カテゴリ:blues with me( 46 )

 

Blue Hand Johnnie

今年も気が付けばあと2週間ちょっと。早いですねえ。とくに日
暮れが早いこの季節は、一日が追い立てられるように感じてしま
う。普段はワンカップ大関などで間に合わせている私だが、ちょ
っと気分を変えて秋田のお酒を買ってみた。お供は黄金のチェス
・サウンドを支えたピアニスト、ジョニー・ジョンソンの初ソロ
・アルバム(88年)ブルーズからロックンロールまでその指さ
ばきに思わず溜め息が出そう。そういえばチャック・ベリーは            こう言っていたっけ。「ジョニーのピアノをギターに置き換えて           みよう! そう思ったのが私のギター・スタイルなんだよ!」

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by obinborn | 2013-12-12 17:58 | blues with me | Comments(0)  

J.J.ケイルが大いなる眠りへと

訃報です。素晴らしいソングライター&ギタリストの
J.J.ケイル氏が、心不全のため26日の午後8時カリフォ
ルニア州の病院で息を引き取りました。享年74歳。

オクラホマ州タルサ出身の彼は同郷のレオン・ラッセル
に見出され、70年にシェルター・レーベルと契約。朴訥
とした歌とギターでじわじわと人気を集め、エリック・
クラプトンはJ.Jの「After Midnight」や「Cocaine」を
取り上げるほどでした。他にも「Cajun Moon」や「Sen
sitive Kind」「Magnoria」など心に染み入る曲をたくさ
ん残しました。

J.Jがこれまで残してきたアルバムは膨大な数に及びますが、
新作と接するたびに思ったのは「ああ、いつもの彼がいる」
という当たり前であるが故に重い真実でした。キャリア
の途中で意匠を変えたり流行の音にすり寄る人たちもいま
すが、J.Jの場合は見事なまでに初志貫徹でした。そのこと
の難しさは現実へと立ち返るほど思い知らされたりします
が、彼は遂にそれを最後まで成し遂げたのです。それも何
気なく、誰にも騒がれないひっそりとした場所で。

オクラホマからやってきたひどく内気な男。「オレが逝っ
たくらい大したことじゃないぜ」そんな風にしてまたギタ
ーを抱え呟き始めるJ.Jの姿が今にも立ち現れてくるようで
す。まるで漆黒の闇に溶けていくような歌とギター。私は
生涯を通してJ.Jのこと、その佇まいのことを忘れないでし
ょう。今までありがとうございました。安らかな眠りに着
いてください。

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by obinborn | 2013-07-28 03:28 | blues with me | Comments(0)  

巨星堕つ。追悼ボビー”ブルー”ブランド

巨星堕つ。まさにそんな言葉が相応しいだろう。
ボビー”ブルー”ブランドが23日、メンフィスの自宅で息
を引き取ったらしい。享年83歳。
ここ数年は体調が思わしくなく、いつかこういう日が来てし
まうのではと不安ではあったが、もう二度と彼の歌を聞けな
いと思うと、心に隙間風が吹くような気持ちになってしまう。

最初彼の良さが全然理解出来なかったのは、ひとえにぼくの
未熟さ故だったろう。それでも青年期がゆったりと過ぎ去り、
現実社会の荒波に揉まれ、それなりの苦みを覚えるようにな
った頃、ある日突然寄り添ってくれたのが彼のブルーズだっ
た。すべてを包み込むような器の大きなヴォーカリストであ
り、その歌には皮膚に直接染み渡るようなきめ細かい襞が感
じられた。

ロックとの接点でいえば、グレッグ・オールマンもリチャー
ド・マニュエルもダグ・サームも、その歌い方という一点に
関してはみなボビーの係累であり、コクのあるサザーン・ヴ
ォイスの継承者であり続けようとした。彼らはボビーの持ち
歌を、順に言えば「Stormy Monday」「Share Your Love」
「Ain't That Loving You」といった具合にカヴァーしていっ
たし、今現在は独特のポジションを確立したヴァン・モリソ
ンにしろ、若い頃は憧れ一杯に「Ain't Nothing You Can Do」
を熱唱していたっけ。

