カテゴリ:blues with me( 46 )

 

オールマン兄弟が刻んでいった足跡

 実に久し振りにオールマンのファースト
が我が家へと戻ってきた。もう隅々まで頭
に入っている音群だし、LPであれCDであれ
いつでも買おうと思えば入手出来る定番ア
イテムではあるけれど、細胞に染み入るほ
ど慣れ親しんだサウンドがジャケットとい
う”絵”を伴って帰ってくるのは、やはり嬉
しいものだ。

 この『ファースト』に収録されている「
腹黒い女 Black Hearted Woman」をラジ
オで初めて聞いた時の衝撃は今も忘れられ
ない。スワンプ・ロックとかサザーン・ロ
ックという言葉もまだ知らなかった中学生
の頃の体験だった。それまで耳に馴染んで
いたポップスの綺麗なメロディとは明らか
に異質の、禍々しいまでに泥臭いサウンド
が部屋へといきなり飛び込んできたのだか
ら、それは鮮烈な出会いだった。

 69年の春頃にリリースされたレコードだ
が、今聞き直してみても少しも色褪せてい
ないどころか、逆に現在の耳だから気が付
くことも少なくない。それはグレッグ・オ
ールマンのまるでボビー”ブルー”ブランド
が乗り移ったような粘っこいヴォーカルで
あったり、アメリカ南部のグループであり
ながらも英国のブルーズ・ロックのダーク
な質感を感じさせる点だったりする。何し
ろアルバム冒頭の「もう欲しくない Don't
Want You No More」からしてスティーヴ
ィー・ウィンウッド脱退後のスペンサー・
ディヴィス・グループのインスト曲なのだ
から、いきなりの変化球にちょっと驚く。

 それでも同曲のエンディングと折り重な
ってサザーン・ソウル・バラードのような
「It's Not My Cross To Bear」が始まる
頃には思いっきりミシシッピの泥水を浴び
ているような錯覚に陥るのだから、そのサ
ウンド描写はとても劇的だ。さらにツイン
・ギターやツイン・ドラムス(もしくはパ
ーカッション)体制を誇示するが如くの「
腹黒い女」へと連なっていくのだからたま
らないし、音楽的な故郷に関しては次のマ
ディ・ウォーターズ「Trouble No More」
で密かに告白されるのだった。

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 ジョージア州メイコン出身のバンドなが
ら、この時点ではレコーディング・ロケー
ションのため、ニューヨークのアトランテ
ィック・スタジオまで旅立っていることも
面白い。これはオールマンズのためにキャ
プリコーン・レーベルを設立したフィル・
ウォルデン(かつてオーティス・レディン
グのマネージメントを担当していた)が、
アトランティックの出資を受けていたこと
とも関係するのだが、南部のR&B~ソウ
ル・シーンに尽力したアーメット・アーデ
ィガンやジェリー・ウェクスラーが激しく
揺れ動いていく時代のなかでスワンプ・ロ
ックに活路を求めていった軌跡をも克明に
伝えるエピソードだと思う。そういえば、
ウィルソン・ピケットやアリーサ・フラン
クリンといったソウル・シンガーの録音に
デュエイン・オールマンのギターを積極的
に登用していったのも、ひとえにジェリー
・ウェクスラーの功績だろう。

 日本盤がワーナー・パイオニアからビク
ター音楽産業の配給へと移行された時点で
何故かカットされてしまった「It's Not My
Cross To Bear」エンディング部でのフリ
ーキなノイズも、このP-8138A盤ではむろ
んしっかりと聞き出せる。そんなことひと
つひとつをまるで古傷のように思い出させ
ていくアルバムではあるけれど、まだ何も
知らない高校生だったぼくを南部という豊
かな土地へと連れ立ってくれたという意味
でも忘れられない作品だ。

 豪放磊落なデュエイン・オールマンのギ
ターが指弾きに、スライド・ギターに全身
全霊を傾けている。それに応えるように彼
の弟がどこまでもソウルフルな歌声を轟か
せてゆく。

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by obinborn | 2012-12-02 20:19 | blues with me | Comments(0)  

Hard Life Rockin' Chair

赤坂真理の『東京プリズン』を読んでいて本編の内容
とは別に感心したのが、「アメリカ人は広さによって
閉じ込められている」といった旨の風景描写だった。
それが作者自身の留学体験に基ずくものかどうかはと
もかく、果てしなく続く広大な大地とは開放感という
よりはむしろ孤独をもたらすのだな、としみじみ感じ
入ってしまった。

