カテゴリ:blues with me( 46 )

 

映画『約束の地、メンフィス〜Take Me To The River』を観て

「初めてヒップホップ以外の音楽に触れたよ。ブルーズやソ
ウル...つまり僕の両親がよく聞いてきたサウンドだね。ヒッ
プホップの先祖となる文化的遺産だ」71年生まれのスヌープ
・ドッグがそう語るように、映画『約束の地、メンフィス〜
Take Me To The River』は古き佳き時代のメンフィス・ソウ
ルを振り返ると同時に、ヒップホップ世代への継承物語にな
っている。大きな軸となっているのはオールド・スクールと
ラッパーたちとの一期一会のスタジオ・セッションであり、
両者の親和性を理屈抜きに証明してみせる。オーティス・ク
レイとリル・ピーナッツ、ボビー・ブランドとヨー・ガッテ
ィ、あるいはウィリアム・ベルとスヌープ・ドッグ。そうし
た新旧のコラボレイトによって、単なる懐古趣味に終わらな
いサムシングを生み出している点が何よりも素晴しいと感じ
た。

メンフィスのロイヤル・スタジオで行われたセッションには
スタックスの裏方的ギタリスト、スキップ・ピッツも登場。
その場面で彼のワウワウに満たされたアイザック・ヘイズの
名曲「黒いジャガーのテーマ」が流れ出し、あの伝説的なワ
ックスタックス・コンサートの模様が挿入されるなど全体の
構成も考え抜かれている。またロイヤル・スタジオの壁にジ
ム・ディキンソンの『Dixie Fried』やロッド・スチュワート
の記念碑『Atlantic Crossing』が何気に飾られているなど、
マニアックな裏技もたっぷり。とくにディキンソンの息子た
ちによるノース・ミシシッピ・オールスターズはいわば本作
のセッションの核となる人達であり、ルーサー・ディキンソ
ンとメイヴィス・ステイプルズが会話を交わしつつ、手探り
でステイプル・シンガーズのWish I Had Answerdを練習して
いく様には思わず胸が熱くなった。

根が深い人種差別の問題に関してはウィリアム・ベルがこ
う述懐している「スタックスのスタジオのなかでは皆仲が
良かった。たとえ白人であろうが黒人だろうが関係ない。
天国だったよ。ところが一歩外に出るとオレら黒人は強盗
扱いされた。忘れられない体験があるよ。黒人お断りのレ
ストランがあったんだ。オレはちょっと気を効かせて"ハ
ンバーガーのテイクアウトは出来るかい?”って尋ねた。相
手はオッケーだと抜かしやがった。だからオレは多量のバ
ーガーをオーダーした。”全部にちゃんと具を入れろよ!”
と念を押しながらね。そうして奴らが調理している間にオ
レらは車で即トンズラしたよ。ワッハッハ!!」

マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺とスタックス・
レコードの光芒に関しては喰い足りない部分もあったが、
よくぞ90分の映画に解り易く纏めてくれたという感謝の念
がそれを上回る。『約束の地、メンフィス〜Take Me To T
he River』は、果たされた思いと苦い記憶と世代交代の生
々しい証言集であり、冒頭に映し出される広大なミシッシ
ッピ河が優れたメタファーとなって、観る者の心に何かを
深く深く投影させていく。


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by obinborn | 2017-07-31 16:30 | blues with me | Comments(0)  

スマイリー・ルイスの影が伸びてゆく

それでもニューオーリンズで一番好きなシンガーと言えば、
私の場合スマイリー・ルイスにとどめを刺すだろう。ダウ
ンホーム・ブルーズの匂いを撒き散らす哀愁、発声を伸ば
すことで生まれる彼方の風景、デイヴ・バーソロミュー楽
団による濃密なジャンプ・サウンド...どれもが完璧に50年
代の彼の地の賑わいとロウダウンな気分の両方を期せずし
て表現しているのではないだろうか。