ブラック・ミュージックの戦後史としても、ボビーはジュニ
ア・パーカーやB.B.キングと並び称されて語られてきた。と
くに最後の最後までチトリン・サーキットにこだわり、黒人
の聴衆たちのために歌い続けてきたのは賞賛に値する。つま
りそれはボビーが最も彼らしくいられる場所でもあったはず
だから。レコード・レーベルでいえばデューク/ピーコック時
代の濃密でダークな音はどれも必聴だが、後年マラコに迎え
られてソウル・シンガーとして柔らかさが加わった姿には、
彼自身の人生と経験がそっと映し出されていた。

心よりご冥福をお祈り致します。リトル・ブルー・ボーイ、
あなたの歌に出会えて良かった。

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by obinborn | 2013-06-25 04:14 | blues with me | Comments(2)  

マディがやっと微笑んでくれた

あれは今年の2月頃だっただろうか。スワンプ・ポップの
いかした二人組、ロス・ロイヤル・フレイムズのヴォーカリ
スト氏とぼくは江古田のおし鳥にて、鍋を囲みつつ飲んでい
た。

やはり話はもっぱら音楽のこと。そのなかでもとくに盛り
上がったのが『ブルース・レコード・ガイドブック』(88
年7月にPヴァインより発売)にはお世話になりました〜!
とのハナシだった。当時はぼくもまだ20代後半であり、い
よいよ本格的にブラック・ミュージックにのめり込んでい
く時期だっただけに、このガイドブックはいわば羅針盤の
ような役割を果たした。

なかでも印象的だったのはテキサス&ウェスト・コースト・
ブルースの項目の次にシカゴ&デトロイト・ブルースの章
を設けたり、モダーン・ブルースとサザーン・ブルースを
対比させたりと、地域ごとの音の違いや現在と過去との時
系列を整理することで鮮明な音楽地図を描き出してくれた
こと。そこが好きだった。

むろん本書以前には『ブルースのすべて』(74年11月・
ニューミュージック・マガジン)と出会っていたし、そこ
での人名事典は未だ原稿を書く際に参考にさせて頂いたり
している。近年であれば小出さんのより詳細な『ブルース
CDガイド』などが便利な方々もいるだろう。それでもやは
り、個人史というかブルーズへの情熱が燃えてきた時期に
発売されたこの『ブルーズ・レコード・ガイドブック』に
は一番親しんだ書ならではの愛着がある。そうそう、当時
はPヴァインがチェス・レーベルの権利を獲得して、毎月ご
とにかなりの数のLPレコードをリイシューしていたっけ。
そんなことも十分な後押しとなったのだ。

アメリカン・ロックからシンガー・ソングライターへ。
西海岸サウンドから南部の深みへ。大まかにいえばそんな
音楽遍歴を重ねてきたぼくが、次なるステップとして選ん
だのはそんな多彩で魅力的なブルースとの出会いだった。

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by obinborn | 2013-05-05 08:05 | blues with me | Comments(0)  

フッカーからモリソンへ、モリソンからフッカーへ

ジョン・リー・フッカーの魔力に取り憑かれてしまったのは
何時のことだっただろうか。最初は例によって「Boom Boo
m」の人というイメージで接し、Vee-Jay時代のベスト盤な
どを聞いていたのだが、やがてもっと初期のものへと溯って
いった。

48〜49年と最も初期に吹き込んだ音源をまとめた『アローン』
は大好きな一枚だ。バンド・スタイルではなく一人でフットス
トンプしながら弾き語るその姿に痺れてしまったのだ。その
粘っこい悪魔的なグルーヴは一見地味かもしれないが、やがて
離れられなくなってしまうものであり、ブルーズの背後にある
強烈なアフロ=アメリカンの色合いを強く感じてしまう。

