カテゴリ:one day i walk( 881 )

 

追悼:鈴木カツさん〜今までありがとうございました

鈴木カツさんが亡くなられた。ここ数年は闘病生活を余儀なく
され、ご自宅近くの茅ヶ崎から外に出られることもままならな
くなっていた。ぼくがカツさんと出会ったのは確か95年のこと。
今はもう疎遠になってしまった中山義雄くんと一緒に、築地に
あるカツさんの音楽バー、Any Old Timeに出向いたのが最初だ
ったと記憶する。それからしばらくAnyに通い、親しくさせて
頂いた。

こればかりは正直に告白しなければならないだろう。そうして
仲良くなったカツさんとぼくとの間に亀裂が生じたのは、07年
の7月のことだった。今でもはっきり覚えている。改訂/増補版
として10年ぶりに再刊が叶った拙書『Songs〜70年代アメリカ
ン・ロックの風景』に対して彼が文句を付けたのだった「表紙
のデザインはちゃんと精査したのかい?」「ぼくは今いちだと思
うよ」それがカツさんの言い分だった。その後次第に交際は途切        れていった。いささか心ないdisり合いをソーシャル・ネットで
互いにやり合った。

それでも昨年の12月、体調をかなり崩されているカツさんを
見舞いに行った。彼は茅ヶ崎駅までわざわざぼくを出迎えてく
ださった。握手をした。これまでの非礼をぼくは詫びた。カツ
さんは穏やかに受け止めてくれた。同行して頂いた芽瑠璃堂の
長野和夫さん、イラストレイターの菅野カズシゲさんと、駅ビ
ルの上階にある鮨屋で円を囲み、旧交を温め直した。わざわざ
お土産として茅ヶ崎名物の魚の煮干しと、エディ・ジェファー
ソンのriverside原盤、そして英Mojo誌が企画したボブ・ディラ
ンのトリビュート作『再訪:Blonde On Blonde』を頂いた。カ
ツさんのご著書『ぼくのアメリカ音楽漂流』にサインをしてく
ださった。

こうして95年から22年もの間に、ぼくはどれほどのことを得
たのだろう。一体どれほどのものを失ってしまったのだろう。
焦らない、急がない。答えはぼく自身が出していかなければ。
写真はその時のスナップ。菅野カズシゲさんがシャッターを
押してくださった。鈴木カツさんのご冥福を心からお祈り致
します。カツさん、聴こえていますか?今まで本当にありが
とうございました。


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by obinborn | 2017-06-06 18:08 | one day i walk | Comments(0)  

さようなら、こんにちは。

昨日から今日にかけて、尊敬するお二人のミュージシャンから
励ましの言葉を掛けて頂きました。一人はとても優れたソング
ライター。もう一人はほぼ同級の気の置けないギタリスト。と
ても嬉しかったです。

自分が「音楽と政治」について迂闊に発言してしまったことが
今回の”騒動”を呼び起こしてしまいました。本当に申し訳あり
ませんでした。自分としてはひとつの歌なり、ひとつのフレー
ズなりが何らかの党派性を帯びてしまうことの危険を言い当て
たつもりだったのですが、騒動は飛躍し、誤解されつつ、あっ
と言う間に拡散されてしまいました。

それに対してぼくは言い訳をしたくありません。また自分の
正しさを言い連ねることもしたくありません。むしろ自分が
苦難に陥った時、友人たちが掛けてくれた言葉や思いのほう
がじわりと染み込んできました。この感覚って一体何なんで
しょう?

いつかまた、皆さんとお会い出来たならすごく嬉しいです。

小尾 隆


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by obinborn | 2017-06-02 19:02 | one day i walk | Comments(0)  

6月1日はデイヴ・メイソンの原稿を

今日はずっとデイヴ・メイソン『流れるままに〜Let It Flow」
のライナー原稿を書いていました。スペンサー・ディヴィス・
グループI'm a Manのセッションにデイヴ、ジム、クリスの3
人が合流したことを機にトラフィックが生まれ、すぐにデイヴ
が数回の脱退劇を繰り返しながら渡米し、西海岸を新たな拠点
としてソロ活動へと踏み込む...。そんな彼のキャリアを音とと
もに追いかけてみました。お陰様で?『ヘッドキーパー』や
キャス・エリオットとのデュオ作などへとつい脱線。筆を止め
て聞き入ってしまうこともしばしば(笑)それでもこうした聞
き直しによる再発見は楽しいですね。どこか憂いを秘めた彼の
旋律や間合いのあるギターが、アメリカの風に吹かれることで
科学反応を起こし、才能がやっと開花する。その頂点とでも言
うべきアルバムが77年にリリースされた『流れるままに』でし
た。表題曲を当時カリフォルニア・ジャムで熱演したデイヴの
姿が今も筆者の胸に焼き付いたまま離れません。