アメリカのフォーク・シンガーはウディ・ガスリーの
昔から汽車に乗り、綿畑を眺め、駅から駅へと彷徨う
旅を歌にしてきたけれど、そうした移動願望の根っこ
にあるのは同じ土地に閉じ込められているという行き
場のなさの裏返しなのかもしれない。ぼく個人として
はデイヴ・アルヴィンの「台所のテーブルから From
Kitchen Table」という歌が、恋人とともに他の町へ
と旅立つことの出来なかった若き日の懺悔に満ちてい
て妙に印象に残っている。日曜日の夜に過去を振り返
りながら一人の中年男がそっとビールを飲むというこ
の歌の孤独感には押し潰されそうなくらいだ。

ポール・ジェレミアもまた放浪の歌を数多く歌い、彼
本人も町から町へと移動しながらライヴ活動していく
ことを生活の糧として選び取った人だ。この73年作に
もブルーズに着想を得たオリジナル曲が多くを占めて
いる。アルバム表題曲の「Hard Life Rockin' Chair」
に至っては裏ジャケットに歌詞が印刷されているほど
なのだが、「ぼくは旅人だけど、どうか怖がらないで」
と、自分と相手との距離を計りかねている様子が伝わ
ってくる。だいたい「困難な人生 Hard Life」と「楽
椅子 Rockin' Chair」とを掛け合わせた曲タイトル自
体が相反する二つの感情を仄めかしているではないか。

ここにはジェリー・ロール・モートンのジャズもあれ
ば、ビッグ・ビル・ブルーンジーやアーサー・ブレイ
クの軽快なラグもカヴァーされ束の間の安息を物語っ
ているが、フォークウェイズ録音に続く再吹き込みと
なる自作「I'll Be Gone」の孤独は、旅する人ならでは
のものだろう。ジェレミアもまたアメリカの広さに半
ば閉じ込められつつ、それに逆らおうとしているのだ
ろうか。

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by obinborn | 2012-11-23 16:37 | blues with me | Comments(0)  

サウスサイドを歩くリトル・ウォルター

最初に聞いたブルーズ・アルバムは先輩がテープに落と
してくれた『ジョン・メイオール&エリック・クラプト
ン』。私が確かまだ10代の頃だったと思うが、そこから
本物のブルーズに辿り着くまでは更に時間が掛かってい
る。

初めて自分のお金で購入した”本物の”ブルーズLPはギタ
ー・スリム、次はT.ボーン・ウォーカーだった。そんな
背景もあって、当時からルイジアナ〜テキサス系のブル
ーズにより親しむ下地が出来上がっていったわけだけど、
むろんよりモダンなシカゴ・ブルーズもどんどん好きに
なっていった。

とくにリトル・ウォルターのカッコ良さといったらなか
った。気風が良いというか、喧噪に塗れた町のなかを風
を切って歩いていくようなシャッフル・ビートと豪快な
電化ハーモニカに惹かれた。ファンであれば先刻ご存知
のようにリトル・ウォルターことウォルター・ジェイコ
ブスは37歳でその短い生涯を終えている。それも些細な
喧嘩の果てのことだったというから、差し出された人生
や生々しい現実に対してうまく折り合いを付けることに
どこまでも下手っぴいな人だったのかもしれない。

50年代の後半から60年代初期にかけて録音されたシン
グル盤をコンパイルしたこの『Confessin' The Blues
〜ブルーズの告白』は、とくに親しみやすい一枚だと
思う。あまりにも有名な「Off The Wall」や「Juke」
といったナンバーは収録されていないが、その代わり
にルー・ルイスがカヴァーした「Temperature」や
ストーンズも60年代に吹き込んだアルバム表題曲があ
る。そういえばキース・リチャーズはエクスペンシヴ
・ワイノーズのツアーでウォルターの「Crazy Mixed
-Up World」を演奏していたっけ。その曲もここでは
サイドBの2曲めにきちんと収められている。ディクソ
ン=ビロウのリズム隊のスウィング感や、ときにジャ
ジーな展開を見せるマイヤーズ兄弟やロックウッドの
ギターの繊細さは、言わずもがなだろう。

