日本盤を棚から引っぱり
出してきました。これは昔テイチク・レコードがリリースし
た日本独自の企画で、モニュメント時代に残された3枚のア
ルバムから選曲されています。解説は故桜井ユタカ氏。桜井
さんはR&B・ソウルの評論や長く続いたミニコミ『SOUL O
N』の主宰者として有名ですが、以前は結構ロック関連の原
稿も書いていました。昔の評論家の基礎体力を感じたりする
のはこんな時です。一度だけ渋谷のメルリ堂でお見かけした
ことがあるのですが、私なんぞ畏れ多くってとても声を掛け
られませんでした。

モニュメント時代のトニー・ジョーは荒削りでいいですね!
ワーナーに移籍してからのほうがアルバム・アーティストと
しての風格は出てくるのですが、なり振り構わずフンパー・
ストンパー(ワウワウとクライベイビーを抱き合わせたエフ
ェクター)を踏み、野趣剥き出しのテナー・ヴォイスで歌い
まくる点では、この初期(60年代後半)がベストかもしれま
せん。看板の「ポークサラダ・アニー」や「ソウル・サンフ
ランシスコ」で見せるボビー・ジェントリーへの傾倒ぶり、
ブルック・ベントンによって全米NO.1に輝いた「雨のジョー
ジア」の作者版で伺える詩情、どちらも文句の付けようがあ
りません。

さらにカバー曲を見渡していくと、スリム・ハーポの「スク
ラッチ・マイ・バック」(俺のベイビーは背中を引っ掻くぜ
という性的な意味w)オーティス・レディングの「ハード・
トゥ・ハンドル」(ブラック・クロウズがやっていました)
ジョン・リー・フッカーの「ブーン・ブーン」(私は日本の
スパイダーズ経由で知りました)と、トニー・ジョーの音楽
的な故郷がルイジアナやメンフィスにあることを否応なく思
い知らされる次第です。何でも彼が音楽を志すきっかけは兄
貴が買ってきたライトニン・ホプキンスのレコードだったと
か。

「俺が歌にするのはすべて日常のことだよ。ルイジアナでの
暮らし、ポークサラダの食事、気怠い七月の午後のベースボ
ール、いいかい?たとえヒモの歌にしても俺はもっと深い男
と女の結びつきをテーマにしている。ドニー・フリッツのア
ルバムでの掛け合いも最高だった! そして『EYES』での
女性のセクシーな声。あれは彼女と肩を組みながら(実際、
インタビューの席でトニーは通訳の前むつみさんの肩を抱い
たw)レコーディングしたのさ」

「ロリー・ギャラガーは本当にいい奴だった。彼には本物の
ソウルがあった。俺らはまるで兄弟のように仲が良かった。
俺は彼の『カラスが飛ぶように』を歌うことでロリーの存在
を感じたかったんだよ。そうそう、この前のヨーロッパ・ツ
アーでアイルランドを訪ねた時、ロリーの弟(彼がロリーの
全音源を管理し、きちんとした形でリイシュー・プロジェク
トを進めた)が楽屋に来てくれた。嬉しかったよ。俺たちは
ビールを飲み、今は亡きロリーの思い出を語り合ったのさ」
このテイチク盤を聞いていると、2007年の春に再来日した
トニー・ジョーのこと、光栄にも横浜のホテルでインタヴュ
ーが実現し、記事として採用されたことが甦ってきます。

やっぱ最高です。愛しています、トニー・ジョー!
*取材協力『レコード・コレクターズ』『トムス・キャビン』


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by obinborn | 2016-12-17 17:50 | one day i walk | Comments(0)  

鈴木カツ『ぼくのアメリカ音楽漂流』に寄せて

いわゆるルーツ音楽に対する認識は両極端に分かれていると
言っていいだろう。ある者はこちらがたとえ黙っていても熱
心に掘り下げているし、またある者は「そんなモン関係ない
じゃん」とうそぶく。後者に関してはもったいないなあ〜と
いう感想を個人的には抱くものの、こればかりは強制出来ま
せんよね。でも、ある日何かがきっかけになって過去の音楽
と出会うことになるかもしれない。