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by obinborn | 2017-06-01 19:27 | one day i walk | Comments(0)  

オールマンズ謎の『音カット事件』

さっき日戸さんとも話したんだけど、アナログ時代のIT'S NOT
MY CROSS TO BEARにはエンディング部にギターのフィード
バックのような残響音が入っていて、それが不思議なトリップ
感をもたらしていた。ところがCD時代になってからは何故か
この部分がカットされてしまったのが悲しい。これはファンに
は結構有名な話で、私はわざわざキャプリコーン・クラシック
スというCDを購入して確かめたら、やはり残酷なことに効果
音の部分が省略されていた(このYOU=TUBE音源もそう)カッ
トに至るまでどんな経緯があったのかね?例えば単純なミス
とか、メンバーの意向だとか、寡聞にも私は知らないのだが、
ご存知の方はぜひご一報ください。ちなみにLPでは短い溝まで
刻まれているので、そこには当初制作者エイドリアン・バーバ
ーなり、フィル・ウォルデンなりの意志が明確にあったと私は
思っている。

https://youtu.be/ZkBdtjq_26s



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by obinborn | 2017-05-29 18:51 | one day i walk | Comments(2)  

架空連載小説『レコ屋太郎の物語』その3


(これまでのあらすじ:28歳の独身太郎は『江古田レコード』
で働く日々であった。そんなある日、イカした女性が店に入っ
てきたのだった…)

「あのう、私ブリンズリー・シュウォーツ『銀の拳銃』のLP
盤を探しに来た清美と申します。太郎さん、どうかよろしく
ね!」瞬時にぼくの心臓は激しく鳴り出しました。こんな綺
麗なお嬢さんが来てくれるなんて。『ブリンズリーズですか!
お客さんもいい趣味されてますねえ〜。少々お待ちください。
ただいま弊社のパブロック・コーナーを探してきますね!」
極めて平静にそう答えたぼくですが、内心はもうドキドキで
した。というわけでコーナーを漁ってきたのですが...。「キ、
キヨミさん、いや失礼お客様、あいにく現在『銀の拳銃』の
在庫は切らしておりまして...」

「あら残念ね!オビさんの伝を頼ってせっかく隣町から来た
のに」「ほんますんません。英エドセルの再発盤をつい先日
まで800円で売っていたんですが…あの、もしよろしかった
ら明日ぼくの手持ち盤を店に持ってきます。一緒に聞きませ
んか?」「う〜ん、わからない。私明日はカルチャー教室に
行く予定ですし」「それは残念です。あ、あのお客さん、メ
アド教えて頂けますか?うちの店の新入荷情報をすぐお届け
出来ますし、ポイントカードも満額貯まればレコ半額でご奉
仕しているんです」

「えっ本当!じゃあ明日また来ようかしら!」ぼくはもう夢
心地でした。明日も清美さんに会えると思うと、倉庫からの
重い搬出作業にもワンパターンの値付け業務にもオビ店長の
罵詈雑言にも不思議と耐えられるような気がしてきました。
「清美さん、明日また!」そう心のなかで呟いたぼくは、再
び『江古田レコード』の作業に没頭していきました。いつの
間にか陽が落ち、東の空には月がうっすらと立ち昇ってきま
した(続く)


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by obinborn | 2017-05-27 18:35 | one day i walk | Comments(0)  

架空小説『レコ屋太郎の物語』その2

午前中の仕事はほぼ順調に終了しました。プライスカード
に店頭価格のスタンプを押しまくる流れ作業です。これで
まず150枚の値付けが出来ました!それらを新たに店頭出し
していくのがぼく(レコ太郎)の役割です。でも、その間
に来店されたお客さんはたった三人。近所のよく来てくれ
るおじさん、勘違いして入ってきたヒップホップ風ジャー
ジー姿の若者、そして東京ガスのメーター検針のおばさん
が「ねえ?聖子ちゃんの『風立ちぬ』ある〜?」と尋ねて
きたくらいです。ぼくの趣味とは違うけど、地元の商店街
とうまくやるのが本物のプロでっせ!というのがオビ店長
の持論なので、ちゃんと接客致しました。最初に来たおじ
さんはネッド・ドヒニーの名盤『ハード・キャンディ』を
嬉しそうに買っていかれました。ぼくもいつかあんな温厚
なおじさんになれたらなあ〜。