今やブルーズといえば研究や史実の対象となったり、
演奏する側にしてもアフロ=アメリカンというよりは
アングロ・サクソン系によって守られていく遺産のよ
うなものになりつつある。それはそれで価値あること
だと思うが、リトル・ウォルターのこのアルバムを聞
くと、私はブルーズという表現が最もヒップだった時
代のことを考える。そしてウォルターが威勢良くサウ
スサイドを闊歩する姿を想像するのだった。

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by obinborn | 2012-11-23 11:35 | blues with me | Comments(0)  

秘めやかな英雄の物語

 やや紹介が遅くなってしまったが、タージ
・マハールの発掘音源集『The Hidden Treasu
res 1969-1973』について触れておきたい。
今年もダン・ペンやジョージ・ジャクソンの
フェイム吹き込みを始めとして、興味深い貴
重音源の蔵出しが為されたが、タージの本作
もまた大いに称えられるべきものだ。

 タージといえばロック・ファンにとっては
ローリング・ストーンズが68年の暮れに主宰
した『ロックンロール・サーカス』に出演し
たことで広く知られることになった人だが、
本作はさながらライジング・サンズ解散後に
ソロ・デビューしてから数年の彼を映し出し
たタージの裏面史とも言えよう。

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 未発表スタジオ音源と70年の4月にロンド
ンのロイヤル・アルバート・ホールで行われ
たライヴ録音の2枚組から成るこのCDだが、
一番強烈に感じるのはやはりタージのヴォー
カルの味わいだ。アフロ=アメリカンならで
はのコクのある彼の声は先の『ロックンロー
ル・サーカス』でも実証済みだが、オーティ
ス・レディングやトゥーツ・ヒバート並みに
”Got A Got A~"と囃し立てたり、自ら効果
的にハンド・クラッピングを交えながら歌う
躍動感がたまらない。そうしたヴォーカルを
リゾネイター(共鳴盤付きの鉄製アコーステ
ィック・ギター)のちょっと乾いた音色を伴
いながらさらっと弾き語ったり、ときにブル
ーズ・ハープを吹き加えたりするのがタージ
のベイシックな持ち味だ。

 のちに全開となるカリブ海音楽への志向性
はまだこの時点では伺えず、その音楽はブル
ーズのフォーマットを踏襲したものが多いに
もかかわらず、ディランの「I Pity The Poor
Immigrant」に違うメロディを付ける着想も
面白いし、主にブルーグラスのレパートリー
となる「Shady Grove」やフォスターが採集
したとされる「Oh Susanna」のアレンジに
気を利かせるなど才気が迸る。そこにジェシ
・エド・ディヴィスやジョン・ホールといっ
たタージ・バンド歴代のギタリストたちが彩
りを加えていくのだから、たまらない。

 ジェシに関しては彼の看板となるスライド
・ギターは殆ど聞かれないものの、指弾きで
も独特の”間”を活かした粘っこいフレーズを
連発しているところがミソ! ジム・ディキ
ンソンを始めとするディキシー・フライヤー
ズの面々とフロリダのクライテリア・スタジ
オ(通称サウス・アトランティック)で相塗
れたセッションも悪くないが、何といっても
ディスク2のライヴではほとんど丸ごと若き
日のジェシのプレイを堪能出来るという贅沢
さ。とくにアンドレ・ウィリアムズのオリジ
ナル曲であり、サー・ダグラス・クィンテッ
トやジェシ・エド自身もカヴァー・ヴァージ
ョンを残した「Bacon Fat」の素晴らしさは
どうだろう。ここでの演奏はテンポをかなり
スロー・ダウンさせているのだが、それ故に
じっくりとジェシの温かみのあるギターが染
み渡っていく。トリッキーな押し出しではな
く、あくまで淡々と丁寧にタメのあるフレー
ズを紡いでいく姿が何とも彼らしくて気持ち
が自然と高ぶる。彼得意のレズリー・スピー
カ・サウンドが随所に聞き出せる点も嬉しい。

 何でもミック・ジャガーは67年にロスア
ンジェルスへ遊びに行った時、彼の地のウィ
スキー・ア・ゴー・ゴーに出演していたター
ジを聞いて夢中になり、『ロックンロール・
サーカス』への出演を口説いたと伝えられて
いる(『サーカス』に付属のデヴィッド・ダ
ルトンのライナーノーツによる)。そんなタ
ージがやがてストーンズと共演したことでも
知られるガーナ出身のロッキー・ディジュー
ンや、ウェイラーズのアール・リンドをバン
ドに加えていったことも、アフロ=アメリカ
ンとしての彼の旅の始まりを物語るかのよう
だ。