そんな方のための的確なガイドブックが鈴木カツさんの最新
刊『ぼくのアメリカ音楽漂流』(シンコーミュージック)だ。
数多くの著作をものにしてきたカツさんにとって、いわば音
楽人生の集大成と呼ぶべき入魂の一冊であり、全部で432ペ
ージにも及ぶヴォリュームに圧倒される。アメリカ各地で育
まれてきたヒルビリーやカントリー、ブルーズやオールド・
ジャズに耳を傾け、黒白隔てなく長年に亘って解説してきた
著者ならではの労作だと思う。時代は40年代から70年代まで
と広がりを示しながら、ジェフ・マルダーやライ・クーダー、
グラム・パーソンズといったルーツ・ロック的な視点へと着
地する。どれも著者がリアルタイムで聞いてこられた音楽の
数々だけに、妙な気負いも背伸びもない。

ちょっとした個人史から書き出し、その音楽家のバイオグラ
フィを丁寧に調べ上げ、アルバムの楽曲解説へと分け入って
いく。そういう意味では洋楽アルバムの日本盤に付けられて
きたライナーノーツの佳き伝統に忠実な文章家としての作法
が全面的に開示されている。余分な修辞を避けた平易な語り
口がいい。作者と親しい方々であれば、カツさんが以前築地
で営まれていた音楽バー、エニイ・オールド・タイムでの時
間を懐かしく思い起こすことだろう。とくに感心したのは、
中盤二つのパートに股がって収録された南部のスタジオとミ
ュージシャンの見取り図だ。昔に比べれば随分研究が進めら
れてきた分野ではあるが、依然謎の部分は多く、私自身もこ
の点について過去書くのに苦労させられた記憶がある。しか
し、このコラムでのカツさんの筆運びは俄然生き生きとして
いる。

本編で語られるアルバムはむろんのこと、それに付随する関
連作にも何気なく触れ、ジャケット写真を提供した構成が優
しい。いわば「敷居は低く、研究は深く」の実践だ。この本
を道しるべにこれから音楽への好奇心を広げていく若者たち
がちょっぴり羨ましい。たとえアメリカに暮らしていても解
らないことは解らない。それを著者は俯瞰し精査する。愛で
ながらしっかりと語る。本のタイトルには”漂流”と冠された。
カツさんが舵を取る音楽という小舟の漂流は、けっして終わ
らない。

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by obinborn | 2016-12-17 14:25 | one day i walk | Comments(0)  

12月15日、鈴木カツさんと茅ヶ崎にて。

15日はメルリ堂の長野和夫さんと茅ヶ崎まで鈴木カツさんの
お見舞いに行ってきました。現在闘病中のカツさんですが、
新しい本の原稿も残すところあと僅かというお話を伺い、ひ
と安心しました。現地ではイラストレーターの菅野カズシゲ
さんも合流し、四人でしばし歓談。お陰様で旧交を温めるこ
とが出来ました。

ところで一部の方々は、カツさんとぼくが不仲だったことを
思い起こすかもしれません。この件に関しては過去いろいろ
と確執があったことは認めます。ただ歳月がそんなわだかま
りをすっかり洗い落としてくれました。カツさんとぼくとで
互いの評論のタイプが違うことを理解し合い、ぼくのほうが
もっと大人になるべきでした。本当にすみませんでした。

カツさんからは新刊の『ぼくのアメリカ音楽漂流』の他、タ
ウンズ・ヴァン・ザントのソングブック、エディ・ジェファ
ソンのリバーサイド盤、新世代によるディラン解釈の2枚組
『Blonde On Blonde Revisited』、愛される地元・茅ヶ崎の
たたみいわしをお土産に頂きました。恐縮です!

細かいニュアンスをネットで伝えることの難しさ。そんな苦
さを体験された方々も少なくないと思われます。答えは簡単
です。実際にお会いしてきちんと会話してみること。そして
出来れば一緒に酌み交わしてみることではないでしょうか?