ヴァン・モリソンはゼム時代からそんなフッカーに憧れていた
一人だ。ゼムではフッカーにしては異色のバラード「Don't Lo
ok Back」(これがまた良い!)をカバーしていたが、何より
も我流丸出しでモリソン自身が弾くギターにフッカーからの
影響が伺える。単弦でも復弦でもまるで叩き付けるように弾く
”乱れ打ち奏法”こそはフッカーの持ち味だが、それをモリソン
は実践している。

意外にもそんなモリソンのギターが聞けるのは『Hymn To T
he Silence』や『Too Long To Exsile』といった90年代に入
ってからのアルバムに於いて。きっとヴァン自身が思索の時期
を経て素直に自分のルーツと向き合った結果なんだろうな。
後者のアルバムではフッカーとの念願だった共演も「Gloria」
と「Wasted Years」で実現した。その交歓といったら!

そんなジョン・リー・フッカーの最もピュアで丸出しの姿を
伝える意味でも、『アローン』は、やはり忘れ難い作品集だ。

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by obinborn | 2013-04-21 23:18 | blues with me | Comments(0)  

威風堂々のポール・バタフィールド・ブルーズ・バンド

ポール・バタフィールド・ブルーズ・バンド『イースト・ウェ
スト』のライナーノーツ原稿を書き終えた。66年の夏にリリー
スされた彼らのセカンド・アルバムであり、これを最高傑作に
挙げる人は今なお多い。ぼくもそんな一人だ。

まずジャケットがカッコイイ!巨大な仏像に囲まれながら大胆
不適な面構えでこっちを見つめる6人衆。この何とも不思議な
構図と『東洋・西洋』というアルバム表題が、内容を言い含め
ている。

のちにベター・デイズで再演するロバート・ジョンソンのデル
タ・ブルーズ「Walking Blues」に始まり、リー・ドーシーの
ニューオーリンズR&B「Get Out Of My Life,Woman」へと続
く。その振り幅がまずファースト・アルバムからの成長を伺わ
せる。しかも後者ではマーク・ナフタリンが作者のアラン・ト
ゥーサンを意識したかのような弾むピアノで全体のグルーヴに
貢献するという念の入れ様だ。

クライマックスは二つの長尺ナンバーだろう。ナット・アダレ
イのジャズ曲「Work Song」に、マイク・ブルームフィールド
とニック・グレイヴナイツが共作として書き上げたオリジナル
の「イースト・ウェスト」。それらのインストゥルメンタル曲
で繰り広げられる緊迫したインタープレイの数々は圧巻だ。

彼らがデビューした65年当時といえば、本格的なブルーズを
演奏する白人バンドはまだまだ本場アメリカに於いても稀だっ
た。せいぜいフォーク・リヴァイヴァルの運動によって再発見
されたアコースティックなフォーク・ブルーズが親しまれたく
らいであり、シカゴのサウスサイドで日夜行われていたマディ・               ウォーターズやリトル・ウォルターらのエレクトリックなバン
ド・ブルーズに目を向けた若者は極めて珍しかったのだ。

そこら辺の様子もライナーではより詳細に書かせて頂いたが、
シカゴに生まれ育ったポール・バタフィールドにとって、リ
アルに感じたのが当時のエレクトリックなシカゴ・ブルーズだ
ったのは至極当然のことだったはず。

そんな勢いを伝えて余りある『ファースト』及び、その成長を
伝える本作『イースト・ウェスト』をぜひ聞いてみてください。

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by obinborn | 2013-04-20 00:57 | blues with me | Comments(0)  