 思えばブラック・ミュージックへの意識的
な取り組みという点でベン・ハーパーやケブ・
モといった人たちの先駆とも言うべき存在が
タージであった。そう、この『The Hidden
Treasures 1969-1973』はそんな彼が大きく
羽ばたいていく前夜を捉えた貴重なドキュメ
ントであり、終ぞこれまで語られることがな
かった秘めやかな英雄の物語なのである。

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by obinborn | 2012-11-20 20:12 | blues with me | Comments(0)  

Who Will The Next Fool Be?

 さっきバイト帰りに近所のブックオフで購入した
CDが、ボビー・ブランドの『The Anthology 1952~1
982』。同趣向のCDや昔のLPは持っているし、曲目
も勿論ダブってしまうんだけど、安く見かけるとつ
い買ってしまうんだなあ、これが(笑)

昨日のダグ・サームの話じゃないけど、ブランドも
また若き日のダグに大きな影響を与えたテキサス・
ブルーズ〜R&Bの大物中の大物だ。その濃ゆ〜い感
じを若い頃のぼくは何故か敬遠していたのだが、次
第に年齢とともに良さが染みてきた。何と言っても
リチャード・マニュエルが全身全霊を込めた「Share
Your Love」がブランドに取り組むきっかけを作っ
てくれたし、ヴァン・モリソンも「Ain't Nothing Y
ou Can Do」を歌っていた。グレッグ・オールマン
も「Jelly,Jelly」を歌っていた。黒人音楽に憧れたあ
る世代以上のロック歌手は、みんなこんな風にブラ
ンドやレイ・チャールズの痕跡を感じさせているの
が面白いよね。

ダグも”どマイナー”・ブルーズの名曲「I 'll Take
Care Of You」や恥ずかしくなるくらいの定番曲
「Farther Up On The Road」をカヴァーしているけ
れど、語尾の伸ばし方やコブシ回しなど歌い方それ
自体にもブランドや彼のレーベル・メイトだったジュ
ニア・パーカーの痕跡をすごく感じてしまう。第一
ブランドの名パートナーだったウェイン・ベネット
はダグのレコーディングに駆り出されたこともある
ギタリストだし、あの重厚なホーン・セクション(
いわゆるデューク・ピーコック・サウンド)を再現
するほどの入れ込みようだった。

つまり、こういう謎解き話も17日のDJイベント”Sir
Doug Special”では実際に音を聞きながら楽しめる
という塩梅でして、今回もまた広報活動の一環と相
成りましたとさ(笑)

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*かの有名なストマンこと「Stormy Monday Blues」では
ベネット氏のギターがとくに味わい深い。オールマンの
フィルモアはT.ボーンのヴァージョンではなく、こちら
に影響を受けていると思われます。
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by obinborn | 2012-11-07 13:49 | blues with me | Comments(0)  

Needle of Death

今日は秋雨。こんな日には英国フォークがよく似合う。
バート・ヤンシュは正確にはスコットランドの出身だ
が、60年代の初期にロンドンへと渡り、彼の地のフォ
ーク・シーンで研鑽を重ねただけに、ブリテン諸島を
代表するソングライター/ギタリストと呼んでいいだろ
う。

ディヴィ・グレアムのギターに範を取り、アン・ブリ
ックスと恋仲になり、ジョン・レンボーンと出会いペ
ンタングルを結成したヤンシュは、言うまでもなく英
国フォークの至宝である。ペンタングル時代からジャ
ズ・イディオムを活用するなど革新的なアプローチを
見せていたが、バンド解散後はそれまでも進めていた
ソロ活動をより本格化させ、多くの人々を虜にした。
写真の77年作『A Rare Conundrum』もファンの間
では以前から評価の高い代表的な一枚だ。

ケルト文化からの影響、伝承バラッドとの積極的な意
志疎通、耽美的な作風などなど、ブリテン諸島の音楽
には独自の陰影が感じられる。また同じギタリストと
いってもジョン・レンボーンが基本的にインストゥル
メンタリストとして作品に向かうのとは対照的に、ヤ
ンシュの場合はまず歌ありきといった姿勢があり、そ
んな部分にもぼくは強く惹かれたのだった。

残念ながらヤンシュは昨年の秋に亡くなってしまった
が、人生を思索する態度、歌のもう一つの声となるギ
ターの深い井戸に木霊するような響き、永遠のボヘミ
アンであろうとする作風などが、心を捉えて離さない。
彼の歌を聞いていると、厳しい自然と血塗られた歴史
に晒されたイングランドの大地が、音の彼方からくっ
きりと浮かび上がってくる。

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by obinborn | 2012-10-18 15:20 | blues with me | Comments(0)  

How Blue Can You Get?