例えばエルヴィス・プレスリーのヴァージョンで有名なOne          Nightはどうだろう。スマイリーは「今宵はきみと一緒だよ」          という出だしから、You〜というフレーズの語尾を引っ張る。
それはまるで恋人に対する願いのように映る。またはダグ・
サームが演目に加えたSomedayにしても、スマイリーは歌
い飛ばしたりはせず、「いつかの日にか/きみは気が付くだ
ろう/そう、ぼくを失ってしまったことを」のラインに万感
の思いを込める。スローダウンされたテンポのなかで彼女に
懇願する。まるで別れのシーンを映写機で巻き戻す気分だ。

このようなブルーズ表現は、ときに説明的な歌詞や教訓的な
メッセージ・ソングよりも遥かに多くのことを語り掛けてく
る。スマイリーがOne NightやSomedayで言っていることを、
ノートに書かれる訳詞に表してもまるで面白くない。言葉は
発声や音楽を伴いながらもっと生き生きと伝わってゆく。そ
れはたとえ私たちが同じ母国語を共有しなくとも。夏の夕暮
れ時には、スマイリー・ルイスの自己告白のようなブルーズ
がよく似合う。伸びた陽射しのぶんだけ、影はより長くなり、
私たちにブルーズを今日も問い掛けていく。


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by obinborn | 2017-07-13 17:30 | blues with me | Comments(0)  

スマイリー・ルイスの影が伸びてゆく

それでもニューオーリンズで一番好きなシンガーと言えば、
私の場合スマイリー・ルイスにとどめを刺すだろう。ダウ
ンホーム・ブルーズの匂いを撒き散らす哀愁、発声を伸ば
すことで生まれる彼方の風景、デイヴ・バーソロミュー楽
団による濃密なジャンプ・サウンド...どれもが完璧に50年
代の彼の地の賑わいとロウダウンな気分の両方を期せずし
て表現しているのではないだろうか。

例えばエルヴィス・プレスリーのヴァージョンで有名なOne       Nightはどうだろう。スマイリーは「今宵はきみと一緒だよ」       という出だしから、You〜というフレーズの語尾を引っ張る。
それはまるで恋人に対する願いのように映る。またはダグ・
サームが演目に加えたSomedayにしても、スマイリーは歌
い飛ばしたりはせず、「いつかの日にか/きみは気が付くだ
ろう/そう、ぼくを失ってしまったことを」のラインに万感
の思いを込める。スローダウンされたテンポのなかで彼女に
懇願する。まるで別れのシーンを映写機で巻き戻す気分だ。

このようなブルーズ表現は、ときに説明的な歌詞や教訓的な
メッセージ・ソングよりも遥かに多くのことを語り掛けてく
る。スマイリーがOne NightやSomedayで言っていることを、
ノートに書かれる訳詞に表してもまるで面白くない。言葉は
発声や音楽を伴いながらもっと生き生きと伝わってゆく。そ
れはたとえ私たちが同じ母国語を共有しなくとも。夏の夕暮
れ時には、スマイリー・ルイスの自己告白のようなブルーズ
がよく似合う。伸びた陽射しのぶんだけ、影はより長くなり、
私たちにブルーズを今日も問い掛けていく。


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by obinborn | 2017-07-13 17:29 | blues with me | Comments(0)  

フレッド・ニールのブルーズが風を切る

60年代前半のグリニッチ・ヴィレッジ。その活況はどれだけ
のものだっただろうか。以前デヴィッド・ブロムバーグが再
来日した際インタビューする機会があったのだけど、「ぼく
は大学を辞めてヴィレッジのフォーク・シーンにどっぷり浸
った」「ジェリー・ジェフ・ウォーカーと一緒にコーヒー・
ハウスで歌っていると、客席にはボブ・ディランがいたのさ。
彼が声を掛けてきたんだよ!」と懐かしそうに話してくれた。