Geoff Sings Lonnie

14日はジェフ・マルダーの紹介原稿を仕上げ、麻田さんに
送信した。およそ2,000字と分量は少なめだが、彼のキャ
リアを見渡せる記事になったと思う。

ジェフと言えばそのブルージーなヴォーカルが大きな魅力
だろう。語尾を伸ばすヴィブラート唱法や艶やかな声質が
個性的だが、彼が影響を受けお手本にしたのが戦前のブル
ーズ・マン、ロニー・ジョンソンである。

実際にロニーのレコードを聞いてみるとこれがまさにジェ
フ・マルダーのクリソツ!(本当は逆だが)なのに驚かれ
る方も多いはず。だいいち、ジェフが1963年に発表した
初めてのアルバム『Sleepy Man's Blues』の一曲めからし
てロニーの「Jerry Roll Baker」だったのだから。

その「Jerry~」の作者版を収録したのが写真のアルバム。
60年の4月5日にニュージャージーで録音されたというか
ら、戦前世代のロニーにとっては後半のキャリアとなろう
が、その柔和な語り口に痺れてしまう。もともとニューオ
ーリンズ生まれで、デューク・エリントンやルイ・アーム
ストロングと親交があったというだけに、ジャズ的な語彙
もそこはかとなくあるのが胆かも。

それにしても今春に控えるジャグ・バンドの来日公演は楽
しみだ。願わくばステージの途中にジェフをフューチャー
したパートを聞きたい。そんな風に思っている方も少なく
ないだろう。果たして如何に?

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by obinborn | 2013-02-15 02:51 | blues with me | Comments(0)  

Blue Beat Bop !

音楽評論の先輩というか、愛すべき兄貴のような
山名昇さんが名著『Blue Beat Bop!』を嬉しいこ
とに再再刊されました。

ジャカイカ音楽(スカ、ロックステディ、レゲエ
など)を同時代の周辺の音楽にも目配りしつつ記
したこの書物、ぼくもかなり音楽的好奇心を駆り
立てられたものです。例えばぼくがよく引き合い
に出すニューオーリンズR&Bとスカとの興味深い
関連など、思えば本書に刺激された部分も少なく
ありません。

今回のリニューアル版で誌面が増えた部分も含め
て、1月28日の発売が今から楽しみです!
発売はDU Books(ディスク・ユニオン・ブックス)
から。

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by obinborn | 2013-01-16 15:58 | blues with me | Comments(0)  

Lowdown、Smiley

ニューオーリンズのスマイリー・ルイスは大好き
なシンガーの一人だ。50年代ならではの豪華な大
編成バンドを従えたジャンプR&Bサウンドのなか
で、ロウ・ダウン感覚というかブルージーな味わ
いを濃密に醸し出すところなど、他の追随を許さ
ないほどに、かの地の喧噪や侘しさを映し出して
いくから。

日本のファンを圧倒した『I Hear You Knockin'』
(東芝LLS-70075)を手がかりとして、ぼくも英
UA盤の2種、仏パテ・マルコニ盤、ブートもどき
の英B&C盤、果てはデンマークのofficial盤などで
スマイリーのブルーズに惹かれていったことを懐
かしく思い起こした。

そんな愛すべきスマイリーだが、先日購入した彼
の7's「Slide Me Down b/w Growing Old」(Im
perial 5072)がAB面の逆表記になっていることに
気が付くにはそう時間が掛からなかった。

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というのも「Slide Me Down」といえば思い起こす
のは『Urban Blues vol.2 ~New Orleans Bounce』
(Imperial LM94004)というコンピレーション・ア
ルバムに収録されていたから。キャンド・ヒートの
ボブ・ハイトがプロダクト・コーディネイターとな
り、ブルーズ評論家のピート・ウェルディングがラ
イナーノーツを書いたこの盤に親しんだアナログ時
代のブルーズ愛好者も少なくないだろう。この曲に
関してはオルタネイト・テイクが聞けるB&C盤でも
確認したから、プレスミスもしくは”逆表記”はもう
決定的なものとなった(それでもシングル盤の入手
はむろん嬉しい!)。