一足先に『レココレ』20世紀のギタリスト100人特集を読ませて頂いている。

いやあ〜、面白い! 拙稿はともかくとして、各筆者の個性が浮き彫りになる
ような選択と、的確かつ具体的に聞き所を押さえた文章の数々にもう刺激を受け
っぱなし。

好きなプレイヤーはますます好きになり、今までそれほど関心を抱けなかった
演奏者も聞いてみたいと思わせる好企画である。ランキングという行為そのもの
よりは、やはり結果として集められた100人のギタリストを吟味したい!

そんなわけで今日、本当に久し振りにレコード棚の奥(正確には棚に入り切ら
なかったダンボール箱)から引っ張り出してきたのが、B.Bキングの『クック・
カウンティ刑務所ライヴ』(71年発表:録音は70年の9月10日)だった。

そして針を下ろしAB面を通して何回も聞いてみたのだが、まさに圧倒的だった。

「How Blue Can You Get?」に代表されるスクイーズ・ギターが素晴らしいだ
けでなく、「3 O'clock Blues」からブルーズ・バラード的な「Darlin' You
Know I Love You」へと場面転換する際の空気感も鮮やかだし、どマイナー・
キーの犬でも知っている看板曲?「The Thrill Is Gone」(善くも悪くもB.B
のイメージは同曲に規定された)が終わり、B.Bが「オレのルシールが〜」云々
とひとしきり語った後に、甘い「Please Accept My Love」が始まる終盤の流れ
にも何だかじわりじわりと胸が熱くなる。

こんな素晴らしい作品を紹介してくださった青山陽一さんに(普段彼のライヴで
お会いする機会は多いが)感謝しつつ、今よりもっと頭でっかちだった若い頃の
自分を反省しつつ、今日再びB.Bキングという一人のブルーズ・マンと巡り会えた
ことはけっして悪いことではないと、そんな風に思いたい。そうして昨日を更新し
ていければと願う。

のちにルームフル・オブ・ザ・ブルーズを組む若き日のロン・リヴィ(p)が参加
していた点にも驚かされつつ、私はまたこのアルバムを繰り返し聞くのだった。

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by obinborn | 2012-04-13 19:02 | blues with me | Comments(0)  

3月31日

しかし昨夜は生まれて初めて九品仏の駅に降り立ったのだった。

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(九品仏にあるお寺。立派だった)

同じ東京とはいえ、私が普段のらりくらりしている江古田〜池袋あたりが
城北で、あっちは城南地区。生活圏としてはまったく違うといって構わない
だろう。こっちが埼玉エリアに路線がアクセスするなら、向こうのお隣は
品川や大井町を睨みつつ、伸びる先は神奈川なのだった。

ちなみに私の世代のギター・ヒーローとしては野方の森園勝敏、戸越銀座の
チャーが城北・城南の両横綱。港区のボンボンだったはっぴいえんどと京浜
地区のはちみつぱいの好対照、それを斜に構えて見ていた三多摩地区のRC
といった勢力図も、70年代の前半には確実にあったように思える。

ところでシカゴのブルーズ・シーンはどうだったのだろう。
よく語られるのは50年代サウスサイドの活況だ。

さしずめリトル・ウォルターなどサウスサイドの大関といったところ(マディ
が横綱だから)。
ヴォーカルはアヴェレージかもしれないが、ブルーズ・ハープのスウィング感
が尋常ではない。加えてロバート・Jr.ロックウッドのジャズ的なコード崩しギ
ターの妙味もあれば、ディクソン=ビロウのリズム隊は鉄壁と、まさにサウス
サイドの風を切るが如し!