中古レコ店に昼休みなんかありません。たまに近所のラー
メン屋さんに出前を頼んだり、給料日には贅沢してピザの
大皿をオビさんと一緒に食べることもありますが、今日は
業務をしながらコンビニ弁当を胃に流し込んだだけ。ぼく
もいつかお金持ちのように低カロリーの健康食を食べてみ
たいなあ。とりあえず一服です。近くにあるスタバの従業
員に一番安いコーヒーのデリバリーを頼み、彼が配達をし
てくれたのです。そのコーヒーを飲みつつも、午後に向か
って値付けの作業は続きます。昨日オビ店長が買い取って
きたジョージ・ハリソン『ALL THINGS MUST PASS』の
オーストラリア盤を査定したかったのですが、オビさんに
「けっ!太郎には10年早いわ!」と一蹴されてしまいまし
た。

そんな午後がちょっと過ぎた頃、思いがけないお客さんが
『江古田レコード』の扉を開けて入ってきました。黒のノ
ースリーブに褐色の肌。その鮮やかなコントラストが衝撃
でした。結わいた髪にも思わずゾクゾクしてしまいました。
彼女は開口一番ぼくにこう語りかけたのです。「こんにち
は。太郎さんのことはオビ店長から伺い、隣町の東長崎か
ら来ました。ところで私はブリンズリー・シュウォーツ『
銀の拳銃』のLP盤を探しているんだけど...」その一言をぼ
くはもう無我夢中で伺っていました(続く)


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by obinborn | 2017-05-27 14:22 | one day i walk | Comments(2)  

中村とうよう氏の思い出

中村とうようさんとは神保町のカレー屋さんでばったり
遭遇したことがあります。むろんこっちは30歳の若造で
一方的にとうようさんを慕っていただけの関係でしたが、
原稿用紙の入った封筒を取り出す姿は、物書きを志して
いた私にとって「ああ、とうようさんがいる!」という
感激で一杯でした。また「とうようズトーク」では飲食
店で客が店にごちそうさまと言うのは良くないなんて書
いていたのに、その店では帰り際店員にしっかり挨拶さ
れていて、とうようさんも人の子だったと感慨を新たに
しました。ちょうど1990年前後だったと記憶します。ま
だワープロも浸透していなく、原稿用紙に手書きするの
がごく一般的な時代でした。

とうようさんから一番大きく影響されたのは、やはりリ
ズムの悦楽・豊かさのことだったと思います。ロックに
入る以前にジャズやラテンに精通されていた彼にとって、
ロックはあくまで客観的な素材のひとつだったのかもし
れません。そんな部分にまだ若かった私は反発した時期
もありました。きっとそこら辺は世代的に埋められない
溝なのかもしれませんね。それでもとうようさんのお陰
でライ・クーダーとタージ・マハールを俯瞰することが
出来たのは私にとって最大の収穫でした。またブラジル、
カリブ、アフリカ、アラブ、東欧州など、世界各地の音
楽を貪欲なまでに吸収していく姿勢にも学ぶものは少な
くありませんでした。

一番印象に残っているのはジャズの新伝承派をめぐって
とうようさんが『スウィング・ジャーナル』と激しく論
争した80年代後半の時期です。かつて隆盛を極めたハー
ドバップの時代をいたずらに懐古し、バップ・ジャズの
形だけを真似たブラフォード・マルサリスらの動きは氏
の感性に合わなかったようで「内実を伴わない上辺だけ
の音楽」「肉体というスポンティニアスな衝動に欠く」
「単に小器用なだけ。マルサリスには汗の匂いがしない」
などなど、もうボロクソに叩いていました。その一方で
あるべきジャズの未来としてジェイムズ・ブラッド・ウ
ルマーを早い時期から高く評価していたのも、またとう
ようさんその人でした。ここら辺はしっかり筋が通って
いました。

今は何でも”当たり障りなく”やり過ごすのが賢明な時代
です。そんな傷付けず傷付けられずの風潮が批評という
分野をも浸食しているとしたら深刻だと思います。遂に
最後までとうようさんとお話する機会は叶いませんでし
たが、彼の批評精神は事なかれ主義、政治への無関心、
都会的流行の上辺などが跋扈する現在こそ、必要とされ
るものではないかなと感じます。最後にとうようさんの
至言をご紹介しておきましょう。正確な引用ではありま
せんが、およそ次のような内容でした。「昔の人だって
現代人のようにテレビを観ながら衣を縫うことは出来た
だろう。でも昔の人がそれをしなかったのは、何の有益
にもならない二股作業は無駄だと熟知していたからだ」