フレッド・ニールの『ブリーカー&マクダガル』は、そんな
ヴィレッジの息吹を伝えるアルバムだろう。ジャケットには
寒さに負けずにブリーカー・ストリートとマクダガル通りの
交差点に立つフレッドの姿が映し出されている。片手に握っ
たギターケースだけは離すまいといった決然とした表情もい
い。フレッドの奏でる音楽はフォーク・シーンのなかで常に
異質であり尖っていたことだろう。12弦ギターの変則チュー
ニングによるモーダルな奏法はブルージーかつサイケデリッ
クな革新的なものだった。そんな彼に影響されて、ティム・
ハーディンやティム・バックレー、デヴィッド・クロスビー、
ジョニ・ミッチェルらがその才能を開花させていった。とく
にカーレン・ダルトンはフレッドと親しく、彼の代表曲Blues
On The Ceilingをデビュー・アルバムに吹き込むばかりか、
逆にフレッドが直々にライナーノーツを寄せるほど彼女に期
待を込めた。また震えるようなギターの響きはラヴィン・ス
プーンフルのザル・ヤノフスキーの奏法にも受け継がれてい
った。

今日こうして久し振りに『ブリーカー&マクダガル』を聞き
直すと、何だかたまらない気持になってくる。そういえば先
日惜しくも亡くなられた鈴木カツさんは事あるごとにフレッ

ドの素晴しさを語っていたっけ。ちょっと余談になってしま
うけれど、カツさんも妙な取り巻き連中に囲い込まれなけれ
ば、ぼくとの友好関係はもっと続いていただろう。そんなほ
ろ苦さを含めながら、今日もフレッドの風を切るようなブル
ースが聴こえてくる。街角に立つ青年は群れていない。たっ
た一人でこちらを向いている。


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by obinborn | 2017-06-18 06:21 | blues with me | Comments(0)  

6月に聞くエリック・クラプトン

昨夜のロス・ロイヤルズ・フレイムズとロス・ペリキートズ
のライブは最高!でした。方やスワンプ・ポップに、もう片
方はテックス・メックスに特化したバンドで、フレイムズの
田中のん氏のリバーヴ掛けまくりギター(一部アーミング)
やペリキートズの橋本さんのバホ・セストの響きがとくに心
に残りました。むろん他バンド・メンバーの皆さんもですよ。
終演後近所の友だちのSくんと会話出来たことも嬉しかった
です「俺らはあそこまで陽気になれない。ジメジメしている
よね〜」と互いの古傷を舐め合うのでした。

ぼくに関してはスワンプ・ポップにせよテハーノ音楽にせよ、
通り一遍の知識があるだけで、とても彼らのような情熱と実
践には敵いません。敵うわけがないのです。そういう意味で
Sくんが「オビさんはやっぱロックですよね」と言ってくださ
ったのが嬉しく、また少しの恥ずかしさを伴うものでした。
ぼくは今でも『ライブ・クリームvol.2』や『461』アルバムが
好きですし。

自分のなかの”ジメジメ"としたものを見つめるのは大事なこと
かなと思ってます。エリック・クラプトンもまたそんな一人で          すよね。彼は黒人音楽の聞き手から揶揄され、80年代にはコ
マーシャリズムに走ったことを批判されたりしました。それで
もエリックは少しずつ自分の音楽を温め、鍛えていったのです。
自分のコンプレックスや”ジメジメ”を把握しながら、です。ぼ
くがE.Cに関して共感するのは、きっとそんな部分かもしれませ
ん。自分のブルースって、そういうことだと思っています。

というわけで、E.Cの『安息の地を求めて〜There's One In Ev           ery Crowd』を今日もまた取り出すオビンでしたとさ。


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😅



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by obinborn | 2017-06-08 12:07 | blues with me | Comments(0)  

音楽にとって幸せな文章って何だろう?