せいぜい私は今日も江古田の町を歩くことにしよう。

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(Pヴァインがチェスの権利を獲得したことはブルーズ・ファンにとって朗報
だった。事実ヴァインはブルーズからソウルまでの膨大なチェス・カタログを
続々とリイシュー。写真は85年にリリースされた日本独自編集のウォルター
第二集の二枚組LPであり、古典的名盤『Best Of~』とともに愛された。レコ
ーディング・セッションの模様を生々しく伝える終盤の楽屋裏的テイクも大変
ありがたかった)
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by obinborn | 2012-03-31 18:25 | blues with me | Comments(0)  

2月17日

デヴィッド・ブロムバーグに関するエッセイを考えつつ、
マイケル・ブルームフィールドがタコマ・レーベルに遺したアルバムの
ライナーノーツを書き始める。

ブルームフィールドといえば一般的には『スーパー・セッション』や
『ライヴ・アドベンチャー』での白熱するレスポール・サウンド、
あるいはもっと遡ればポール・バタフィールド・ブルーズ・バンドに在籍
していた60年代後半の実績が語られることが多いのだが、キャリアの後半
となる70年代半ば以降のソロ作品が実は胆となっている。

79年にトム・ウィラーがブルームフィールドを訪ねた際のインタヴューが、
今となっては数少ない貴重な証言になってしまった。

「昔の私がやっていたことを覚えていて私のソロを聞きにくる聴衆が殆ど
なのさ。どのギグでも必ず『スーパー・セッションをやってくれ!』と叫ん
でいる客がいるからね。そんな風に言われるとどうして!?って本気で腹が
立つよ。私はステージに一人座ってフィンガー・ピッキングをしている男な
んだよ。そんな男がどうしてスーパー・セッションを出来るんだい? オル
ガンはどこだ? ホーンズはいるのか? そう、きみならどうするんだい?」

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ギター英雄という名声を捨て、ミル・ヴァレイに居を構えたブルームフィールド
が掌に引き寄せたのは、ロニー・ジョンソンやエディ・ラングからブラインド・
レモンに至る広大なアメリカ音楽地図への視座だった。一枚のコマーシャルな
アルバムを挟んでタコマに遺した『Analine』(77年)と『Michael Bloomfield』
(78年)の2作品は、人生を選択し続けた男がようやく辿り着いた一里塚。
彼曰く「私はユダヤ人の音楽学者なんだよ」
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by obinborn | 2012-02-18 00:25 | blues with me | Comments(0)  

2月8日

「ここに収められたブルーズは真実のファンク、太く、新鮮で、人生の
剥き出しの断片である。そして汗まみれで、煙草とウィスキーの匂いに
満ちた幾多のクラブ、そうシカゴのサウスサイドで繰り広げられてきた
何千もの夜を詰め込んだものだ」

マイケル・ライドンがライナーノーツにそう記した『The Wizards From
Southside』(チェス84年)は、そんなシカゴ・ブルーズの入門的なコン
ピレーション・アルバムだ。比較的ダンサブルなナンバーで固められた
選曲からは、確かにファンクの元が感じられる。ブルーズのレコードをそ
れなりに集めてきた私も、こうしたコンピを見つけると思わず購入してし
まう。

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中央下から時計回りに、ウォルター、ボ、ウルフ、マディ、サニーボーイ二世
そしてジョン・リー。むろんロックの教科書にも欠かせない人たちだが、
そのような接し方から解放された時、彼らのブルーズはきっとあなたに微笑む
ことだろう。音楽はお勉強ではない。

1. Down in the Bottom Howlin' Wolf

2. Rollin' N Tumblin' Muddy Waters

3. Walkin' the Boogie John Lee Hooker

4. Evan Shuffle Muddy Waters

5. Mellow Down Easy Little Walter

6. Evil Howlin' Wolf

7. Still a Fool Muddy Waters

*   *

8. Hate to See You Go Little Walter

9. I Ain't Superstitious Howlin' Wolf

10. She's Mine, She's Fine Bo Diddley

11. Just to Be With You Muddy Waters

12. I'm a Man Bo Diddley

13. Bring It On Home Sonny Boy Williamson

14. Mannish Boy Muddy Waters

ちなみにこの『Wizards』は現在MP3のみで流通し1曲100円で
購入出来るのだが、当然ながらアルバムに記載されていた楽曲ご
とのパーソネルは読めない(ここはフレッド・ビロウがDsでこっち
はサム・レイだぜい〜というハナシが出来ない)。
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by obinborn | 2012-02-08 18:58 | blues with me | Comments(0)