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by obinborn | 2017-05-26 14:48 | one day i walk | Comments(0)  

Pヴァインのコンビニ出店に思ったこと

老舗インディ・レーベルのPヴァインが下北沢にコンビニを
出店したらしい。自社説明ではもっともなことを言っている
けど、要は音楽だけじゃ喰えなくなったってことだろう。時
の流れとはいえ、こういう本末転倒は悲しい。仮にリテイル
(小売り部門)を強化するなら、本来持っているノウハウを
生かしてレコード/CDのセレクトショップを展開することも
可能だったと思う。そのほうが新しい世代によるレコ・ブー
ムに応える意味でも歓迎されたろう。それに俺はPヴァイン
にコンビニ出店して欲しくてレコ買ってきたわけじゃないし
な。ここら辺はディスクユニオンがアーティスト・グッズの
売り場面積を増やす展開にも似て、ちょっと寂しくなった。



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by obinborn | 2017-05-24 13:51 | one day i walk | Comments(0)  

シーナ&コス唯一のアルバムのこと。渋谷ブラックホークについて

シーナ&コスはもともとデトロイトのロック・バンド、サヴェ
イジ・グレイスに在籍していたジョン・シーナーとロン・コス
が意気投合し再出発したデュオだ。二人はリプリーズ・レーベ
ルと契約し、唯一のアルバム『SEANOR &KOSS』を72年にリ
リースした。何と言っても話題になったのはジョン・セバスチ
ャン(exラヴィン・スプーンフル)がハーモニカで、ケニー・
アルトマン(exフィフス・アヴェニュー・バンド)がベースで
客演したことだろう。サヴェイジ・グレイス時代のハード・ロ
ックからは一転、アーシーなフォーク・ロック風味に様変わり
した点は当時どう受け止められたのだろうか。プロデュースが
キンクスやザ・フーを手掛けてきたシェル・タルミーであるこ
とも、そこら辺の混乱を映し出しているようだ。

それでもこの作品が密かに日本で愛されたのは、ひとえに渋谷
のロック喫茶ブラックホークが発行していたミニコミ誌『スモ
ール・タウン・トーク』が選ぶ99枚に登場した故だろう。つま
り、サヴェイジ・グレイスのガレージ・ロック信望者というよ
りは、むしろ南部指向のスワンプ・ファンに愛好されたのだっ
た。他ならぬ私自身が後者に属していたリスナーの一人であり、
ブラックホークからの坂道を、シーナ&コスのONE DAY LON
GERを反芻しながら駅へと向かったものだった。楽曲としては
そのONE DAY LONGERとMISTERY TRAIN(ジュニア・パーカ
ーのメンフィス・ブルースとは同名異曲)がとにかく傑出した
出来映えだった。それぞれがB面最後とAサイドの冒頭にうまく
配置されていた。シングル・カットはされたのだろうか?もし
私が制作A&Rだったとしたら、間違いなくこの二曲を候補にし
ただろう。それほど聴く者の心を捉え、さらに楔を打ち込むよ
うな音楽だった。

「俺はデトロイトの町に生まれた/何年も何年もその工場地帯
でくすぶっていた/この町を出ていく夢を見たよ/出て行ったら
最後/二度と戻ることはない/ミステリー・トレインよ/お前は
どこに行くのかい?/この俺も同じようなものさ」(MISTERY
TRAINより)ジョン・セバスチャンのハーモニカがまたいい。
それが汽笛の音となって、果てしない迷宮、終着駅が見えない旅、        朝靄の退屈、くたびれたベンチ、無法者の凱旋、気まぐれな態度         etc...を束ねていく。


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by obinborn | 2017-05-21 17:41 | one day i walk | Comments(0)  

ポール・スタンレーと私

就職活動のためオイラが動き出したのは22歳の時だった。
不真面目な学生だったのでかなり苦労したと記憶する。
ある日オイラはそんな日々に疲れ、何故か上野動物園で
孔雀を観ていた。その時に流れ出したポール・スタンリ
ーのこの歌が忘れられない。「気にしないで。抱きしめ
て。きっとすべてがうまくいくから」

それから歳月が経ち、私はスタンリーがユダヤ人の末裔
としてニューヨークへと渡った家系だと知った。このあ
りふれた恋愛歌がもっと深い部分で聴こえてきた。


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by obinborn | 2017-05-19 18:24 | one day i walk | Comments(0)