マディ・ウォーターズの11枚組LP『THE CHESS BOX』が
発売されたのは1985年のことだった。日ヴィクター社以来
久し振りにチェス・レーベルと契約したPヴァインは、当時
毎月チェスの作品を飛ぶ鳥を落とすかの如くリリースしまく
っていた。それは弱小インディ会社として75年に始まったP
社がちょうど10年後に成し得た快挙だった。個人的には学生
時代を終え社会人になった時期と重なったので、サラリーを
貰えることが嬉しく、給料日には最低でも5枚くらいは購入
していたっけ。それらの日々は今なお私の財産だ。

こうして久し振りにマディのボックスを聞いていると、様々
なことを思い起こす。音源もさることながら、添えられたブ
ックレットがものすごく丁寧だった。日暮泰文氏によるイマ
ジネィティブなマディ論に始まり、鈴木啓志氏の「ミシシッ
ピ・デルタの泥水がシカゴへ流れ込んだ」がそれに続いた。
さらにマディを巡るイラストも楽しい人脈図があり、吾妻光
良氏が愛情を込めた「あの大きな笑顔を忘れない」のエッセ
イが控えていた。それらの頁をめくっていくのが大好きだっ
た。

「音楽を聴くことと同じように、ぼくは音楽について書かれ
た文章を読むのが好きです」私が尊敬する同業の先輩は簡潔

にそう言い含める。そう、私たちは音楽それ自体を愛するの

と同じように、書かれた文章を読むのが大好きだった。


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by obinborn | 2017-05-24 17:24 | blues with me | Comments(0)  

オールマン・ブラザーズと私

しかし中学〜高校と進むにつれて自分の手持ちのLPが
5枚から10枚へと少しずつ増えていくのは、これから
未来を開いていくようなドキドキ感があって、今から
振り返ればいいものでした。よく知り合いの(尊敬す
る)音楽家たちに「生涯の5枚は?」なんて訊くので
すが、そういう時に相手がどうしても音楽体験の初期
に接したアルバムを選んでしまうのは、最も多感だっ
た時期に聞いたが故、記憶の底にしっかり刻まれてい
るからでしょう。

私がオールマンズを知ったのはデュエイン・オールマ
ンとベリー・オークリィーが相次いで事故死してから
のことであり、その悲劇を乗り越えて再出発した『ブ
ラザーズ&シスターズ』(73年)が最初に買った彼ら
のレコードでした。シングル・カットされた「ランブ
リン・マン」が73年の9月に全米チャートの第2位に
輝き、またオールマンとデッドとザ・バンドで60万人
を集めたワトキンス・グレンのコンサートがウッドス
トック・フェスの集客を超えたと話題になった頃です。
そんな情報は所沢の田舎に住む私にもラジオを通して
伝わってきたのでした。

最初にA面一曲めの「虚しい言葉」を聞いた時は、デ
ィッキー・ベッツが弾くダル丸出しのスライドギター
の印象が強く「何てもっちゃりとした音なんだ!」と、
エッジの効いたブリティッシュ・ロック(クリーム、
フリー、ジェフ・ベック・グループ)と比べてしまい
ひどく落胆させられました。まだ自分には”ファットな
横揺れ”なんていう語彙はありません。しかしそのイモ
で田舎臭い音楽が、以降の私の音楽嗜好を明確にして
いったのですから面白いですよね。

デュエインに代わるギタリストをあえて補充せず(レ
ス・デューイックの「ランブリン・マン」へのゲスト
参加はありますが)、新たにチャック・リーヴェルの
ピアノを迎えたことからも解る通り、ギター中心のジ
ャム・バンド指向が弱まった一方、グレッグ・オール
マンの、あるいはディッキー・ベッツのヴォーカルを
聞かせようというソング・オリエンテッドな姿勢を感
じます。とくにボビー・ブランドで知られる曲をグレ
ッグが歌うブルーズ・ナンバー「ジェリー・ジェリー」
は感動的。ここら辺の良さは加齢ごとに染みまくるよ
うな気がします。とっくに当時の彼らの年齢を自分は
超えているのにね(笑)