カツさん、この機会を設けてくださりありがとうございます。
温かい想いとともに帰路に着くことが出来ました。これから
もなお一層のご健筆をお祈りしています。

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by obinborn | 2016-12-15 19:06 | one day i walk | Comments(0)  

12月10日のパイレーツ・カヌー

10日は武蔵小山のアゲインにてパイレーツ・カヌーのライブ
を。6月12日に渋谷B.Y.Gで行われた東京ローカル・ホンクと
のツーマン以来半年ぶりになる東京公演だったが、より成長し
た彼らの姿を確かめられたことが嬉しい。息を呑むようなハー
モニー、土草と戯れるようなドブロ・ギター、抑制の効いたリ
ズム隊など、カヌーのいい部分がしっかりと押し出されたステ
ージだった。加えて今回ゲストに迎えられたアニヤの歌とフィ
ドルも申し分なかった。

新しい世代によるルーツ音楽の再発見と言ってしまえばそれま
でなのだろうが、カヌーたちはもっと自然に音と戯れ、言葉と
会話し、自分たちに出来ることを一生懸命やっているような気
がする。メンバーの出産による欠席や懐妊あるいはアメリカへ
の帰国により、今後の活動が一時中断されるのは止むを得ない
だろう。むしろそうした経験を経ての音楽であり、歌であると
思いたい。長い歳月に耐えるソングスとはきっとそのようなも
のだから。

ある日京都の町で学生サークルのなかからカヌーの母体が生ま
れ育った。幾つかの試行錯誤を繰り返しながらも、彼らはソン
グライティングと演奏に磨きを掛けていった。その歩みのひと
つひとつを覚えておきたい。本日のアンコールで選ばれたのは
長い旅路を思わせるGULL FLYING NORTHだった。その時のコ
ール&レスポンスは満員の会場を満たした。パイレーツ・カヌ
ーの航海は、きっとこれからも続いていく。

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by obinborn | 2016-12-11 04:07 | one day i walk | Comments(0)  

『この世界の片隅に』

1日はシネマ豊島園にて『この世界の片隅に』を鑑賞。こうの史
代さんのアニメは『夕凪の街・桜の国』で親しみ、彼女の世界観
に触れていたので、今回も安心してその物語に身を委ねることが
出来た。ストーリーは公式サイトを参照して頂くとして、徹底的
に抑制されたタッチで大戦下の呉市を描いていることに好感を持
った。こればかりはこうのさんの資質に依るものだろう。戦争が
主題となり映画化されてきた作品は過去ピンからキリまであるも
のの、アニメでしか出来ないことに精を尽くしたという点で特筆
したい。いわば戦場を殆ど見せない反戦作品であり、呉で暮らす
市井の人々に原作者や監督は徹底した視点を注ぐ。もっともらし
い言葉でも道徳的な主張でもない、淡々としたアニメ表現のささ
やかな勝利を称えたい。わずか70数年前の地方ではこのような生
活が当たり前だったことに驚愕する若い人もいるだろう。その一
方で賢明なる諸氏ならば、人々の営みが昔も今もそれほど異なる
わけではないと気が付くに違いない。最後になってしまったが、
足りない資金をクラウド・ファウンディングで補ったという点を
特筆したい。これは21世紀の映画のあり方として、多くの表現者
たちを勇気付けることだ。

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by obinborn | 2016-12-01 18:40 | one day i walk | Comments(0)  

ボビー・アーウィン(ロバート・トレハーン)の仕事

ボビー・アーウィン(本名:ロバート・トレハーン)のドラムス
を初めて耳にしたのは、ニック・ロウ『ニック・ザ・ナイフ』(
82年)のことだった。ロックパイルの解散を受けたロウは新たな
バック・バンドを探すのが早急課題であり、ポール・キャラック、
マーティン・ベルモントとともにアーウィンを起用。このメンバ
ーはやがてノイズ・トゥ・ゴー~カウボーイ・アウトフィットと
名乗り、以降しばらくロウを支えた。カウボーイ・アウトフィッ
トが自然消滅し、ロウが新たにインポッシブル・バードを結成し
てからもアーウィンは残り、ゲラント・ワトキンス、ビル・カー
チェン、スティーヴ・ドネリー、ポール・ライリー、マット・ラ
ドフォードらと、渋味を増したロウの音楽に貢献していった。