どこかギター・スリムのスロー・ブルーズを彷彿さ
せる「Slide Me Down」は、その歌詞にもタイトル
が歌い込まれているが、デイヴ・バーソロミューの
抑制されたトランペットと併走しながら何とも気怠
く歌うスマイリーには、あたかも夜の裏街道を彷徨
うギャンブラーのような見栄と孤独がないまぜにな
っている。

ニューオーリンズR&Bといっても時代によってさま
ざまなタイプがあるけれど、ダウンホームな感覚が
丸出しになったスマイリー・ルイスのそれは、ぼく
にとっては幻の故郷のようなもの。たった1枚のシ
ングル盤を購入しただけで、実に多くのことが蘇っ
てきた。

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by obinborn | 2013-01-11 19:29 | blues with me | Comments(0)  

Home Again

デラニー&ボニーは60年代後半のロック・
シーンに於けるトレンド・セッターだった。
ブラインド・フェイスが69年に行った全米
ツアーの際にデラニー&ボニー&フレンズ
をオープニング・アクトとして起用したこ
とをきっかけに、エリック・クラプトンが
この夫妻ソウル・デュオの音楽に夢中にな
り、ブラインド・フェイスを脱退し、デラ
ニーたちのバンドに合流することになった
のはあまりにも有名な話だ。

クラプトンの親友であったジョージ・ハリ
ソンもまた、クラプトンを通じてデラニー
たちの噂を聞きつけ、自分たちビートルズ
のアップル・レーベルから彼らをデビュー
させることを画作した。残念ながらその話
は流れてしまったが、アップルでアセテー
ト盤までは作られたという話はあっと言う
間に広まった。

その確かな証拠が以下の写真というわけ。
この『オリジナル・デラニー&ボニー&
フレンズ』はやがてエレクトラ・レコー
ドから正式にリリースされたわけだが、
ジョージ・ハリソンの音楽観に一石を投じ
たことを雄弁に物語るものだろう。

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デラニー&ボニーのバック・バンドから
エリック・クラプトンのデレク&ザ・ド
ミノスが生まれたこと、デラニーたちの
音楽監督だったレオン・ラッセルがその
後独立してメジャーになったこと、ある
いはレオンがデラニー&ボニーを裏切り、
フレンズの面々を引き連れてジョー・コ
ッカー&マッドドッグス・イングリッシュ
メンの全米ツアーへと鞍替えしたことなど、
当時いかにデラニー&ボニーが大きな影響
力を持っていたかを伝えている。

そういえばエリック・クラプトンもデイ
ヴ・メイソンも最初のソロ・アルバムを
デラニー&ボニー人脈のバックメンで固め
ていたが、かくの如く60年代後半のロック
・シーンはサイケデリアから一転し、アメ
リカ南部に根ざしたブルーズやR&B、ゴス
ペルなど、アーシーな表現へと大きく舵を
切っていったのだった。

最後に余談だが、件のエレクトラ盤でメ
ジャー・デビューする以前のデラニー&ボ
ニーはスタックスにアルバムを一枚吹き込
んでいる。ドン・ニックスやブッカー・T・
ジョーンズ、レオン・ラッセルらが尽力し
たにもかかわらず、このアルバムはオン・
タイムでは発売を見送られてしまった。そ
の理由をデラニー・ブラムレットはこう回
想している。

「マーティン・ルーサー・キング牧師が
暗殺されてからというもの、南部の状況
は一気に緊迫した。ぼくらの音楽に好意的
だったDJやオーディエンスも、ぼくらが白
人だと解ると急にぞんざいな扱いをするよ
うになった。つまり当時はそれほど人種間
の軋轢が強かったんだよ」

発売を見送られたそのアルバムには皮肉に
も、『故郷(Home)』というタイトルが記
されていた。

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by obinborn | 2013-01-05 17:55 | blues with me | Comments(0)