以前もブルーズの古典的な名曲「ストーミー・マンデ
ィ」を取り上げていたオールマンズ。しかしながら原
作者であるT・ボーン・ウォーカー版というよりは、ボ
ビー・ブランドのヴァージョンに近い彼らの歌と演奏
を耳にしていると、メイコンで育ったオールマン兄弟
の音楽地図がくっきり見えてくるようです。そう、リ
チャード・マニュエルがそうであったように、グレッ
グ・オールマンもまたボビー・ブランドやレイ・チャ
ールズに憧れた青年の一人だったのです。

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by obinborn | 2017-01-26 18:02 | blues with me | Comments(0)  

真冬のカーレン・ダルトン

今日は寒かったのでカーレン・ダルトン。言わずと知れた
ウッドストックならでは手作りの質感と幽玄的なヴォーカ
ルの取り合わせが頂点に達している。30歳ちょっと過ぎの
カーレンがまるで達観した老女のように歌っている。湿性
フォークの先駆として今なお語り継がれているのは、そん
なミステリアスな存在感ゆえだろう。とくにザ・バンドの
IN A STATIONが秀逸。ジョージ・ジョーンズのカントリー
TAKE MEからマーヴィン・ゲイのR&B曲HOW SWEEET
IT ISまでの広角な選曲、2つのバンジョー・チューンの枯
れすすきのような味わいも格別で、SAME OLD MANでは
ホーリー・モーダル・ラウンダーズのスティーヴ・ウェバ
ーがアレンジを担当している。またアルバムの随所で印象
的なヴァイオリンを弾くボビー・ノコトフは、ザ・ロケッ
ツ〜初期クレイジー・ホースの作品でもおなじみだ。

ちなみに本作にフレッド・ニールはこんな讃辞を寄せてい
る「カーレンは60年代初期に私が自分のスタイルを模索す
る最中で最も影響を受けた重要なシンガーです。ある夜私
は彼女をヴィレッジのクック・アンド・ブル(のちのビタ
ー・エンド)に連れていきました。カーレンは私のBLUES
ON THE CEILINGを歌ったのですが、あまりにも感情を込
めて歌ったので、作者の私でさえその曲を作ったのは彼女
ではないか?と思うほどでした」

フレッド・ニールが言うように「他人の曲を自分の歌のよ
うに歌う」点に、カーレンの美点が凝縮している。そんな
彼女に引き寄せられるように、プロデューサーのハーヴェ
イ・ブロックス(エレクトリック・フラッグ〜ファビュラ
ス・ラインストーンズ)が貢献した。エイモス・ギャレッ
ト、ポール・バタフィールド、ジョン・ホール、ジョン・
サイモン、リチャード・ベル、ビル・キースetc...といった
ニューヨーク〜ウッドストック・エリアの演奏家たちが脇
を固めた。カーレン・ダルトンの『IN MY OWN TIME』は
そんな時代のモニュメントであり、その輝きが失われるこ
とはないだろう。

ジョン・ホールは言う「カーレンの歌に合わせてギターを
弾くのは大変だった。彼女のヴォーカルは限りなく飛翔し、
どこに着地するか予想出来ない種類のものだったからね」
フレッド・ニールの讃辞とともに、ジョン・ホールによる
回想(聞き手は筆者・99年)もまた、カーレンの歌唱を上
手く捉えていた。

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by obinborn | 2017-01-21 02:03 | blues with me | Comments(0)  

音楽に罪はない

そもそも何でぼくが差別問題を書くのかといえば、ぼく自身
が外国に行った際に蔑まれたことがあったからだ。サンフラ
ンシスコではJAP!と、ロンドンではYELLOW,GO HOME!と
言われた。むろん、逆に現地の人々との温かい交流もあった
けれど、局地的にこういう言葉を浴びせられたことはぼくに
人種を考えるきっかけを与えてくれた。昔の『ミュージック・
マガジン』にはニューオーリンズのクラブにミーターズを観
に行ったら冷たくされたという日本人の投書があったけ。そ
れらには世界大戦の傷跡があり、血塗られた植民地主義の痕
跡があり、”愛と平和”というスローガンでは到底埋めること
が出来ない、歴史の生々しい現実を感じずにはいられない。