そんなアーウィンの演奏がヴァン・モリソンの目に止まり、彼の
スタジオ・アルバムに初めて起用されたのは99年の『バック・オ
ン・トップ』から。アーウィンと同時にゲラント・ワトキンスも
抜擢されたこのアルバムは、冗談半分にヴァン・ミーツ・パブ・
ロックと呼ばれたりもした。以降もヴァンは『ダウン・ザ・ロー
ド』『ホワット・イズ・ザ・ロング・ウィズ・ディス・ピクチャ
ー』『ペイ・ザ・デヴィル』『マジック・タイム』と暫くアー
ウィンと活動をともにしたから、一時の埋め合わせではなく、互
いに何かしら共振するものがあったに違いない。

残念なことにアーウィンは一年ほど前に死去してしまった。世間
一般的には話題にもならなかったが、幾度にも及ぶニック・ロウ
の来日公演でその姿を見た方々は少なくないだろう。個人的には
ロンドンのヴェニューで体験したバラム・アリゲイターズでのス
テージが忘れ難い。終演後ビール片手に彼と「ボビー・チャール
ズは最高だね!」の会話をした。まさに最高のパブ体験だった。
アーウィン(トレハーン)の素晴しい演奏は、近年ではニック・
ロウの『ザ・オールド・マジック』クリスマス・アルバムの『
クォリティ・ストリート』、ゲラント・ワトキンスの『モスキ
ート』などでも聞ける。どれが最後のレコーディング・セッショ
ンになってしまったは定かではないものの、新しい順に言えば
やはり『モスキート』だろうか。

無駄のない、しっかりしたビートを刻むドラマーだった。オカズ
は少なく、その代り次第に膨らみを増していく演奏に真価を発揮
する職人肌のプレイヤーだった。ヴァンとアーウィンが最初に出
会った『バック・オン・トップ』は記念碑的な名作だと思う。

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by obinborn | 2016-12-01 05:13 | one day i walk | Comments(0)  

渋谷・ブラックホークを回想する

渋谷・ブラックホークについてはいつか総括しなくちゃなあ、
とはずっと思っていました。というのも私がいくらホークの
世界に反旗を翻したとしても、今も自分の栄養になっている
音楽の多くは、かつてそこで流れていたものだからです。

やはり大前提となるのはネットが到来する遥か以前という時
代状況でしょう。テレビでもラジオでも掛からないマニアッ
クなSSWやスワンプあるいはトラッドを聞きたい!となると
実際に百軒店の坂道を登り、その場に行くしかなかったとい
う条件は、個々それぞれの若い頃の体験としてしっかり刻ま
れたのでした。以降ホークを真似た店が幾つか出来ては消え
ていきましたが、一番の違いはネット環境の有無だったと思
っています。それ故にホークは今も語り継がれる伝説となっ
たのです。

ノスタルジックにホークを語る大人たちに共鳴しつつも、時
に疎ましさを感じてしまうのは私だけでしょうか?もう少し
具体的に言うとブラック・ミュージックへの視座をホークが
持ち得なかったこと、通常の優れたポップスを「上から目線」
で見下していたことは彼らの致命的な欠点でした。店員と私
との喧嘩を振り返ってみても、根本にあるのは閉じられた空
間への苛立ちでした。ホークの帰りにすぐ近所のB.Y.G(今
も健在)へ駆け込んだ時の安堵とともに、私の古い記憶が甦
ってきます。

いずれにせよ、多くの聞き手たちがホークに集い、会話が禁
止された空間で黙して音楽に聞き入り、やがて巣立っていっ
た。それは愛すべき(守られるべき)時間の経過でしょう。
それでもまるで古傷のように残る違和感は忘れないほうがい
い。私はホークではないし、ホークは私ではない。つまりそ
ういうことだと思っています。

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by obinborn | 2016-11-30 19:15 | one day i walk | Comments(0)  

ボブ・ディラン「まるで女のように」

あれは確か『新譜ジャーナル』もしくは『ヤング・ギター』に
掲載された記事だったと記憶する。シンガー・ソングライター
の西岡恭蔵さんが、ディランの「女の如く」について書かれて
いたことを思い起こす。この曲は平たく言えば女性にフラれた
男の追想歌なのだが、恭蔵さんが「もし今度きみに会ったなら、
ただの友だちなんだね」と訳されていたことに衝撃を覚えた。
さらに元の歌詞を辿っていけば、「きみはまるで大人のように
振る舞う。でもまるで小さな女の子のように崩れてしまうじゃ
ないか」とある。それも刺激的な一節だった。

いずれにしても筆者がまだ中学生だった71~73年の頃のことだ。
むろん恋愛など未体験で、たまに見るテレビ・ドラマや、その
頃から読み始めたヘルマン・ヘッセの小説で夢想する遠い世界
に過ぎなかったけれど、背伸びしたい気持と相俟ってぼくはボ
ブ・ディランの「女の如く~Just Like A Woman」を次第に好き
になった。教室の後方にある黒板に原歌詞を殴り書きするほどの
影響を受けた。今でもよく覚えている。それを見た英語教師の北
村先生はこう言った「誤字だらけ。文法も間違い。でも何となく
伝わるものはあるわ」

毎年冬になると無性に『ブロンド・オン・ブロンド』を聞きたく
なる。「女の如く」を奏でるウェイン・モスのナイロン弦や、ケ
ニー・バトレイーが叩く心臓のようなドラムスに耳を傾けたくな
る。まったく進歩していない自分を嗤いたくなることもしばしば
だ。それでもぼくは「きみのリボンはすっかりほどけてしまった」
と歌うディランに今も心奪われている。「ぼくは土砂降りの町に
いる。もうここには居られない。残酷なまでに」と声を詰まらせ
るジンジャーマンの背中を見つめている。

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by obinborn | 2016-11-28 18:08 | one day i walk | Comments(0)  

11月24日のサーディンヘッド

まさにエレクトリック・エクスペリエンス!音の粒が弾け、自在
に飛翔する。24日はそんなサーディンヘッドのライブを青山の月
見ルにて。romanchicaに始まりnew spiralへと間髪入れずに繋ぐ。
そんな序盤の展開から早くも胸が一杯になった。ロック・カルテ
ットという体裁を取りつつも、繰り出す音楽はどこまでもフリー
・フォーム。その自由闊達な丁々発止のなかに彼らの実力が伺える。         二本のギターが細かいリフを重ねながらシンクロしていくか
と思えば、そこから片方が抜け出してメロディアスなフレーズを
そっと挟み込む。まさに変幻自在な演奏スタイルだ。

グレイトフル・デッドの詩情やキング・クリムゾンの精緻。ある
いはフランク・ザッパ的な奇想天外やプリンスの濃密なファンク。
それら先人たちの遺産を継承し、組曲の如く2時間のステージへ
と束ねていく。90年代に活況を呈したジャム音楽のシーンは、そ
の後すっかり定着したけれど、海外からも絶賛されるサーディン
へッドが、今なお歩みを止めていないことを誇らしく思う。

今年で二度目となった今回の無料ライブfor Freeは、そんなサー
ディンたちの自信の現れだ。都内のクラブでも最も優れた音響と
称えられる月見ルとの連携。熱心なファンたちと交わした信頼の
感情。そして優れたインディのマインズ・レコードの存在。それ
らがこの夜を特別なものにした。会場には歓喜の声が鳴り響いて
いる。


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by obinborn | 2016-11-25 02:05 | one day i walk | Comments(0)