差別撤廃をイシューに掲げて行進するのではなく、普段の暮
らしのなかで克服していく、というのがぼくの大まかな社会
的な態度である。実際に育った環境や生活風習が違う人種を
理解し合うのは難しく、綺麗ごとだけでは済まされない。そ
れらを公明正大な価値観や友愛の精神だけで解決出来るとは
思えない。こう言っては誤解を招くかもしれないが、ロンド
ンでもパリでも人種ごとに居住区の棲み分けがあるのは、彼
らのアイデンティティの保持であり、生き抜いていくための
知恵だろう。画一的なユートピアを夢見るほうがかえって気
味悪い。

この数年ぼくの心を曇り空のように占めているのは、普段は
交流のある韓国や中国の人たちと、ひとたび国家単位の問題
(靖国や慰安婦)になると、何故あれほどまでに意見が二分
してしまうのか?ということだった。日本人が犯した罪を認
めつつ、一方では何故いつまでも謝罪しなくてはならないの
か?もう十分謝ったではないか?という気持にもなる。

その点音楽は素晴しい。人種差別がとりわけ激しかった60年
代のアメリカ南部でも、マスルショールズのスタジオでは黒
人と白人が協力し合って幾多のレコードを作った。メンフィ
スではブッカー・T&MG'sのような黒白混成チームがスタッ
クス・サウンドに貢献した。アメリカン・サウンド・スタジ
オではボビー・ウーマックとレジー・ヤングが腕を競った。
アラバマでのウィルソン・ピケットとデュエイン・オールマ
ンの出会いなどは、最も美しい異人種同士の邂逅だろう。そ
のことをずっと忘れずにいたい。

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by obinborn | 2017-01-04 16:44 | blues with me | Comments(0)  

『ブルース&ソウル・レコーズ』誌の最新号に寄せて

『ブルース&ソウル・レコーズ』最新号が届く。特集は
ストーンズの『ブルー&ロンサム』。幾人かのライター
たちが各自の視点からこの”温故知新”作を検証し、言葉
を寄せているが、どうしても知り合いのお二人の文章か
ら読み進めてしまう。私とほぼ同世代と思われる妹尾み
えは「ソロ回しに頼らない」ストーンズ解釈のリトル・
ウォルター曲を、シンバル・ワークまで模したジミー・
リード曲を称える。一方で飲みダチの日向一輝はどうだ
ろう。彼はエディ・テイラー曲のストーンズ演奏につい
て「一発録りゆえ、ミックの歌唱部分にハープはない」
ことを指摘し、だからこそ、そこにブライアンの存在を
感じまくるのだと語る。いずれもブルースを深く聞き進
めてきた者ならではの洞察だ。だが彼らはマニアックな
地点に着地するのではない。妹尾はブルースをエンター
ティメントまで昇華させたストーンズの姿を評価する。
日向は一生懸命なミック・ジャガーの歌とハープに比喩
ではない青さを感じ、遥か年長者の音楽に驚愕する。

音楽について書かれた文章はそれこそピンからキリまで
ある。優れた評論が何であるか、また誰が書いたものか
どうかは意見が分かれるだろう。しかし、真逆にあるバ
ータ記事は多い。なかには音楽専門誌よりも一般新聞や
メガショップの広告誌のほうが遥かに身入りがいい!と
公言するクソ音楽評論家もいるくらいだ。そうした醒め
た(諦めた)認識が跋扈するなか、終始気持良く『ブル
ース&ソウル・レコーズ』誌を読み進めた。むろん音楽
を聞きながら。そう、今夜の私の友はジミー・リードの
『I'M JIMMY REED』だ。レコード・プレイヤーは二度
めのHONEST I DOを再生し、やがてB面にあるLITTLE
RAINを奏でてゆく。

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by obinborn | 2016-12-26 01:26 | blues with me | Comments(0)